第十三話 ウィクスハイトの力〜絶望の白い影〜
ウィクスハイトが最大戦速で敵機に突撃を始めた瞬間、
『あああああああああああああああああああああああああ』
いきなりの奇声かノイズらしき音に真は驚いた。
「?! この音はなんだ、アシュレイ」
「はい? 特別な音は検出していませんが」
『ホワイ、ト……ファントムッ!!』
真は確かにそう叫ぶ声を聞いた。アシュレイの声ではない。この声は、一体……?
だが、そんな事を考える余裕など無くなるほどの衝撃が真の躰に襲い掛かった。ウィクスハイトの全身全霊を賭した一撃がホワイトファントムの武器とぶつかったのだ。
鞭であろうそれは、Elzらしく金属に似た性質を持っているようで、グラディウスの切っ先を硬い音を鳴らして弾いた。
お互いの武器から、エーテルが噴出する。ウィクスハイトのフルパワーを物ともせず、ホワイトファントムは自然な体勢のままでいる。
「不味い!」
飛び散ったエーテルが鞭に吸い取られてゆく。今や傍観者に近い立場となった真でも、ホワイトファントムの力に恐怖を覚えた。
素早く跳び退いて構えをつくるウィクスハイト。たったの一撃で、歴然とした実力差を見せ付けられた。
グラディウスによる攻撃は片手でいなされ、さらにエーテルまで吸収されてしまう。あの鞭は厄介だ、今の接触で稼働時間を五秒は削られた。残り百六十五秒。
「ダメだ、ウィクス! あいつにグラディウスだけでは勝てない!」
真は自然と自分の乗るモノへと呼び掛けていた。
だが、どうする? どうすればホワイトファントムに勝てるんだ。武器のリーチも機体のスピードも相手が上。こちらの武器はグラディウスだけだ。スマートガンなどでは役には立たないだろう。真は薬物の過量投与でぼやけてしまう思考を、なんとか振り絞る。
「アシュレイ……」
「残る手段は一つしか有りません。エーテルを利用した攻撃です。純粋にパワーとして打ち込むか、魔法として使用するか、です」
「魔法……? Elzはそんな事まで可能なのか?」
「はい。ですが、ウィクスハイトはあくまで格闘戦主体の機体ですので、魔導戦に対応出来るかどうか。真も魔法についての経験がありません。それに、ウィクスハイト自身がその提案に乗るか分かりません」
残り百五十五秒。このまま何もしなくても決着は付く。それは敗北を意味するだけだ。
「付け焼き刃の魔法は、多分通用しないと思う。どうやって使うのかも分からないしな」
「その通りでしょう」
ウィクスハイトは動けずにいた。全く隙が見つからないのだ。
ホワイトファントムは右前腕部から鞭を生やしている。硬質な素材で出来ているだろうが、多重関節が仕込まれていて変幻自在な動きを見せる。革の如くしなるかと思えば、棒状の武器として打撃や刺突も可能のようで、近距離戦では万能だと言えるかもしれない。グラディウスをも弾くモノなのだ。
「提案に乗るか、と言ったな。ウィクスハイトには意思があるのか?」
「Elzは完成されたシステムです。戦闘単位としても、自律型コンピュータとしても。完全なバイオニックプレゼンスであり、構成する素材が違うとはいえ生物と変わり有りません」
「——よく分からないな。つまり?」
「意思があると言えます」
二人は悠長に話しているが、これは超高速言語を使ってのものであり、現実では稲妻の速度で会話をしているに等しい。これまでの戦闘でも会話が成立していたのはそういった理由だ。
真とアシュレイが思考を巡らせている間に、ホワイトファントムは構えを解いていた。まるでウィクスハイトを挑発するかのように。これは、チャンスなのか。
状況を判断する間も置かず、ウィクスハイトが切り掛かった。
真が操縦する時とは全く違う太刀筋でウィクスハイトは戦う。その動きは剣術の達人を想起させるが、剣捌きという語をはるかに凌駕した動きだ。流れるような動き、どころでは無い。すべての剣撃が技として完璧なのだ。
「凄い……!」
一度の斬撃が次の、更に次の技へ繋がっている。真がしたような敵の一部を狙う単純な攻撃などではなく、数えるのも馬鹿らしくなるほどの連続攻撃。左に在った剣が瞬時に敵機の頭上を狙い、それが躱されるのを見越して突きに転じる。突きが断ち切りに変化し、上へ下へと自在に動く。攻撃が当たる事も外れる事も同時に想定している動作のようだ。ウィクスハイトの動きは、人間だとかマシーン、ロボットなどの枠を超えている。剣術を極めた戦士そのものだ。
しかし、それら攻撃をホワイトファントムはすべて躱している。鞭も使わず躯体を最低限移動させるだけで反撃もして来ない。運動性の高さも凄まじいのだろうが、恐らく奴は見切っているのだ、ウィクスハイトの動きを。
つまり、ホワイトファントムはElzとしての性能だけでなく戦士としての経験も格も上であるのだ。
「駄目だ、このままでは。時間切れを待つだけじゃないか!」
「……。最早説得している時間は無いでしょう。今一度、ウィクスハイトから操縦権を取り返す必要があります。そのためには真に更なる負担を強いる事になりますが」
「策があるのか?」
「ホワイトファントムはウィクスハイトの動きを完全に把握しています。たとえ技術が高かろうとも今の戦い方では勝ち目はありません」
アシュレイは真を見つめながら言った。その顔は悲しげに見える。
「真の潜在能力に賭けるしかありません。たとえ素人の剣でも見切られている技よりは効果が上がる可能性が高いと判断します」
「一か八か、か。……何故、そんな悲しそうな顔をしているんだ?」
「私がですか?」
アシュレイは驚いたようだ。自分の表情に気付いてないらしい。
「分かりません。ただ、ウィクスハイトも辛いだろうと思って」
「ウィクスが? ……僕には分からないが、この戦いには何か因縁の様なものがあるのかもな」
「そうかも知れません。記憶装置には載っていませんが——。ホワイトファントムに敵わない事、ヒエラルキーコードを取り上げる事も何故か後ろめたく感じます」
「だが今はそんな事に構っている余裕は無い。僕が操縦するとして、どんな戦い方がある?」
「結局のところ、グラディウスの最大出力での斬撃しか無いでしょう。その為の隙を如何にして作るか、です」
「隙を作る手段、か。エーテルを最大限に使う方法……」
「当機がエーテルを射出する手段は、グラディウスにエーテルを送るデバイスを応用したものになります」
「それで十分なパワーが出せるのか?」
「正直、出力不足でしょう。隙が作れる程とは思えません」
真たちが考えあぐねいている間も戦闘は続いており、残存動力は残り百秒を切っている。ウィクスハイトの攻撃はただの一発も当てられていない。それでもコクピットまで衝撃が伝わって来るのは、ウィクスハイトが一つ一つの技に全力を込めているからに違いない。
突然、ホワイトファントムの反撃が始まった。鞭を薙ぎ、風を切る。その風圧だけでウィクスハイトの躯体が吹き飛ぶ。
「うあッ」
途轍もない衝撃波だ。なんとか空中で姿勢を制御し、大地に足を着ける。
「なんて威力だ。相手にならないぞ……」
「エーテルが十分ならばバリアで防ぐ事も可能です。攻撃にすべての出力を割いているため、防御力は最低限のものしかありません」
ホワイトファントムは攻撃を続ける。鞭が振られる度にウィクスハイトは右に左に揺さぶられ、徐々にエーテルを減らしていく。
「くそ! 偉そうに手加減しやがって! 直接当てる事もしやしない!」
「真、稼働時間が三十秒を切ったら最後の攻撃を仕掛けましょう。残り三十五秒でウィクスハイトからヒエラルキーを奪還します。それまでに方策を考え出して下さい」
「無茶を言う! とにかくエーテルをぶっ放せばいいんだろ!?」
残り七十秒。真の喋り方にも余裕が無くなってきた。
ウィクスハイトはホワイトファントムの動きを少しずつ捉え、グラディウスで鞭と同じ様に衝撃波を作り出し、それを相殺し始めている。しかし威力は段違いだ。こちらにダメージが及ぶ事には変わり無い。
「何がある、エーテルを最大で出すには……」
考えている間にも衝撃が機体を襲い、エーテルが躯体各所から漏れ出してゆく。
「……そうか! 敵機を撃破した時、エーテルエスケープするとか言ってたな! あれを応用する事は出来ないか?」
「エーテルエスケープとは、対象が全エーテルを放出し切る事をそう呼びます。応用と言っても、エーテルが残っている機体はウィクスハイトだけです」
「意図的に発生させる方法は無いか?」
「有りますが、それでは自爆と同義です。ホワイトファントムに仕掛けても通用しないでしょう」
残り五十秒。四十九、四十八、四十七……。打撃を受けずとも決定的な瞬間は近づいてゆく。
「エーテルさえ噴き出せばいい。……右腕を使う」
「右腕、ですか?」
「そうだ。関節ごとシャットアウトしてあるだろう? それを解放する。そこに全エーテルを流し込むんだ。今なら分かる、あの血の様な赤い液体もエーテルなんだろう?」
「ほぼその通りです。右腕破損部を解放すれば、エーテルは一気に流れ出てしまいます。確実にエーテルを当て、グラディウスによる最大出力の攻撃を同時に行わなければいけません。この方法では、総ての動力を使い切ります」
「他には思い付かない。やるだけだ!」
「では、ウィクスハイトからコントロールを取り返します。大変な痛みが伴いますが、我慢して下さい。五秒ほど頂きます」
「分かった」
アシュレイは実体投影式立体操作盤を素早く操作し始めた。視界に映し出された赤い文字が、通常色に変わってゆく。真の身体にもウィクスハイトと繋がっているという実感が戻ってきた。
「ごめんなさい、ウィクス。貴女はよく戦ったわ、少し休んで……」
そう言ってアシュレイは補助席の左側に装備された自意識凍結装置の強制自死誘発器を引いた。
『あああああああああああああああああああああああああ』
またあの声だ。今度は分かる、これはウィクスハイトの叫びだ。怒りや悔しさ、無念さ。そういった強く儚い想いが悲鳴となってコクピットに反響する。アシュレイが言っていた後ろめたさは、こういう事なのかもしれない。
叫びが途切れた瞬間ウィクスハイトは動作を停止、同時にホワイトファントムの攻撃が直撃した。
「ぐぼおぉ」
と声にさえならない音と大量の血を身体の奥から吐き出し、真は昏倒しかける。
続け様に襲いくる攻撃、そのショックが逆に真の意識を繋ぎ留めた。
「う、く、クソォォ!」
ウィクスハイトは激しい攻撃で山肌に叩き付けられた。
「残り時間三十三秒、真、急いで下さい!」
アシュレイの声が遠く聞こえる。今までウィクスハイトが受けていたダメージがそのまま真に伝わってくる。操縦出来なかった約百五十秒間に蓄積された痛みは、酷いものだった。
目を開く事さえ億劫になる自分を奮い立たせるため、真は叫ぶ。
「動けえええええええええ!」
最後の力を振り絞り、ウィクスハイトはホワイトファントムへと飛び掛かった。
グラディウスを握る手にも力が入る。ウィクスハイト自身がコントロールしていた動きも、今や真が担っている。もう細かい制御など不可能だ、突撃するしかない。
「うおおおお」
真が振り抜いた剣は、ホワイトファントムに当たらない。しかしこれは作戦だ。鞭と交錯しない距離でグラディウスを振り回す。滅茶苦茶な太刀筋だが、ホワイトファントムは真の考え通り剣を避ける。ウィクスハイトがした様に、真も衝撃波で攻めていた。
「残り二五!」
アシュレイの声にも覇気が籠る。
一秒毎に数百、数千、数万と数を増してショックウェーブを繰り出す。だがそれはホワイトファントムを傷付けない。分かってはいたが、相手は途轍もない強さだ。残り二十秒、しかし焦ってはならない。機会を待つんだ、真は自分に強く言い聞かせる。
ホワイトファントムも黙っている訳ではない。鞭を伸ばしこちらのボディを突いてくる。当たれば即終了だ。冷静に、しかし激しく回避する。
「残り十五です!」
「行くぞアシュレイ!」
真はウィクスハイトの可動する限りのバーニアスラスターをフルに噴射させ、隼の如くショックウェーブと共に斬り掛かった。
轟音を響かせホワイトファントムの鞭と激突するグラディウス。エーテルを吸収され、真は膝を折った。体勢を崩し地面へと堕ちゆく真。だがその右半身はホワイトファントムの顔面を捉えていた!
「アシュレイ、出せーーーー!!」
「開放!」
堰き止めていたエーテルが、爆発的に押し出された。応急シールドで押し込めていた分の圧力をも利用した為、右肩部の胴体装甲が弾け飛んだ。
真っ赤な液状エーテルが直撃し、ホワイトファントムの装甲を赤熱化させ、ほんの刹那だが硬直を誘った。最後のチャンスだ。
「ワアアアアアアアアアア!!」
真は絶叫し、自身のエーテルを込めて、全開出力にしたグラディウスをホワイトファントムの胸部に突き出した。
胸部装甲に接触するグラディウス。
「行け、徹おれ!とおれーーー!」
歩を進めるウィクスハイト、一歩分、二歩分とグラディウスがホワイトファントムの装甲を抉る。
が、
「っげ!」
真は再び大量に吐血した。コクピット内の小波が朱に染まる。それは、つまり、真の力が尽きた証だった。
朱に塗れた喉の奥から、真は血とともに声を絞り出す。
「ぁぁ……、ホワイト……ファントムは……?」
グラディウスは確かに敵の急所に突き刺さっている。しかし、その眼光は、ホワイトファントムの両目は光を失っていなかった。
「——駄目です」
「ちく、しょう……」
真は最早、指一本動かせないほど消耗し切っていた。いつ意識が途切れてもおかしくはない。だが、これが最期の時ならば、見届けなければならないという気力が、その意識を保っていた。
「来ます」
アシュレイが言った通り、ホワイトファントムが動きだす。自らの胸部に刺さったグラディウスを、鞭を操って器用に絡め取り、引き抜く。
地に落ちるグラディウス。
剣を突き出したままの体勢で硬直していたウィクスハイトは敵と、敵に刺した武器を支えに立っていた為、左腕を端緒にその体躯を地に預けた。
ホワイトファントムの鞭が蛇の様にウィクスハイトのボディに巻き付いてくる。全身を拘引され、宙へと持ち上げられてしまった。
「く……」
真は呻いたが、不思議とその鞭からは攻撃的な感じを受けず、締め上げられても痛みを感じない。
ほんの僅か光るウィクスハイトの眼がホワイトファントムの眼を見返す。
鞭がウィクスハイトの胸部、コクピットの収まっている装甲に這い寄る。その先端からエーテルが放たれ、一次・二次・最終装甲全てが融解した。
物理的な装甲は全て破壊された。I.D.を守る最後の砦、隔絶空間までもエーテルの作用か、完全に消滅した。
コクピットと外界を隔てる内殻、『パンドラ』が露呈し、真は肉眼でホワイトファントムを見てしまった。
ホワイトファントムは頭を屈め、コクピットを覗き込む。真はその巨大な眼と相対した。
「!!!!」
怖い! 恐い! こわい! コワイ!
ホワイトファントムの顔は美術品の様に煌びやかで、ロボットとして傍から見れば格好の良いものだろうが、実際に間近に迫った三十メートルもの巨体は、人間にとって想像を絶する苦痛、恐怖でしかなかった。
「嫌だっ、来ないでくれ!」
死の恐怖に勝る虞。真はここまで来て改めて機械の恐ろしさを味わった。
更に迫るホワイトファントム。手で触れられてしまいそうな程、顔を近づけてくる。眼光でコクピットは眩しく照らし出された。その瞳は、間違いなく真を視ている。品定めをする様にまじまじと、甚振る様にじっくりと。
「わああああああ!」
恐怖のあまり叫ぶ真だったが、頭を抱えるような動きをする力さえも、もう残っていない。
「真! 落ち着いてください真! ホワイトファントムからはもう敵意を感じません!」
アシュレイの声は届かない。苦悶の表情のまま固まる真。
見詰められて三十秒は経っただろうか。ホワイトファントムはその顔を離していった。鞭の力を緩め、ウィクスハイトを解放する。
そして、すべき事は終わったとでも言うように静かに飛翔し、昏い宇宙へと去って行った。
「真、もう大丈夫です。真……」
「う、ぐす、うぅ」
真は泣いていた。恐怖と屈辱のあまり、涙を垂れ流した。
そんな真を、アシュレイは優しく、優しく抱きしめた。頭を撫で、呼吸を置いてからその顔を見ると、真は眠りに落ちていた。
「真、ウィクス。本当にお疲れ様でした」
アシュレイは真を力強く抱きかかえ、メディカルベットに横たえた。
そして、
「ウィクスハイトの敗けです。しかし、これは始まりに過ぎません。二人とも、今はゆっくり休んで……」
と独り呟いた。アシュレイ自身もひどく疲れている筈なのだが、ウィクスハイトの管理、真の安全を一手に引き受けているため、休息はない。
アシュレイの瞳は、輝きを失っていない。その姿は、子を守る母親のようだった。
二〇〇九年七月十三日午前二時過ぎ、空虚な戦場と成り果てた石嶺町に雨が降り出した。それは、戦火を洗い流そうとする空の涙だったのかもしれない。その色は、唯々黒かった。
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