第三話 降り立つ火〜憧れの、現実〜
————気付いたら、真っ白な空間にいた。
最初は病院に居るのかと思った。事故を起こしたのかと思ったんだ。うっすらと、車を運転していたことを覚えている。
いきなり何かにぶつかった? いいや、やっぱり何が起こったのか分からない。
事故? そうだ!!
僕は今、どこにいるんだ? こんな、ゆっくり寝ている場合じゃない。早く、何が起きたのか確認しなきゃあ!
そう、春歌さんは? 一緒にいたはずだ、隣には……いない! なんだろう、確か春歌さんと居た時、雨が降ってきたような気がする。それにどんな意味があるのかまで辿れないけど、必要なことだった、そんな気がする。雨。ここには空があるようには思えない、一体ここはどこなんだ?
ベッドに寝てる、のか? 僕の他には誰もいないようだ。それどころか何もないじゃないか。
? 僕は今、泣いているのか? 何で泣いているんだろう、涙が流れてるって実感は無いのに。思い出そうと思ってる訳じゃないけど、思い出が溢れ出してくる。父親の事、母親の事、傷付けてしまった友達、そいつと仲直りした事。眩しいのに見続けた太陽。目に悪いからやめなさい、って誰かに言われたっけ。最期まで優しかったじいちゃん、気の強いばあちゃん。初めて連れて行ってもらった海、あの頃見た花火は、退屈だったしちょっと怖かったな、あの爆発音。僕の事を評価してくれた先生、その考えを大事にしなさいって。
でも、今大切なのは思い出じゃない。僕にはやらなきゃいけない事がある。知らなきゃいけない事がある。
これがもし死ぬ時に見る走馬灯だっていうなら、この急かされる気持ちは何だ。ここが天国なら何でこんなに落ち着かないんだ。僕はきっと生きているんだ。春歌さんの手を握ったんだ、離す訳にいかない。その為に生きて来たし、生きていたいんだ。
手を伸ばしてみる。体は動く。集中すれば指の一本一本が分かる。
! 少しずつ、見えてきた。目がぼやけていたのか? 意識を失っていたんだろう、当たり前か。体の輪郭より記憶の輪郭のほうがハッキリとしている。夢じゃない。夢ならこんな感覚にはならない。
ここは何もない空間、いや、違う、違うぞ! 病院でも、ベッドでも、車の運転席でもない!
そう、何かの操縦席のようだ。でも、なぜ? なんでこんな所にいるんだ?
おかしい……。
訳がわからない。
戦闘機のコクピット? よく似た感じだけど、違う。いつかアニメで見たような、ロボットのコクピットに似てるようだ。どっちにしろ乗った事なんか無い。
何故だ、やはり夢を見ているのか?
そうだ、確かに僕はロボットに憧れていた。いつか巨大な戦闘ロボットに乗って、走ったり、飛んだり、戦ったり、人を助けたり、したかった。
ここは何なんだ。空想の世界? それとも、死んだのか。だから自分の思い通りの場所なのだろうか。
いや違う! 違うと実感する。事故に遭って、まだ生きているなら悠長なことを考えてられないんだ。
なんてことだ。か、体が自由に動かない。動くのは右手だけか?
くそ、早く、はやくここからだっしゅつしないと!!
「おはようございます、これは夢ではありませんよ」
————————————?????
声がした? 女性の声だ……。気のせいかも。
どちらにせよ目を、覚まさなければ。感覚を研ぎ澄ますんだ!
音がする。炎と風の音だ。 匂いがする。木や、様々なものが燃える匂いだ。空が見える。真っ赤だ。夕焼けにしては赤すぎる。違う、違うぞ。真上は夜の蒼さなのに、まわりが赤く光っているんだ。
おかしい。真上を見上げているはずなのに、地面も見える。空と大地が同時に見えているんだ。横も、後ろもだ。どういう事なんだ?
それに、それに……すべてがグシャグシャだ。
視える風景、全部何もかも。爆発でも起きたのか? あの流れ星…、隕石? まさかっ。
でも、でも……。町が、僕の町が壊されている。僕の車も……。
破壊サレテル、焼カレテイル、オシツブサレテイル!!
——感じる、何かいるぞ、それも目の前に。人の形? いやしかし、大きい、大き過ぎる。あれは人じゃない。向かいの山が小さく見えるほどの大きさだ。
「なんだ、なんだよ……、何が起こっているんだ!?」
悲鳴のような声を必死に紡ぎ出す。
「あれは敵です。あなたの町を破壊し、彼女を殺害した敵です」
女声に僕は驚いた。
「だ、誰だ!」
誰? いや、僕はこの女性を知っている。そう、確かに識っている……。
「あのマシーンを放擲すれば、被害が更に拡大します。どのような手段でも構いません。あらゆる方法を以って、目標を撃破してください」
そうだ、分かる。目の前にいるのは敵。倒すべき敵だ。この町を破壊した、憎むべきモノ。春歌さんもヤツに殺された……?
「嘘だ! そんなわけがない! 絶対にそんなわけ……」
「この町を破壊したのはあのマシーンです」
冷徹な事実だ。繰り返されるマシーンという言葉が頭を支配し、その意味が『敵』に置き換わってゆく。
全身が煮え滾るように熱い。あの機械が憎い。
撃破……、そう、やらなければいけない事を本当は分かっている。
(ヤツは機械だ! 何も躊躇うことはない! 命の無い機械、ならば破壊してやる。それだけだ、徹底的にやってやる!)
視界まで燃え上がるかのようだ。だが、戦うための情報はクリアに伝わってくる。不思議な感覚、先ほどまで黒い影にしか見えなかった機械仕掛けの巨人も、その細部までが認識出来る。
敵の姿は、屈強な兵士のような全身像で、深緑の迷彩装甲、背部には接続アームでつながる長大な銃器、大袈裟な姿勢制御装置などを彼方此方に装備している。
人の似姿をしているが、機械であることがよく分かる。
状況を理解するにつれ怒りが増してゆく。絶望と怒りの波が僕の中で激しくうねりをあげる。
オレは叫ばずにいられなかった。
「く、くそぉぉぉおお、ちくしょう、ヤツを、ヤツだけは、絶対に、絶対に……!」
絶対に!
「破壊してやる!!」
全力で走る。遥か前方にあった風景が瞬く間に後方へと遠ざかっていく。疾風のごとく走っているのか。
途轍もない力が漲ってくる。激しい怒気と破壊衝動に今、打ち震えている。
視界の中を光が迸る。なんだこれは、オレを傷付けることは許さない!
「う、ぁぁぁああああ」
絶叫と共に右拳を振り上げる。有らん限りの力を込めて、正拳を放った。
渾身の一撃がマシーンの頭部を捉え、轟音を鳴らす。と、同時に自分の腕をも破裂させてしまった。
「ぐっ!?」
すぐに分かった。右腕はもう使い物にならない。しかし、痛みはほとんど感じなかった。怒りの副作用かもしれない。
マシーンから距離を取り、右腕のダメージを確認する、そこにあったものは……。
「!? オレの腕じゃない!」
それは、生身の肉体では無かった。硬質な、腕の形をした「物体」だった。
なにか、つまり右腕らしき物は光沢のある純白をしていて、砕けてはいるが元は彫刻のような美しい造形であった事が伺がえる。騎士の甲冑をメカニカルにした風で、ともかく、戦闘を意識している形だ。
左の掌を確認する。それはエンジニアグローブを攻撃に特化させたように見える。
驚きを隠せないが、集中は解かない。マシーンは既に襲い掛かってて来ているのだ。その動きは捉えていたし、防御の予備動作は完璧だった。
ただ、極度の緊張と気分の昂揚が仇となったのか、こころとからだ一致しない。
攻撃を適切に躱したのは精神だけで、躰は直撃を喰らった。予測が外れた分、その衝撃は大きい。マシーンの武器が右肩を刺し貫く。今度こそ激痛が走る。
抑えられぬ怒りが溢れ出し、感情の制御が効かない。オレにはヤツを睨み付けることしか出来なかった。
「ぐうぅッ!貴様、……キサマァァ!」
潰れた顔から不気味な光、目と思われる一つの光点がこちらを見返す。マシーンは左手に持ったナイフを握り直している。軍人の使う多様な戦術が取れそうな得物だ。
そして、再び攻撃態勢に入っている。
「落ち着いてください、真。マシーンに与えた損傷は軽微なものです。素手では効果的な打撃を与えられません。こちらも武器を用いて応戦しましょう」
女性のアドバイスが響き、少しだけ冷静になれた。距離が近すぎる、俺は大きく跳んでマシーンと離れた。
「武器だって!? 何があるんだ、”アシュレイ”!」
『アシュレイ』
そう、彼女は”アシュレイ”だ。不意に口にしたが、それこそが彼女の名だった。
先程から隣にいたのに、なぜ気付かなかったのだろう。今、俺に必要な女だ、戦うために。アシュレイは俺に力を与えてくれる。
「当機『ウィクスハイト』の主武装は小剣『グラディウス』です。扱い辛いでしょうが、左腕に装備してください」
左腕部に懸架されているグラディウスを、利き腕である潰れた右手で無理矢理引き出す。
抜刀されたそれは、重力に従い、弧を描きながら大地へと落下していく。
グラディウスが地表を貫き、柄の部分だけを残して静止した瞬間、俺は遂に『ウィクスハイト』、即ち巨大人型ロボットに搭乗している事を理解した。
疑問など浮かびもしなかった。ただマシーンを自分の力で撃滅するだけだ。
怒りや憎しみ、哀しみ、そして使命感。そうした想念と共に、左手をグラディウスに翳す。
大地に膝をつき、逆手で小剣を握る。
そしてウィクスハイトは直立し、小剣を瞬時に順手に構え直す。その威力を確かめるように空を切り裂く。リィン、というような音がした。
その姿は、宛ら神話や伝説の登場人物が物語の幕開けに手にする聖剣、封印されし力を解き放った瞬間のようだ。
凄まじい力の奔流がグラディウスに集まってゆくのが解る。
「これで勝てるんだな? ”アシュレイ”!」
「はい、ウィクスハイトが負けることはあり得ません。『真』に、私と共に戦う意志が在り続ける限り……」
二人が居るのは戦場。真とアシュレイは場にそぐわない微笑みを交わし合った。
それはまるで、これから始まる戦争を、心の底から楽しもうとでも云うような恍惚とした貌であった。
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