ょぅι゛ょとダンジョン
全く冒険の無いダンジョンです
ミミルのお友達が増えた。
他所の町から拠点を移してアマンダの宿を利用するようになった、フォレストウルフの冒険者クレアさんの息子シルバーくんである。
銀ってウェアウルフの弱点だよなぁ、などと名前を聞いた時には思ってしまったが、白から灰色のグラデーションである美しい毛並みから来た名前だそうだ。
「この子は生まれた時はもっと白かったんですよぉ」と、どこかおっとりとしたおばちゃん口調で喋るクレアさんには、どうも変なアフレコ洋画を見ている様な違和感を感じてしまう。なんせ精悍で美しい、虎やライオンと同サイズの大きさの狼なのだ。以前に噂で聞いたことのある隊商の護衛で知られた冒険者パーティのサブリーダーご当人で、主に行き来するこの町と以前に住んでいた町どちらに拠点を構えても良かったのだが、田中さんの駄菓子屋の登場でこの町の方が子どもが過ごしやすくなったことからこの町に拠点を移したのだという。
お母さんは成獣の美しさだが、シルバーくんはまだまだモコモコした子ども体型。「可愛いー!」とアマンダの抱きしめ攻撃を受けて窒息しかけたのが少しトラウマ気味になっているのか、大人の女性を見ると少し警戒する。
ミミルとニシャちゃん、シルバーくんが揃うと、前世の感覚が残った俺の感覚だと小さな飼い主たちとペットに見えるが、ちゃんとした対等のお友達で喧嘩もする。
出会った時点からして喧嘩になりかけで、「わんわんしゃん」と言ったミミルに、「ぼくはおおかみだ!」と噛み付く様にシルバーくんが怒鳴るというものだった。
びっくりはしたようだが、ミミルは泣いたりはしなかった。これで泣いちゃうと一方的にシルバーくんが悪いことになっちゃうからな。お互い仲良くなるには問題だ。あとでこっそりミミルを誉めておいた。
狼系の相手とのフィクション定番のやり取りだなぁ、などと思いつつフォローをしようとしたが、ミミルが「ごめんなしゃい」と謝ってシルバーくんがあっさり許し、拍子抜けするほどスムーズに済んだ。
シルバーくんは、カッとして怒鳴ることはあるが、割とあっさりと冷めて後に引き摺らない性格なので、こちらとしても楽だ。まあ、食いしん坊で特にお肉が大好きだから、肉料理の匂いにすぐに気を取られて他の事を忘れがちなせいもあるけど・・・。
いい家が見つかるまでアマンダの宿で暮らしているシルバーくんは、クレアさんが仕事で不在の際にはミミルたちと駄菓子屋に行ったり、近所の男の子たちと外で遊んだりしている。
リアル壁走りをして見せるなど身体能力では圧倒的に同年代の子たちよりは上なシルバーくんだが、「おかあさんにおこられるから」と暴力を振るうような乱暴なことはしない。
おっとりして見えるクレアさんだが、怒ると非常に怖いのだそうだ。
うん、俺でもビビりそうな気がする。
今日はそんなシルバーくんと、ミミル、そしてニシャちゃんと共に、「遠足」に行くのだ。
町から少し歩いたところにある「ダンジョン」まで・・・。
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これから向かうダンジョンは、今、俺たちが暮らしている町の起こりが、そもそもこのダンジョンの攻略に集まって来た冒険者たちの需要に応えたものだというくらい、歴史のあるダンジョンで、その規模もかなり大きい。
しかしながら既に最深部もクリアされ、ダンジョンとしては「死んだ」状態になっている。
そんなダンジョンに行ってどうするのか、と言えば、このダンジョンは現在では観光地になっているのだ。遠足向きだろ?
危険なトラップも排除され、モンスターも完全に駆除されており、定期的に兵士や冒険者も巡回していて、お子様連れでも安心な、下手な村の中よりよっぽど安全な場所となっている。
ダンジョンがクリアされた際、モンスターを次々と生み出し続けていた最深部のボスが倒されても、ダンジョンの構造物自体は全く影響を受けなかった。
クリアと共に消滅したり、崩壊したならともかく、残ってしまったからにはどうするか考える必要がある。
放置すれば、盗賊やモンスターなどがそこに集まってしまうかもしれず、かといってこれを全て埋めたり破壊したりするのも手間と費用がかかる。
そこで出されたアイデアが「観光スポットにしちゃえばいいんじゃない?」というもの。
やはりアンタか・・・というかなんというか、当時は存命だった田中さんが佐渡の金山跡なんかを思い出して言ったその一言で国の方針が決まり「せっかくのダンジョンなんだから、一部は兵士や冒険者の訓練とかに使ったら?」という思い付きまで受け入れられて、現在ではダンジョンの1~2階層が観光地、3~5階層が軍の訓練所、6~9階層が冒険者の訓練所となっている。
特にダンジョン現役時にはワンフロアー繋がったモンスターハウス状態で多くの冒険者たちを苦しめてきた地下9階は、現在ではその広さを活かしてゴーレムを的にした射撃スペースと言う感じになっていて、せっかく取得したのになかなか使う機会の無い大魔法を抱えた魔術師たちに人気のスポットとなっている。
10階以下はどうなってるのかと尋ねたところ、ダンジョンでしか育たない薬草の育成や比較的無害で食肉が取れるモンスターの養殖が行われているのだとか。
田中さんの思い付きが元とは思えないほどの見事な活用だ。
この国、官僚かなんかは知らないけど事務方がしっかりしてるんだな。
そんなダンジョンに向けて進んでいる訳だが、今はウサル1~4号が合体してエアカーの様な形状に変化し、地面を飛ぶように這いずって(違和感がある表現だがこう言うしかない動き方なのだ)順調に移動している。
シルバーくんは走るのが好きなので、時々下りて並走している。
ウサルカーの全力はかなり速いので、シルバーくんが走る際は速度を落としている。
ミミルやニシャちゃんの「しゅごいしゅごい! がんばれー!」の声に張り切ってしまうのは男の子だから仕方がないな。
そんなこんなで普通に歩いて行けるほど町からさほど離れていないダンジョンに、俺たちはあっという間に到着したのだった。
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ダンジョンの入り口に立つ兵士に入場料を払う。
引き換えに入場票の代わりとして、ダンジョンの名を記した記念品にもなるコインがもらえる。
冒険者ギルドの登録カードを持っている2号と4号は無料だ。
フル装備の全力ダッシュで、冒険者の訓練施設がある6階まで一気に駆け抜けるというのが、この地域で冒険者の新人が初めてギルドで登録を行った際にやる定番の行為なのだとか。
観光用にしっかりと整備されているとはいえ本物のダンジョン。リスク無しに体験出来るならばしておいた方がいいだろうと、ギルドがお勧めしていたのが、いつの間にか新人の洗礼的意味合いが付いて、早くたどり着いた記録を持つ人間はその後の冒険者生活でも一目置かれるのだという。
なので、2号と4号は俺たちと別れて異次元収納してあった冒険者装備一式を身に付けて6階までダッシュ。
俺たちはミミルやニシャちゃんたちの足に合わせてゆっくり見て回る。
シルバーくんは2号や4号について行きたそうにしていたが、まだ冒険者登録をしていないのだからとストップをかけた。
さて、ダンジョンの中だが、トラップなどが排除されているのは既に言った通りだが、通路には案内板と照明が設置されており、入り口近くには下の階まで直通のエレベーターまである。
エレベーターの方は一般人は通常使用禁止(年に何回か兵士の訓練や冒険者の訓練の見学を許可する際には使用出来る)だが、下層で何かあった時に一々階段で行かなくても良いというのは、現在の利用法からすると必要な処置だろう。
このエレベーターや照明は当然、ガーデオが作らされたものだ。
田中さんの思い付きでガーデオが苦労するというのは、過去も現在も変わらないようだ。
こうした設備は自然に存在する魔力や出入りする人間の余剰魔力などを回収して動作する様になっていて、実にエコだ。ガーデオが喫茶店で利用している魔道具はこれをさらに洗練させたものだという話。
案内板だけでなく、途中途中では人形でモンスターと戦う冒険者とか、宝箱を開ける冒険者などが展示されていて、冒険者の女性比率やその年齢を見ると田中さんがこの辺りは相当に口を出した部分なのだろう。
少女と言っていい女性が一人でドラゴンに剣で立ち向かってる姿はかなり違和感あるけどな?
内部はさすがにかつての大型ダンジョンだけあって広い。
前世の俺だったら一階部分の途中でへばっていただろう。
シルバーくんは当然として、ミミルもニシャちゃんも全然平気そうだ。
この世界のお子様は強いなぁ・・・。
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ダンジョン内で追いかけっこをしたり、3号のカメラマンで人形に混じって冒険者気分でポーズを取って写真を撮ったり、途中で少し疲れたニシャちゃんをウサルが巨大化して乗せたりして、2号や4号とも合流して外に戻った時は日が傾き、少し空が赤みがかり始めていた。
町まではウサルカーで一気に戻り、アマンダの宿で一緒に夕食を食べて、今日はこのままお泊り会。
ニシャちゃんのお母さんにも、クレアさんにも既にダンジョンに連れて行く話をした際に了承済みだ。
ベッドで3人だと狭いので、ウサルが床にトランポリンの様な弾力を持ったマットの形状でべたーっと広がって、掛け布団だけ借りて三人並んで寝る事になっている。もちろん寝る際には低反発モードになって、安らかな眠りを保証する予定だ。
飛び跳ねても周囲に響かないウサルマットで、活発なシルバーくんだけでなく、ミミルも、ふだんはちょっと大人しいニシャちゃんもポンポン飛び跳ねてはしゃいでいる。
暴れ回って汗をかいたので三人そろってお風呂。
シルバーくんはお湯につかるのは平気だが、体を洗われるのは苦手な様だ。
男女入り混じってではあるが、この年なら関係ないだろう。
人間だった時を思い出すと「こんな思い出があったらなぁ」と血の涙が流れそうな気がするが、ミミルが楽しそうにしているのだ、そんな過去の俺のことは関係ないだろう!?
ウサルの補助で体や頭を洗い、変形してシャンプーハットにすらなって対応。
お風呂上りには冷やした果物とミルクと砂糖と玉子で、フルーツ風味のミルクセーキを作っておいたのをご馳走する。
ミミルはいつものウサ耳着ぐるみパジャマ、ニシャちゃんにも色違いの薄い黄色のウサ耳着ぐるみパジャマ。普段から服を着ないシルバーくんは、その二人からブラッシングされて、ちょっとしたハーレム状態である。
ニシャちゃんのパジャマは当然、ショタジジイ作。
ミミルの単なる色違いでなく、ニシャちゃんにきちんと合わせたサイズになっている・・・どうやってぴったりなのを作ったんだ、あのジジイは?
時々あくびをしながらも、まだまだ高いテンションのままお喋りは続く。
結局、三人川の字になって寝てしまったので、2号で掛け布団をかけ、3号がパチリと写真を撮ってから灯りを消す。
両脇から抱き枕にされるように抱きつかれたシルバーくんを見て「やっぱモフモフがいいのか、モフモフが!?」とウサルモフモフバージョンの研究に余念の無い俺だった。
兵士の訓練所で弛んでいる兵士は
「9階送りにするぞ!」と脅されます
当然、ゴーレムに混じって的扱いという意味です




