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第7話 語るに値しないものについては、沈黙せねばならない

静かな時が流れる。黒條さんに至ってはずっと骨董品を凝視している。

静寂を破ったのは矢野だった。

「すんません。さっき僕らの運んだ段ボールって、中には何が入ってるんですか?」

 このように矢野は初対面でも臆することなく話しかけることができる。それなのに何故わざわざ俺とつるむのか? 前世に何か恨みでもあったのだろうか?

「ああ、これ? これは前から知人に欲しいと頼んどった物でのう。その知人がようやく手放す気になったんじゃわ」

白神先生は満足げな顔をして続ける。

「それはそうと、君らは考古学に興味あるんか? もし興味あるんだったらうちのゼミに……」

 言いかけのところで給湯室のドアが開く。

「そういえば、コーヒーの君は砂糖かミルクか何かいる?」

女性が顔をのぞかせ、優しい口調で矢野に訊ねる。

「いいえ、ブラックでお願いします」

矢野が答える。

「あっ、じゃあ僕もブラッ……」          

またもや白神先生の言葉が遮られる。……嗚呼、無常なり。

 それにしてもなんとなく予想はついていたが、矢野の野郎。

あろうことかブラックを頼みやがった。

矢野がブラックでコーヒーを飲むところを見たことがない。コーヒーを飲むのは何度か見かけた。だが、その時、矢野は必ずミルクと砂糖を入れていた。そもそも矢野の大好物は卵料理、アイス、ブラックサンダーである。

高ノ鳥さんという美人な女性の手前でかっこをつけたのが見え見えである。俺は友として情けない。もはや情状酌量の余地なし。

 このような俺の非難の視線にも矢野は臆することなく平然としていた。

 奥の部屋から彼女が出てくる。お盆の上にはコップが三つ。俺と矢野の前にそれぞれコップを置く。

「ありがとう」

白神先生が高ノ鳥さんに手を差し出す。

「へっ? 先生いるんだったんですか?」

 彼女はとぼけた。どうやら最後の一つは自分用のものだったらしい。「先生」はあきらめたらしく、「いや、いい……」と口を尖らし、先ほどの段ボールを開け始めた。

「君達って新入生だよね? 二人とも文学部?」

 高ノ鳥さんが聞いてくる。

「いえ、僕は法学部っす」

矢野が返す。

「そっか。じゃあそっちの君は文学部なんだね。二年生になってからどのコースに入りたいとかある?」

この大学の文学部では二年生から各自希望のコースを決める。哲学・思想文化学コース、歴史学コース、地理学・考古学・文化財学コース、日本・中国文学語学コース、欧米文学語学・言語学コースの五つがある。

一応日本・中国文学語学コースを専攻しようと考えている旨を伝える。

すると、白神先生が「なんでぇー。そんなつまんないやつ」とぼやいた。しかし、高ノ鳥さんが履いていたパンプスを手にとり投げつけようとしたので、白神先生はそれ以上口出ししなかった。

「でも本当まだしっかり考えてないんで、どうなるか分かんないっす」

白神先生をフォローする。

「だったら考古学コースにしなよ。何せ……おおっ! きた!」

白神先生は突然声を張り、段ボール箱の中から何か取りだした。なにやら円盤型の掛け時計に見える。一般的なフリスビーくらいの大きさであろうか。片手で持つことはできそうだ。

「高ノ鳥君、黒條君見たまえ! 『左回り時計』だ!」

 白神先生が前に差し出す。

 高ノ鳥さんと、今まで気配を消して骨董品鑑賞をしていた黒條さんが彼の元に寄る。

ここから三人の排他的ワールドが始まった。「『遊び』が何とも絶妙だ……」、「この縁はもしかしてカオリナイトじゃないでしょうか……」、「霊気がたまってる……」、「うん霊気がたまりやすい構造をしてるな……」。全く分からない言葉が飛び交う。ここは宇宙なのか。

「おい、何だか俺たち異世界に紛れ込んでないか」

 矢野に助け船を求める。

「へ? なんて? 二世帯? とぅふふ」

 ……話しかけた俺が悪かった。こいつは俺に対してはふざけてくるのだった。ここは、俺が状況を変えるしかないみたいだな。

「あのー……そのー……『左回り時計』? って聞こえたんっすけど……何なんっすかそれ?」

 三人の世界にメスを入れた。

「ああ、ごめんごめん。これは『左回り時計』といってその名の通り左回り、つまりは逆回転する時計なの」

 高ノ鳥さんの説明に「はあ……」と相槌をする。

 だからなんだっていうんだ。使い道がさっぱり分からない。そんなもんいらないだろ。

「一説には霊気がたまってる状態でこの針を回せば時間を巻き戻すことができるらしいの」

 はあ……。何だろうこのいかにも胡散臭い感じは。それが本当ならすごい代物であるが如何せん信じ難い。

「けど、使った本人も時が戻ったかどうか、よう分からんらしいがのう。それに一回使えばまた霊気がたまるの待たんといけんし、最高でも数分くらいしか戻せんと聞くわ」

 白神先生が、はっはっはっと笑いながら言う。

 それじゃあ、あんまり意味ないじゃん。そう思ったが口に出さないようにした。それより……。

「さっきから言ってる『霊気』って何っすか?」

 矢野がにやついて訊ねる。

 それだ。何なんだその『霊気』とやらは。

「幽霊の『霊』に、天気の『気』。一般人の目には見えない力」

 白神先生はにやりと笑う。

 えーと……つまりどういうことだ? 超自然? 悪く言えばオカルトといったところか。とんでもないところに来てしまったな。

 すると俺の方を見た白神先生が、

「君。今『この人たち頭大丈夫か』的なこと考えたじゃろ」

 俺の心を見透かしたかのように言う。

 すいません。

「いえ、そんなことは……」

「いやいやいいんじゃ。そう思うのが普通じゃわ。けどのう……えーと、何君かいの?」

「大方です」

「大方君。君はこの世の物はすべて目に見えると思うか?」

「……」

 ……どうなんだろうか。そんなこと急に言われてもなあ……。

「わしはのう、見えんもんがあると思う。いや絶対にある。妖怪や幽霊といったもの。そして霊気もそうじゃ。なんせうちの……」

 白神先生は黒條さんを指さす。

「黒條君も霊気が見えるからの」

「……おい……他人を指さすな……じじい」

 黒條さんが低いトーンでけなす。

「なんや。最近『じじい』って言うの流行っとるんか」

 白神先生がわめいた。

 ……そうきたか。別にどうしてもそんな存在を認めたくないわけではないがやはり受け入れ難くはある。俺は生まれてこの方一度も幽霊や妖怪といった類のものを見たことがない。透視や未来予知といった超能力も信じはしない。俺に霊感がないからそう思うだけなのか。

「人は誰しも少なからず一般的に言うところの霊感━━わしらは霊気力と呼んどるが、それを持っとる。ただ各々によってその大きさが違うだけなんじゃ。性欲のようにのう」

「先生セクハラです」

高ノ鳥さんが間髪いれずに言う。

「だってそうじゃろが。女はよう知らんけど、男なんてみんな変態じゃろ。ただその程度が人によって違うだけで……」

 そう言ったところで、白神先生は、高ノ鳥さんの殺気に気付いた。

「……うん、すまんかった。話を元に戻すわ。つまり霊気力には個人差があるんじゃ。霊気力が強い人は弱い霊気も感知しやすいんじゃ。うちの黒條君のように。『霊感がある』って言われる人は霊気力が強い人なんじゃわ」

 白神先生はそう説明した。

 全か無かの法則。一本の筋繊維や神経繊維に見られる現象。加えられた力がその筋繊維や神経繊維の閾値を超えなければそれらは反応しない。この原理を霊気力に当てはめて考えればいいわけか。

「ちょっとそれ見せてもらっていいっすか?」

 矢野が好奇心を示してか口を開く。

 白神先生は「おおっ」と言い、『左回り時計』を矢野に渡す。

 矢野はしばらくそれを見て、「とぅふふ」と笑い俺の方に差し出した。俺はそれを受け取る。時計だ。まさしく時計だ。見た目はほとんど普通の掛け時計と変わらない。この時計に本当に霊気がたまっているんだろうか。

時計から顔を上げる。

黒條さんが目の前に立っていた。

「……あの……どうしたんすか?……」

 俺は恐る恐る訊ねる。何か怒るようなことしたのか? 謝った方がいいのか?

 俺が考えあぐねていると黒條さんが顔を近づけてきた。かなり近くまで。俺はどきっとする。というのも今まで前髪に隠れてしっかり見えなかった黒條さんの顔がはっきり見えたからだ。目が大きくかなりの美少女だ。高ノ鳥さんを「美しい」と形容するなら、彼女は「かわいい」であろう。暗いオーラさえなくせばモテるだろうに……。余計なお世話か。

 数秒くらいして彼女が顔を離す。

「この人……人工物の霊気力がある……」

 黒條さんがつぶやく。

 人工物の霊気力? またもわからないワードが出てきたな。

「なに! 本当か!」

 白神先生がうれしそうに立ち上がる。そして高ノ鳥さんとハイタッチ。

「まだ……発揮できてないけど……かなりの力……」

 黒條さんが頷く。

 ……誰かご説明を。

俺の気持ちに気付いたのか白神先生が説明を始める。

「霊気には三種類あるんじゃ。一つ目が『自然の霊気』。別名『神の力』。海・山・森・大地などに宿る霊気じゃ。二つ目が『生命の霊気』。別名『心の力』。動物や人間そのものが霊気になったもんじゃ。これは一般的に幽霊や妖怪を想像してくれたらいいと思う。そして三つ目が、さっき言った『人工物の霊気』。別名『無言の力』。布の呪力、刀に宿る力、生き返る針など古来からいろいろ例はあるけど、要は物に宿る霊気力と考えてくれたら結構じゃ」

白神先生は一息入れ、高ノ鳥さんのコップに手を出そうとする。しかしその手をバシッと叩かれる。先生は続ける。

「そしてこれらの霊気を感知できる人には『力がある』と言うんじゃ。つまり君の『人工物の霊気力がある』ということは『人工物の霊気』を他の人より感知しやすいということなんじゃ」

 そう……なのか? 喜んでいいのやら。というより俺に本当にそんな力があるのか? 何かの間違いでは? 嘘だったら気まずいじゃないですか。それにそんなことをあんまり言うもんじゃないですよ? 調子に乗った俺が中二病みたくなってしまう。

「冷花。どうやったら大方君の霊気力を引き出せる?」

 高ノ鳥さんが黒條さんに訊ねる。

「私の家に行って……式を行えば……」

 えっ、なんて? ちょっと待って。 なんて?

「式って……」

「ああ、いわゆる儀式のことよ」 

 ですよね。結婚式かと思っちまったわ。普通に考えたらわかるだろ。俺の馬鹿。

「さて……」白神先生が切り出す。

「どうする? 大方君。君が望むのならわしらは君の霊気力を引き出そう。もちろんこれは強制ではない。嫌だったら嫌と言えばいい。それでもわしらは気にせん」

 ……どうしよう。正直言って興味がある。そんな特殊能力面白そうじゃないか。それにお金を取るわけじゃなさそうだし、たとえ騙されたとしても困ることもない。でも……。

「それって色々と大丈夫なんっすか?」

 不安を拭い去ることはできない。

「大丈夫じゃ。死ぬことも副作用もない。それに君は人工物の霊気力が強いだけじゃ。妖怪や幽霊が見えるわけではない。あくまで物の霊気が見えるようになるだけじゃ。そうじゃろ? 黒條君」

 黒條さんはコクリと頷いた。

「それならやってみます」

 俺がそう言うと白神先生と高ノ鳥さんが喜ぶ。なんだか悪い気がしない。やはり他人に自己の存在を承認してもらうのはいいことだな。

「とぅふふとぅふふ」

 こいつにだけは承認して欲しくないが……。

「こんにちわー」

 扉が開き女性が入ってきた。細身で、顔はほっそりとした線を描き色白である。弥生美人という言葉がしっくりくる。

「あら、珍しい。お客さんですか?」

 俺と矢野は会釈する。

「彼女は海原呼音里かいばらことり。このゼミの三年生よ。このゼミはこれで全員ね」

 海原さんは「よろしくね」と言ってお辞儀した。 

 女子が三人だけなのか。男子はいないんだな。

「呼音里。この子霊気力もってるわよ」

「えーー、そうなのすごーい」

 彼女は俺の方を向き、にこっとする。俺はどきっとして、軽くお辞儀してすぐに目を外した。女性への耐性が付いていないのだ。仕方がない。俺の歴史は常に男とあったから。

 しかし、海原さんのように普通の人もいるんだな。安心する。

 俺はコップに口をつけ紅茶を含んだ。

 海原さんが横を通る。

 紅茶を噴き出した。

 全く訳が分からないと思われるが、そのまんまの意味である。というのも、正面からだと気付かなかったが、海原さんの後ろ側のロングスカートの裾がめくれて、その……パンティーなるものが見えていたからだ。俺の顔はおそらく赤面になっているだろう。

「あら? 呼音里。パンツ見えてるわよ。後ろ」

 高ノ鳥さんが何の躊躇もなく教える。

「えっ? ……ええっーー!」

 海原さんは驚いて、慌ててスカートを直す。

 俺が唖然としていると、高ノ鳥さんが、

「ああ、呼音里は天然だから」

 と、何食わぬ顔で教えてくれた。

 そうなのか?

 それでいいのかコトトリス。

 結局このゼミにはまともな人が一人もいないのか。

 おかしいと思った。高ノ鳥さんといい、黒條さんといい、海原さんといい、三人ともきれいな顔をした女性なのに、男性が集まらないのは。皆風変わりな女性なのだ。外見はかなりいい直球なのに、中身は魔球。変なところに来てしまったー。

 ……だが。

それでも現状の不毛な大学生活を打破するには十分なチャンス、オポチュニティー! これを使わない手はない。

「そうじゃのう。色々と準備せにゃならんし、明日またここに来てくれるかいの?」

「うっす」

「それと君も来てくれるかいの?」

 白神先生は矢野の方を見て言った。

 待て待て待てーい。

「いいんっすか? 俺法学部なんっすけど?」

 そうだこいつは法学部だ。文学部が出る幕じゃない。

「もちろんじゃよ。この学校には副専攻があるからのう」

 そうだった!

 この学校では、学部二年生から希望者は主専攻の他に副専攻を学ぶことができるのだ。それも学部関係なく。つまり、法学部の矢野も副専攻として文学部の考古学を学ぶことができるのだ。ちくしょう。

「それにうちのゼミは基本来るもの拒まずじゃからのう。他学部だろうと、一年生だろうと、人間でなかろうと」

 いやいや、人間以外は拒みましょうよ。

 こうして、俺と矢野二人とも明日会うことを約束して、ゼミの皆さんと別れたのだ。

 結局俺は矢野の呪縛から解放されない。

 俺の大学生活は矢野とともにあり。


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