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晴れたら君と。

お昼過ぎには。

作者: 藍川

第3話

午前の仕事を大方片付け、一息つくと切羽詰まった表情で画面とにらめっこをしている岸辺君が目に入った。朝のミーティングで配られた資料が、想像以上に難しかったらしく、かれこれ10分くらい固まったまま動かない。

手伝おうとも思ったのだが、自分の仕事もままならないまま他人の面倒を見ているなどバレてしまえば、部長にお咎めを食らうに違いなかった。

そのため、自分の仕事を先に片付けようと思い取り組んでいたのだが、やはり手伝った方がよかったようだ。

「岸辺君、大丈夫?」

 彼の顔をうかがいながら尋ねると、はっとした表情で大丈夫ですと返ってきた。

応答の仕方からしても、全く大丈夫ではないのだが。

「……そう?」

「嘘です、大丈夫じゃないです……助けてください……」

 少しだけそっぽを向くと、すぐに素直になった。

単純な男である。だがしかし、そこがなんとも可愛くて仕方ない。

私は彼に侵されてしまっているのかもしれないな。

「どこが分かんないの」

 彼の見ている資料を手に取り、中身を見る。

相当難しいのかと思っていたが、案外簡単で内心ほっとする。

 手伝うとはいったものの、私自身、その資料を読みとれるか不安だった。

だが、想像していたよりも簡単なもので、普段の彼なら10分で仕上げてしまうくらいのものだった。

「……全部です」

「いつもの岸辺君なら、このくらい普通に仕上げられるじゃない」

「今日は、ちょっと集中できなくて……その、仕事じゃないんですけど……」

 そういいながら赤面する彼を見て、あっと思う。

恐らく、この反応からして仕事の後に私と食事に行く事が気にかかってしょうがないのだろう。

確かに私もドキドキしていないといえば嘘になるが、こんなことも手に付かなくなるほどではない。

「食事のこと?」

 私がそう尋ねると、彼はこくりと頷いた。

女の勘とはここまで当たるのか、と溜め息をつくと、岸辺くんはキーを打ち始める。

「本当は、分からないわけじゃないんです。ただ、春山さんとしゃべりたかったっていうか……」

「馬鹿じゃないの」

 手にとった資料で岸辺君の頭を叩くと、机に置いた。

「すいません」

 視線を落として謝る彼を背に、私は部長に一言いってデスクを出た。

もう他の部署は皆仕事を仕上げ、各自昼食をとっているようだった。

唯一、うちの部署だけは仕事に追われ、食事を取りながらキーボードを弾いている者もいた。

 珍しい光景ではないのだが、その中に岸辺君がいるというだけで雰囲気が全く違う。

いつもならば一足早く食事に出掛ける彼を見るのだが、今日ばかりはそうはいかないようだ。

「今日も一人か……」

 ふぅ、と溜め息をつくと社内食堂でいつも通りの食券を買う。

いつも、今日のランチAの食券を買って、一人で食べる。

それが私にとって普通になっていた。

 入社したての頃は、先輩達の質問攻めに遭いながら昼食を取っていたが、一年もたたないうちに、いつの間にか周りには人がいなくなっていたのだ。

一人には学生の頃から慣れていたし、どうってことはなかったが、やはり以前までの大人数を考えると今まで通りにはいかなかった。

正直、一時期それが応えて仕事が手に付かなかったのも事実だ。

 別に大人数でなくてもいい。二人でもいいから、会話をする相手が欲しい。

ただそれだけの願望なのに、現実となることはなかった。

「このまま定年まで過ごすのかな」

 将来、年を取っても独り身で死ぬのだろうか。

そして、会社でも家でも独りぼっちで、死ぬ時は孤独死。

今の現代社会ではよくある事例だ。

 恋をする相手もいないし、恋をされるわけでもない。一生そんなものには縁がないんだ。

きっと、孤独のまま死んでいく。そんなのは目に見えていた。

だが、実際現実を考えてみると悲しいものだった。

腐敗臭の漂う部屋の中に、白骨化した死体が横たわっているなど、そんな酷い風景はない。

 しかし、このままの現状を維持するならそれもあり得ない話ではなかった。

「早く相手を見つけなくちゃならないなぁ」

 両親への報告すら、一度もしたことがない。

きっと、二人は大層心配しているのだろう。早く安心させてやらねばならない。

 重い気持ちになりながらも、食券を渡すと食事がでてくるのを待ち、空いている席を見渡す。

 すっかり社員食堂内も定位置というのが出来上がっていて、私の席は窓側の二人席と決まっていた。

相変わらず賑わっている食堂内だが、その席だけは声があまり届かず、静かに外を眺められる。

そんな理由でその席を選んだ私の意図など、誰も知る由もない。

だが、空気を察知してか否か、この席は空けておいてくれているのだろう。

ありがたいものだ。

 出てきた食事を受けとり、いつも通りの席につく。

今日はチキン南蛮に味噌汁と白米という、少しだけヘビーな食事だった。

いただきます、と一言いって手を合わせると、チキン南蛮に箸をつける。

 すると、息を切らして走ってきた岸辺君が目の前に現れて、自分の前に座った。

「何、先に飯食ってんですか……はぁ、はぁ……」

「だって仕事終わったし」

「俺必死に終わらせてきたのに!? 何ですか、その言い草!」

「……何もないわよ、ただお腹が空いていたんだもの。仕方ないじゃない」

 少しキレ気味の岸辺君をそっちのけにチキン南蛮を口に運ぶ。

程良い酸味と甘みが口いっぱいに広がり、揚げたてのチキンから溢れる肉汁が口を占領した。

その目の前で不満そうに口を曲げて自分のお弁当を広げると、彼はいただきますと言ってお弁当を食べ始めた。

「自分で作ったの?」

 そう尋ねると、無言のまま頷く。

大きめのお弁当箱に、敷き詰められたおかずが輝いていた。

大の男が作ったとは思えないくらい、可愛らしいおかずもちらほらとある。

 目に飛び込んできたのは、たこさんの形をしたウインナーだった。

「そのたこさんウインナーも?」

「……悪いですか、たこさんウインナー」

「ううん」

 顔を真っ赤にしながらたこさんウインナーを口に運ぶ彼を見て、可愛いなと思う自分が居た。

止まっていた箸に気づき、私もチキン南蛮をせっせと食べる。

「俺にもくださいよ、唐揚げあげるんで」

「たこさんウインナーと卵焼きちょうだいよ。唐揚げいらないから」

「……はい」

 少し恥ずかしそうにしながら卵焼きとウインナーを皿に乗せると、私のチキン南蛮を自分の弁当箱に押し込む。

「チキン南蛮、好きなんですか?」

「たまたまよ。私毎日日替わりランチ食べてるの」

「……物好きですね、春山さんって」

「よく言われる」

「よく言われるんですか」

「ええ。もう慣れっこよ」

 そういうと、彼と目があった。

思わず笑いが込み上げて来て、二人して笑いだす。

「おかしい?」

「はい、春山さんといると楽しくて仕方ないです」

「私もよ?」

「嘘付き」

「嘘じゃないわ」

「……今夜のディナー、楽しみにしときますね」

「えぇ」

 そういうと、彼はそそくさとお弁当をしまい、テーブルを後にした。

胸の奥がうずく。今夜が楽しみすぎて、私も午後の仕事が手に付きそうにない。

「こりゃあ伝染病だ」

 独り言を呟くと、私は残りのチキン南蛮と、彼の作ったおかずを平らげて、食堂を後にした。


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