第七話 怒りに打ち震える悪魔
「それじゃあ地獄へ行く前にお友達のやった事をあの娘の前で、悔い改めてもらおうか。自分の事じゃなくても黙っていたなら同罪だろ?」
ルシエルが天使の背後に移る。
そしてコルベニクの先端を天使の背中に突き刺した。
くるりと天使の刺さった槍を肩に担ぐルシエル。
そして再び消える。
「おい人間」
現れたのは奥で隠れていたメアリーの前。
突然目の前に現れたルシエルにメアリーが小さく悲鳴を上げる。
「ヒッ!」
「私が何かわかるか?」
ルシエルの質問に恐る恐る答えるメアリー。
「あ、悪魔ですか?」
「なら、これは?」
フォークに突き刺した料理でも見せるかのように、コルベニクに刺さった天使をメアリーに見せつけるルシエル。
人間にも見えるようにしているのか、薄っすらと黒い炎が天使を纏っている。
「もしかして……、天使、様?」
天使を初めて見るのか、それともボロボロな姿に驚いたのか目を見開くメアリー。
「正解だ。褒美に罪を犯した罪人の懺悔を聞かせてやろう。おい、何か言うことがあるだろ」
ルシエルが槍を揺らして先を促す。
「あ……貴方を襲ったのは、我々天使の一人によるものだ。その、天使が……あの男を使って君を襲わせた。本当に、申し訳ない」
天使の視線が勘違いしていた男に向けられる。
「それだけだと私が言わせているみたいだろ。何か証拠は?」
「あの男のポケットに君から奪ったブローチがあるはず」
その言葉にルシエルが男に手をかざす。
男が宙に浮き、ひっくり返ると鎧の中からガラクタに混じってブローチが落ちて来た。
「聞いたか? 我が契約者であるお前たちが裁こうとした男は罪なき者だ。わかったか?」
こくこくと頷くメアリー。
「全く、天使はいつから男の見苦しい欲望を守護するようになったんだ、なあ?」
天使は答えない。
ただ、ルシエルを睨んでいる。
「じゃあお別れだ、詐欺天使。お前は特別に贄の一部にしてやる」
ルシエルがコルベニクを持つ手に力を込め、最後に何かを言おうとしたその時だった。
突き刺された天使が突然メアリーに向けて手を伸ばし、大量の光の粒子を注いだ。
それは先程まで鎧の男達に与えていた加護と同じ光の粒子。
しかしその量が先程の比ではなかった。
そして光に包まれたメアリーは突然苦しむように自分の胸を押さえながら呻き始める。
そんなメアリーの様子に天使が満足気な表情を浮かべると、天使は声高に叫んだ。
その顔に残虐な笑みを浮かべながら。
「今貴方に私が与えることのできる最大の加護を与えた。それを使って今こそ天使信仰者として、憎むべき存在であるこの悪魔を討ち滅ぼすんだ!」
起死回生とばかりに天使が強気にルシエルを睨みつける。
しかし当のメアリーはそれどころではないのか、ただ呼吸するのもやったのように苦しみながら何かを耐えるように胸を押さえている。
そしてルシエルはというと、まだ悪足掻きしようとする天使を無視して、ただメアリーを見ていた。
苦しむその姿にルシエルの表情が徐々に怒りに彩られ、コルベニクを掴む手に力が込められる。
ルシエルは怒鳴るわけでも叫ぶわけでもなく、ただ静かに一言コルベニクに命じた。
「やれ、コルベニク」
呼ばれたコルベニクは、まるでお預けを食らってずっと我慢していたかのように、勢いよく自身を脈動させた。
そして天使は血を吸われるかのようにどんどんと干からびていく。
「くそっ……」
「さっきは少し見直したが、やはり天使は天使だな。祈りを捧げていない、しかもその人間の許容を超える加護を与えればどうなるのかがわからんのか」
呆れた物言いだが、その表情は依然怒りに満ちている。
ルシエルの気持ちを代弁するようにごくごくと喉を鳴らす漆黒の槍。
「……おのれ、悪魔め」
そして、最後に残った天使の搾りかすを勢いよく吸い込むとコルベニクは満足そうに自身を光らせた。
「コルベニク、もう一仕事だ」
ルシエルがメアリーに向き直る。
そして、ゆっくり歩み寄ると今度はコルベニクの先を躊躇うことなくメアリーの胸に突き刺した。
既に意識が無いのかその瞳は虚ろだ。
コルベニクが天使と同様に自身を震わせる。
次第にメアリーを纏っていた光の粒子がコルベニクの中へと流れ込み、光は急速に輝きを失って行く。そして全てを飲み干したのかコルベニクがもう一度自身を光らせた。
役目を終えたのか、ルシエルの頭上に闇が現れコルベニクはその中へと帰って行ってしまった。
「さて、これで一件落着だな」
ふう、と一息つくルシエル。
「あれ、私……」
意識が戻ったのか、メアリーが頭を押さえながら周囲を見渡す。
そして目の前に立つルシエルを見つけると思い出したように小さく悲鳴をあげた。
「ひっ。あ、悪魔!」
逃げようとするメアリーだが、足が言うことをきかず尻もちをついてしまう。
カタカタと震えるメアリーにルシエルがゆっくりと歩み寄る。
そして凄みをきかせながら有無を言わさぬ口調でメアリーに問いただした。
「おい人間。次に祈願祭が行われるのはいつだ?」
「き、昨日行われたので……次は一年後になります」
震えながらメアリーが絞り出すように答える。
それを聞いて顎に手を当てながら考えるルシエル。
「昨日……、契約者の妹が死んだ日と重なるな。偶然……ではないな。まあ、今考えても仕方ないか」
ルシエルは頭を切り替えると、倒れている過剰に加護を受けた男の方に目をやった。
「あのケダモノはお前の好きにしていいぞ。その代わり少し分けてもらいたいものがある。無理やりは好きではないから協力してもらえると助かるのだが?」
目の前で信仰する天使の無残な姿を見せられた挙句、自身も気付けば意識を失っていたメアリー。
状況的にきっとルシエルのせいだと思っているのだろう。
メアリーは恐怖を顔に貼り付けながらそんな悪魔の要求に、ただただ頷くことしかできなかった。