第十四話 ティー・タイム〜コーヒーブレイク〜
七月十二日から七日の後、冬実真はウィクスハイトの中で目を覚ました。調整用ベッドの機能は正常に働いていたのだが、真はひどく疲れを感じたままだった。
真っ暗だったパンドラに灯りがともり、ここがウィクスハイトの内だということを真に知らせる。
「おはようございます、真」
アシュレイが声を掛ける。
「ん……。アシュレイ、おはよう」
操縦席の下では小波が立ち、真の気分を落ち着かせようとしているかのようだ。
「う、身体が痛い。なんでなんだろ?」
「真に宿るエーテルが枯渇しているのです。これは、自然に回復するのを待つしかありません」
「エーテル? そう言えば、そんな事を聞いたような……。何があったの?」
真は、ホワイトファントムとの戦闘を思い出せなかった。それは恐らく心の防御機能で、あまりに激しいストレスに晒された真自身がその事を忘れようとしたのだろう。
それほどホワイトファントムの事のことはトラウマになっていたし、ウィクスハイトによる薬物の強制的な過量投与も受けていたので、一過性の記憶喪失になっていた。
「真は、一晩の内に何回も連続して戦闘をこなしました。その疲れは当機の機能を持ってしても完全には回復し切れないほどのものだったのです。それほど、真は頑張りました」
アシュレイはトラウマの核心に触れず、やんわりと事実を述べた。
「うん、そうだったね。とりあえず、休息は取れたんだ。状況を確認しよう」
そう言って真はモニタースクリーンを開いた。外の映像が映しだされる。
「? どういう事なんだ?」
ウィクスハイトに沢山の人々が取り付いていた。近くにいる者は防護服を着ており、遠巻きに見ている者はスーツを着ている。よく見れば機体の周りに鉄骨の足場が組まれ、特に胸部周辺にいる技術者らしき数名が、パソコンを操作しながらあちらこちらと物色している。
「アシュレイ、これは?」
「落ち着いて聞いてください。真は一週間ほど眠っていました」
「一週間? そんなに?」
「はい。あの、七月十二日の戦闘は、熾烈を極めたものでした。真は敵機を撃退したものの、持てる全ての力を使い果たして、メディカルベッドで調整を受けていたのです」
「……。そうだよね、初めての戦闘なのに何連続もあったんだよね。一週間もあったから、その間に動けなくなったウィクスを調べようってことになったんだ」
「その通りです」
七日の内に、IERFの面々や技術者たちが入れ替わり立ち替わりウィクスハイトを調べに来た。勿論そこにはAirsの面々も居た。ウィクスハイトを下手に弄り回されないように監視していたのだ。その成果は結局、パンドラ(コクピット)を開けるに至らず、ウィクスハイトが動き出すことを恐れて鋼鉄の鎖で雁字搦めに封印するに収まった。
それでも調査活動は続いており、鉄骨の周囲には簡易的に屋根が設けられて、宛ら整備工場のような雰囲気の建物にウィクスハイトは押し込まれていた。
「さぁて、どうしようか。こんな風に動けなくされているって事は怖がられてるんだろうし。いきなり出て行ったら危ないんだろうなあ」
「そうですね。ここは一旦Airsの方に連絡を入れるのが良いと思われます」
「そうだな、えぇと、さ……笹木さんだっけ? に、連絡をしてみよっか。アシュレイ、笹木さんは近くにいるかな?」
「ええ、この一週間ここを離れずにずっと見守ってらっしゃいました。あの、左下の人物がそうです」
と、アシュレイが言うとモニターの一部が拡大され、笹木をはっきりを映し出した。その姿は少し窶れているようだ。
真が目を覚ますまでの間、碌に睡眠もとらずにずっとウィクスハイトの側から離れずにいた。その間も他のAirsたちと連絡を交わし指示を与えていたため、疲れ切っていてもおかしくない。
「じゃあ、まずは驚かせないようにAirsからの連絡ってことにして無線を入れてくれる?」
「分かりました。すぐに通信を始めてよろしいですか?」
「うん」
戦闘の行われていない状況だと、ウィクスハイト内でも真は落ち着いたままでいられた。
そもそもパンドラは真が安らげる雰囲気が反映されたデザインであったし、何よりアシュレイも居る。彼女は、真にとって様々な意味で特別な存在だし、常に安心感を与えてくれるパートナーである。その、パートナーという言葉がどれほどの価値を持っているか、真はあまり深くは考えていなかった。
アシュレイは声色を変えて、笹木の持つ無線機に連絡を入れた。
「笹木主任、連絡が入っております。Airsキャンプまでお戻りください」
その声はAirsの一人を模したものだったので、笹木は疑いもなく言葉を返した。
「分かったわ、ありがとう。伊藤さん、少しの間ここをお願いね」
「分かりました」
そう言って笹木はキャンプに向かって行った。それを見ていた真は驚く。
「伊藤さん!?」
笹木に後を託された女性は、真と同じ職場で働いていた先輩、伊藤本人だった。
「そんな、伊藤さんもAirsだったのか! いいや、その前に生きていてくれてよかった……」
伊藤は真が自分を見ていることを分かっているかのように、ウィンクをしてみせた。
「はは、よかった。本当に」
真は、戦闘によって壮絶な被害を受けた町を見た記憶から、近くの知り合いは皆、死んでしまったと思い込んでいた。それは、ほとんどその通りだったが、少なくとも一人でも生きていてくれたことに感涙した。
「代わりました、笹木です」
笹木と繋がった。
「おはようございます、笹木さん。あの、出来るだけ驚かずに話してもらえると助かります」
「? どちら様でしょうか」
「冬実です、ウィクスハイトに乗っている冬実真です」
「あっ! 冬実さん!!」
と、やはり大声で驚いてしまい周囲のAirsメンバーの注目を集めたが、そこからは笹木も冷静に対応した。
「冬実さん、ご無事だったのですね。心配してました」
「はい、一週間もご連絡出来ずごめんなさい」
「いいえ、こうして生きてらっしゃる事がすべてです。私にとって何よりの朗報です」
「ありがとうございます」
と言って、真はまた涙ぐんでしまった。だが、今は集中しなければならない。
「笹木さん、僕は無事です。少し疲れてはいるけど、怪我もしていません。これから外に出ようと思うのですが、出来るだけ静かに出たいんです」
「はい、よく分かります。Airsで対応させて頂きますので、少々お時間を頂いても大丈夫ですか?」
「よろしくお願いします。——ところで、今ウィクスハイトを見守っている人は、僕の同僚の伊藤さんですか?」
「ええ、その伊藤です。彼女もAirsの一員として立派に働いてくれています」
「そうですか、良かった。では、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
通信を切り、真はメディカルベッドから操縦席へと移動し、深く腰掛けた。
「さて、と。しばらくは笹木さんに任せるしかないし、どうしていようか」
「今は待つしかありません。何か飲み物でもお出ししましょうか」
「え? ああ、そうだね」
「コーヒー、紅茶、緑茶やジュースもありますが、どうされますか」
「そんなに種類があるのか、すごいなぁ」
「ええ、この場でお淹れします。出来立てですよ」
「あはは、そんな機能まであるのか。ウィクスは至れり尽くせり? だね。じゃあ、コーヒーのホットで」
「ミルクとお砂糖は入れますか?」
喫茶店の店員ようなアシュレイの言葉に、真は笑ってしまった。
「まったく、面白いロボットだねえ、ウィクスは。戦闘用でしょ? 両方入れてー」
「はい」
返事をしたアシュレイの目の前にアンティークなテーブルが現れた。浮遊しているテーブルにコーヒーセットが置かれている。カップやスプーンなどは既に用意されているが、コーヒーは豆から挽くらしい。コーヒーミルも有った。
「そこから?」
「時間はありますので、香りからお楽しみ下さい」
アシュレイの少し的外れな返しに、真は少しずつ癒される。こういった時間もI.D.のケアなのかもしれない。
アシュレイが手作業でコーヒーを挽く。芳しいフレグランスに真は食欲をそそられた。
「コーヒーと一緒にクッキーもお出ししますね、もう少しお待ち下さい」
と、コーヒーミルをくるくると回す。ものの数十秒で中挽きのコーヒー粉が出来上がった。
「挽くのは早いんだなぁ」
「特製のアシュレイ・ブレンドですから」
そう言ったあと、アシュレイはサイドテーブルに置いてあったサイフォン式のドリッパーを目の前のテーブルに移した。あらかじめフィルターや濾過器などはセットされており、後はコーヒー粉を入れ、フラスコに水を注いで暖めるだけだ。
「へえ、ビームヒーターっていうんだ、それ」
空中に浮かんだ文字が、名前と機能を教えてくれる。これもウィクスハイトに搭載された技術の一端だ。時間が無く確認できてないパンドラ内の機器もこれで識る事が出来る。
アシュレイはロートにコーヒー粉を入れフラスコに水を注ぎ、その下に置いた上品な黄金色をしたビームヒーターの電源を入れる。すると不思議で鮮やかな光が灯った。まるでエーテルだ。エーテルが熱へと変わり、湯を沸かす。その時間はものの十秒足らずだった。
「綺麗なものなんだね、エーテルって」
「ええ、この力が常に平和的に使われたら良いのですが」
ああ、お腹が減った。ここは居心地がいいなあ。
普通の話をしている様子だが、思考は幼稚化し言葉の端々にもそれは表れた。真の精神は深刻なダメージを受けている。アシュレイは真を癒そうと全力で努力していた。
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