第3話 崩壊への前章
そもそも俺の大学生活が瓦解するに至った、事の発端の一つは先ほど紹介したが、もう一つは矢野である。
いかにして俺は矢野と出会えりか。
矢野とのファーストコンタクトは入学式のときだった。
俺は文学部。
矢野は法学部。
さらには、俺「大方」は「お」から始まり、「矢野」は「や」から始まる名前の持ち主である。
普通に考えると接点がなさそうな二人である。三段論法に置き換えると、間のBが抜けている状態だ。自然的には発生しないはずのこの接点Bは、矢野によって人工的に発生させられた。いや、それはもはや接点というより「策士矢野」によって綿密に練られた巧妙な罠だった。
入学式後。
これといった知り合いがいない俺はベンチに座り、一人でジュースを飲んでいた。さてこれからどうやって友達を作ろうか、と考えあぐねていた矢先に俺は声をかけられた。
「隣いいですか?」
ニコニコ顔の男。これが矢野駿太であった。
もしこの時、「いいえ、駄目です」と断っていたらと思うと今でもほっとしただろうし、またこれからもほっとしたことだろう。
しかし、当時、如何せん寂しい思いをしていた俺はあろうことか承諾してしまった。それというのも、矢野の第一印象は決して悪くなかったのである。今となっては悪徳セールスマンの偽りの笑顔にしか見えないのだが、その時は気さくさをも感じさせる笑顔だった。
「学部はどこ?」
「出身は?」
「サークルはどこに入る予定?」
などの当たり障りのない会話から始まり、最終的には、
「しかしなぜ文学部にはああも美女が多い?」
「広島は都会だと聞いていたのに」
「酒造サークルに入って日本一の酒を作ろう!」
などのくだけた会話もするようになった。
そんな俺たちの間に友情が芽生えるのに時間はかからなかった。
しかし、友達となりしばらく過ぎた頃から矢野が牙をむき始めた。
ある時は、話し始めた途端に、
「あっ、やっぱいいわ」
でその話を強制終了させる。
またある時には、つっこむことはおろか、まともな返答ができないようなボケをかましてくる。俺はいつの間にかこいつの手の上で踊らされていたのだ。
それでも最初の内は俺もできるだけ対応していたのだが、だんだん俺の手に負えないところまできてしまった。矢野と仲良くなるとこのような惨事を招くので、もし彼に出会ったときは皆さんも気をつけてほしい。
こうなっては仕方がない。俺は、急遽、学部内で友達を作る試みをした。しかし、もともと引っ込み思案で根暗な俺には、集団化した人たちに話しかける勇気など到底なかった。
最後の頼みの綱である酒造サークルの方も状況は芳しくなかった。酒造サークルに入ったくせに、酒を飲めないことに気付いた俺たちはサークル内で完全に浮いてしまう。その結果、常に二人で行動していた。そして最近は顔もろくに出していない。
そもそも、酒が飲めないのに酒造サークルに入ろうと言いだした張本人は矢野であった。入学して間もない俺をまんまと陥れたのだ。もしかすると、あのベンチで話しかけられたときから矢野の掌の上だったのかもしれない。
恐るべき策士家。矢野駿太。
しかし、よくよく考えれば友達を作る器量がない俺にも責任があるわけで、彼に責任のすべてをなすりつけるのはそうは問屋が許さない。そのため、俺はしぶしぶ矢野とつるんでいた。
ここで教訓を一つ。
友達を作るのは簡単かもしれないがその友達と別れるのは難しい。
……いや、そうでもないかも。




