暗闇の中で
冷たい手錠をかけられ、この島にたどり着いた時の日の光は届かない地下深く。
ただただ、僕はこの島の人たちみたいに集中力が使えなくても学生らしい生活を送りたい だけだった。僕は家から追い出され、この島にやってきた。僕を追い出した理由は単純で、父親が再婚するにあたり、邪魔になったからだ。
だから、お金のかからないこの島に半ば強引に送られ、勉強がそれほど不得意と言うわけではなかった僕だが、家系に優秀な血筋がいないことから、偏差値の低い学校に入れられ、レベルの低い教育を受けていた。また、いじめも受けた。その状況から抜け出そうと、家事と睡眠以外は学校を編入するための勉強に当てていた。一念発起して勉強をし、なんとか編入を勝ち取った。
……やっと編入に合格したのになんで僕はこんなところで幽閉されなければいけないんだ。
早く出して!そんなことを願う日々が続いたが、救世主など現れる訳もなかった。
僕と同時期に同じ部屋に入れられ仲良くなった友達がいた。でも、その子はしばらく前に連れていかれてから、会っていない。その子は女の子だった。僕よりも幼い感じの風貌だったが、検査員たちは同年代だと言っていた。
なんでも、めずらしい『集中力』に目覚めてしまったがゆえ、『機関』に幽閉されたそうだ。僕の力は完全に操作できておらず、自分の人形を土で作るのが精いっぱいだ。
彼女といろいろなこと話しているうちに互いが同じような境遇にあることを知り、より一層その子との仲が深まると思ったが、その子はしばらく前にどこかに連れていかれ、もうこの部屋に帰ってくることはなかった。
あまり目立ちたくなかったけど、誰も助けてくれないなら自分の力で出るしかない。そう決意した時だった、
「もうやめないか!こんな検査などやってもなんの意味もない!」
地下室のマジックミラー越しに聞こえてきた、女性の声。
「ここからはワタシが引き継ぐ!」
マジックミラーの向こうではなにが起こっているかわからないが、人の気配が消え静かになった。……どうせまた、検査技師の交代があっただけだろう。
「やぁ、キミが広人くんだね。キミにはこれから学校に戻ってもらい、普段の生活に戻ってもらう」
「もう帰っていいの?もうここから出ていっていいんだね?」
「まぁ待て、ここから出るにあたって検査を二ヶ月に一度受けてもらうことになった。あとは特に何もないよ」
もっと厳しい検査や拷問にびくびくしていたが、あまりに拍子抜けしてしまった。
「……っえ?それだけでいいんですか?……な、なにか裏があるんじゃないですか?」
そんな僕の言葉に女検査技師はからからと笑い、
「ははは!キミはもっと人を信用しないか。第一、いままでキミの検査を行っていたのは『機関』の東郷ファンドの人間だぞ。私は彼らのように冷血ではないよ。私の所属は『院』だぞ。拷問や幽閉なんてしないしない」
この人は感じ的に今までの検査技師とは違いやさしそうな雰囲気なので、疑問を払拭するために率直に聞いてみた。
「会話に時々出てくる、『機関』や『院』ってなんなんですか?聞いたことがないんですけど」
「キミが知らないのも無理はない。幽閉までされて得体がわからないのは気持ち悪かろう。特別だが、教えてやろう。『機関』や『院』、それに加え『研究所』。この三つは、学術島での『集中力』について調べる組織で、『院』は公的な……要するに国家がバックについているんだ。でも『機関』や『研究所』はそれとは違い許可こそもらっているものの、民間の組織であるために、裏では何をやっているか分からないよ。ちなみに、企業がやっているものが『機関』で、個人がやっているものが『研究所』だ」
「つまり、国が主体のだから僕はもう安全ということなのか?」
「完全に安全とは言えないが、キミ程の『集中力』があれば自分の身を守るどころが、日本を敵に回してもなんともないだろうがね。」
冗談めかしでなんなことを言う女検査技師は鎖につながった僕の腕から鉄の腕輪を外すと一枚の銀色のカードを渡してきた。
「キ ミがこんな目にあったのは我々の管理体制の不備もあったことは事実だ。償えるものではないが、キミに金銭による援助と『機関』や『研究所』との戦闘に関し て我々は一切関知しない。つまり、キミが『機関』や『研究所』を敵に回そうが、我々は助けもしないし敵に加担することもない。そのかわりに、こちらは金 銭……このカードだが、毎月五百万の上限つきであるが使用できるようにしてある」
「五百万ですか!?なんでそんなにもらえるんですか!?」
「キミは自分の評価を改めたまえ。国はキミの『集中力』を自分たちに向けられることを恐れているんだよ。そのための保険としては安いものだよ」
試すようにそんなことを言う女検査技師は、鎖を部屋の隅に片づけつつこちらを眺めた。
「そんなことしませんよ!僕はとにかくこの場所から出られるだけでも感謝してるんですから」
「感謝するのはいいが、もらえるものはもらっておけ。もっと強欲に生きなければ人生損だぞ」
女検査技師は頭をかきながら苦笑し、慈愛に満ちた顔で僕の頭をなでた。
「キミはもっと人間らしく生きろ。十七だろ?、まだまだ子供なんだから一応名門と呼ばれる学校に異例の編入を果たしたんだ。キミが失った半年はもう戻ってこないんだから、残された青春時代を謳歌したまえ」
頭を撫でられ、恥ずかしくなった僕は俯いたまま顔を上げられずただただされるがまま、目を閉じた。
「じゃあ行こうか」
そのあとは書類を書き、先ほど差し出されたカードを受け取り半年ぶりの肌にチクチクと刺さるような日の光を浴び、女検査技師に連れられ二ヶ月に一回訪れる女検査技師の病院に行き、検査票を書いた。そして、もともと住んでいたマンションに連れてきてもらった。
「久しぶりの帰宅になるからな、ゆっくり休みたまえ」
「……ありがとうございました」
女検査技師は車から降りると僕の前まで来て、
「遅れて申し訳ない。私の名前は鏡子…三島鏡子だ。何か困ったり、悩みがあったら検査の日でなくてもいいからあの病院に来なさい。なにか力になれるだろう。メールしてくれれば返信もするからな」
「わかりました。また何かあったら連絡します………あの!三島さん!…僕が幽閉されていた時に一緒にいた女の子がいたんですが、その子のこととかわかりませんか?」
三島さんは僕の問いに思い出したようにした後に答えた。
「……そういえば、二ヶ月前にキミと同い年の女の子がボロボロな状態で保護されたよ。残念ながら『機関』との関連性が見られなかったから、特に措置は取られなかったな……そうか…彼女は『機関』の被害者であったか……しかし、もうだいぶ経っているから証拠も消されているだろうな……君の件でも、末端が捕まえられただけで、『機関』の本体は捕まえられなかった…すまない」
「いえいえ、助けていただいただけで十分です!ありがとうございました」
三島さんと握手をし、感謝を述べる。
「本当にありがとうございました!」
車が動き出して進んでいくのを見届け、車が見えなくなるまで僕はお辞儀を続けた。