さらなる飛躍
(・・・シルビア殿・・・)
ロリアの、呆れるような声。
いや・・・だって、雰囲気は出てたろ?
「確かに、ワンの歌や踊りは素晴らしい・・・でも・・・素晴らし過ぎる」
トキが続ける。
良かった、説明が始まった。
「幼児向けのテレビ番組に出演している時は、気づきませんでした。元々、人気のある番組だったので、番組の人気だと思っていて・・・」
トキは、思い出すように、ぽつぽつ語る。
「番組の配役が世代交代し、ワンは、さらなる飛躍の為、努力しました。レイミーからワン、0から1に」
・・・ナンバーワン宣言じゃ無かった。
「しかし・・・ワンの実力は、私の想像を超えていました。特に、恋愛物の歌との相性が、群を抜いていました・・・視聴したスタッフが、音を盗んで自宅に持ち帰り・・・聞きながら餓死しました」
「・・・?!」
神曲・・・。
人には過ぎたる存在。
なるほど・・・
女神様が振舞ったお酒やジュース・・・あれの一滴で、容易に殺し合いは起きるだろう。
人間とは、弱いものだ。
なら・・・
神曲が世に出てしまえば、自制できぬものはそれを聞き続け・・・死に至るものや、何も手につかなくなるもの・・・悲劇は、容易に想像できる。
「せめて、自分の力を制御できる様になるまで・・・あの娘には、歌と踊りを禁じたんです。それが、残酷だとは知りながら」
トキは目を伏せ、祈る様に呟いた。
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「駄目に決まっているでしょう」
トキ──加賀音解子は、淡々と、ただ事実を告げるように、告げた。
「・・・トキさん・・・何故・・・ですか?」
ユウタが、絞り出す様な声で尋ねる。
「これを世に出せば、何も出来なくなって死ぬ人がたくさん出るからです。以上」
トキは、半眼で告げる。
此処は、現実、夢守商事の会議室の一室。
次回作の動画を、トキが確認したいと言い出したのだ。
トキ、俺、そしてギルドメンバーと、カゲ。
みんなで動画を見た。
「・・・確かに、俺達には思い入れが有るから、凄い作品に見えるが・・・果たして、世間一般には受け入れられるか、それは分からないぞ?」
「思い入れが無い私が、客観的に判断しました。みんな死にます。封印して下さい」
俺が探る様に言った言葉を、トキがばっさり切る。
「あの・・・あのねっ。解子さんは、私を知ってるから・・・それが思い入れになって、良い印象を受けているだけなの!この動画を投稿しても、大変な事にはならないよっ!」
「既に、1作目が大変な事になっています。この動画は投稿してはいけません。1作目も消して下さい」
1作目まで?!
トキは、恨むような目で、カゲを見ると、
「カゲさんは、この状況が分かっていた筈ですよね?」
カゲは、小首を傾げると、
「自主制作の映画とかって、ついつい、自画自賛してしまいがちですよね。割り引いて考えないと、がっかりしてしまいます」
それな。
「・・・とにかく、新しい動画は封印、前の動画も削除して下さい。このままでは、多くの死者が出ます」
「・・・それは流石に、大げさじゃないかなぁ・・・」
レイが苦笑い。
キッ
トキが、真剣な顔で睨む。
・・・仕方がないか。
「・・・分かった。動画は取り下げよう」
「「「「「?!」」」」」
レイ、ユウタ、エレノア、サクラ、カゲが目を見開く。
「みんな、すまない」
俺は、頭を下げた。
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「・・・すみません、お待たせしました」
約束の時間より1時間早く、トキが待ち合わせ場所に来る。
トキは、黒髪、長髪の、仕事ができますオーラを纏った美人だ。
俺と同い年、30後半らしいが・・・20代だと言われても信じるくらい、若々しい。
身体つきは中性的な印象を与える。
胸も、僅かな起伏で、レイの方がまだ大きい。
声は、可愛らしい、女性らしい声。
先日は、少し改まったせいかと思っていたが。
今日もスーツ姿。
これが標準装備らしい。
「いや、俺が早く来ただけだ。気にするな」
トキのお願いを聞いた御礼、とのことで。
食事に誘われたのだ。
ちょっと意識してしまい、お洒落な服を選んだつもりだったんだが。
これじゃ、俺だけ浮かれてるみたいだな。
・・・俺だけ浮かれてるんだな。
3時間くらい早く来てしまった。
NLJO内では、ロリアのお陰で大分女性にも慣れたのだが。
現実では通常運転、かなり意識してしまう。
(すみません、私が現実に肉体が有れば・・・)
いや、気にするな。
会話できるだけでも嬉しいよ。
「此処から、そう遠くない場所です」
そう言って、先導するように歩き始めるトキ。
(はぐれるといけないので、手を繋いで下さい)
お、そ、そうか。
すっと、トキの手を持つ。
トキは、こちらを見てキョトンとすると、柔らかい微笑を浮かべる。
・・・うわ、やっぱり可愛いな。
(え・・・オトメ・・・?)
ロリアが訝る。
ん・・・?
何故オトメの声が?!
動揺を抑え、トキに先導されて歩く。
ついた先は・・・高そうなホテル。
「・・・うわ、何だか凄い所だな・・・俺、場違いじゃないか?」
「・・・え?あ・・・ドレスコードは気にしないで下さい。私がお伝え忘れていたのが悪いので・・・そのままでも構わないですし、良ければスーツを用意しましょうか?」
「いや、普段牛丼屋で済ませている身としては、こんな所・・・別世界って感じで・・・」
俺の嘆きに、トキは変な顔をして。
「それは・・・何かの冗談でしょうか?」