老刑事の忘れ物 #戦闘シーン祭り
※この作品は、実在の人物、団体とは一切関係ありません。
夜にも関わらず煌びやかなこの街の海沿いに、異彩を放つ建物があった。そこには、犯罪行為で儲けるギャングがいた。
「クゥ〜! 盗みの後の酒は最高だぜ〜!」
「だよなぁ〜! 体に染みるぜぇ〜!」
「ああ、全くですよアニキ。フフフッ、全くサツの奴らは哀れなもんだなぁ。オレたちの宴に参加できねぇもんなぁ」
このように、彼らは古びたレストランをアジトに改造し、日夜悪業の限りを尽くしていた。明らかに目立ちそうなものだが、彼らが告発されないのには理由がある。
実は警視庁のトップ、桜山真也は、このギャングたちと強い繋がりを持つのだ。桜山は犯罪で得た利益の何割かを取り分として手に入れ、ギャングらは公権力に縛られる事なく活動が出来る。
当然、桜山がギャングとの繋がりを持っていることは、警視庁の重役内では周知の事実だ。だがーーー彼がトップである故に、逆らえないのである。
また、桜山は下っ端の警官らを使い、ギャングとの戦いを演出している。そうして世間からほどほどに怪しまれないようにして、ギャングとの癒着を続けている。この現状こそが、国家組織の腐敗を暗に示していると言えるだろう。
「ーーー貴様ら、まさか、我が組織の掟を忘れたか?」
組織のボスと思わしき男が、勝手に宴を始めていた部下達に釘を打つ。その黒装束は、まるで悪魔がこの世にやってきたかと錯覚させるようだった。
「皆で、乾杯だ」
ボスがワイングラスを天高く掲げる。それに釣られて、部下も次々とワイングラスを掲げ始めた。ボスが宴の始まりを告げようと口を開きかけた。
その刹那。ボスのワイングラスを弾丸が通過した。そこから紅い飛沫が飛び出し、アジトに舞った。一気にアジトを緊張が包んだ。が、ボスはなぜだか口を閉ざしていた。
「ーーーーボス⁉︎ 大丈夫ですかぁ⁉︎」
「おい……誰がやりあがったァ⁉︎」
「周りを見ろ! サツが来あがったか!」
大半の部下は慌てふためき、中には武器を取り立ち上がるものもいた。だが、その間にも銃声が止むことはない。弾は一発ずつ、恐ろしいほど的確に放たれていく。ある時はワイングラスの脚部分に、またある時は団員のこめかみに、弾が当たっていくのだ。
「ふむ……やはり貴様か?」
未だボスは黒いフードの下で、余裕を保っていた。だが、そう悠長なことは言っていられないのは百も承知。彼は号令をかけた。その声はしわがれた、しかし威圧感のある、重量感のある声だった。
「貴様ら、ここは逃げろ。何、案ずるな。ターゲットはオレがやる」
その号令に従い、大半のギャングが古びたレストランから逃げ出した。当然、戸惑うものもいた。そういう者には、ボスは眼差しだけで威圧した。こうしてーーギャングのアジトは、ボスこと灰音元蔵と、老刑事和田銀治の決闘場へと早変わりした。
「ほぉ……。確か、貴様は遠方の署に隠居したはずでは?」
灰音の重く、おぞましい声。だが和田は動じない。
「なぁに、少し忘れ物をしてな……」
その声は確かにしわがれていた。だがーーー、その中には確かに、若い頃の熱情、刑事としての正義感、そして宿敵である灰音と、最期の戦いを楽しめるという高揚感があった。
灰音が拳銃を取り出した。拳銃に弾を数発込め、拳銃を和田の眉間へと向けた。遅れて和田が拳銃を構える。二人は拳銃を構え合い、互いに痺れる程の殺意が、場の空気に染み渡る。
その瞬間は突然訪れた。和田が引き金を引き、弾丸が勢いよく飛び出した。弾は灰音の仮面に一直線。その閃撃を灰音は舞うようにかわす。
「フッ‼︎」
黒装束が舞う。構えられた拳銃を、今度は灰音が引き金を引く。だがーーー、その弾丸も、和田には軽々とかわされてしまった。その後も火花を散らして、ふたりは撃ち合った。が、どちらも劣ることはなく、また勝ることもなく。
無論、二人は優れた人材である。灰音は一代でここまで巨大な組織を作り上げた。一方の和田も若手時代は、暴力組織や凶悪犯などを次々と検挙し、一時は警視庁一と言われた程である。そんな二人が戦っているのだ。
ふと、灰音の手が止まる。弾が切れたのだ。流石の彼もお手上げだと感じたのか、銃を床に落とした。ただ、両手を上げることはなく。
「ーーーこれで、終わらせる」
和田が引き金に手を掛ける。彼の手は震えていた。その根底には恐怖があった。若い頃、何度も辛酸をなめさせられた相手だ。まだ何か、仕込んでいるのではないか、と。
が、やるしかない。正義の代行者として。灰音元蔵の宿敵として。和田は決意して、引き金を引き切った。
弾丸は風を切り駆ける。それは、長年の経験に裏付けされた一撃。正確に灰音の仮面に命中した。仮面に、一筋のヒビが走る。そして、間も無く仮面が割れた。
「ーーーっ!!」
その欠片は床に落ち、さらけ出されたのは灰音の素顔。
「なっーーー」
和田は驚愕の色を隠せなかった。なんせ、彼と出会ってからの五十数年間、そのようなことは一度もなかったからだ。
「お前ーーー灰音なのか………⁉︎」
顔にはシワが刻まれており、彼が今まで歩んできた薔薇の道をうかがわせた。瞳には底知れぬ闇が浮かんでいた。おそらく、若かりし頃は美青年だったのだろう。
「ーーー何を不思議そうに? ふっ、そういえばそうか。貴様に我が素顔を晒した事は、一度たりとも無かったのう……」
灰音が不敵に笑う。
「灰音……お前は俺が討つ、必ずな」
和田は、ゆっくりと右の拳を顔の前にやり、強く握り締める。拳と拳で雌雄を決しようとしたのだ。和田はもちろん、拳銃において一流だったが、武術にも長けていた。
「フッーーー。殊勝な計らいをしおって。では、我が拳で答えよう。貴様と私の戦いに、終止符を打つ為にな……!!」
灰音がそれに答え、黒装束を脱ぎ捨てる。筋骨隆々、天下無双と表すのが的確なのだろう。
「はぁっ!!」
「フッ!!」
両者が駆け出した。砂埃が舞い踊る。和田が一足早く右の拳を突き出す。が、灰音はそれを肘で受け止めた。瞬時、逆の拳でカウンターを繰り出した。和田はそれを見事にくらった。若干のよろめき。そこに叩きつけられるのは、灰音の重く圧のある拳。それが何度も繰り返されるのだ。当然、和田もただではいられなかった。
「ぐっ………ぁっ……!」
先程までとは違って、弱々しい和田の声。口からは血が流れ、今にも命尽きてしまいそうだった。
だが。
彼には背負っているモノがあるのだ。それは、ただの正義感だけでなくーーー。家族の、後輩の、同期の、先輩の、そして自分自身のーーー思い。
灰音に討たれた警官もいただろう。また、彼の部下に討たれた者もいただろう。それに、裏で糸を引く桜山によって、望まぬ出世をさせられた者も。彼らは皆、灰音を恨んでいるだろう。がーーー和田が抱く思いは、それとは全く違うものだった。
和田は完璧超人として持て囃されてきた。表面上では分かり合えても、心の奥底では決して分かり合えなかった。そんな彼と分かり合えたのが灰音だった。彼は暴力を使って交流をする。決して、刑事として、人としての倫理観ではよしとは言えない。しかしながら、灰音のカリスマすら感じさせる悪性は、和田すらも惹きつけたのである。
長年の捕り物劇の果てに。和田は地方の小さな署に異動になった。無論、桜山が一枚噛んでいることは見え見えだ。そこでの暮らしは悪くはなかった。人も優しく、のどかな自然も和田の心に沁み行った。がーーー、死という、不可逆的なものの恐怖に晒されて、初めて思い出したのだ。彼にはまだ、やるべきことがある。忘れ物がある、と。
「ーーーーーないんだよ」
「む?」
灰音が不思議そうに目をやった。
「お前と決着をつけるまではーーー」
「死ぬ訳にはいかないんだよ!!!」
和田の瞳の奥が、メラメラと燃え盛る。その様は、まるで若き頃の和田が生き返ったかのようだった。
「行くぞーーーはぁっ!!!!」
拳に力を込め、一直線に打ち抜く。灰音が気づいた時、彼の頰には右の拳が打ち込まれていた。その時ーーー灰音は生まれてこの方感じてこなかった、恐怖という感情を認識した。
「ぐっーーーやるなっ……ぁっ」
灰音の体は震え、立ち上がるのがやっとだった。だがーーー死力を尽くして立ち上がった。彼もまた、和田との戦いに喜びを感じていたのだ。
「喰らえっ……!」
和田が負けじと拳を突き出す。が、それすらもかわして、全身全霊の拳を打ち付けた。それは灰音が最期に出来る、最大限の別れの挨拶だった。
「ぁっ…………ぐぁ…………!!!」
和田は苦しんだ。苦しくて、苦しかった。しかしながらーーー。
最期に浮かべたのは、笑顔だった。
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