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ウォータードメインプラネット〜あるいは彼はどうやって運命を切り開いてゆくのか〜  作者: 三州 誠一郎
第一部 遠い夏の日 第一章 降り立つ火
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第九話 目覚めの時〜春の夢〜

 ウィクスハイトの機能にはパイロットの身体だけでなく、精神の安定をはかるものがある。その一つが調整用メディカルベッドだ。まことは今その中で深く微睡まどろむ。それはとても心地よかった。


 メディカルベッドには、パイロットが大怪我おおけが、たとえ身体の一部を失っても完全に復元ふくげん出来るほどの性能が備わっている。

 I.D.(イグニションドライバ、略してイド)、つまりパイロットのことだが、ウィクスハイトに相応しいからだへと改造をするのもメディカルベッドの機能によるものである。


 真がウィクスハイトに初めて乗った時、彼は即死に等しい状態だった。

 恐るべき精巧せいこうさと緻密ちみつさを持って、ベッドに備えられた治療用メディカルアセンブラーが真の傷のすべてを治療したのである。アセンブラーはマシーンにおける修復(およ)再構築さいこうちく機能の事を指す。

 真の躰は通常の肉体では耐えきれない負傷に耐え、あらゆる病気にかからず、常人ではありえない強靭きょうじんさを持った体へと変化させられていた。


 真にその自覚は無い。その強靭さを持ってすれば、一般人にとっては驚異きょういの存在とからある。戦闘時や緊急時以外には、その力はおさえるよう制御コントロールされている。

 また、ウィクスハイトのパイロット、すなわI.D.(イド)と呼ばれる者は、半不老不死となる。戦闘にてきした状態まで肉体を成長または退行たいこうさせ、いくらでも再生の効く躰に改造するのだ。


 ウィクスハイトは、人間をパイロットとして必要としている。機体のスターター、起動するためのイグニションキー(いわゆるエンジンの鍵)、戦闘デバイスとして機能させるためのドライバ、または操縦者としてのドライバー、総称してイグニションドライバ、I.D.と呼ぶ。


「真、夢を見ているのですか?」


 アシュレイはこれまでの戦闘データを統合処理している。それこそ彼女の役割で、他の者に任せられない仕事である。


「休める時間はそう長くはありません。貴方あなたの安らいだ姿をいつまでも見られるなら、それが一番良いのですが……」


 ウィクスハイトと敵機マシーン、両者の性能差を決定付けるのは、I.D.の存在だ。I.D.の意思は、ウィクスハイトの動力源エーテルに強く干渉し、出力を大きく左右する。出力が上がれば機動力やバリアフィールドの強さ、発生時間も増幅される。グラディウスにもそのエネルギーは通い、切れ味を増す。ウィクスハイトが戦うには、I.D.の存在と戦意は最重要なのだ。


 だから、I.D.の損耗そんもう疲弊ひへいは可能な限りけなければならない。コクピットに搭乗する人数がナヴィゲータ(アシュレイ)を含めて二人なのに、スペースを確保してまで三つ目のシート(メディカルベッド)が用意されているのは、以上のような理由である。


「頭部装甲のダメージは視覚機能に影響無し。腹部の銃創じゅうそう自己修復機能セルフアセンブラーの範囲内に収まり、現在六四%ほど修復済み。右腕は右肩関節部まで完全に損失そんしつ。修復の目処めどは立たない」


 真が寝息を立てているベッドから操縦席をはさんだ左横の補助席ナヴィゲーションシートで、アシュレイは機体の損害そんがい状況じょうきょうを確認していた。


「真が右利きなのは痛いですね。右腕うわん損失そんしつは影響大。両手とも利き手にすることを目標の一つとしてリプログラム」


 いずれにせよ、右腕の修復は大規模な修理装置が到着するまで難しい。アセンブラーを最大活用しても形だけの再生でしかない。ウィクスハイトの各部に備わる動力供給用送電網エーテルサプライトラフィクスは、非常にデリケートで、これの再生こそ肝要かんようなのだ。


 グラディウスの真価しんかを発揮させるには現状左腕を使うしかない。


残存動力エーテルプール十二・六%。正常に回復中」


 夢の中で、真はそのようなことを知った。ベッドからフィードバックを受けたのだ。この特殊なベッドは、ノンレム睡眠など御構おかましに脳へと作用する。それでいて休眠効果は絶大で、十五分も眠れば最適な睡眠時間をったのと同じ効果を得られる。


 たいしてナヴィゲータであるアシュレイに休息は許されない。I.D.の水先案内人みずさきあんないにんとして、常時ウィクスハイトの補助シートへ座り、サポートにてっする。

 センサーやレーダー、スキャナーで感知出来る有効半径を常に監視かんしし(範囲は地球全土に及ぶ)、真が休眠している間もデータを蓄積ちくせきし続けている。


「これを普通は忙しい、と言うのでしょうか」


 当たり前だが、人間に可能な作業量ではない。巨大ロボットの運用には見た目よりも膨大ぼうだいなスケールのサポートが必要となる。また会話等のコミュニケーションを主としたI.D.のメンタルケアも重要な役割の一つだ。




 アシュレイは外部モニターへと意識を向ける。Airsエアーズと自衛隊が現場に戻って来ていた。先ほど笹木ささきと名乗った女性と、軍の指揮官がもめているようだ。


「だから、この場は私たちにお任せくださいと言ったではありませんか!」


「だが、撤退てったいしろというのは聞き入れることは出来ない! この状況は国家の危機なのです! たとえ我々の攻撃に効果が無いと聞かされたところで、何もしないわけにはいかない!」


 戦闘前には敬語で話をしていた指揮官が、語気ごきを強めて怒鳴どなっている。


「我々が退けば、正体もわからない兵器と一般人変わらない貴方あなたたちに防衛の全てを任せることになる。そんなことが軍人として許されるものか!」


 当然の葛藤かっとうだろう。しかし、自衛隊の損害は甚大じんだいである。戦闘車両、戦闘機、隊員たち……。多大な犠牲を払って出した結果は、筆舌ひつぜつくしがたいものであった。


「……、対応策は私たちで用意します。このままでは犠牲のみが増える一方なのですよ!」


 笹木も必死だ。人死にを目の前で見てしまった。彼女にとっても初めて見た戦争だった。それも一人や二人ではなく、町が丸ごと消滅するほどのものだったのだ。

 先程さきほどは真とウィクスハイトに出会ったことで感情がたかぶっていたようだが、一旦いったん冷静になってしまえば、悲劇に目がゆく。感情を抑えて笹木は続ける。


「……Airsはあれと、GIFTギフトと戦う手段を早急そうきゅう検討けんとうしています」


「GIFT?」


「はい。敵性マシーンとウィクスハイト、巨大兵器の総称です」


「GIFTだとっ、あの敵がおくものだと! ハッ、笑えないな!!」


 指揮官はさら血相けっそうを変えてまくし立てる。


「分かっています! 現状、適切な名称が無いために便宜的べんぎてきに付けただけにありません」


 笹木の顔もみるみるうちに紅潮こうちょうする。


「ですが、冬実真さんが乗っているウィクスハイト、あれもとうから来たのです。敵性体のみをそうと呼称こしょうするわけではありません。私たちの味方をやってくれる存在を贈り物としょうして、何が悪いのですか!?」


「ふん。勝手にしたらいい。だが、敵と味方を一緒くたに呼ぶのも考えものだな!」


 そう言って指揮官はわざと足音を重くひびかせ、指揮所へと戻っていった。


「そんなことくらい分かってるわよ!」


 笹木の気分も落ち着かないらしい。ピリピリとした空気がアシュレイにも伝わる。


 Airsの準備したテーブルくらいしかない仮設の指揮所では、笹木を中心とした女性たちがあれこれと今後の方針を話し合っている。


 彼女たちも、ウィクスハイトが到来とうらいすること、自分たちがそのバックアップに回ること以外、何も知らされていない。現状出来ることは呼称を決める程度であった。


「GIFT、的確な名称かもしれません」


 アシュレイの声は決して外部にれないし、機体外へ出ることは許可されない。

 そのためその存在は真のみが知る所となる。I.D.以外の人間がコクピットに立ち入ることは不可能だし、真の口からその存在を口外できないようロックが掛かっている。

 

 機密保持きみつほじのためである。アシュレイはウィクスハイトの様々な秘匿ひとく情報が知らされているのだ。

 

 ウィクスハイトに使われている技術情報は、現在の地球人には刺激が強すぎるのだ。人類には戦争の歴史と記憶がある。いずれウィクスハイトのようなマシーンを創造するにしても、それは地球人類がみずから開発、発展すべきものである。

 簡単に流用出来る程度の技術ではないが、人の得る、新たな知恵の実として簡単に食べさせるわけにはいかない。とアシュレイの電脳にはまれていた。




 そのころ真は、夢の中で春歌はるかと初めて出会った時の事を思い出していた。


「ふゆみん? よろしくね!」


「ハル、こちらこそよろしく!」


 高校生の頃、ボランティア先のバザーでの出会いだった。


 学校ごとにバラバラになって男女混合の班を作っていた。そのとき真と春歌は一緒の班になった。学年が違ったものの、春歌は気さくに話しかけてきた。


 真は自分の名字がフユミということで、女の子みたいだとよくからかわれていた。そんな小中学校時代を終え、高校生になってからはそれを逆手さかてにとって馴染なじみやすいあだ名を作った。そういう明るさに春歌は真の力強さを感じていたのかもしれない。


「ふゆみんって、なんだかとっても可愛いニックネームだね」


「でしょ! 名字が冬実だからなんだけど、もういっそ名前で遊んじゃおうと思ってね!」


「ふうん、女の子みたいな名前なんだね」


 そう言ってネームプレートを見た春歌は


「ふゆみ、しん君?」


 と、まことの事を呼んだので


「いいや、まこと。名前まで女の子だってよく言われるよ。嫌な思いもしたけど、せっかくだから遊ばないとね」


 と返した。


 本名で関わっていてもすぐに打ち解けられるわけではないし、みんな自分で考えた愛称を本名と一緒に名札に付けていた。変な愛称のヤツもたくさんいた。


「ハルは、名前?」


「そう、西来にしき春歌はるか! 覚えておいてね!」


 そう言われていたが、真は八年後、ハルのことを忘れていた。この時も、春歌から声を掛けてきていた。


「ふゆみんはボランティア部にでも入ってるの?」


「いいや、ジュニアリーダー。人数が集まらなくて、入れられちゃったんだよ」


「ふうん、ボランティアにはあんまり興味ないの?」


「んー、そんなこともないかな。やってみると意外と楽しいね。これでも中学生の時からやってるんだ」


「そうなんだ! それなら私より長いね」


 真の通っていた高校にはボランティア部がなかった。それでもボランティア活動は、生徒たちの自主性に任せて活発だった。


「ハルは、ボランティア部に入ってるの?」


「うん」


「偉いんだね、そういうこと自分から率先そっせんしてやろうとするなんてさ」


「そんなことないよ! ほら、私の学校からだって何人か参加してるし、友達と一緒に入ったから。ふゆみんは、今までボランティア活動自体は積極的にしてきたの?」


 他のボランティア部員が「いらっしゃいませー」と威勢いせいの良い声で接客しているなか、二人は商品の整理をしながらおしゃべりを続ける。


「そう言われてみれば、結構やってるかも。老人ホームで劇の発表をしたり、子どもたちと遊んだり。自分で思ってるよりは活動してるかもなあ」


「すごいじゃん! 私はちょっと前に入ったばっかりだから。張り切ってやってるけど、まだ慣れないよ」


「そんなの気にすることないさ。お店、繁盛はんじょうしてるし、その、ハルの笑顔は可愛いよ」


「えっ!?」


「あ、い、いや、そんなつもりじゃ、そういう人がいるとみんな明るくなれるから……」


「う、うん、気にしてないよ。ありがとう……」


 他愛たあいのない会話をしていたと思う。ふたりは、今とそんなに変わらなかったな。そういえば、その時は最後までふゆみんって呼ばれてて。


 だから、シンくんて呼ばれたんだ。ああ、やっと思い出した。


 あの頃、もっと親しくしておけば。そうしたら、もっと楽しかったかもしれない。ずっと一緒にいて、八年も経ってから再会することもなかったかもしれない。


「ハル、春歌さん……」


「おはようございます、まこと


「——? アシュレイ、ああ、おはよう」


 夢だったのか。たった今、その時を過ごしているような現実的な夢だった。いや、夢というより記憶だな。春歌さん、すまない……。今だったら、ウィクスハイトのある今だったら、守れたかもしれなかったのに。


「春歌さんのこと、おさっしします」


「アシュレイ、春歌さんのことを知っているのか?」


「真の知っていることは、私にも伝わってきます。お気の毒でした」


「……。なあ、アシュレイ、ウィクスハイトがあれば、春歌さんは救えたのかな」


 言いようのない後悔が真の心に広がる。


「わかりません。一度起こってしまった事象じしょうは、変えようがありません。真がウィクスハイトに乗ったのは、彼女の事があった後ですから」


 あまり感情を表に出さないアシュレイも、この時はしずんだ口調で真にかたけた。


「うん」


「気休めかもしれませんが、これからは守れる命があります。そのための力を真は手に入れました。私も、真のことを全力で支え続けます」


「ああ、アシュレイ。くやしい、悔しいが、ありがとう……」


 そう言って手で顔をおおった真のほおからは、大粒の涙が伝って落ちた。

最後までお読み頂きありがとうございました!ブクマ、評価、ご感想やいいねを頂けたら大変励みになります!

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