第十話 目覚めの時〜人って、そこからでしょう?〜
真が眠ってから三十分、アシュレイはその間の出来事を報告した。
「そうか、自衛隊とAirsではそう簡単にうまくはいかないようだな」
「ええ。今はAirsと早急に連携を取る必要があります。先ほどから笹木さんが連絡をお待ちです」
「わかった」
笹木に繋がる回線をオープンにする。
「冬実さん!? ご無事でしたか?」
「はい、少し休息を取らせてもらっていました」
「そうでしたか、よかった。お疲れではありませんか?」
「大丈夫です。この機体にはパイロットを回復させてくれる機能も備わっていますから」
「そうなんですか。……私たちは、上空の物体を監視していました。その様子が敵機出現の兆候を顕しているようなのです」
「こちらでも確認しています。GIFT出現は間も無くのようです」
「! GIFTの名称、もうご存知でしたか」
「はい、睡眠を取っていてもウィクスハイトが情報収集してくれるようになっています。名称は、Airsと僕とで決めてしまっていいのですか?」
「早急に決める必要があるものは、そうさせてもらいます。それで、私たちに以降の行動の指示等ありますでしょうか?」
突然の指示要請に真は戸惑った。Airsは軍隊ではない。それもたった今、発足したばかりの組織である。基本的にはウィクスハイトやアシュレイ、真に頼り切りになってしまうのも頷ける話だった。
「そうですね——」
会話を一旦区切り、アシュレイに問う。
「GIFTはおそらく塔からしか出現しないと思われます。今すぐに出来る事ではありませんが、塔直下に迎撃システムを構築する用意をしてもらうのがよろしいのではないでしょうか」
「直下? 迎撃は分かるけど、それは危険じゃないのか?」
「確かに迎撃施設に常駐するAirsのリスクは高くなります。ですがウィクスハイトのバリアフィールドさえあれば、安全かつ最短の距離で迎撃する事が可能です。私たちとAirsは、地球を守る盾とならなければなりません」
「……、そうだな。Airsも、これからは一蓮托生という訳だ。それに、Airsも僕が守り抜けばいい、という事か」
「その通りです」
アシュレイとの会話を終え、手短かに笹木に伝えた。
「わかりました、迎撃施設の用意、ですね。言い換えれば前戦基地、Airs基地! なんだか燃えてきますね!」
と笹木は張り切った顔だ。
「基地って、笹木さん前のめり過ぎじゃあ……。一番危険な場所になるんですよ?」
「ええ……、私たちも本気なんです。バックアップだとしても命を賭けるような事を冬実さんだけにしてほしくないんです。一緒に戦わせてください」
そうか、Airsをやってる人たちはこんな気持ちを持っているのか。真はありがたく思いつつも、純粋な想いから来る彼女たちの危さに胸を刺された。
「ありがとう、……わかりました。GIFTの出現地点が決まっているとすれば、決戦の地をこことするのが最善だと思います。不幸なことですが、この町にはもう何もありませんから……。被害がこの町を中心として出ているのなら、焼け野原になったこの場所を、砦とするのが一番でしょう」
「そうですね……、ではAirsの基地を石嶺町へ早急に建設出来るよう、尽力します」
「ありがとうございます」
言い終わるが早いか、塔が光を放ち出した。
「細かいお話しは戦闘の後で」
「はい、冬実さん、ご武運を!」
笹木たちは仮設の指揮所を畳むこともせずそのままに、Airs専用のヘリへ急いだ。
自衛隊員たちは、ここを離れないつもりのようだ。通常兵器では効果無しと分かった今でも、反抗作戦を立てている。
それは、ウィクスハイトにとって戦い辛い環境だった。自分たちを防衛する手段を持たない人々が戦場にいることは、足手まといになってしまう。自衛官たちの決意は尊重すべきだが、GIFT同士の戦闘に割り込むことは自殺行為に等しい。
「お願いです、ここを離れてください! 今までの戦闘で結果は見えているはずです。僕はあなたたちも守りたい」
真は外部スピーカーと回線を使い、自衛隊に呼び掛けた。虚しい行為であることは自分でもわかる。
「そうしたいのはやまやまだが、これが私たちの仕事なんだ」
指揮官が応える。
「……もし、今度の作戦で効果が認められない場合、我々は撤退する。君の意思は分かった。だが、引き下がれない時もあるのだ。理解してもらいたい」
回線が切れた。
「——仕方がない、被害を最小限に食い止めるしかないな」
「そこまでの余裕があればの話ですが」
「どういうことだ、アシュレイ」
塔が輝きを増す。
「今度のGIFTは、前回と比較して数倍の出力を持つマシーンのようです」
「決着をつける気か! 一体何が目的なんだ、人類の滅す? ウィクスハイトの奪取? アシュレイ、何か分からないのか」
「現時点では、GIFTの目的は不明です。私にも知らされていません」
「くっ、ウィクスハイトの動力はどれくらい回復している?」
「動力残量十六・八%」
「ほとんど変わってないじゃないか。勝てる見込みはあるのか」
「——あります」
「? なんだ、歯切れが悪いな」
「今まで、ウィクスハイトは全ての性能を発揮していませんでした」
「なんだって? それは、そうかもしれないが、どうしてなんだ」
「ウィクスハイトには、正式なI.D.登録が必要なのです。それをまだ行っていません」
「? と、いうことは僕はまだウィクスハイトの正式なパイロットになっていなかったという事か?」
「その通りです」
「そういうことは早く言ってくれ。すぐに……」
アシュレイが遮る。
「いえ、登録を行うともう後戻り出来ません」
「何を言ってるんだ、とっくに後戻りなんか出来ないじゃないか」
「逃れられない責任と覚悟が必要になります。それを確認するためにも言い出すことはタイミングが必要でした」
「……それで、どうなんだ、アシュレイ。僕には、覚悟とか資格はある、と確認出来たのか?」
「真には、その資格があります。しかし今のままならば、ウィクスハイトと共に戦い続ける運命を回避することが出来ます」
「……それでも、誰かがやらなければならないことだろう?」
「その通りです。先程も言いましたが、私の伴侶となって戦い続けてもらえるのですか?」
「その覚悟は、既に決めてある」
「ここがPointOfNoReturn、不帰投点です。最終確認します。本当によろしいのですね、真」
「ああ」
「……ありがとうございます、その答えは私にとっても最上の喜びです。では、一旦ウィクスハイトを待機モードへ移行してください」
「わかった」
真はコントロールレバーを軽く引いた。視界が狭まり、常人の範囲へと感覚が戻る。
「では、私と握手をして、抱きしめてください」
「だ、抱き締める? それで、いいのか……?」
ドキリとしたが、拍子抜けもした。それならキスくらい求められるかと。
「ハグ、挨拶です。人間、そこから始めるものでしょう?」
アシュレイは事も無げに言う。その表情は、太陽のようであり、春の風を感じるような、そう、満面の笑顔だった。暖かい風は真を包み、決意へと誘う。
「そして、あなたの心すべてを捧げる気持ちでこう言ってください。『Show me』と」
「『Show me』、導けということか」
「はい、あまり時間はありません」
真は刹那、考える。
今やるべきことは、何か。覚悟、その言葉は誰に対してのものなのか。戦い抜く決意。もはやこの場に、戸惑いを持ち込むべきではない。
そして、応える。
「アシュレイ、きみはとっくに僕のパートナーだ」
真は操縦席から身を乗り出し、
「アシュレイこそ、僕でいいんだね?」
「はい、真」
と短く言葉を交わした。
そして、真は右手をアシュレイに差し出し、その手を握る。
それは柔らかく、か弱い力で握り返してくる。アシュレイは強い女性だと感じていたが、その手は彼女の存在の儚さを象徴するかのように今にも消え入りそうだった。
アシュレイと見つめ合い、真の鼓動は加速する。握っていた手が離れたかと思えば、指が絡まっていく。友人とする風から、恋人同士のような繋ぎかたに変わっていた。ふたりの距離を確かめ、近づいていこうとする心がそうさせているのかもしれない。
短い時間だったが、甘い感触を味わった。
真はその感触を更に求めるかのように、アシュレイの正面へと席を移した。
「……いくよ」
「真、来てください」
アシュレイを、雛を守る翼のように真のからだが包み込んだ。
「ん」
アシュレイが、今までにない扇情的な声を上げる。真は熱いものを感じた。彼女の体温が伝わってくる。それは、生身の人間と変わらないものだった。彼女の感触をこのまま抱いていたい。その想いを断ち切るように、真は叫んだ。
「『Show me』、アシュレイ!!」
その瞬間、コクピット中が真っ赤に染まる。モニターには様々なデータの羅列。膨大な量のプログラムが走る。真の躰にも変化が起きる。真の体表に電子回路のような、幾何学模様が浮かび上がった。
「イグニションドライバのコード承認。Elzプロトコル構築。キスレト反応確認」
聞き覚えの無い単語をいくつもアシュレイが繰り返す。
真の中に宇宙でも誕生したような感覚が芽生えた。
「うわあああああああああああああ」
遥か彼方の銀河を見ているようだ。戦闘時に流入してくるデータなどと比較にならないほどの情報が真の中に入ってくる。不快ではない。一瞬だ。一瞬ですべてを理解したような、忘我の境地を味わう真。そして、感覚は収まってゆく。
アシュレイのカラダの柔らかさと共に真が体験した宇宙は、静かに消失した。
「こ、これがI.D.になるということなのか……」
ウィクスハイトと真との同化値が跳ね上がった。 アシミュレイションの高さによって機体の性能は大きく異なる。先程までは二十程度しかなかったが、今は六十を僅かに超える。圧倒的な数値だ。
「はぁ、は……はい。これで正式なElzのI.D.として登録されました」
さすがのアシュレイも息が上がっている。真はそれに見惚れてしまった。
「ア、アシュレイ、大丈夫か? Elzってなんなんだ?」
恥ずかしさ紛れに真は質問をする。
「Elzは、ウィクスハイトの機種としての名称です」
「なら、敵もElzなのか?」
「いえ、敵機とは開発元が違います」
「そうか——」
Elz=ウィクスハイト。その完全なパイロットとなった真。
「確かにさっきまでとは全く違う。より鮮明に、より力強くウィクスを感じる」
「その力は、真自身に身についた力でもあります。これからは、負ける事はおろか死ぬことも許されません」
「死ぬことも? 負ければ死ぬんじゃないか」
「そうです。ですから、もし負ける可能性がある時は……」
「なんだっていうんだ?」
「強制的に力を引き出させてもらいます。ご了承願います」
「……? よくわからないが、わかった」
抱き合った余韻もそこそこに、アシュレイは微笑む。その表情には氷よりも冷たい魔女の貌が隠されていることを真は知る由もなかった。
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