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ウォータードメインプラネット〜あるいは彼はどうやって運命を切り開いてゆくのか〜  作者: 三州 誠一郎
第一部 遠い夏の日 第一章 降り立つ火
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第六話 囲まれた町〜コード0009〜

 今や大地に根付くのは炎と煙。とても町とは言えない石嶺町せきれいちょうに、また一機のヘリが降り立った。


 今度のヘリは自衛隊の飛ばしているものとは違う信号を発している。見た目も少し違うようだ。


 熱風吹き荒れる中、そのヘリからは耐熱スーツを着た女性たちが現れた。


「待ってください!」


 という音声が戦場にひびわたった。


 指揮車両へ、数名の女性たちが歩み寄る。その中でも一際ひときわ意思の強そうな女性が指揮官に近づいていった。


「あのロボットに乗っているのは、正真正銘しょうしんしょうめいの人間です! 私たちは彼が、冬実ふゆみまことがパイロットとしてあれに搭乗とうじょうしている事を確認しています。説明は後ほどさせていただきます。今は、私たちAirsエアーズにお任せください!」


「Airs?」


 真がつぶやく。


「Airs、と? 我々の感知しない名前です。いきなり名乗られても困る」


 指揮官は困惑こんわくを見せた。


「はい、おっしゃとおりです。ですのでコード0009にアクセスしてください。それでご理解いただけるはずです」


「……了解した。0009を調べろ」


 怪訝けげんな表情ではあるが意外にも素直に応じる指揮官、彼はコードナンバーに極秘ごくひ機密きみつが含まれている事をさっしたのだ。


 ほどなく司令部からの返答があり、通信担当からその内容が指揮官に伝えられた。


「これは……」


 コード0009、Airsを名乗る者が現れた場合、全ての指揮権を譲渡じょうとせよ、という命令だった。


 指揮官に命令が伝わったことを察し、女性は続ける。


「ここから先の状況は私たちAirsの管轄かんかつになります。どうか、ご協力頂けるようお願い致します」


 女性がそう告げると、自衛隊指揮官の顔は先程さきほどとはまた違う複雑なおどろきの表情へと変わっていった。


(Airs! あらゆる国においての最重要機密、来るべき時に姿を現す? 如何いかなる軍隊であっても決して逆らわず、全面的協力をしむなと。一体何なのだ?)


 命令を反芻はんすうした指揮官だが、到底とうてい納得のいく内容ではなかった。だが数秒の後、指揮官の態度は打って変わり、姿勢を正して敬意を払った応対おうたいをする。


「はっ。この様な惨状さんじょうになり大変申し訳ない。しかし、あなた方が来られた目的は、やはりあれら人型の戦闘機に関する事象、と判断してよろしいのですか」


「ええ、その通りです」


 真は驚愕きょうがくした。彼女は、付き従えたの女性たちと共にこのロボットの事を知っている。ほんの一時前いっときまえには自衛隊も知り得なかったウィクスハイトの存在を知っているのか。Airsなど、都市伝説にさえ登場しない名の組織だ。


 女性から通信が入る。


「冬実、真さん、ですね? Airsはあなたの味方です。それに、自衛隊は私たちに協力的です。その点はご安心下さい」


 安心? 取り敢えずは味方から攻撃されないようにしてくれるのか? それとも、この状況を終わらせてくれるのか。どちらにせよ、あの女性は自分の事を知っているようだし、接触してもいいかもしれない。


「どう思う」


「あの方々、Airsは私たちの味方です。彼女の言動に異論はありません」


「アシュレイもAirsっていうのを知っているのか?」


「はい。私たちの後方支援こうほうしえんを担当するための組織です。それ以外のすべては現時点に置いて確定していませんが、信頼出来ます。正直に言いますと、私は彼女たちに連絡をしており、ここへ到着するを待っていました」


 どうやら、事態は自分の知らない所で進んでいるようだ。戦闘の知識やウィクスハイトの事、少しは分かっているつもりだった。

 が、それは状況のほんの一端いったんで、アシュレイから受けた説明も事実の極一部ごくいちぶなのだろう。


 自分はまだ何も知らないんだ、と真はひとりごちた。だが、今という緊急時では自分に伝えきれないことだって沢山あるはずだし、これから教えてくれるだろうと、アシュレイを信じている。


「じゃあ、あの人にコンタクトしてみるよ」


「お願いします」


 ウィクスハイトの頭部がかたむき、かすかに発光する二つのひとみが女性の視線をとらえる。


「冬実真です。……Airs、と言われましたね?」


 女性はこの瞬間をひたすら待っていたと言わんばかりに色めき立ち、思わずいのるかのように両手を胸の前に組んでこたえた。


「はい! 冬実さん、私はAirsに所属する笹木ささきつばさです、お待ちしていました!」


 笹木は、組んだ手を恥ずかしそうに素早く降ろし、姿勢を正す。


「私たちAirsは、この時、ウィクスハイトが地上に降り立った瞬間に結成されるよう準備された組織です。これからの戦いの支援は私たちにお任せください」


 これからの戦い……? やはり、これは始まりなのか。真は疲れを感じたが、決して落胆らくたんはしていなかった。むしろ期待通りだった。


「あ、ちなみに貴方が冬実さんだという事、本当は確認出来てる訳では無いんですけどねっ」


 と、自衛官には決っして知られてはならない秘密を、人の耳では聞き取れない音量で笹木はらす。


 な、なんなんだこの人は……?? 自分でもウィクスハイトの外見を目で見てない訳だから当たり前ではあるけれど……。


「アシュレイ、本当に、大丈夫なんだろうな?」


「はい、絶対多分大丈夫です」


 アシュレイの口調はみょうに丁寧というか、かたいというか、そう感じていた。しかし今の口調は本当に随分ずいぶん怪しい。冗談のつもりかアシュレイ。真の胃の奥がキュッと鳴った。


「……。わかりました。では、今からウィクスハイトを降りても大丈夫なんですね? 笹木さん」


 名前を強調し、相手の出方を見る。現在頼れるのは自分の感覚と、アシュレイしかいない。


「はい、安全はAirsが保証します。休息を取るための用意もあります。ただ申し訳ありませんが、自衛隊からの要請にはある程度応じて頂く必要があります」


 笹木が心配そうに応える。


「構いません。今はあなた方の事を信じるしかありませんから」


 真はコクピットから出る用意をしながら、アシュレイを振り返る。


「これで、いいんだな?」


「はい。ご安心下さい。私も保証します」


 微笑ほほえみを浮かべ、真を見返す。本当に不思議な事だが、アシュレイのことは値無ねなしに信用出来る。信頼を寄せることが出来る。ついさっき、初めて出会ったばかりなのに、疑いがない。自信を持たせてくれる。とても大切なひとのように感じる……。そんなことを無言で語り、真はウィクスハイトから降りようとした。


「では、コクピットを開きます」


 笹木に伝えたその時、真は何か得体の知れない気配を感じ取った。


「っ!? 敵が来たのか!」


 それとほぼ同時に自衛隊の警報けいほうが鳴り響く。Airsも機敏きびんに反応する。


「冬実さん、ご武運を!」


 笹木たちがこちらへ声援を送ってから、乗ってきた専用ヘリへと駆け出して行った。


「真、戦闘準備を」


「分かってる!」


 アシュレイと短く言葉をわし、真は再びウィクスハイトの制御に入った。操作の確認を兼ねて、改めてコクピット内を見渡みわたす。


 操縦席パイロットシートには、前腕を収める形の操縦桿そうじゅうかんらしき手甲ガントレットが左右にあり、その内部にはレバーが備えられている。にぎめたり、押す、引くの動作が様々な機体コントロールにつながるようだ。ウィクスハイトは意識を集中するだけでも動く為、補助的な装置なのかもしれない。

 また、戦闘態勢に入れば全身によろいのような装具そうぐが装着される。それらは自動的に真の身体を固定し、しなやかに反応しながら真の身体を衝撃から守る。コクピットに居れば揺れや衝撃はほとんど伝わって来ないから、コクピット内部まで直接攻撃がおよんだ場合の防御策ぼうぎょさくなのかもしれない。だがそのような事態になれば、こんな鎧程度では気休めにもならないように感じる。


(真面目に考えないといけないのは分かっているけれど)


 ウィクスハイトに搭乗してから、一度として完全には戦闘態勢を解いたことが無い。この巨大マシーンは真の想像をはるかに超えた動きをするし、どういう理屈で動いているのかは全く見当がつかない。

 先の戦闘で、ウィクスハイトは激しく攻撃を受け、それは真にも痛みを与えた。しかし振動や衝撃はコクピットには及ばなかったような気がする。ならば、身体を覆う鎧状の装具は身を守るためだけのものではなく、機体のコントロールを補助する装置なのだろうか。


(この戦闘システムが起動する時は、正直かっこいい)


 戦闘システムを起動すれば、360度、全天全地全周ぜんてんぜんちぜんしゅうが視界に入る。例え目を閉じていても見えるのだ、上下左右前後すべて。生身では絶対に見る事の出来ない光景。それでいて、操縦席の足元には水がたたえられ、ちゃぷちゃぷと小波(さざなみ)が立っている。操縦席や水、自分の体は戦闘中は視界をさえぎらない。


「コクピットだというのに、なんで明らかに戦闘には関係無い水なんかが貯めてあるんだ?」


 機体との同化が進行するにつれ、音やにおい、触覚などの五感と(恐らくは味覚さえ有る)、第六感かそれ以上とでも言うべきものも含まれるだろう様々な情報が、強制的に真の肉体へと取り込まれる。意思に関わらず侵入しんにゅうし、拒絶きょぜつすることは不可能である。


 乗っている、というより自分自身がウィクスハイトそのものに拡大されている感じだ。身体感覚は、鎧をまとっていると言えばいいか、生身の感じとは違う。それなのに真の体は操縦席に座っているのだから、肉体の状態と感覚には大きな差異が生じる。


「私にも、現在回答出来ません」


 色々と思考をめぐらせながら操縦席へ座り直すと、装具が次々と装着され、気分が昂揚こうようしてくる。


 起動プロセスや戦闘に必要な様々な情報が連続してモニターに投影され、そのデータは真の中へと収斂しゅうれんしてゆく。そしてモニターは消え、すべての情報は視覚へと重ねられる。ここからは、皮膚感覚以上の鋭敏えいびんさを持って戦闘情報が理解出来てしまうのだ。

 普段ならば処理することなど決して出来ない大量の情報が勝手に入ってくるが、しかし嫌な感覚ではない、とても心地よく感じる。普通では味わえない万能感。真は早くもこの感覚に支配されつつあることを自覚していた。


 (——僕は、確かにロボットにあこがれていた。操縦したいと思ったし、戦闘することも、望んでいたのかもしれない。自由に走り、自由に飛び、自由に力を振るう。戦争を望んでいた訳じゃないけど、戦闘用ロボットが活躍するにはこんな状況が必要になる)


 それでも、まだ残る疑念。それはここまで戦うことを望む、自分の心だった。こんなにも攻撃性の高い人間だったのだろうか、と。


「楽しい、と感じてるのか……僕は?」


「異常な心理ではありません。戦闘を嫌悪けんおする感情があれば、戦えなくなります。真には現在、戦闘を続ける義務はありませんし、強制されることもありません」


 いつの間にか声を出していたようで、アシュレイにフォローされた。


「だったら、なぜ僕は戦おうとする?」


 もちろん春歌はるかのことを忘れたわけではない。だがかたきった。それに、何かまだ隠されている真実のようなものがあるように感じる。


「それがウィクスハイトの役目であり、I.D.(イグニションドライバ)、つまりパイロットの役目であるからです。そしてパイロットの、I.D.の補佐をするのがナヴィゲータである私の役目です。私の事は、伴侶パートナーだと思ってください」


「パートナー……!?」


 その言葉は、真の感情を更に熱くさせた。パートナーとしてアシュレイが望むのなら、共にウィクスハイトで戦う。アシュレイのためなら戦える。理由はそれだけでいい。拒否する理由は、何もない。ほんの少しの時間を共有しただけのアシュレイ。だが、真にとってはそれほどの存在となっていた。

 何故そこまで信頼出来るか、という疑問は真の心に持ち込まれなかった。

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