最終話 目指すは聖都
キョウヤが目を覚ましてから暫く経つが、空にはまだ月が見えている。
向かい合って座り込むキョウヤとルシエル。
どうやら茶番は終わったようだ。
「さて今後についてだが、取り敢えず聖都を目指そうと思う」
正座して腕を組むルシエルが口を開く。
「聖都?」
聞きなれない言葉にキョウヤが首を傾げた。
「聖都は天使信仰者が多く住まう大都市だ。そして聖都では年に一度祈願祭が開かれ、様々な人間が集まり天使に祈りを捧げる」
「へぇ、つまり一年に一回の祭りだろ? 何だか楽しそうだな。俺あんまりそういうの行った事無かったし何だか楽しみだよ」
呑気に顔を綻ばせるキョウヤ。
自分のいた世界の祭りに比べてこっちの祭りは大都市で行われるぐらいだからきっと盛大な祭りなんだろう。
目的を忘れて純粋に祭りを楽しみにしているキョウヤ。
当然悪魔がそれを黙って見ているわけもなく。
「契約者よ。悪魔を前にして天使に祈りを捧げる祭りを楽しみとは、中々良い根性をしているな。そんなに妹に嫌われたいのか?」
ジロリと目を細めてキョウヤを睨み付けるルシエル。
先程のルシエルの囁きが蘇る。
妹の好感度を人質にされてはキョウヤは何も言えない。
契約者としてルシエルを従えるようになるまでは暫くはこのやり取りが続きそうだった。
「い、いや。楽しみというか、どんな祭りなのか気になっただけだよ」
キョウヤの背中に冷たい汗が流れる。
「まあいい。そもそも、その祭りというのも天使共が信仰者を増やすために自ら開いた自作自演の祭りなんだがな。その日だけは天使が現世に舞い降りるという触れ込みなんだが、自分達で開いているのだから全くふざけたものだ。悪魔崇拝者は依然として増えないと言うのに。いや待てよ、だったらそれを真似して生贄祭でも開くか。そうすれば数少ない悪魔崇拝者を増やすことも……」
「お、おい。ルシエル」
話しがだんだんと愚痴になってきたので慌ててキョウヤが止めに入る。
「ああ、すまん。話が逸れてしまったな。ええっと、何だったか……。そうだそうだ、聖都についてだったな。実は親切な天使がある話しを教えてくれてだな」
その時の光景を思い出したのか、ルシエルの頬が薄っすらと赤くなっている。
「一年後に開かれる祈願祭。そこで天使共が何かを企んでいるそうだ。何があるのかは行ってみなければわからんが、先日開かれた祈願祭と契約者の妹の死んだ日が重なる。恐らく偶然ではないだろう」
ルシエルの言葉にキョウヤは何かが引っかかった。
偶然じゃない。
「ん? ちょっと待てよ。妹は自殺したのに偶然じゃないってどういうことだ?」
妹は確かに自分の目の前で飛び降りた。
誰かの意図してのものとは考えづらい。
だとするとどういうことなのか。
しかしルシエルから返ってきた返事はこれまた意味不明なものだった。
「それはわからん」
自分で言っておいてわからないとはどういうことか。
「お前、また俺をからかってるのか?」
「そういうわけではない。理由ははっきりせんが、恐らく天使が関わっていることは確かだ。契約者にはわからんとは思うが、こればっかりは悪魔の勘としか言いようがない」
そう言われると何も言えない。
反論したところで他にアテもないし現状頼れるのはルシエルだけ。
今はルシエルの指示に従うしかないだろう。
「それならそれで俺は構わないけど、ただ聖都へ行って具体的にはどうするんだ? 天使の企みを暴くことが妹を生き返らせることに繋がるのか?」
「直接的に繋がるわけではないが、そのきっかけにはなるだろう。そもそも生き返らせるためには妹の魂と契約者の魂。そして天界にあるとされる神器が必要になる」
「てことは、俺の魂はここにあるわけだから、後は妹の魂とその神器とやらを手に入れればいいのか」
「そういうことだ。しかし妹の魂も神器も今現在は天国にある。私と契約者ではどう足掻いても天国へは行けん。ならどうするか。頭のいい我が契約者にならわかるだろう?」
嫌な聞き方をするルシエル。
相手を持ち上げた風に見せて、逆にそれがわからなければお前は馬鹿だと言っているようなものだ。
「えーと、この世界で善い行いをして天国に入れてもらう、とか?」
キョウヤの答えに盛大なため息を吐くルシエル。
直接的に言われたわけではないが、それでもキョウヤにはかなり馬鹿にされた事だけはわかった。
主従は自分が上なんだし一発ぐらい殴っても許されるんじゃないか。
そんな考えがキョウヤの頭をよぎる。
「こちらが向こうに行けないのなら、向こうからこちらに来てもらえばいい」
そこまで聞いてキョウヤにもようやく理解できたようだ。
「つまり天国に行ける誰かに妹の魂と神器を持ってきてもらうって訳だな?」
「まあ大体はそんな感じだ。その為にも聖都へ行ってその足掛かりを掴む。ついでに詐欺天使共をまとめて地獄に突き堕としてやらんとな。だから契約者には祈願祭までにはある程度戦えるようになってもらわんと困る」
戦えるようにと言われてもいまいち漠然としないキョウヤ。
そもそも妹を連れて行った天使を殴ってやりたいという気持ちはあっても本格的に戦う自分の姿なんてキョウヤには想像もできない。
「もうルシエルが俺に憑依して戦った方が早いんじゃないか? 魂じゃなくても肉体だけに憑依することも可能なんだろ? ならそれだけでも十分いけそうな気がするんだけど」
一度手抜きを覚えたダメな人間のいい例がここにいた。
「馬鹿を言え。今回は下級天使だから余裕だったが、上級天使や大天使が相手となるとただ憑依するだけでは融通が利かない場面が必ず出て来る。その時は契約者の力量に懸かっているんだぞ」
「言っても俺、戦い方とか全然わかんないんだけど」
「安心しろ。私がみっちり鍛えてやる」
不敵な笑みを浮かべながらルシエルが指を鳴らす。
すると闇から大勢のちびルシエルたちが一本の黒い棒を必死に抱えながら現れた。
それは二メートル程の長さで、片手で掴めるぐらいの太さをしている。
キョウヤの前まで持ってくると早く取れと言わんばかりに棒を差し出してくる。
手に取るとちびルシエルたちは疲れたように闇の中へと帰って行った。
「これは?」
「アダマスと呼ばれる”死器”だ。私のお気に入り圏外の武器だが今の契約者には丁度いいだろう。使用者の魔力を吸ってその力を発揮する」
「へぇ」
手に持ってしげしげと見つめるキョウヤ。
「当面はアダマスを使って戦うことになるだろう。では、特訓を始めよう。覚悟はいいか?」
そう言って立ち上がるルシエル。その顔はもうやる気満々だ。
「え、今からやるのか?」
ルシエルの只なら雰囲気にキョウヤは嫌な予感がした。そしてそれは的中する。
「当たり前だ。善は急げと言うだろ」
ペロリと舌なめずりして、一歩キョウヤに歩み寄るルシエル。
「いや、時間はあるんだしゆっくりでもいいんじゃ……」
「ゼロからスタートの契約者にはあと一年しか無いと言うべきだろう。じっくりやっている暇はない」
頬を赤らめるルシエル。その表情はキョウヤに刻印を刻んだ時に見せていたあの嗜虐的な顔だ。
もう鈍感なキョウヤでもこの先の展開がなんとなく想像できた。
「出来ればお手柔らかにお願いしたいんだけど」
後ろに後ずさりしながらお願いしてみる。
「ああ、心配するな。トラウマになるギリギリのラインは把握している」
ルシエルの経験豊富な発言にキョウヤはダッシュで逃げた。
すかさず追いかけるルシエル。
こうしてルシエルによる地獄の特訓が幕を開ける。
文字通りの。
そしてその一年後。キョウヤは天使達から死神と呼ばれ恐れられる存在になるのだが、それはまだ少し先のお話し。
『妹を追いかけて死んだのに俺だけ地獄に~腹が立ったので悪魔と契約して天使狩り始めます~』
を読んで頂きありがとうございました。
ブクマ・評価・感想は24時間受付中です。
貰えると読者様がドン引きするぐらい筆者は喜んでいます。
続きが少しでも気になった方は今後のモチベーションアップにご協力を。
気にならなかった方もどうかご協力を。
それでわ。




