第十五話 ティー・タイム〜ブレークファースト〜
「わあ、おいしそう、ありがとうアシュレイ!」
ウィクスハイトの内側、I.D.専用のコクピット内蔵保護空間『パンドラ』は広い。
十五メートル四方の部屋になっており、臨時居住用としては充分すぎる程だ。必要に応じて縦横比は変化するし、高さ、または深さはそれ以上である。
もちろんそんな部屋を入れるスペースはウィクスハイト内部に存在しない。空間圧縮技術によって実際のそれとは異なる大きさへ変換されている。
「お待ちどうさま、どうぞ召し上がれ」
だからパンドラ内部にはコクピットだけでなく、いざとなればシェルターとして機能するよう様々な設備が整っている。コーヒーを作ることなど造作もないし、キッチンは完備してある。
ウィクスハイトの技術を応用すればプラント設置も可能だから、自給自足のコロニーにさえなる。
「いただきます!」
コーヒーの香りを愉しみながら飲む。一時的に精神は退行しているが、真は嗜みまで忘れてはいなかった。
「とっても美味しいよ」
出来たてで火傷してしまう温度のコーヒーを平然と飲み干してしまった。熱い飲み物は冷めないうちが美味い。パンドラ内は外界と隔絶されているためにエネルギーの保存が可能だ。よって、コーヒーの温度を変化させないですむ。
急いで飲む必要はないが、空になったカップを見て
「もう一杯ちょうだい」
と言われたアシュレイは
「はいはい、ちょっとお待ちくださいね」
とポットを傾けた。
二杯目はカリカリとクッキーを食べながら一口ずつ口に含む。アシュレイの作った食事は絶品だった。
「食べてたらなんだか余計にお腹が減った!」
と真は真面目な顔で驚いている。
「こんなこともあろうかとサンドイッチも用意しておきました」
真が起きる前から作っておいたのだ。なにせ一週間ぶりの食事なのだ。
I.D.にとって、こうした日常生活を再体験し続けることは重要である。実際は必要ないのだ、日常生活は。
食べなくても死なないし、汚れることもない、限度はあるが疲れない。眠ることさえ習慣として残しておく程度の儀式である。
「すごく美味しい! アシュレイの作る料理は魔法みたいだ!」
それは、実に悲しいことだ。代謝が無くなってしまうのだ、身体にも生活にも。だから精神に支障をきたす。毎日繰り返す特別ではない、面倒な日々。普通は面倒だとしても必要に迫られてやめることはない。しかし、いざやめられるからやめる、となると歯止めが効かなくなる。日常をやめてしまうと、人間性も失われてしまう。
「ありがとうございます。実際に、魔法のようなプロセスで作っているんです。そう感じられるのも自然かもしれません」
「そうなんだ。ん? 魔法もあるの?」
本質的には必要ない事こそ人には重要なのかもしれない。趣味は人生を彩る。それは食事の用意、料理にもいえることだ。
「はい。この世界はとても広く、真も、私も知らないことはたくさんあります。魔法は、科学技術の到達点の一つだそうです。」
「ふうん」
「魔法を簡単に説明すれば、願いや望みを強く思い描くことで、過程を自動演算処理し、結果を取り出す技法のことです」
「よく分からないけど便利なんだね」
「はい、真にも使えるようになりますよ。ウィクスハイトが魔法の演算をしてくれますから」
「そうなんだ! じゃあ、アシュレイは魔法を使ってサンドイッチを作ってくれたんだね」
「ふふ、また詳しく説明しますよ。お腹は落ち着きましたか? そろそろ笹木さんから連絡があってもいい頃です」
「うん、もう大丈夫。ごちそうさま」
「真、今の貴方は少し疲れています。大変だと思いますが、気をしっかり持って対応してください」
「え? ああ、そうか。僕はまだ寝ぼけているようだね。しっかりしないと」
「はい、きっとその後の方が長くなります。その時、私は一緒にいられないので」
「その後?」
そう言いかけた時に、Airsからの通信が入った。笹木の声だ。
「冬実さん、お待たせしました。Airsの車両をウィクスハイト横に待機させています」
急いで準備をしたのだろう、キャンプから車を飛ばして来た笹木の汗ばんだ顔を見て、真は気を引き締めた。
「ありがとうございます」
「では、関係者に連絡を入れますね」
笹木はIERFの現場指揮系統に回線を繋ぎ、今から真が外に出る事を伝えた。少しの間を置いて、ウィクスハイト周辺にいる人々がざわめき出した。
「出るって!?」「き、記録、録画の準備!」「大丈夫なのか?」「急げ、降りるんだよ!」
現場は混乱している。こうなる事を見越して準備を終えてから指令を出したのだろう。時間が掛かればそれだけ場をコントロールし辛くなる。
「落ち着いて対応してください。中に乗っているのは人間です。決して危害を加えたりしないようお願いします!」
笹木が拡声器を使って伝える。この場にいるIERFは特にエリート揃いだが、何せ組織自体出来立てだし、それを指揮するAirsも同様だ。作法が確立していない。周知されているとはいえ、未知のロボット兵器ウィクスハイトから人が降りてくる姿は誰も見たことがないのだ。故に笹木も緊張する。
「いいですね? ……冬実さん、どうぞ」
どこか他人事のように状況を見ていた真は、少しの間自分が呼ばれたことに気づかず慌てて返事をした。
「……はい! コクピット開きます、開きますよ!」
外にいる人々の安全を再確認して、降機シークエンスに入った。
ウィクスハイトの胸部が迫り出し、左右へと開く。続いて装甲板が一枚、二枚と上下へ移動し、隔絶空間との境に道が出現する。旅客機の搭乗口に似た動作をしたようだ。
内部、真の視点では中空に扉が現れた。外部はモニターしているので、胸部装甲の動作一部始終も見ることが出来た。
(ロボットに乗ってるって実感するな)
「アシュレイ、いってきます」
「いってらっしゃい、お気を付けて」
真っ暗な隔絶空間から真の姿が見えてくる。
はっきりと聞き取れるようなものではないが、周りにいた人々はザワザワと声をあげ、真を見る。
(おお)(本当にあの中から……)(人間だ)
聞こえないフリをしてウィクスハイトの左手に乗り、地上へ降りる。好奇の視線に晒される真を守るように、笹木よりも近くにいた伊藤が声を掛けた。
「さ、冬実くん、こちらへ」
Airsの車両へと案内され、伊藤と共に乗車する。笹木はこの場に残るようだ。
「では、冬実さんをお願いします」
真を乗せた車はAirsキャンプへ向かう。笹木がこちらへ一礼するのが見えた。
ウィクスハイトから少し離れると
「ああー! 緊張した! ね、でしょ?!」
いつもの調子を取り戻したように助手席に座った伊藤が話掛けてきた。
「あ、ああ!」
「ふぅー、まっったく、みんな堅いんだから」
「伊藤さん、無事でよかった」
「それはこっちのセリフ! キミが無事でよかったよ、はあ」
職場の同僚として一緒に話していた時より更に砕けた口調の伊藤に真は戸惑う。
「……うん。Airsだったんだね」
「まあね」
「こうなること、知ってた?」
「知らなかった。嘘っぽいけど。Airsみんなそう」
「そうか……、じゃあ春歌さんのことも?」
「うん。ねえ、冬実くん。確かに私の方が年下だけど、先輩なのは間違いないんだから。気を使わないでね」
「え」
「ドーンと来い! 泣きたいでしょ?!」
そういった伊藤の方がすでに泣いていた。冗談めかした態度でいたが、余程気を張っていたのだろう。後部座席に乗った真に擦り寄った。
「い、伊藤さん! こ、こら、抱きつくな!」
運転している女性がこちらを少し笑い少し泣きながらちらりと見てくるのが気恥ずかしく、振り解く真似をするが、拒否はしなかった。そのうち自分も泣けてきた。
「……くっ、うぐ。ああ!」
「ごめんね、こんなことになるなんて、知らなかったから。ごめんね西来ちゃん」
伊藤が春歌の名を呼ぶ。もう会えないのか。
「う、く、い、伊藤さんは悪くない、悪くないよ。春歌さんを守るべきなのは僕だった。そ、それが出来なかった僕のせいだ」
「違う、それだって違う! こんなの、だって、分からないでしょ! どうするか、誰にだって!」
一旦車を留めてふたりが落ち着くのを待つ。最早乗っていた三人とも大声で泣いていた。
「ご、ごめんね冬実くん。ドーンととか言っちゃってさ、私がしっかりしなきゃいけないのに」
「いいや、泣いてくれてありがとう。僕からは出来なかったかもしれない」
「ん……、よし! 調えて行こう。やらなきゃいけないことはいっぱいあるんだから」
「そうだね、頑張ろう」
Airsキャンプは近い。そこには真の仲間が待っているはずだ。
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