第四話 降り立つ火〜始まりの終わり〜
ウィクスハイトの右腕は完全に機能を失っていた。穿たれた右肩の激しい痛みは、辛うじて引いている。だが、まだ冷静になんてなれない。怒りが抑えられない。いや違う、心地いいんだ。身を任せよう、こんなに憎しみに満ちているのに、最高の気分じゃないか!
「やるぞ、アシュレイ!! 一気にケリを決着る!」
「はい、先ほどの被弾による損傷は深刻です。動力も残り僅か。グラディウスでの戦い方、わかりますね?」
「もちろんだ、行くぞ!」
真が走っていた時に迸った光は、敵の放った銃弾だった。ウィクスハイトの被害は甚大。更にはナイフで受けた傷により、右腕ほとんどは稼働しない。マシーンとの戦力差は分からないが、機体の全長はほぼ変わらないとデータが示していた。
決戦を急ぐのは感情からだけではない、勝利するためには必然だった。
ウィクスハイトを加速させる。マシーンは左手にナイフを構え、逆の手に備えたスマートガンでこちらを狙っている。姿勢制御を使い、機体を左右に振って回避運動を繰り返しながら敵に接近する。が、被弾。ズドッ、と衝撃が走る。
「うぐっ」
三発喰らった。動かない右腕に特別深い二発、一発が頭部装甲を掠めた。それでもなお無理な体勢から体躯を浮かび上がらせてマシーンへ肉迫する。その動きは正にロボットだからこそ可能な体軸を無視した動きで、身体の各部位は連動していないかの如くだ。攻撃準備に集中させた上半身は、大地を蹴る両脚のために必要なバランスを取ろうとしない。無駄は無いのだろうが、人間には凡そ真似出来ない動作だ。
ウィクスハイトは疾い。その代わりに防御性能を犠牲にしている。姿勢を低く、脚力とバーニアを駆使し、地表すれすれから敵の懐に飛び込む。
「行けぇ!」
グラディウスを敵の腰辺りから振り、一気に切り上げる。その一撃がナイフに阻止され、激しい火花が散った。
二撃目は足許を狙って鋭く突くが、これも跳躍で回避された。敵も巧みにバーニアを使っている。
反撃が来る。距離を取っての射撃、やはり右腕狙いだ。
「回避運動、右です!」
ウィクスハイトは半身になり、攻撃を避ける。それに成功した瞬間、三度目の攻撃に転じる。最上段からマシーンの胸部を目掛けて剣を振り抜く、それを更に防御したナイフにヒビが入ったのを俺は見逃さなかった。
敵が閃光煙幕を放出する。瞬時にして光に包まれる戦場。視界を奪われた状態からの敵の銃撃はしかし、ウィクスハイトを傷付けることはなかった。
感覚を研ぎ澄まし、敵に詰め寄る。
距離は遠くない、真っ直ぐに加速を掛けると、光の中から敵の姿が現れた。敵は銃撃するタイミングを失い、二度、三度と追い打ちを許す。
ナイフを狙い突き、横薙ぎと攻めを繰り出す度にグラディウスが空を切り、唸りをあげる。剣撃を見事に躱す敵だったが、五度目の一撃、右下からの逆袈裟斬りが敵マシーンのナイフを砕いた。破片となったナイフがきらりと輝く。
「よしっ」
「今です!」
グラディウスに全ての膂力を込めて敵の左胸部を貫き通した。マシーンの傷口が火花で染まる。
ついに捉えた。それでもマシーンは抵抗を止めず、全力で反撃を試みる。最接近しているため、スマートガンは封じる事が出来た。だが敵はグレネードを持ち、こちらと共に自爆を狙っているようだ。
瞬時に察知し、素早くウィクスハイトの躯体を沈め、胸部に突き立てたままのグラディウスを斜め上へと傾けた。残る全パワーを使い、夜空へと飛翔する。
「うぁぁああ!」
マシーンを貫いたグラディウスは、胸部から首へと昇り、顎を切り裂いて頭部を断った。
一刀両断。
分たれた勢いから、グレネードは敵の手から遠く放たれた。
マシーンの膝が崩れ、断末魔の如き光を放つ。そして、時の流れが止まったかのように、実にゆっくりと大地へとその機体を堕としていく。それは完全に沈黙した。
「やったか!?」
決着を演出するかのように、グレネードがウィクスハイトの後ろで盛大に爆発したが、ダメージは無い。
「敵性マシーンの動力消失を確認。戦闘終了、お疲れ様でした。ウィクスハイトの勝利です」
アシュレイが鬨の声をあげた。
俺は力尽きたようにグラディウスを手放す。
「はあ、はあ、はあ。春歌さん、仇は討ったよ……」
破壊衝動の矛先を撃破したことで、極度の疲労とともに多大な充実感を得られた。
「これが、巨大ロボットの力なのか」
知らず知らずのうちに俺は笑っていた。
「はい、初陣としてはお見事でした」
初陣?
アシュレイの言葉に引っ掛かりを覚えたが、聞き流した。たった今、死闘を演じ終えたのだ。
怖くはなかった。楽しいとさえ感じていた。衝動のすべてをぶつけた。最高の気分だ。
ウィクスハイトは傷付けてしまったが、アシュレイの言う通り初陣で無傷の勝利など望めたものではないのかもしれない。いや、多分そうだろう。そもそもウィクスハイトが無ければどうなっていたんだ?
あのマシーンは? 一体何だったんだ? 町を破壊したのはあれに違いないだろう。あれは、敵だ。
でも、何故それが分かっているのだろう。アシュレイの事だって、ウィクスハイトの事だってさっき知ったばかりなのに。
——なのに随分前から知っている気がする。懐かしい、というのは少し違う。最初から違和感が無かった。アシュレイとは古い知人のように。
確かにウィクスハイトを動かせた。それだってなぜ出来たかは分からない。自分の手足のように、いや普段動かしているこの生身の身体よりもっと直感的で、意識しなくてもより早く、より正確に動いてくれた。
操縦方法が頭の中に入力されたのか?
そんなのは感じなかった。気付いた時には……、気付く前からウィクスハイトは思い通りに動いていた。必要な情報はすべて分かっていた。戦い方、戦場の空気、ウィクスハイトの状態、マシーンの存在。
一体どこまでが分かっているのか、それが分からない。戦闘に必要な事だけは理解したつもりだ。
不思議な感覚だ。それでも何とか戦闘に勝利した。これで良かったんだ。良かった。——よかった? 何が……?
アシュレイと一緒なら何だって出来そうな気がする。でも、今、見えている光景は……。
戦闘を開始する前から燃え盛っていた町は、ウィクスハイトの攻撃も影響してほとんど消えて無くなってしまった。巨大マシーン同士の戦闘はここまで凄惨な被害をもたらすのか……。戦闘時に発生した衝撃波は、残骸として辛うじて残っていた家屋などを木端微塵にしてしまった。
目が覚めてから短い時間しか経っていないと思っていたけど、空はもう真っ暗だ。
ドス黒い煙に炎の色が反射し、風景は赤く染まる。灰が舞い散り、土や木だった様々な物が粉々になって辺りに転がっている。聞こえるのは、炎の轟音のみ。
空を見上げると、小さな光。でも、集中すれば分かる。あれは星だ。もう、そんな時間だったのか。
これは、すべての始まりだったんだ。
二〇〇九年七月十二日午後八時前。
戦闘の終わった町の周辺は、戦闘力が集結しつつあり、戦争を想像させる雰囲気が漂ってきていた。
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