- 入城の儀 -
コロンたちは城門が閉まる前に無事に城の中に入ることができた。
これから入城の儀式があるという。
- 入城の儀 -
コロンたちが城門に入ってまもなく・・・そこへ一人の魔女がやってきた。メガネをかけ、赤い髪をした魔女である。
彼女はパンパンと軽く手を叩くと、ココットたちに語り始めた。
「はい、はい、みなさーん、お静かに。私はシャルロッテ = プラリーヌ。あなたたち新入生クラスの一つ、“ルベライト・ドルフィン”クラスを受け持つことになっています。」
落ち着いた雰囲気で優しい声をしている。さながら優しいお姉さんといった雰囲気の女性だ。気の強い人物が多い魔女にはとても珍しいタイプである。
シャルロッテは杖を取り出して、軽く振るった。すると地面に光の筋が浮かび上がった。
「さきほどのみなさんの行動、とても感動しましたよ。これからみなさんを儀式の行われる聖堂にご案内いたします。迷わないようについてきてくださいね。もし迷ってしまった場合はこの光に沿って歩いてきてください。この光は聖堂への道しるべです。」
ココットたちがその言葉に続く。
「はーい!!」
ココットたちは魔法使いたちというものは皆怖く、厳しい者が多いのだと思っていたが、優しい雰囲気をしたシャルロッテにココットたちは少し安堵をした。
ココットたちはシャルロッテの後につづいて移動をし始めた。しばらくすると、コロンは先ほどまでいた片足のココットが見当たらないことに気がついた。
コロンが後ろを振り向くと、遠くの方で片足のココットは杖をつきながらよたよたと歩いてきているのが見えた。コロンは心配になり、片足のココットに声をかけることにした。
「キミ、大丈夫・・・? 肩を貸すよー?」
「う、うん、ありがとう・・・君、優しいんだね。」
「誰かの役にたつことが、僕たち使い魔の役目だからね。僕はコロン、キミは?」
「ボクはマフィン。よろしくね。」
その様子を見ていたフラッペとショコラが声をかける。
「コロン、一人で大変じゃない? 私も手伝うわよ。」
「君、さっき最後に入って来た子だよね?! 僕はフラッペ、こっちはショコラ。これからよろしく!」
「二人ともありがとう。よろしくね。」
ショコラはマフィンに挨拶をすると、ひょいと背負って持ち上げてしまった。殆ど一匹で持ち上げているようなものだが、ショコラは顔色一つ変えていない。コロンはショコラが重くないか聞いてみることにした。
「ショコラ・・・だいじょうぶ? 一人で重くない?」
「平気よ。・・・それに、男の子が女の子の体に簡単に触れちゃだめでしょ?」
「ええ、女の子!?」
コロンはマフィンが女の子だとは思わなかったので、少し恥ずかしくなった。このまま何もしないで居るのは気が悪いので、コロンはマフィンの持っていた木の杖だけ持つことにした。
またそれはフラッペも同じ気持ちであった。彼には特に持つ物は無かったが、仕方がないのでマフィンのシッポだけを持つことにした。
コロンたちが聖堂に向かう途中、一匹の白銀の毛色をしたココットがコロンの前を遮るようにして現れた。
「待て。お前・・・名前はなんて言う?」
「ぼ、ボク? コロンだよ、よろしくね。こっちはフラッペとショコラ、マフィン。」
白銀の毛色をしたココットはコロンをじっとにらみ付けると口を開いた。
「僕はカーディナル。コロン、さっきの借りはいつか返させてもらうよ・・・フッ」
そう言うとカーディナルはそそくさと早足で通り過ぎて行った。
コロンは一体何でそんなことを言われたのかよくわからなかった。何か恨みを買うようなこともしていないし、余計なことをした覚えも全くないからだ。そもそもカーディナルとは初対面である。
様子を見ていたフラッペが不機嫌そうに呟いた。
「な、なんなんだよあいつ・・・。コロン、気にすることないよ、あんなの。」
「う、うん・・・僕、何かしたのかなあ・・。」
フラッペはコロンは何もしてないから気にすることはないと言ったが、コロンはどうしても気になってしまった。このまま険悪なままで居るのは気分が悪いし、仲の悪い同級生はなるべく作りたくなかったのである。
コロンたちが暫く進むと、巨大で壮麗な建物が見えてきた。扉の前には巨大なココットの像と魔法使いの像が飾られてある。扉には魔法使いとココットが一つのリングを手にとりあい、かかげているレリーフが彫られている。
シャルロッテが立ち止まり、落ち着いた口調で話し始めた。
「はい、みなさん着きましたよ。ここが聖堂です。1300年前に起きたという世界が滅亡に瀕した時、偉大な魔法使いとココットがここで契約をし、世界を救ったと言われている神聖な場所です。これから中に入り、みなさんにはここで契約の儀式をしてもらいます。」
コロンたちには昔の歴史に関してはよくわからなかったが、ここがとても神聖な場所であるということはわかった。手を取り合っているココットと魔法使いのレリーフを見て、コロンはふと思った。
(僕も、いつかは素敵なご主人様に仕えることができるかな・・・?)
シャルロッテが耳に手を当てている。魔法を使って誰かと連絡をしているようだ。
「・・・あ、はい・・はい、わかりました。こちらは到着いたしております。それでは入らせていただきますね。・・・はーい、それではみなさん、入りますよー。」
聖堂の門が開く。ゆっくりとコロンたちは中へと足を踏み入れた。
3~4階ほどの高さはあると思われる天井には豪華なシャンデリアがあり、窓はステンドグラス、壁には様々な彫刻が掘られ、クリスタルがはめこまれた衝立が並んでいた。床は幾何学的な模様が彫られ、神聖な雰囲気を醸し出している。
ココットたちはかなりの数が居たが、それでも十分過ぎるほどの広さがある。中央には三つの巨大な水晶がはめ込まれた壇があり、その奥には豪華なパイプオルガンが置いてある。
「わあ・・・すごい。」
ココットたちが思わず口にする。自分たちの村では見たことのないものばかりで、このような壮大なものは初めて見るものばかりだからだ。
シャルロッテが奥の上座に上がり、ココットたちに向かって話始めた。
「それではみなさん、これから入城の儀を始めます。・・・と、その前に、先生方をご紹介いたしますね。」
そう言うと、シャルロッテは壇上から離れた。すると、天井に飾ってあるシャンデリアの火が突然大きくなり、一つ一つの炎が壇上めがけて集まりだした。ココット達があっけに取られていると、火柱の中から一人の魔女が姿を現した。
髪の色は真っ赤な赤毛で、赤銅色のローブをまとい、鋭い目をしている。ショートスカートをはいており、身長は女性にしては高く、背筋はスラッとしている。魔女は腰に手をおいて語り始めた。
「ハーイ、坊やたち。私はアマレッティ = セミフレッド。よろしくね。」
大人びた口調にスレンダーな体型をしたアマレッティに、♀のココットたちは憧れのような表情を見せている。
「私が教えているのは炎魔法と魔法工学・・・そうね、簡単に言えば魔力で動く機械よ。魔法が下手なコでも、機械を覚えれば人の役にたてるわ。先生がや・さ・し・く教えてあげますからね。それじゃあ、授業で会いましょうね。」
そう言うとアマレッティは炎に包まれて消えていった。不思議なことに、何かが燃えたような形跡は全くない。
シャルロッテが軽く拍手をしながら口を開く。
「はい、レッティ先生ありがとうございました。それでは次は・・・。」
シャルロッテが会話を終えようとしたそのとき、周囲のクリスタルの光がバチバチと帯電し始めた。そして次の瞬間、壇上に向けて巨大な雷が落ちた。雷が消えるとそこには一人の魔法使いが立っていた。
黒髪のアフロヘアーをしており、魔法使いには不似合いな白い服で、顔にはサングラスをかけている。そのなりはどう見ても魔法使いには見えない。
「俺の名はカイザー = シュマーレン! 雷系統と魔法音楽担当だ!」
カイザーは非常に大きい声で叫んだ。ココットたちはあまりの声の大きさに耳が痛くなりそうだった。
「音楽ってのは魔法だ! 音楽は聞くだけで泣いたり、笑ったり、ハッピーな気分にさせてくれる! シビれる音楽をやりたい奴は俺についてきな! じゃあな、授業で待っているぜ、ベイビーたち!」
話し終えると、カイザーの居た場所に巨大な雷が落ちた。光が消えると、そこにカイザーの姿はなかった。ココットたちはカイザーのあまりの変わりっぷりに開いた口がふさがらなかった。
シャルロッテが額に手をあてながら口を開く。
「・・・えっと、はい・・。ちょっとヘン・・・いえ個性的な先生なので困惑した子も居るかも知れません。でも、とても良い方ですので安心してくださいね、みなさん。それでは次の先生にご挨拶を・・。」
シャルロッテが語り終えると、コロンたちの立っている足元からにょきにょきと不思議な芽が生え始めた。
「あわわ・・な、なにこれ・・・?!」
「なんか生えてきた!?」
ココットたちがあわてる。気がつくと大理石の床は一瞬にして一面が草原へと変貌していた。壇上に目をやると、そこには一本のツルが生えていた。ツルに巨大なつぼみがついている。
ココットたちがあっけにとられていると、実が動き始めた。そして次の瞬間、実が開き、中から一人の魔女がポンッと出てきた。
緑色の髪をしており、メガネをかけたやや中年の小太りの魔女だ。手には大切そうに本をかかえている。魔女はしっかりと落ち着いた声で話し始めた。
「みなさん、おはようございます。私はエクレア = フロランタン。木系統の魔法と、魔法生物学を担当しております。」
エクレアはメガネをくいっと上げ、会話を続ける。ややしわがれた、穏やかな声だ。
「あなたたちは、いざという時にはこの世界に蔓延る恐ろしいモンスター達から、身を守らなければなりません。モンスターの知識を身につければ、いざ対峙したときに役立つ事でしょう。それではみなさん、また会いましょうね。」
そう言うと先ほどエクレアが出てきた実が突然歯を生やした食虫植物に変貌し、そのままエクレアにかぶりついて食べてしまった。そして飲み込んだまま地中に潜り込み、どこかへと居なくなってしまった。ふと床を見ると、先ほどまで草原になっていた大理石の床は元の石の床へと戻っていた。
それを見ていたココットたちがざわめく。
「あわわ・・・先生、食べられちゃったけど・・大丈夫なのかな・・?!」
「た、助けに行ったほうがいいんじゃない・・?」
――ざわざわ
それを見ていたシャルロッテが鎮めるように口を開く。
「はいはい、みなさーん。エクレア先生は大丈夫ですよ。あれはエクレア先生の飼ってるペットです。マメちゃんっていうので可愛がってあげてくださいね。・・・それでは、次の先生、お願いいたします。」
どこからともなく聖堂の中にさわやかな風が吹き始めた。風は次第に強くなりココット達の間を吹き抜けて行く。壇上を見るとそこには小さな竜巻が起こっていた。風がやみ、竜巻が消えるとそこには一人の魔女が立っていた。
水色の髪をし、白い半袖のブラウスを着ている。その手にはなにやら菓子の袋を持っている。
「はーい、私はティラミス = ダックワーズ。先生は風系統と法学、ついでに風紀も担当してます!・・・だーれーかーなー? お菓子を隠し持っていた悪いコは?」
すると一匹のぽっちゃりしたココットが口を開いた。ティラミスの持って居るお菓子に反応したようだ。
「ああーっ! あ、あれは、ボクのお菓子・・・!」
ティラミスはそれを見てフフフと笑う。
「これは、没収しちゃいまーす! お菓子は許可無く聖堂に持って来ちゃいけませんよー。悪いコは先生がお仕置きしちゃうからね! うふふ!・・・それじゃみなさん、授業で会いましょう!」
そう言うとティラミスは再び竜巻に姿を変え、消えてしまった。
ティラミスが去ったあと、シャルロッテはやや顔を傾け、”そろそろいいかしらね”と呟いた。そして壇上に登っていき、そっと口を開いた。
「ティラミス先生ありがとうございました。はい、それじゃ丁度良い頃合いだと思いますので、次は私が自己紹介しますね。」
シャルロッテは服から杖を取り出し、軽く振りだした。すると聖堂が突然水であふれ、いっぱいになってしまった。ココットたちはびっくりして口を塞ぐが間に合わない。しかし、おぼれることはなかった。不思議なことに水中なのに呼吸ができるのである。
「みなさん、驚きましたかー? 私は建物を水で包み込む魔法と同時に、水の中で息ができる、水中呼吸の魔法を使いました。この魔法を使って、いつかは海中冒険に行きましょうね。」
会話を終えるとシャルロッテは指をパチッと弾いた。すると聖堂を包み込んでいた水はかき消えてなくなってしまった。
「見たとおり、私は水の魔法と魔法天文学を教えています。天文学っていうのは月や星々のこと・・・星々には魔力が込められてます。水の魔法や天体を利用した魔法を極めてみたい方は、がんばってくださいね。それじゃ次の先生に来ていただきましょうか。」
シャルロットが会話を終え、壇上から降りると、突然大理石の床が割れ、その中から一人の男が飛び出てきた。
全身が筋肉ムキムキであり、黒い武道着を来ている。その風貌は魔法使いというよりは格闘家である。頭には赤いバンダナをしている。
「俺の名はシュヴァルツ = クーゲル!岩のように固く、鋼のような肉体を持った男だ!大地の魔法と体術を教えている!・・・運動が苦手な奴も、バッチリ鍛え直して立派な戦士にしてやるからな!では諸君、また会おうぞ!」
そう言うとシュヴァルツは「フン!」と言いながら聖堂の壁を素手で殴り、壁を破壊して出て行ってしまった。超人的な怪力である。フラッペが不安そうに呟く。
「ひ、ひえ~・・・素手で壁を壊していっちゃったよ・・・僕、ついていけるかなあ・・。」
不思議なことにシュヴァルツが出ていった後、彼の出てきた床の穴と破壊された壁は元に戻っていた。そして突如として、一部のココットたちが笑い始めた。どうも様子がヘンである。
「ぎゃはははは!」
「ひ、ひいー、そ、そこはだめー!あはははは!」
「あははは、やめてー!」
コロンが一体何が起きたのか心配そうに見ていると、何者かが自分のお腹あたりをくすぐっていることに気がついた。しかし周囲には自分のおなかを触っているようなココットはいない。すぐ隣にはフラッペとショコラが居るが、自分の腹を触っている様子は全く無い。
「きゃ、きゃはははは、や、やめ、く、くすぐったい~っ!」
コロンは耐えきれずに笑ってしまった。それを見たフラッペとショコラが何が起きたのかとコロンを不思議そうな顔で見る。
「コロン、一体どうかしたの・・?」
「な、何か面白いことでもあったのかい・・?」
周囲の様子を見ていたシャルロッテが、やや険しい表情で呟く。
「はあ・・またやってるのね、あのヘンタイ・・!」
そう呟くと、シャルロッテは指をパチンと弾いた。すると突然、コロンの目の前に巨大な雷が落ちた。
「ギャッ!!」
雷が落ちたと同時に断末魔の声が響いた。雷が落ちた場所には一匹のココットがぷすぷすと黒焦げになって倒れている。先ほどは誰も居なかった場所である。
焦げて毛がボサボサになったココットはすくっと立ち上がり、顔をぷるぷると振ると、よたよたと歩きながら壇上の方へ向かっていった。
「いちちち・・まったく・・何も雷を撃たなくってもええやないか・・・ぼそぼそ。あ、ええっと、ワイはピスタチオ。君たちと同じココットや。マリアージュ様の使い魔やで。まあ、さっきはいきなりイタズラして悪かったなあ。ワイは無属性魔法と文学を教えとる。さっき使った透明化魔法もその一つや。」
イタズラをされたココットたちはむすっとしたやや怒ったような表情でピスタチオを見ている。こんなのが本当にあの偉大なマリアージュ様の使い魔なのだろうか。ピスタチオはそんな視線はお構いなしに会話を続ける。
「魔法は便利やが、間違うた使い方をしたら今のワイみたいになる。君らも気をつけるんやで。これから“あないこと”や“こないなこと”をようさん教えたる! ほな、楽しみにしといてなー!」
そう言うとピスタチオは突然フッと消えて居なくなってしまった。すると横の方で見ていたシャルロッテが突然叫び声をあけた。
「きゃああああー!!!!・・・く、このう!!」
シャルロッテの顔がひきつり、鬼の形相へと変わった。そして、シャルロッテは思いっきり足を振り上げた。次の瞬間、ピスタチオらしい物体が「ぎゃー!」と断末魔をあげながら聖堂の壁を突き破って空高く飛ばされていくのが見えた。
「はあ・・もう、ピスタチオったら・・・。」
シャルロッテはやや顔を赤らめながらため息をついた。彼女は手で顔をぬぐうと、落ち着きをとりもどし、会話を続けた。
「えっと、気を取り直して・・・それではあと、お二人ですね。」
シャルロッテが会話を終えると、突然聖堂が真っ暗になり、あたりがなにも見えなくなってしまった。周囲は何も見えない。ひんやりとした空気が流れる。フラッペが呟いた。
「ひええええ!! ぼく、暗いところが苦手なんだよ~~っ!」
それを見ていたコロンが心の中で思った。
(フラッペって暗いところも苦手だったんだ・・・)
暗い闇の中、突然天井に星々がきらめき、壇上あたりに光が差した。そこには一匹の白いココットと、隣に漆黒のローブを身にまとったクグロフが立っていた。周囲のクリスタルが光り出し、聖堂の中は明るくなっていった。
最初に口を開いたのはココットの方であった。
「えっと・・初めまして。私はシフォン。マリアージュ様の使い魔をしています。みんなと同じココット族よ。困ったことがあったら遠慮無く聞いてね。」
そう言うとシフォンはにっこりと笑った。同じ種族であり、優しいお姉さんのような雰囲気のシフォンにコロンたちは安堵をした。先ほどのピスタチオとは違ってしっかり者のようだ。
「私が教えるのは光の魔法と錬金術。錬金術はお薬を作ったり、色んな魔法の道具も作れるのよ。例えばこのイヤリング。魔法を使わなくても、これを身につけると遠くのヒトと話ができるようになるの。」
一匹のココットが不思議そうな顔をしながら手を挙げた。
「でも先生、そのくらいなら魔法を使えばいいんじゃないの・・?」
シフォンはにっこりと笑いながらその質問に答えた。まるでそのような疑問を想定していたかのようである。
「ウフフ、良い質問ね。でも、魔法はいつも使えるとは限らないのよ。魔力がなくなっていたり、魔法感知の魔法を使われてると魔法は使えないでしょ・・? そういうときに役立つのが、錬金術で作られた道具なのよ。魔力を使わないからね。」
ココットたちはなるほどという顔をしながら聞いている。シフォンが続ける。
「それじゃ、私の紹介はこのへんで。みなさんと楽しい授業ができるのを楽しみにしてるわ。・・それじゃクグロフ先生、ご挨拶をお願いしますね。」
シフォンはそう言うと壇を降り、シャルロッテの側へと移動した。
シフォンの隣に立っていたクグロフが口を開く。シフォンとは異なる、冷たく、重い雰囲気が漂う。その目には冷酷な死を感じさせる、暗くて冷たいものを感じる。
「さて、手短に話すとしよう。クグロフ = ヴェックマンだ。私は闇魔法と哲学を教えている。闇の魔法は死や苦痛を司るが、同時に我々を守る守護霊を操る魔法でもある。恐れずに学んで欲しい。以上だ。」
クグロフは話し終えると、コロンの方をじっと見た。コロンはその視線に非常に恐ろしい強い殺意のようなものを感じた。今すぐにでも命を奪わんとするような冷酷な目である。クグロフは視線を元に戻すと、自らの影に溶け込むようにして消えていった。
(なんだろう、あの視線・・・強い殺気みたいなのを感じたけど、気のせいかな?)
コロンは不安を覚えたが、気のせいだと流すことにした。
クグロフが去ると、シャルロッテが口を開いた。
「それでは、最後に・・・マリアージュ様からお話しと、入城の儀を行います。」
シャルロッテがそう言うと、中央の壇上に光でできたハトが集まってきた。光のハトは一体一体が合体していき、気がつくと一つの綺麗な扉へと変貌していた。
すると扉がそっと開き、中からブロンドの髪をした美しい女性が現れた。複数のオーブが施された豪華なドレスを着ている。手には白い手袋をし、目は透き通った青い瞳をしている。魔女というよりは何処かの国のお姫様と言った方が相応しいかもしれない。
「みなさん、初めまして。私がこの城の主、マリアージュ = アマンディーヌです。みなさんはこれからここで多くの事を学ぶでしょう。辛い事や嬉しい事、様々なことがあると思います。立派な使い魔になられることを祈っていますよ。」
美しい女性は落ち着いた綺麗な声で会話を始めた。
ココット達は初めて見るマリアージュの姿を見てかなり驚いていた。まさかこんなに若いとは思わなかったからである。自らの両親、祖父母もマリアージュの城で魔法を教わっていたため、もっと歳を取ったお婆さんなのかと思っていたのだ。
「それではシフォン、よろしくね。」
マリアージュがそう言うと、脇で見ていたシフォンが魔法を唱え始めた。
「はい、マリアージュ様。・・・ルクス = アヌルム = ヴォータ、誓約の光をここに!」
そうシフォンが呟くと、コロンたちの目の前には白く光るリングが現れた。コロンがふと手に持つと、それはほんのりと暖かく、そして不思議と優しい気分になるのであった。
マリアージュは光の輪がココット全員の手元に有ることを確認すると、会話を続けた。
「みなさんの手に持っているのは誓いのリング。魔法で出来た魔法の輪です。本来はそのリングを自らの手で作り、ココットと主人が共に握り、誓いの言葉を交わす必要があります。・・・ですが、皆さんはまだ見習いの身。そこで、一人前になるまではこの城そのものと誓約をして頂きます。」
ココットたちの中には城と誓約するという言葉にやや抵抗のある者もいた。ショコラもその一匹である。はあ・・とため息を吐き、いかにも残念そうだ。しかし見習いという立場である今は仕方がないことである。
マリアージュはココットたちを見回すと、再び優しく語り始めた。
「それではみなさん、光の輪を掲げて次のように言ってください。
“ルクス = サーヴァイト = ヴォータ この城に、来たりし日まで”・・と。」
ココットたちがそれに合わせて声を上げる。
「ルクス = サーヴァイト = ヴォータ!この城に、来たりし日まで!」
すると光の輪が輝きだし、輪に不思議な文字が浮かび上がった。光の輪はひとりでにココットたちの右腕に収まると、右の手首にがっしりとはまり、銀色の腕輪に変わった。腕輪をよく見ると星形の穴が空いている。
マリアージュはココットたちが腕にリングが身につけていることを確認すると、穏やかな口調で再び語り始めた。
「これで、みなさんはこの城の一員です。そのリングには、星の形をした穴が空いていると思います。その穴はマジックスターを入れる穴です。 マジックスターはこの城で魔法を学び、努力した者に与えられる魔法の結晶です。そのリングに12個のマジックスターがはめ込まれた時、新しい道が開けるでしょう。」
そう言うとマリアージュはそっと両手を伸ばし、手を合わした。
手のひらから輝く光の泡が現れる。
「あなたたちに、最初のマジックスターを与えましょう。協調し、助け合う心を持つ者に与えられるマジックスターです。今朝の城門前でのこと、ちゃんと見ていましたよ。」
マリアージュはそういうとにっこりと笑い、その手から天井めがけて光の玉を放った。光は天井近くで虹色の光を放ちながら弾け、中からは緑色の小さな星の形をした石が飛び出してきた。星の石はココットたちの腕輪に飛んでいき、ぴったりとはまった。星の形をした石は淡い光を放っている。
ココット達が喜びの声をあげた。
「やったあー!うれしい!」
「わあ、きれい・・!」
「最初のマジックスターだあ!」
しかし、一部のココットたちのリングにはマジックスターがはまることはなかった。今朝の出来事で、彼らはただ傍観し、何もしなかった者たちである。
カーディナルもそのうちの一匹であった。彼はややふてくされたような顔をしながら呟いた。
「フッ、あのマジックスターがなくとも他で手に入れればいいさ・・。」
マリアージュは軽く手のひらを下げてココットたちを鎮めると、静かに口を開いた。
「これで入城の儀は終了です。今後の事はシャルロッテ先生にお任せしておりますので、先生からお話を聞いてくださいね。それでは、またお会いしましょう。」
そう言うと、マリアージュは全身が複数の羽毛へと変わって消えていった。消えていくときにマリアージュはコロンの方を見つめた。
(――!!!)
コロンは不思議なことに、その目にクグロフと同じような殺気を感じた。正確には、殺意だけではないのだが。しかし、とても優しい笑顔をしているマリアージュがそのような事を考えているとは到底思えない。コロンは気のせいだと思う事にした。
シャルロッテは彼女が去るのを見届けると、ココットたちに向けて口を開いた。
「はい、みなさーん。それではこれから、みなさんのクラス分けをしますね。」
- つづく -