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第二話 悪魔崇拝者

 やがて霞む視界の先に見えてきたのはボロボロになった十字架を掲げた教会だった。

 照り付ける太陽に思わず目が眩む。


 目が慣れるのを待ってキョウヤは周囲を見渡した。

 ルシエルもちびルシエルたちも見当たらない。

 周囲には教会以外にも、木を基調とした小さな家がちらほらと見える

 森を切り開いて作られた町。

 一見すればただの田舎のようにも見える。

 果たしてここは本当に別の世界なのだろうか。

 キョウヤにはイマイチ実感が沸かなかった。


「さっきまでのは、夢だったのか?」


 そう思ったキョウヤだが、しかし自分が何故ここに居るのかの説明がつかない。


「おーい! ルシエルー!?」


 取り敢えず契約したはずの悪魔を呼んでみるが反応は無い。


「ったく。わけもわからないまま、ほっぽり出しておいて、後はほったらかしってどうなってんだよ」


 何をどうすればいいのかもさっぱりな状況に、キョウヤは頭を掻きながら愚痴をこぼした。


「さて、これからどうしたもんか」


 キョウヤは腕を組んで頭を巡らせるが、何も思いつかない。

 ただ、さすがにこのままここに居るのはマズいということだけはわかった。


 よく見るとキョウヤの服装は部屋着のまま。

 靴も履かずに裸足のキョウヤはかなり浮いている。

 こんな姿を誰かに見られでもしたら、例え知らない世界だろうと面倒になる事は目に見えていた。


 加えて見慣れない風景に、見慣れない景色。

 次第に心細くなってきたキョウヤは取り敢えずルシエルを探してみる事にした。


「ルシエルー!! いないのかー!?」


 もう一度呼んでみるが反応はない。


「中にいるのか?」


 キョウヤの視線の先にはボロボロの教会が静かに佇んでいる。

  どうしていいのかもわからないので、取り敢えず教会の中へ入ろうと扉を目指して歩くキョウヤ。



 例え異世界だろうと教会なら安心だろう。

 そんな安易な考えでキョウヤは教会の扉を開けた。


 ヒンヤリとした冷たい空気がキョウヤを出迎えた。


「ルシエルー!」


 教会内部でキョウヤの声が反響する。

 誰も出てくる気配はない。

 内部は奥行きのある空間で、ドーム型に作られているようだ。

 見上げればそこには巨大な天井画。

 キョウヤも思わず見惚れてしまいそうな程、それは精巧に描かれていた。

 祈りを捧げる人々と手を差し伸べる天使の絵。

 所々崩れている部分もあるが、それでもキョウヤは素直に凄いと感じた。

 しかし妹を連れて行った天使の姿が頭に浮かぶと、その気持ちも一瞬で冷めてしまう。


 正面には天井に届く程の巨大な女性の像が祀られている。

 十字架に両手を広げるようにして磔にされた女性の像。

 手には杭が打ちつけられており、見ているだけで痛々しい。

 キョウヤは惹きつけられるようにして女神像の前まで歩いてその足を止めた。


「女神像か? にしてもなんか違和感が……」


 キョウヤが違和感の正体を突き止めようと、女性の像を眺めているその時だった。


 ゴン!


 鈍い衝撃に頭を揺られながらキョウヤの意識はそこで途絶えてしまった。






「……はぁはぁはぁ」


 聞こえて来る少女の荒い息づかい。

 背中には硬くて冷たい感触。

 体は思うように動かすことができない。


 床に倒れた自分の上に誰かが跨っていることに、キョウヤは遅まきながらに気付いた。

 ぼやけた視界に映るのは興奮気味に自分の服のボタンを外す少女の姿。


「……誰だ? ルシエルか?」


 キョウヤの呼びかけに少女は答えない。

 ただ夢中になってキョウヤの服のボタンを外そうとしている。

 その姿はまるでプレゼントの中身を早く知りたい無邪気な子供のようだ。

 少女はキョウヤの服のボタンを全て外すことに成功すると、もう待ちきれないとばかりに思いっきりはだけさせた。

 胸に視線を移す少女。

 するとその顔がみるみる内に歓喜の表情で満たされる。

 まるで愛しい人にようやく会えたような乙女の表情だ。


「まさか、まさか……!」


 瞳に一杯の涙を浮かべる少女。


「悪魔崇拝者に会えるなんて!」


 ぶわっ、と少女は盛大に泣き始めてしまった。


 悪魔崇拝者。

 キョウヤにはそれが何を指すのかが理解できなかった。

 そもそも、知らない場所で見知らぬ少女に襲われたうえ、聞き慣れない言葉にキョウヤの頭はパンク寸前だった。

 ただそんな状況にも関わらずキョウヤは慌てることなくじっとしている。

 しかしそれは度胸があるとか状況を冷静に分析しようといった適応能力があるわけではない。

 ただ可愛い女の子に跨れて服を脱がされた挙句、嬉しさの余り泣いている姿に、まぁもう少しこうしててもいいかな、と少しばかり下心を覗かせてのことだった。

 しかしキョウヤはすぐに後悔することとなる。


 少女がおもむろに懐から十字架を象った短剣を取り出した。

 そしてその先端をキョウヤの胸に向けながら大きく振り上た。


「ああ、主よ。私に復讐の機会を授けていた頂いたこと、心の底より感謝いたします」


 とんでもない事を言いながら片方の手で胸に十字を切る少女。

 キョウヤの瞳と少女の瞳が重なった。

 こんな状況でも無ければ恋に落ちていたかもしれない。

 そして少女が一言。


「ありがとう」


 満面の笑みを浮かべながら躊躇なく短剣を振り下ろした。


「ありがとうじゃねぇよ!!!!!」


 目が覚めたように慌てて身を捻って躱すキョウヤ。

 逃げようとするものの、思った以上の少女の力に抜け出す事が出来ない。

 そんなキョウヤの視界に近くに落ちているシャベルが目に入った。

 あれで襲われたのだろうか?

 キョウヤがなんとかしてシャベルに手を伸ばす。

 そんなキョウヤを見て、少女がまたわけのわからない事を喋り始めた。


「ああ、主よ。あの時の私を再現して下さったのですね。逃げる私に襲い掛かる獣のような男。立場が逆ですが……、まあいいでしょう」


「だからさっきから何わけのわかんねぇこと言ってんだよ!」


 少女が再び短剣を振り上げた。

 もう一度キョウヤを突き刺そうとする短剣を、しかしキョウヤは少女の腕を掴んで押し止める。

 だが、じわりじわりと短剣がキョウヤの胸へと差し迫る。


「おいルシエル!!! どこにいるんだよ!? 助けてくれぇ!!!!!」


 堪らず悪魔に助けを求めるが変わらず反応は無し。

 契約した後にその相手をほったらかしなんて酷すぎるだろ。

 キョウヤは心の中で叫んだ。


 短剣は今にもキョウヤの胸に触れる寸前だ。


「ルシエル!! おい!!!?」


 キョウヤがもう一度叫んだ、その瞬間だった。


 ギィ。


 扉の開く音と共に教会の奥から人影が現れた。

 しかしそれはルシエルでは無く聖職衣に身を包んだ神父だった。


「何を騒いでいる、メアリー」


 神父がキョウヤに跨る少女に落ち着いた様子で声をかける。


「お父様!?」


 メアリーと呼ばれた少女が驚いた様子で神父を見る。

 そして興奮気味に話し始めた。


「見てください、お父様。主に祈りを捧げたら早速願いを叶えて下さいました。悪魔崇拝者です。しかも契約刻印を持っています。私を襲った犯人はきっとこの人です」


「だから、お前さっきから何言ってんだよ!」


 堪らず叫ぶキョウヤだが、少女は聞く耳なしといった感じだ。


「メアリー。いつも言っているだろう。例え悪魔崇拝者でも殺してはいけないと。我々は天使信仰者。その時々の感情で人を殺めていては悪魔崇拝者と何も変わらぬと」


 聞き分けの無い困った子供に頭を悩ませるように、神父がこめかみを押さえて頭を振る。


 よかった。悪魔崇拝者や天使信仰者がなんなのかは相変わらずわからないが、どうやら良識のある大人のようだ。

 キョウヤはほっと胸を撫で下ろす。


 しかしそんな甘い考えを、キョウヤは再び後悔することになる。

 神父がキョウヤに近づき落ちたシャベルを手に持った。


 少女が触れないように回収したのか?

 キョウヤがそう思ったのも束の間。

 神父はそのままキョウヤの顔に向けてシャベルを叩きつけた。

 またしてもキョウヤの意識はそこで途絶えてしまった。







「おい、あれって契約刻印じゃないのか」


「どうしてこんな田舎の町に」


「なんでもメアリーを襲ったのもあの男らしいぞ」


「最低ね。そんな顔してるもの」


 ざわめく声と聞き捨てならない声に、キョウヤの意識がゆっくりと覚醒する。

 二度も打ちつけられてぐったりとした頭をゆっくり持ち上げる。

 そして目を開いた。


 そこに映るのは自分を見上げる大勢の人々。

 教会の半分程が人で埋め尽くされている。

 そして女神像と同じように両手を広げるようにして縛り上げられている自分。

 女神像の胸の辺りで宙に吊られた状態で、上半身は裸のまま。

 理解できない状況の連続に勘弁してくれとキョウヤは心の中で嘆いた。


 コツン。


 そんなキョウヤに追い打ちをかけるように小石が投げつけられた。


「地獄に帰れ! この悪魔め!!」


 石を投げつけてそう叫んだのはキョウヤと歳の近そうな少年だった。


「か、帰れ!」


 今度はその横に立つ小柄な少女が弱々しく石を投げる。


 一瞬の静寂、そして……。


「そうだ帰れ!! この悪魔め!!」


「お前のせいでどれだけの人間が不幸になったと思ってるんだ!?」


「よくも妻を!!」


「恋人を返して!!!」


「ギャンブルで負けたじゃねぇか!!」


 キョウヤに向かって浴びせられる罵詈雑言の数々。

 どうやら目の前にいる人々は悪魔のせいで何かしらの不幸にあったらしい。

 ただ、最後の言葉は単なる腹いせにしか聞こえなかったが。


 人々は日頃から溜まっていた不満をぶつけるように、投げられそうな物を憎しみを込めてキョウヤに向けて投げつける。

 そんな不満の捌け口となったキョウヤは、どんな言葉や物よりも、小柄な少女に石を投げられたのが心に刺さった。

 それはキョウヤの妹と同じぐらいの年頃の少女。

 怯えるように少年の影に隠れてキョウヤを見ている。


 パンパン!


 突然、キョウヤの足元にいる神父が手を叩いて皆の注目を集めた。

 隣にはメアリーと呼ばれる少女の姿も見える。


「皆さん。そろそろよろしいですか?」


 よろしくねぇよ!

 とはキョウヤの心の声。


「彼も一時の迷いから悪魔崇拝の道に堕ちてしまったのでしょう。そして悪魔と契約してしまった。もしかすると、彼も皆さんと同じように辛い出来ことがあったのかもしれません。しかし彼は祈る相手を間違えてしまった。天使様にではなく、悪魔に縋ってしまったのです」


 教会にいる人々が神父の言葉に耳を傾けている。


「悪魔は我々人間の敵です。奴らは隙さえあれば人の心の入り込み、たぶらかし、人を堕落させます。悪魔と関わってしまったが最後、その人間は悪魔に魂を乗っ取られてしまいこの世に不幸を撒き散らす存在となります。それは皆さんもよくご存じでしょう」


 神父の話に沈痛な表情を浮かべる夫婦やすすり泣く若い女性の姿が見える。

 そんな彼らに同情するかのように、神父も辛い表情を浮かべながら声を震わせた。


「私の娘も、彼に襲われました」


「はぁ!?」


 いきなりしれっと嘘を吐く神父にキョウヤが思わず声を上げる。

 嫌な予感しかしない。

 さすがにこれ以上は身の危険を感じたキョウヤだが、両手が縛られているためどうにもならない。

 更に神父がキョウヤを無視して続ける。


「しかし彼も被害者なのです! 私は天使信仰者の一人として、彼にも救いの手を差し伸べなければなりません!! そしてそれは皆さんも同じです!! 天使信仰に身を置く者として、いついかなる時、どんな相手にも救いの気持ちを忘れてはいけません!!」


 力強く語る神父の姿は正に聖職者の鑑のようだ。


 そんな神父の姿にキョウヤも、もしかして助けてくれるのだろうか? と、そんな淡い期待を抱いてしまう。


 しかし、安心したところをシャベルで打ちつけてきた神父が頭をよぎる。

 絶対に何かある。

 疑うキョウヤ。

 そしてそれは見事に的中する。


「彼への救い。それは、浄化による“死”です!!」


「死っ!? 今死って言ったよな!? おい!!?」


 さらっと、とんでもない事を言ってのける神父に、すかさずキョウヤが噛みつくが神父は完全に無視を決め込んでいた。


「それではお願いします」


 神父の落ち着いた声と共に奥から現れたのは、鎧を着た二人組の男。

 腰には長剣がぶら下げられている。

 無精髭を生やした男と、長髪の男。

 二人は神父とメアリーと入れ変わる形でキョウヤの前へと立った。

 ボロボロの鎧に清潔感の無い顔は、いかにも落ちぶれた田舎の衛兵といった印象だ。


「契約刻印を持つ相手は初めてだな」


「ああ、でもまだ子供だ。大丈夫だろ」


 二人がキョウヤの前に立つ。

 そして首から下げた十字架のペンダントを、ぎゅっと握り締めると、女神像に向かって跪き、祈りを捧げ始めた。


「天にまします我らの父よ。友のためにこの身を捧げるに我らに神のご加護を。そして道を踏み外し嘆く者に魂の救済を……」


 男達の祈りに応えるようにして、集まった人々も黙って目を閉じて静かに胸の前で手を組んだ。

 神父とメアリーも同じように、女神像に向かって手を組む。


 やがて男達が祈りを終えると、それぞれを覆うようにして光の柱が降り注いだ。

 そして天使の羽根がふわりと舞い降ちる。


「まさか……!」


 キョウヤにはその光景に見覚えがあった。

 それは妹を連れて行った天使が登場した時と全く同じ光景。


 思わず天井を見上げる。

 祈りを捧げる人々と手を差し伸べる天使の絵。

 まるでそれが嘘でないことを証明するかのようにして、それは姿を現した。


 金色の輝きを放つ天使の輪。

 穢れの無い純白の衣。

 そして人一人隠せる程の大きな翼。


 二人の天使が男達の頭上へと静かに舞い降りた。



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