第5話 黒髪ストレートこそ至高
「おーい、そこの君たち―。ちょっとこっち来て手伝ってくれない?」
ある日の昼食後キャンバスを散歩していた時に声をかけられた。
声がした方を向く。そこには黒髪ストレートの美女が立っておられた。純白な研究着によって身体の線の美しさが強調されている。育ちがいい上品な女性のような印象を受ける。
「わかりました。いいですよ」
好色な矢野が即答する。その速さは条件反射の域にあった。
俺と矢野は彼女のもとへ駆け寄る。
「悪いけど、この段ボール箱を持って私の後をついてきてくれない? お願い」
彼女が手を合わせてせがんできた。
俺たちは承諾する。心なしか矢野の声がいつもと違いキザな感じがしたが、そこは気に留めないことにした。
「ありがとう。じゃあよろしくね」
彼女はいかにも大人の女性が見せる清らかな笑顔を作り、私たちに背を向け歩き始めた。
俺と矢野は段ボール箱を持ち彼女の後を追った。
○
道中終始落ち着きのなかった矢野を憐憫の情で見ていた。他愛ない妄想を抱いているに違いない。ないしはみだらな妄想かもしれない。
「ジン。もしかすると前を歩く女性は月からの使者で、俺たちを楽園へと誘ってくれるのかもしれないぞ」
「お前にしてはずいぶん比喩的で趣深い表現だな。しかしよ、矢野。水を差すようで悪いのだが、月からの使者は誘ってくれるというよりはむしろ連れ戻されるものではないのか?」
かぐや姫を意識した言葉だと言わなくてもわかるだろう。
「いや、分からんぞ。現に彼女は俺たちに背を向けてから一瞥もくれないではないか」
矢野はあくまで自説を貫く。
「それは彼女が俺たちに特に関心がないからなのでは?」と思う。しかし、入学式から六ヶ月という長い付き合いの友の夢をぶち壊してしまうのは気がひけたのでやめておく。
一、二分歩いたところで彼女は足を止めた。
「悪いけど中まで運んでくれない?」
俺と矢野は無論了承する。
部屋の戸口には「第二考古学研究室」の文字。
「ほれ、見ろ。彼女は月どころか地中からの使者ではないか!」
「うむ。だが、これはこれでありだな」
適当なやつだ。
しかし、彼女がおそらく考古学を専攻していることに俺はいささか驚いた。考古学を学ぶような女性は、私的なイメージでは、もっとミステリアスで不愛想ないしは無口な者であったからだ。
彼女は一旦段ボールを置き、扉を開こうとした。
まさにその時だった。
「ぎょえーす! やめてくれー!」
ドアから人が飛び出してきた。
同時に扉の前の彼女はふき飛ばされてしまった。彼女らしからぬ「ほげっ」という声を出したことは気にしないでおこう。
「×○△□☆」
もう一人飛び出してきた。
何とおっしゃって? さっぱり分からない。
先に出てきたのは中年男性。声が高く、少し若く見える顔だちをしている。
後から出てきたのは女学生のようだ。背は小さく、前髪が目を覆い顔がよく見えない。暗いオーラを放っておりホラー映画に出てきそうだ。
女学生が何か鈍器のようなものを持って今にも中年男性に襲いかかろうとしている。セクハラでもしたのだろうか。
「君たち助けて!」
中年男性が懇願してくる。
無茶をおっしゃる。得体の知れない相手にどう立ち向かうのか。話せば分かる人ではなさそうだし、なにより日本語が通じるかどうか。
だから二人が取っ組み合いになるのを止めることができなかった。
隣の矢野はただただにやにやする始末。どうする俺。
そう困っていると、吹き飛ばされた女性が呻きながら立ち上がり、
「おらっ! そこの二人!」
一喝。
二人の取っ組み合いが止まる。
「冷花。先生から離れなさい。それから先生! 例の品届きましたよ!」




