第七話 拡大する炎〜敵を産む塔〜
「非環境破壊兵器だって?」
戦闘状況に入りながら、ウィクスハイトの機能について説明を受ける。
「はい。当機には環境の破壊や汚染を回避するための特殊なフィールド発生器が実装されています。しかし、先の戦闘ではフィールドを展開するだけの動力の余裕がありませんでした。本来ならば被害を最小限に食い止める程の力がウィクスハイトには備わっています。マシーンにこの町を焼かれたのは大変な不覚でした」
「そんな力があるなら、なぜ最初から使わなかった?」
真は苛立ち、既に説明された筈の理由をアシュレイに問い質す。
「ほとんどの動力を損失した状態で交戦状態に入っていたためです。マシーン追跡に動力の九十九%以上を使用していました。また、パイロットである真の意識が攻撃に集中していたので、使用提案が不可能でした。しかし、戦闘で発生する衝撃等は最小限に抑えてはいました。何れにせよ人機共に限界での戦闘でしたので、仕方のない事象だったのです」
ウィクスハイト、巨大な人型ロボット兵器はその用途の通り、戦闘に特化したロボットである。そのような戦闘ロボットが、環境を破壊しない戦いを目指して組み上げてあるなど、想像の余地が無かった。
「次の戦闘ではそのフィールドを出せるのか?」
「残念ながら、現在のウィクスハイトには環境を守れる程のフィールドを展開する余裕はありません。現状、動力プールは十五%程度。損害状況から鑑みて、戦闘に勝利するためには先程と同様、衝撃軽減以外の全動力をマシーン撃破に回す他ありません」
「情けない。人々を守る手段があったんだ。しかしそれが出来なかった。僕は自分のことで手一杯になり、ウィクスハイトの機能のほとんどを引き出せなかった……」
だが後悔する暇など無い。人や自然を守るための機能、それは戦禍をまざまざと見せつけられた真にとって、これからの一縷の希望となる。損害を最小限に抑えるためには、戦うことに巧くならなければならない。
「ウィクスハイトの右腕、どうにかならないのか?」
戦闘に不慣れだったため、武器も持たずにマシーンを殴り付け、その挙句利き手を完全な機能不全状態にしてしまった。ウィクスハイトに余裕が無いのは、自身のせいでもあるのだ。
「はい、自己修復機能の限界を超えています。このままでは戦闘の邪魔にしかなりません。今後の状況を考慮するならば、右前腕部は排除することが望ましいと提案ます」
「排除だって!? 確かに使えそうにない右腕は戦闘のお荷物になるだろうが、そこまでする必要があるのか、アシュレイ? アセンブラーの限界を超えていては直せないのか?」
「いえ、しかし機能の回復には相当な時間が——、話の途中ですが、マシーン出現を確認。戦闘状況を開始します。右腕はどうしますか?」
「今は、保留だ」
空が輝く。黄金の輝きだ。その光は暗雲や黒煙を吹き飛ばし、印象だけで言えば神々しい。
マシーンを呼び寄せるそれは、遥か上空に浮かんでいた。光を発する、まるで逆さに生える塔のような巨大な構造体。見方によってはUFOのようでもある円筒状の巨大な浮遊物体が、そこには在った。
あまりにも巨大なその塔は、先の戦闘時には既に在ったのだが、戦場にいる誰もがその存在に目もくれず、ウィクスハイトと敵マシーンとの戦闘に魅入っていた。塔がその全景を露わにしたのは、真がAirsと接触していた時だった。自衛隊やエアーズがマシーンの出現を即座に察知出来たのは、塔の存在が確認されていたからである。
塔が放つ目映い光は、マシーンを呼び寄せる合図らしい。Airsも自衛隊も、発光が始まると同時に、戦闘配置についた。無論アシュレイと真も同様だ。アシュレイからの説明を受けることが出来たのは、塔が発光し始めてから敵が現れるまでにタイムラグがあるせいだ。マシーンの出現には多少の時間が掛かるらしい。アシュレイはそのことを分かっていたようだし、だからこそ説明を続けていた。
少しでも有利に戦闘を進めるため、センサーやエキゾチックビームスキャナー(物理法則を無視するように振る舞うアクティブレーダー)を使い、戦術に影響する地形や隠れ場所を走査する。
「戦域はほぼ平地で構成された地形です。人工構造物、家屋などはすべて倒壊しているので、気に留める必要はありません。東側に河川がありますが、ウィクスハイトの走行、移動には障害となりません。また、周囲の山々はマシーンから身を隠すのに多少有効と判断します」
アシュレイが簡潔に情報を伝えた。
そして、ついに時来たる。マシーンの頭部が光の源、塔の中心から見えてきたのだ。その様は、実に緩やかなもので、嵐の前の静けさといったものだ。
瞬間、ウィクスハイトは機敏に反応した。アイドリング状態でエネルギーの回復に努めていた機体を素早く起こす。
三歩ほど前進し、地面へ突き刺さったままのグラディウスを一気に引き抜き、左手に構える。動力が数%でも回復したせいか、先程よりも機体が軽くなったような印象を受けた。
「敵は、——二機か!」
塔の中心部から現れたのはさっき戦ったのと同型の、二体の鉄巨人。黄金の光を受け、産まれ来るかのように頭から地上へと降りてくる。その姿は、正体さえ知らなければ天使の降臨を見ているようだった。
「分が悪いな」
真がぼやく。
「如何に敵が強大でも、決して負けられません。脅威が増してゆく以上、こちらも強くならなければなりません。先の戦闘で得た経験を無駄にしないようにしてください」
「分かってるさ。同じ戦い方では勝てない。ウィクスハイトには他の武装はないのか?」
「現状、当機にはグラディウス以外の装備はありません。使える機能は、フィールドを応用した障壁、グラディウスへのエーテル供給用デバイス。デバイスから直接エーテル弾を発射することが可能ですが、今は当てに出来るほどの出力は有りません。あくまで牽制に使用する程度でしょう」
アシュレイは淡々とした口調で続けるが、この戦いに有利になる情報を大してしゃべらない。エーテルというのも初めて聞く。一機でも苦戦した相手、二機を同時にして如何に勝利するのか。真は必死に頭を回転させ、方法を紡ぎだす。
「アシュレイ、グラディウスを収める鞘は左腕以外にあるか?」
「鞘ではありませんが、腰部に懸架用のクロウ(爪)があります。そこに懸架可能です」
「じゃあ、さっきの敵が使っていたスマートガンをウィクスハイトも使う事が出来るか?」
「規格は違うでしょうが、使用は可能であると推測されます」
その言葉を聞き、ウィクスハイトは前戦で真っ二つにしたマシーンの残骸に向かって走り出した。
幸いスマートガンに傷は付いていなかった。それはマシーン背部からアーム接続されている。小剣で手早くアームを切断し、腰部クロウへと小剣を収める。
スマートガンを奪取し、左手に装備。長大な銃だ、取り回しは良くない。機体の半分を現したマシーンに向けて弾丸を打ち込もうと引き金を引く! だが弾丸は発射されない。
「ロックが掛かっているのか!?」
操縦席の左隣に座るアシュレイが、手許の実体投影式立体操作盤を素早くタッチする。
「ロック解除。使用可能です」
ガチッという解除音が聞こえ、視点が二機のマシーンにズームする。スマートガン本来の機能、射撃照準用のモードに切り替わったようだ。
「よし、始めるぞ!」
「どうぞ。残弾に注意を」
スマートガンのトリガーをぐっと引き、今度こそマシーンに連射する。弾丸は一機を確実に捉え、直撃するかに見えた。が、着弾する前に塔からの光に弾かれてしまった。
「なんだとっ!?」
マシーンの視線がウィクスハイトに向く。しかしマシーンは攻撃をしてこない。
「どういうことだ、アシュレイ」
「あの塔が発する光は、フィールドの一種と考えられます。発光が完全に終わるまで攻撃は不可能のようです」
「先に言え!」
冷静に分析するアシュレイを尻目に、真は焦った。今の攻撃でそれなりの弾を使ってしまったのだ。マシーンは全くの無傷。先制攻撃は失敗に終わった。
一つの疑念が真に生じる。
「フィールドに干渉すること、アシュレイは知っていたんじゃないのか?」
「可能性は有りました。しかし試してみるしかなかったのです。申し訳ありませんが、私にとっても戦闘は初めてのことになります。私が知り得ることは、ウィクスハイトの記憶装置にある記述、戦闘経験からのシミュレーションのみになります」
くそ、と心の中で悪態を吐くが、戦闘に関して役立たずなのは自分も同じだった。改めて機体の位置取りをしなくてはならない。発光が終わるまで攻撃が出来ないのは相手も同じだろう。
ウィクスハイトの脚部スラスターを使い、塔の直下へと迫る。先程倒したマシーンの予備弾倉が残っている事を、真は失念てしまっていた。
マシーンの装備は二機とも前回と同じだと確認出来た。射程距離が同じ武器で、残弾はこちらの方が少ない。このままではこちらが不利なのは明白だ。一機ずつの力量が前回と変わらないならば、苦戦を強いられた相手だ、こちらと同等のパワーを持っていると予測するべきだ。彼我戦力差は二倍だと考えられる。
ウィクスハイトの本領は接近戦にある。出来る限りマシーンに近づき、スマートガンを一斉射、後はグラディウスの威力に賭けるしかない。今考えられる戦法はこのぐらいだ。
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