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第九話 魂の侵食

 キョウヤが麻袋を漁ると衣服や食料、銀貨といった暫く生活するために必要な物がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。ボロボロの教会が頭に浮かび、なんだか申し訳ない気持ちになる。

しかし、手持ちが何もない以上しょうがないと自分に言い聞かせ、キョウヤはとりあえず服を着ることに。


「おいルシエル。着替えたぞ……」


 歩きながらキョウヤがルシエルに目をやる。

そしてキョウヤはルシエルの姿を見て固まってしまった。

そこにいたのは月に祈りを捧げるルシエルの姿。この世界に月があるのかどうかはわからないが、湖の真上で佇む黄金色のそれは自分のいた世界よりも神秘的なもののようにキョウヤは感じた。

 そしてそんな月に対して、祈るルシエルの姿はもう気軽に声をかけていい存在ではない気がする。

その姿は悪魔というよりは、神に祈りを捧げる聖女に近い。

キョウヤはルシエルを見てそんな感想を抱いた。

 じっとそれを見つめるキョウヤにルシエルが祈りを捧げた状態で声をかける。


「悪魔に対して聖女とは、喧嘩を売ってるようにしか思えんな」


 ルシエルの心を読んだかのような一言にキョウヤが慌てて刻印のある胸に手を当てる。


「お前! 心を読んだのか!?」


「刻印で繋がれているから読むと言うよりは感じるに近い」


 立ち上がりながら振り向くルシエル。


「そういう問題じゃ……!」


 しかしキョウヤはルシエルを見て固まってしまう。

儚げに揺れる赤い瞳に風になびく黒い髪、その表情は罪を犯した者が悔いるようなそんな悲しみに満ちたものだったから。


「お前……」


 予想外なルシエルの表情に何と声をかければいいかわからず言葉が続かない。


「満月の夜は必ず祈るようにしていてな。今日は祈りを捧げるには絶好の月だったため祈りを捧げていた」


「祈りって……この世界じゃ悪魔も祈りを捧げるのか?」


 キョウヤの素朴な疑問。

普通祈りを捧げるのは神を信じる者だけだろう。

しかしキョウヤの微かな記憶に神を全否定していたルシエルがいる。

悪魔なのだから当然かもしれないが、ならどうして祈るのか。

キョウヤには疑問だった。


「いや、私ぐらいだろうな。正直こんなところを他の悪魔に見られでもしたら笑われてしまう」


 自嘲気味に笑ってみせるルシエル。


「じゃあどうして?」


「それは秘密だ」


「……」


 悪戯っぽく答えるルシエルに何も言えないキョウヤ。


「心配しなくても、いずれわかるさ。私の契約者エニシなんだからな。それよりも聞きたいことがあるのだろ? 今後のことも含めてじっくり話そうか」


 キョウヤに近づくルシエル。

キョウヤはルシエルの無防備すぎる姿に目を逸らしながら小さく抗議する。


「じゃあまずはその恰好を何とかしてくれよ。その……、いろいろと目のやり場に困るんだけど……」


 優しい夜風に揺れる黒い布は今にも飛んで行ってしまいそうだ。


「ああ、これか。契約者エニシが喜ぶと思って悩んで考えた結果なんだが……」


 何かおかしいか? そう言いたげに自分の体をチェックするルシエル。

手足を動かす度にちらちらと見えそうで心底心配になる。


「言っとくけど、俺のタイプは年上で包容力のあるお姉さんだからな」


 キョウヤの言葉を聞いてルシエルがジト目でキョウヤを見つめる。

それはキョウヤの言葉を一切信用していない、そんな視線だ。

 それと同時に感じる、何かを覗かれているような不快感がキョウヤを襲った。

慌てて刻印を手で隠すように胸に手をやる。


「おい! また人の心を読んでるんじゃ無いだろうな!?」


「だから読んでいるわけでは無い。感じているんだ」


 顎に手を当ててしげしげとキョウヤを覗こうとするルシエル。


「どっちも一緒だよ!!」


 キョウヤが声を荒げた時だった。

僅かに刻印が赤く輝きルシエルが弾かれたように目を見開く。


「なんだ、もう使い方がわかったのか?」


 心底つまらなさそうにルシエルが呟く。

全く意味のわからないキョウヤ。

何が起こったのか自分自身わからないでいた。


今契約者エニシは私が心を覗こうとしたのを拒絶した。契約の時に言っただろ? 主従は契約者エニシが上だと」


 言っていたのは覚えているが、いまいちキョウヤにはその感覚がわからない。


「じゃあ俺が逆にルシエルの心を覗くことも出来るのか?」


「ああ、拒絶できるならそれぐらいは簡単だが、今はやめておいたほうが……」


 ルシエルの言葉を最後まで聞かずに早速集中するようにルシエルを見つめる。

 女の子の心を覗くなんてなんだかとてもいけないような気がする。

しかし相手は悪魔だ。人間じゃない。その辺は問題ないだろう、きっと。

それに先に覗いてきたのは向こうなんだし覗き返したって別にいいだろ。

やられたらやり返す。

キョウヤは少しの下心に勝手な正当性を付け加えてルシエルを見つめた。


 そして……。


「うっ」


 突然襲いかかった不快感にキョウヤは吐き気を催した。


「やれやれ、悪魔の言うことはは最後まで聞くものだぞ」


 キョウヤを襲ったのは一言で言うなら負の感情の塊。

怒りや恨み、憎悪。

そういった暗い感情が濁流となってキョウヤの胸の中に流れ込んできた。


「今の契約者エニシが私を覗くにはまだまだ心の許容量が小さい。暫くはやめておいたほうがいいぞ。大体女の子の中を覗こうなんてデリカシーが無さすぎる。デリカシーの無いロリコンなんてただの犯罪者だぞ」


「だからロリコンじゃねぇって言ってるだろ!」


 吠えるキョウヤを無視してルシエルが指を鳴らす。

するとルシエルの周りに小さな闇が浮かび、ちびルシエルたちが姿を現した。


「まあ、三日も経ったことだし魔力も回復してるだろ」


「え!? あれから三日も経ってたのか!?」


「ああ、中々起きないから心配していたんだぞ。まあ、いきなり魂への憑依は負担が大きかったということだろ。暫くは憑依自体も控えた方がよさそうだしな」


 ちびルシエルたちがルシエルの体に抱き着いていく。


「あ、そういや魂を侵食するとか言ってたな。あれってどういう意味だよ?」


 キョウヤは思い出した。

体を貸した時にルシエルが言っていたことを。


「まあ説明してやるから少し待て」


 最後のちびルシエルが抱きつくと、ルシエルの体が赤黒い輝きを放つ。

そして現れたのはさっきよりも少しばかり成長したルシエルだった。

服装は相変わらず黒一色。

先程よりも肌の露出は少ないが、それでもスカートから伸びる白い足にキョウヤは思わずドキリとさせられてしまう。


「まだ完全には回復せんか。それで、契約者エニシがロリコンかどうかという話しだったか?」


「ちげぇよ!? 俺の魂が侵食するって言ってた話しについてだろ!」


「ああ、そっちか。簡単に言うと完全に侵食してしまえばその魂は消えて無くなる。以上だ。それと私のこの姿についてだが……」


「おい待て!!」


 もの凄く大事な部分を早口で流した挙句、次の話しに進めようとするルシエルに流石にキョウヤが噛みついた。


「お前今魂が消えて無くなるって言わなかったか?」


 魂が無くなる。

キョウヤはその辺の知識が豊富なわけでは無いが、それでもかなりマズイというのははっきりとわかる。


「言ったような、言わなかったような……」


 キョウヤから目を逸らして曖昧に答えるルシエル。

目に見えてわかる程、挙動不審に目を泳がせるルシエルに嫌な予感しかしないキョウヤ。


「おい、俺の目を見て答えろよ。消えたらどうなるんだよ?」


 ルシエルの肩をがっちりと掴みながらキョウヤが迫る。


「……無に還る」


 気まずそうにルシエルが答える。


「具体的には?」


「だから、無に還る……」


 同じ言葉を繰り返すルシエル。


 あ、これ結構マズイやつだ。

 キョウヤは直感的にそう感じた。


「お前、俺を怒らせたいのか? もう一度聞くぞ。魂が消えたらどうなるんだ?」


 キョウヤの気迫迫る表情に、ルシエルが渋々ながらも白状した。


「……魂の消滅はこの世から完全に消えるということを意味する。肉体は残るが契約者エニシは様々な意味で死を迎えることになる。契約者エニシにはまだ言ってなかったが、妹を生き返らせるには契約者エニシの魂が必要だ。つまり、契約者エニシの願いである妹を生き返せることが不可能になってしまう」


 この時キョウヤは思った。

 貸すときはしっかり相手の話しを聞いてからにするべきだったと。


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