第五話 囲まれた町〜七日後、そしてそれまで〜
緒戦から一週間が経ち、真はウィクスハイトの中で目を覚ました。外界へ出た直後、IERFに拘束されてしまった。
軍人たちからの尋問はここセキレイ爆心地巨大兵器調査所で既に五時間以上にわたり続けられている。
日本一国で対処出来る範疇では無いと判断した諸国は、異例のスピードで超法規的手段をもって多国籍による組織的戦力、いわゆる軍隊を作った。これには自衛隊も含まれている。
国を越えた臨時組織、国際緊急事態対応軍IERF(International Emergency Response Force)は巨大人型ロボット兵器、即ちウィクスハイト及び敵性マシーンへの対策のため二日前、つまり緒戦から五日足らずで発足された。
(もう七日前なのか。あの日、皆にとって、僕にとって、本当に色々な事が起こった。悪いことばかり、幸せではない事ばかり。……僕には昨日のことなんだ。こんなこと、どう受け止めればいいっていうんだ!)
真は、ウィクスハイトに出会った日の事を思い出す……。
七月十二日午後八時。敵との初戦闘が終わり、一息つこうとウィクスハイトの眼を通して夜空を見上げた。それは黒煙と炎の色で塗り潰され、いつものような満天の星影など無かった。
「……来た」
巨大ロボット、ウィクスハイトの全長はおよそ二十五メートルほどだ。短水路のプール程度の高さから見下ろすと、辺り一面に装甲車やヘリ等の恐らく自衛隊関係の車両が押し寄せてきているのが見える。
焼け野原となった石嶺町に戦闘力が雪崩れ込む。
(圧迫されるな、この光景)
マシーンとの戦闘が終盤に差し掛かった頃から、ウィクスハイトに搭載されたレーダーやセンサーが自衛隊の接近を捉えていたから、驚きは無かった。そして、彼らからの強烈な敵意ある視線を感じていた。先程まで命のやり取りをしていた機械からなどではなく、自分と同じ人間たちからの敵意だった。
「人が、大勢死んだ。そう、春歌さんも」
自衛隊は先の戦闘で戦闘機による攻撃を行っていたが(それはウィクスハイトをも狙っていた)、そのうちの何機かは撃墜されてしまった。彼らの攻撃は、マシーンには全く効果が無かった。
ウィクスハイトは攻撃を敵のみに集中していたし、敵も構っているように見えなかったから、巨大兵器同士の戦闘において、ある意味、巻き添えのような形で自衛官らは損害を受けていた。多数の人命が失われたことは間違いないだろう。
「見られている。……敵としてだ」
彼らの敵意は、躍動する二体の鋼鉄の巨人のうち一体が地に伏せた時から、戦闘能力の残っている方へと殺到した。ただその残った方、ウィクスハイトも戦闘行動を止め、片膝を着いて沈黙したため、攻撃は止んだ。
「……しかし今、コクピットの外へ出ていくのは得策ではありません。身を危険に晒すだけです」
真は伏し目がちに頷く。自分の姿を見せることでウィクスハイトが味方だという事を示したかったのだが、アシュレイの言葉もその通りだと思ったのだ。
「そうだな——。でも、これからはどうする? 僕は、敵からここを守った。それがどの程度の事をしたというのかは分からないけれど。彼らは今、ウィクスハイトも敵だと見做している。守ったはずの同じ人間に、そう見られているんだ」
「仕方ありません。こうも酷い有様では、敵意が満ちることは当然ですし、ウィクスハイトもマシーンと同じ脅威だと認識されることでしょう」
「人を守って人に憎まれる。ロボットに乗って戦うことが、こんな残酷な結果とはね」
口にはしたものの、為したことは脅威の排除であり、責められる云われはない。だが、人々からすれば未確認の巨大兵器が争い合い、周囲一帯を焼き尽くしただけに感じられるだろう。
「このまま黙っていても仕方ない。アシュレイ、ウィクスハイトにあの人たちと通信する機能はあるか?」
「はい。必要でしたら、すぐにでも繋げます」
「わかった。何から話そうか……」
状況はあまりに突飛すぎる。しばらく考えては見たが、やはりありのまま説明するしかないと悟る。
「実を言いますと、先程からウィクスハイトに対して交信の要求が何度も来ています」
よくこんな得体の知れない機械に通信をしようとするものだ。どんな仕組みで通信するのかだって分かりはしないのに!
やたらに攻撃されないだけマシか。彼らもこれ以上の犠牲は望まないだろう。自嘲気味に独り、呟く。
「アシュレイ、頼む」
「はい、回線を開きます」
モニターの向こう側の自衛官たちが一様に驚きを見せた。
「正体不明のヒト型より入電! つ、繋ぎます!」
通信担当の者が、指揮官らしき人物に通信マシーンを渡した。
「所属不明——、人型戦闘機、そちらは一体何者か。応答を要請する」
慌てた様子でウィクスハイトからの通信、つまり真の声に耳を傾ける。
「突然のことで動揺されているかと思います。ですが、冷静に話を聞いてください。僕は、この巨大なロボットに乗っている冬実真といいます」
「……!」
指揮官は応答があることに驚き、それが日本語であることに更に衝撃を受けた。少しだけ間を置いて続ける。
「今起きている、目に映るすべての事が信じられるものではないと思います。僕も同じです。さっきまで戦っていたもう一体のロボットは、この町を破壊しました。僕はいつの間にかこのロボットに乗っていて、あれと戦いました。どう説明するべきなのか、僕にも分かりません。ですが、僕はこの町を守るために戦いました。理解して頂くためには、時間が必要だとこちらも思います。だから、そのための時間を下さい。僕とこのロボット、ウィクスハイトを撃たないでください!」
稚拙な表現だったかもしれない、説明不足だったかもしれない。だとしても、自分でも驚くほど流暢かつ一方的に、考えていることを一息に言い切ってしまえた。冷静に、淀みなく。
しかしこの惨状では、ここまで感情の乱れの無い声で話してしまう事こそ異常だとも言える。余計な警戒感を与えてしまうには十分な冷静さだった。通信を聞いていた者たちの慌てる様子が伺える。一応、あのロボットには人の言葉が通じる、という事だけは理解されたようだ。
「そちらが主張するには、人の搭乗する戦闘用ロボットだという事だが、君が人間であるとする根拠は?」
指揮官らしき自衛官は口調こそ冷静を装うが、怒気が含まれている。
「先程の通信では、君の姓名では日本人であると主張しているようだが、確たる証拠はあるのか。我々はすぐにでも攻撃を加える準備が出来ている」
予想はしていたが、説明と交渉は容易ではなさそうだ。項垂れる真。
「証拠、か。この状況だと姿を見せるしかないか……?」
たとえ指揮官に自分の姿を映した映像を見せても、それを信じされるのは簡単では無いだろう。ダミー画像だと受け取られてもおかしくない。
「もう少し経過を見ましょう。例え攻撃されてもウィクスハイトには効きません。これ以上、刺激を与えない方がいいのではありませんか?」
同意はしながらも、ため息は止められない。
「そうだな、アシュレイ。でも、あと少し説明はしておく。攻撃が効かなくても同じ人間に攻撃されたくはないからね」
守ろうとした相手に撃たれたくない。至極当然な気持ちだが、相手はウィクスハイトを味方だとは思ってくれていないだろう。それどころか、真たちもあのマシーンと同じ敵性の存在だと断定しているかもしれない。
ウィクスハイトの操縦席に居ながら、自分が一般市民であることを信じさせようとする事は、既に諦観も混じっているが、とりあえずは声にしてみる。
「僕は、この町、石嶺町に住んでいる冬実真です。年齢は二十四歳。一九八四年八月十日生まれ。近くのサファリパークの遊園地で係員をしています。調べてみてください」
直後に返答が来る。
「冗談のつもりか! 遊園地、係員だと!? 状況を考えろ! そんな者がこのような戦闘を行うはずがあるか!! 職業を聞いているのではない、証拠を出せと言っているのが分からないのか! ……一応、情報は問い合わせる!」
と、最後の方は小声で聞こえてきた。こちらにとっても冗談を言うような場面ではない。しかし高圧的に出てくる指揮官。冷静な真との話の温度差に、後ろに控える部下たちの若干名が笑いを堪えている様子だった。
この状況下では、どのような反応もおかしくはない。泣いても笑っても、どう判断していいのか、この場にいる全員がよく分からないのだ。このような非常時、どんなに訓練を積んできた者でさえも、冷静な判断は出来なくなってしまうものなのだろう。
対して真とアシュレイには、余裕がある。自らのするべきことを分かっているからだ。だから、そんな場面をモニター越しで見て、笑ってしまった。もちろん通信は切ってある。
緊張の糸が切れたように真は笑んだ。
「はは、笑ったら悪いけど、あの慌てよう。耐えられないよ」
「そうですね、普通ならあのようになるのかもしれません」
笑うしかなかった、のかもしれない。冷静ではいるが自分が正常であるかは判断出来ない。笑っているうちに、少し、涙が流れた。
「さて……本格的になんとかしないとな」
「貴方に任せます」
アシュレイに後押しされ、真剣な表情を作る。笑っている間にも自衛官からは怒声が発せられていた。その様子からも猶予は無いことが伝わってくる。自衛官たちは動揺しているようだし、ここに在る全戦力はウィクスハイトに突き付けられているのだ。沈黙を守るか、交渉を続けるか、姿を見せるのか。いずれにせよ、次の状況は真の決断次第だ。
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