第6話 ものは大事に扱いなさい
その後、俺と矢野を含めた五人は第二考古学研究室内に入った。
部屋に入る前に教えてくれたのだが、俺と矢野に依頼してきた最初の女性が「高ノ鳥」さん。女学生に追われていた中年男性が「白神先生」。その追っていた女学生が「黒條」さんと言うらしい。
部屋の中には多くの文献や何かしらの器具、様々な骨董品のような物があった。
「いやあ、だって黒條君がわしに『悪い霊気がたまっとる』からって、あの鈍器でわしを殴らせろゆーてきたんじゃわ。そりゃ、誰だって逃げるじゃろ」
白神先生が必死に弁明する。
「大人しく殴られてろよ。じじい」
高ノ鳥さんがぼやく。
「ん? 今何かひどいこと言わんかった? しかも最後に『じじい』って言ったじゃろ?」
おどおどする白神先生。
高ノ鳥さんはかなりの毒舌なんだな……。
彼女はこちらを向き、
「ごめんね二人とも。見苦しいところ見せて。荷物運んでくれて本当にありがとうね」
天真爛漫に笑ってみせた。
「いやいや、古今東西あらゆる諍いを経験してきた僕にとって、当然のことをしたまでです」
矢野がキザに答える。
調子のいいやつだ。
「そうそう。聞き忘れていたけど、君たち二人は誰?」
白神先生が問いてきた。
「はっ! まさかこの考古学研究所を志望して……」
「違います。私が荷物を受け取った時にたまたま近くにいた二人です」
「そうか……。でも、手伝ってくれたということはやっぱりここに……」
「先生! そんなにがめついていたら入ろうと思っている生徒も入ってくれませんよ。……まあそんな生徒はいないけど。先生のゼミはただでさえ人気がないんだから」
最後の一言が効いたらしく「先生」は「はい……」と言って、しゅんとなる。
「ところで二人とも手伝ってくれたお礼にお茶でも飲んでいかない? ちょうどお菓子もあるし」
「いえ、大丈夫……」
「はいっ、じゃあ喜んで!」
俺の断りの言葉は矢野の持ち前の高い声でかき消された。
「じゃあ、お茶と紅茶とコーヒーがあるけど、どうする?」
俺は紅茶、矢野はコーヒーを頼む。
「あっ、僕もコーヒーを……」と白神先生が言いかけたところで彼女は奥の部屋へ消えた。しばしの沈黙。
あらためてあたりを見回す。自然と骨董品へ目がいく。流石に考古学研究室ということもあって、幼い頃から祖母に骨董の英才教育を受けてきた、自称「骨董のサラブレッド」である俺でも見たことがないような品がいくつもある。
なんだかなつかしい。俺は鴎外のようにノスタルジーに浸る性分ではないが、久々の骨董品の群衆だったためつい見入ってしまう。
昔を思い出す。
○
あれはまだ俺が幼い頃。
世の中の道理を知らないために純粋無垢であった俺は、しかしながら、一風変わった子どもだった。
今では少なくなったが、昔は子どもが悪さをしたら罰として押し入れや物置小屋に閉じ込めていた。薄暗く、じめじめして、気味悪い空間に閉じ込める。なるほど、まだ心が発達していない子どもたちにとって理にかなったお仕置きである。今にも妖怪や幽霊が出そうな場所にたった一人でいることは手足を措く所なし。限りなく心細い。
しかし。だがしかし。あろうことか幼い頃の俺はそのような場所が好きだった。何とも言えない独特な空間の雰囲気もそうだが、何よりそういった場所に置かれている、長年使われてないような骨董品や陶器といったものが好きだった。埃をかぶっていて、客観的に見ても色が地味なものばかりだ。しかし、それらを見ているとどういうわけか心がスーと澄んでいった。
また、それらが触れれば今にも動きそうな生物のようにも見えた。最早動くんじゃないかとかなり長い時間じっと見ることもあった。そんな俺を見つけに来た親は、私が長いことそれらを見ていたことを知ると呆れていたものだ。
幼い頃の俺はこんな感じだったため、姉や親戚の子供たちは当時俺を避け気味だった。それでも骨董品たちとの縁を切ることはなかった。他の子たちと一緒に遊ぶことを嫌っていたわけではない。それよりも骨董品たちと戯れることが好きだった。
項羽が漢軍に囲まれたかのような状況である俺を、唯一温かい目で見てくれた人がいる。祖母だ。
俺がじっと骨董品を見ていると、祖母は「ジンはこういったものが好きなのかい?」と尋ねてきた。「うん、だいすき」と返すと、祖母は「そうかい、そうかい」と微笑んでくれた。骨董品に関する質問をすれば祖母は丁寧に答えてくれた。
ある時、「骨董品が生物のようだ」と言うと祖母は、
「ジンは大した子だね。いいかい、その気持ちを忘れてはいけないよ。長い間大切に使っているとね、物にも魂が宿るんだよ。そういった物を乱暴に扱うと罰が当たるのさ。だから、物は大切に扱いなさい」
と、諭してくれた。祖母の声はやさしかったがいつもより力強く感じた。
祖母が亡くなった後俺は骨董品から離れていった。
しかし、祖母と一緒に骨董品と戯れ、教えてもらったあの言葉は今も心の中にしっかり残っている。




