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第五話 天使の懺悔1

「おっと、その前にやる事があったな」


 天使に飛びかかろうとしたルシエルは慌てて立ち止まった。

 足元で戸惑う人々を見下ろしながら人差し指をスッと立てる。

 するとその細い指先に黒い炎が流れるように纏い始める。

 眼下に広がる人々と重ならないようにその指先を這わせる。

 指の動きに合わせて黒い炎が教会を包み込んでいく。

 そしてルシエルの鈴を鳴らしたような声が教会の中に響き渡った。


「今日は私と契約者エニシの門出を祝う為に集まってくれて心の底から感謝する。しかし、ここから先は一般人では耐えられない程の盛大な祝砲で祝うため、巻き添えを食らいたくなければ今すぐ帰宅するように!」


 ルシエルの声にじっとしたまま動こうとしない人々。

 彼らには何が起こっているのかわからないのか、ただじっとルシエルを見ている。


「さっさとしろ!!!」


 ゴオッ!!!!


 ルシエルの叫び声と共に炎が高々と舞い上がった。


「に、逃げろー! 悪魔だぁ!!」


 ようやく人々は目が覚めたように出口に向かって走り始める。


「蜘蛛の子を散らすとはまさにこのことだな」


 しかし人々が外へ逃げ出す中、一人の女の子がその場に残った。

 それはキョウヤが気に掛けていた女の子。


「全く、一番逃げてもらいたい人間が残ったままとは、はてさてどうしたものか。もう少し過激に脅してみるか」


 ルシエルの背後に巨大な闇が現れる。

 それは全てを呑み込むかのように黒い渦を巻いている。

 普通の人間なら恐怖のあまり逃げ出してしまうかのような光景。

 なのにそれを目にした女の子はルシエルを見つめながらこう呟いた。


「女神様?」


「なに言ってるんだ!? あれは悪魔だ!! いいから逃げるぞ!!!」


 慌てて戻って来た男の子に手を引かれて女の子もようやくその場を後にする。

 しかしその瞳は外に出るまでずっとルシエルを見つめていた。


 これで教会の中に残った者は、無精髭の男と長髪の男。

 奥に隠れて様子を窺う神父とメアリー。

 頭上でどうする事も出来ずにじっとルシエルを見ている天使二人。

 天使の表情は先程とは打って変わり、焦りが滲み出ている。


「どうする? どう見ても私達の敵う相手では無いぞ?」


「……逃げよう。あれは俺たちには無理だ」


「だが悪魔に背を向けて逃亡なんて許されんぞ」


「知るかよ! 俺には帰りを待ってくれてる子がいるんだよ!」


「レリちゃんだったか? 心配しなくとも誰もお前のことなんて待ってはいないさ」


「うるせぇ! とにかく俺は帰るぞ!」


 天使の一人が翼を揺らすと光の粒子が舞う。

 そして勘違いしていた無精髭の男を包み込んだ。


「おい、おっさん! アンタがどうにか出来る相手じゃねぇ! 今すぐ逃げろ!!」


 勿論天使の声は男には聞こえていない。

 そして勘違いした男は何を考えたのか、天使の言葉とは逆にルシエルに向かって一歩前へと歩み出た。


「な、何考えてんだよおっさん!!?」


「お前が過剰に加護を渡すからだろ!」


「くそっ! お前の方でなんとかやってくれ!」


 もう一人の天使が渋々翼を揺らした。

 足元にいる長髪の男の体を光が纏う。

 すると男は何かを感じ取ったか、前へ出た男の肩を掴んだ。


「おい待て!何か嫌な予感がする。俺たちも早くここから逃げようぜ!」


「大丈夫だ! 今日の俺ならやれそうな気がするんだ!」


「お前もさっきのを見ただろ! 俺たちだけじゃ無理だって!」


 しかし男は言うことを聞かない。

 そんな天使と人間を冷めた目で見つめるルシエル。


「加護を与えた以上、途中で帰ることは許されん。そもそも過剰な加護はただの害にしかならん。自業自得だな」


 ルシエルの前で浮遊する天使。

 その言葉が正論なのか、何も言い返せないでいる。


「さてと」


 ルシエルが翼を軽く羽ばたかせる。

 そして消えた。

 残ったのは黒い炎の残滓ざんし

 その動きを目で捉えることができた者はその場にいなかった。

 気付いた時にはルシエルは男二人の背後にいた。

 その両手に天使の首を鷲掴みにしながら。


「くそっ! 離せ!」


「悪魔如きが!!」


 暴れる二人の天使だが、ルシエルの手から逃れる事はできない。


「所詮は下級天使か」


 つまらなさそうにルシエルが呟く。


「お前たちは少し邪魔だな」


 ルシエルの赤い瞳が呆然とする二人の男を貫いた。

 すると男達は気を失ったかのようにその場に崩れ落ちてしまう。


「では、言われた通りに離してやろう」


 ルシエルが天使二人を無造作に投げつけた。

 女神像とは反対の壁に打ち付けられた天使。

 更にそれを追うように四本の漆黒の矢がそれぞれの天使の両翼を貫いた。

 衝撃で入り口近くの天井の一部が崩れ落ちる。


 翼を封じられた天使は必死にもがくが矢はビクともしない。

 女神像を磔にした手の杭と同じ位置に磔にされた二人。


 コツコツ、とゆっくりとした足取りで天使の元へ歩み寄るルシエル。

 そして崩れた天井から差し込む光の真ん中でその足を止めた。

 静かに胸の前で手を組み膝をつく。

 翼を小さく折り畳み、頭を垂れるルシエルの祈る姿は、それだけで見惚れてしまいそうだった。

 燃える教会。女神像の反対で天使を磔にし、それを悪魔が祈る。

 その姿は決して許されない、罪深い行いのように見える。


「我らが父なる主よ。あなたに仕えしこの者たちに神の御加護を。そして彼らに訪れるであろう破滅からどうかお護りください」


 ルシエルの意図がわからずに困惑の表情を浮かべる二人の天使。

 更にルシエルは言葉を続ける。

 その顔に浮かぶのは、これぞ悪魔といった表情だった。


「そして、お前が本当に存在するというのなら、今! この場で!!! こいつらを救ってみせろ!!!!!」


 叫びと共にルシエルが炎の残滓を残して跳んだ。

 そして現れたのは過剰な加護を与えていた天使の目の前。

 手にはいつの間にか黒い矢が握られており、それを躊躇うことなく天使の胸へと突き刺した。


「ガハッ!!!」


 壁を貫き外へ飛び出す形となった天使と悪魔。

 ルシエルは天使を串刺しにした矢を掴んだまま地面へと突き刺した。

 天使の純白の翼はボロボロになり、天使本人も見るも無残な姿となっていた。

 そんな天使を見てルシエルが叫ぶ。

 わざとらしく、そして大袈裟に。


「おお、主よ! 天に仕えし清き心を持った者が今にも朽ち果てようとしています! どうか! どうかこの者に神のご加護を!!」


 それは祈りとは程遠いただの叫びだった。


「貴様! 我らが主を侮辱するか!? 今に天罰が下るぞ!」


「天罰……天罰とはまさかあの天罰のことか!? 見えない何らかの力が働きかけ、自分にとって不都合な出来事が起こる!? あの素晴らしき後付けのことか!!!?」


 そう叫ぶルシエルの顔は、もう楽しくて楽しくて仕方がないといった表情だ。


「貴様ぁ!?」


 天使はルシエルに手を伸ばすが矢が邪魔で届かない。

 もがく天使を嘲笑いながら見下ろすルシエル。


「ではでは、終いにするか」


 ルシエルが片膝をつき右手が地面に触れる。

 すると、幾重にも重ねられた黒い魔法陣が浮かび上がった。


「顕現せよ。『三つ首の扉』よ」


 天使の言葉を遮ってルシエルがそれを口にした。

 すると天使の背後に、巨大な扉が現れた。

 振り返った天使の顔から威勢が削がれる。


「ぎ、儀式も無しに地獄の門を顕現させるなんて、貴様、一体……!?」


「ただの悪魔だ」


 驚いた表情でルシエルを見る天使に、適当に返すルシエル。

 やがて扉が重音を響かせながら開き始める。

 そして扉の奥から現れたのは。


「紹介しよう。私が飼っているペットのケルちゃんだ」


 何重もの鎖で繋がれた三つの首を持つ地獄の番犬だった。


「ケ、ケルベロス!? 貴様、まさか……!?」


 天使が言い終わる前に、挨拶代わりとばかりにケルベロスが天使にかぶりついた。


「ぐぁ……! くそっ、離せ!!」


「じゃあお別れだ、詐欺天使。あ、それとケルちゃんはメスだ。レリちゃんとやらと同じくらい可愛がってやってくれ。一度で三度美味しいなんて天国には無いだろ?」


「ま、待て! 天界には私を待っている多くの魂がいる……。頼む! 見逃してくれ!!」


「お前が地獄に堕ちるのを待っているの間違いだろ? こんな奴では主がいたとしても見放してるだろうな」


「……くそぉ!!!」


 そして無情にも扉は閉じられてしまった。

 何事も無かったかのように地獄の門も消えていく。

 ルシエルは完全に消えるのを見届けてから遅まきながらに思い出した。


「あ、我が契約者エニシの妹に関して聞くのを忘れていたな。まあ、もう一人いることだしそいつに聞くとするか」


 ルシエルが再び炎を置いて姿を消す。

 そしてもう一人の天使の前に現れた。

 天使は地面に膝をつきながら、どうにか立ち上がろうとしている所のようだ。

 ただその姿にはどこか違和感を感じる。

 ルシエルにはその違和感の原因がすぐにわかった。


「まさか自分の翼を自ら引き裂くとは、下級天使にしては大した根性だ」


「貴様ら悪魔に汚された翼などあるだけ恥だ」


「言ってくれる。まあ、あってもなくても結果は同じだがな」


 ルシエルが天使へと一歩近づく。

 そして薄っすらと頬を上気させながら残酷な笑みを浮かべた。


「さあ、楽しい懺悔の時間だ。しかし悔い改める相手は神ではなく悪魔だがな」


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