第十一話 ウィクスハイトの力〜Elz、圧倒〜
戦闘前の数十秒。真はどうしても気になっている疑問をアシュレイにぶつけた。
「アシュレイ、さっきの戦闘で僕は一度死んだように感じた。あれは一体なんなんだ?」
「死、ですか? そのような記録はレコーダーにありませんが」
「一度コクピットを貫かれて、その直後に時間が巻き戻ったような感じだった」
「少なくともウィクスハイトの機能では無いです。時間のコントロールなどは不可能ですから。それに似た現象ならば既視感、もしくは未視感というものがあります」
「既視感は、デジャヴのことだろ 、未視感というのは?」
「ジャメヴと呼ばれるもので、体験したことのある出来事を初めて経験するように感じる現象のことです」
「そうか……、あれは両方が重なったような体験だった。とにかく、明確なビジョンだった。避けて通れない出来事を予め体験し、現実でそれを回避するための予知のような」
「I.D.となる人間には、特殊な性質が備っている可能性が高いとライブラリにあります。真にはそうしたビジョン、第六感的能力があるのではないでしょうか」
「そう言われても、簡単には納得し辛いな。あまりにも生々しい体験だった。体がバラバラに引き裂かれたんだ」
「では、そのビジョンを仮にトランジャヴと名付けましょう。日本語なら未到観といったところでしょうか」
「未到観、トランジャヴか。それが僕にはある、と。確かに死にかけるような事を避けてきた思い出はいくらかある。でもトランジャヴのような体験は初めてだ」
「でしたら、その感覚と記憶を大切にして下さい。これから生き残ってゆく上で重要な要素になるでしょう。それが真のみの特殊性であり、生存力とでも呼ぶべきものです」
「生存力、未到観か。二度とは経験したくない感覚だけど、大事なものなのかもな」
話を打ち切り、真はモニターに映された各種データに集中する。敵機は三機。その内の一機は、先に戦闘した機体とは異なり、数倍する出力を確認している。先程までの戦力だったらとてつもない脅威である。
だが、ウィクスハイトも強くなった。
正式なI.D.が操縦するElzがどれほどの力を発揮するのかは予測がつかない。同化値で言えば、三倍近い上昇があった。エーテル出力もそれに比例して強くなっていてくれればいいが。
ウィクスハイトを戦闘モードに移行する。鎧が装着され、全天全地全周モニタースクリーンが展開される。この感覚にも少しは慣れてきた。
それでも気分は昂揚するし、戦闘への緊張感が失われたわけではない。むしろそれは失ってはならない感覚である。戦場で戦いの空気を忘れてしまえば、未到観、トランジャヴなどではなく現実の死が待ち受けているだけだ。
敵機の姿が見えた。先の兵士タイプ二機に、あれは闘士タイプとでも言うべきか。巨大な戦斧を携え、余計な装備は持たず、機体性能を頼りに力押しを得意とするような感じだ。兵士タイプも筋肉質な形態をしていたが、それがより強調されたようなマッシブな姿。濃紺の装甲、左腕に装備された盾は運動性が犠牲にならないよう適度の大きさをしている。
「戦いにくいな、チームプレーを意識している編成だ」
「そうですね。兵士タイプが援護、闘士タイプが接近戦を担当するのでしょう。ファイターとソルジャータイプをソルジャーワン、ソルジャーツーと識別します」
先程と同じように、ウィクスハイトはスマートガンを回収し装備する。今回は予備銃倉も手に入れ、相当数の銃弾を確保。
正規のI.D.登録が成されたことでウィクスハイトは新たな機能を獲得していた。空間圧縮、機体各部及び周辺に圧縮空間を作り出すことが可能になったのだ。圧縮空間は自在に開放することが出来、内部に格納した装備を素早く取り出せる。
コンプレッサは非常に便利な能力だ。実弾兵器ならば、永続的に弾丸を補給し、撃ち続ける事が可能になる。スマートガン程度の長大な装備さえ格納可能だ。
現時点では敵機の銃や弾薬を奪って使うしか手段が無いが、ウィクスハイト専用に銃のような中・長兵器を開発すれば、心強い武器になるだろう。
ただ、ウィクスハイトの容姿に銃火器は似合わないかもしれない。
「戦闘開始まであと五秒」
スマートガンの狙いをファイターに定める。大地へと降り立つ直前、光の円周の最大直径まで敵機が散開した。ちょうど正三角形を描くように、ファイターがウィクスハイトに近い角に位置取る。
「このままではこちらが狙い撃ちにされます」
アシュレイの咄嗟の警告に、真は即座に反応した。
「くそッ、避けるぞ」
言ったが早いか、敵弾が発射される。着弾地点にウィクスハイトの姿は無い。
「なんだ、この速度は!!」
敵小隊の側面に出ようと加速したウィクスハイトは、バーニアさえ使うことなく、脚力だけでマシーンの背面に位置していた。
いきなりのことだったため、真はスマートガンの使用にタイムラグを発生させてしまう。だが、それでも先制を決められた。ファイターに銃弾を撃ちまくる!
銃弾の速度は規格通りだから、先程までの攻撃と速さは変わらない。それでもファイターの反応より早い攻撃だ、マシーンを連射が襲う。
さすがに撃った分だけ全て当たったわけではなかったが、相応のダメージを与えた。ファイターの青い装甲が弾け飛ぶ。
ようやく反応したソルジャーワン、ソルジャーツーが反撃に出る。銃弾がウィクスハイトに殺到するが、真にはその軌道が見えていた。前回の戦闘と同じ速度の銃弾を完全に見切り、わずかな移動で見事に回避する。またもバーニアを使用していない。
「どうなってるんだ!? 敵が遅いぞッ」
「これがウィクスハイト本来の性能です。正式なI.D.が操縦するElzならば、この程度は当然の結果です」
「だが、これだけの機動力ならば、新型でも楽勝になってしまう」
戦闘中に会話するほどの余裕さえあった。
「ソルジャータイプより数倍は強いはずなんだろう、ファイターってのは?」
「その通りです。しかし、今のウィクスハイトはその更に五倍は出力も機動力も上です」
「なんてことだ」
敵弾を軽々と躱し、ウィクスハイトが攻撃する。スマートガンの連射が各マシーンの装甲を徐々に削り落としてゆく。エーテルの出力はスマートガンには影響しないから、まるで弾速が遅く鳴ったように感じてしまう。ウィクスハイトより装甲の厚い敵機にスマートガンでは決定打を与えられないのだ。
もし敵が一機だとすれば、集中砲火で叩き落とす事も可能だろう。だが、弾丸を分散させている現状では、それが適わない。
スマートガンの残弾が無くなった。圧縮空間に格納したマガジンを取り出し、スマートガンに装填する。ガチャリ、という音が小気味良い。
三対一の戦い、たとえウィクスハイトが強化されたとはいっても、不用意に突撃するのは無策だと言える。ファイターにどのような性能があるかも分からない。幸い弾丸にはもう少し余裕がある。このまま中距離戦を続ける方が無難だろう。
「戦闘の優位性はどれくらいだ」
「圧倒的に優勢です。このままのペースを維持出来れば、確実にウィクスハイトの勝利です」
「さっきまでは勝てるかどうかの瀬戸際だったというのに」
戦闘が優勢になることに不満はないが、調子に乗ってしまいそうな自分を必死に抑える。
敵小隊はウィクスハイトとの距離を詰めようと必死に加速を繰り返すが、まったく捉えられない。
敵弾がウィクスハイトを傷付けることは、今戦闘において未だ無い。一方的な戦いだ。それでもこちらの弾丸は少なくなってゆく。真は、これまでに最もダメージを与えているソルジャーツーに狙いを絞る。ファイターは中距離射程の武器を使用してこない。一度に接近される恐れの無い距離を保ち、ソルジャーツーがソルジャーワンの射線軸に重なる位置に移動する。
「くらえっ」
スマートガンを左腕の脇に挟み、固め撃ちでソルジャーツーにありったけの銃弾を浴びせる。敵機の装甲と火花が鮮やかに弾けた。その火花はマシーンの動力源、エーテルと交じり、激しい閃光を帯びる。銃弾が尽きるまで連射し、ソルジャーワンからの攻撃を避けた時には、ソルジャーツーの巨体はエーテルを撒き散らしながら崩れ落ちていった。
「ソルジャーツー撃破を確認しました」
「よし次!」
真が吠えた。
残弾の無くなったスマートガンをソルジャーワンに投げ放ち、足を止める。投擲武器では無いとは言え、それなりの質量を持った銃器はソルジャーワンを転倒させた。
その隙にウィクスハイトはグラディウスをぐっと握り、刀身を開放する。そのまま刃を左へ右へと振りかぶる。その軌跡を光の尾が追ってゆく、エーテル光だ。数倍に値する力を得たウィクスハイトの武器は、その切れ味を表すかのように不思議な色に輝き、特別な剣であることを見せつけるように見得を切った。
「グラディウスと俺の力、試してみる!」
戦闘に際しての昂揚か、真の一人称は自然と変わっていた。
ソルジャーワンを次のターゲットと定め、一気に駆け出す。十歩ほども進んだか否かの所で、バーニアスラスターの焔を放射。ウィクスハイトは大地から五メートル程浮上し、滑空する。
敵との距離は瞬時にして無くなる。まだ立ち上がれないソルジャーワンにマウントを取った。突きの体勢で構えていたグラディウスをそのまま敵機の左腕関節へ刺し滞空、連続して右腕関節に唐竹割りを決める。ウィクスハイトの躯体は実にしなやかに動き、ソルジャーワンの両腕を欠損させる。
「トドメは刺さない。まだ試し切りとデータ収集の役に立ってもらう」
残酷にも思える処理、これからの戦いを考えれば無力化した敵機は、戦闘経験値を上げるためにいい的になる。
「先の戦闘でのこともあります。ソルジャーワンの分析を続けますが、十分に注意を払って下さい」
「ああ。もしかしたら大勢の敵とも戦闘をやってのけなければならない、その時の練習さ」
「余裕、ですね」
「いや……」
確かに、絶対に勝てる戦いだとは思うが。アシュレイは諌めようとしたのかもしれない。しかし、真は勝利よりも経験を欲しがった。
「——青いヤツを仕留める。アシュレイ、ウィクスの性能をファイターに合わせてくれ」
「可能ですが、どういう事ですか?」
「このまま楽に勝ってしまえば、敵との実力差が分からない。敢えて性能を落としてでも、ウィクスの力の幅を知っておきたい」
「よろしいのですか、苦戦する可能性も高いですよ」
「それでいいんだ」
戦術的には明らかに間違った選択をしている。一度でも負ければ、全ては終わる。
有利な状況で戦闘を終了出来るのならば、それに越した事は無い。それでもこの先を考えて行動しようとする真に、本心では同意していた。無傷の勝利では、返って慢心することもある。
「了解しました。ウィクスハイトのパフォーマンスをファイターの十%増しまで落とします。それ以下は危険ですので。よろしいですか?」
「それでいい」
ウィクスハイトのカラダが重力に吸い寄せられるようにガクンと重くなる。左手に持ったグラディウスも輝きを鈍らせ、保持するのに余計な腕力を使うようになった。
「! 違うな、最初の戦いより力が落ちているようにさえ感じる」
「当然です。ウィクスハイトは八割強パフォーマンスを下げています。大人から子どもに戻るようなものです」
濃紺のファイターは仁王立ちでそのやり取りを待っていた。それはこれから始まる一対一の、必殺の時を望んでいるかのようだ。
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