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ワールドエンド・スタートエンド

作者:切子QBィ
 光に目が眩む。激痛が体を突き刺す。混濁する意識を押さえつけ体を立たせた。
 場所は無機質な部屋。殺風景な印象。金属製のベッドからは、青や赤の色とりどりのケーブルが伸びる。
 その全てが俺の裸の体に繋がっていた。

「ふざけ、やがって……」

 張り付く喉を絞り、呟く。
 不完全な濁る意識の中、俺ははっきりと聞いた。俺の体をいじくった連中が、喋っていた言葉を。

「手術は成功だ。後は脳をどこまでいじるかだな」

 手術の最中。そこだけはいくら不明瞭な状態の中でも鮮明に覚えている。この言葉から湧き上がる怒りが俺を今突き動かしている。
 ふざけやがって、何が改造人間だ。
 ふざけやがって、俺から何を奪った? 何を押し付けやがった?
 ふざけやがって、今度は俺から『俺』を奪うのか。
 ふざけやがって、人間は、俺は、お前らの玩具じゃない。

 軋む全身を無理やり引きずる。全身に繋がるケーブルや点滴のチューブを引きちぎり、出口へと踏み出す。
 僅か三メートルの距離が果てしなく遠い。だが、この距離が例え世界の裏側までの距離だろうと、俺は絶対に突き進む。超えてみせる。こんな所で終われるか。
 伸ばした手が付鍵されたドアを叩く。だがびくともしない。わかってる、そりゃ頑丈に造るだろうさ。

「お、おおおオオオっ!」

 獣のように吠えながら、拳さえうまく握れない右手を打ちつける。痛みなどどうでもいい。破れないかどうかなどどうでもいい。
 ただ、あのベッドの上で、豚のように『俺』を奪われるのはごめんだ。それだけはいやだ。

「――おおおっ!」

 何度目かの打撃。突如、ドアが大きくひしゃげた。打撃箇所から大きくへこむ。
 まじまじと、己の拳を眺める。
 生身では絶対に有り得ない事態。これが奴らの『改造』の成果か。
 俺はまだ、『人』なのだろうか。
 もし、まだ人であるなら、この手で誰かの手をもう一度握りたい。
 もし、もう人ではないのなら、ヤツらが奪ったものをヤツらからこの手でえぐり取ってやる。
 変形したドア、その隙間に手をねじ込む。鈍い音を立て、金属の板を引きちぎる。
 無造作に投げ捨て、部屋を出た。

「……まあ、そりゃいるわな」

 思わず、ぼやくように吐き捨てる。
 部屋の前には、黒いライダースーツの集団。フルフェイスヘルメットに顔を隠され、一切の個性が見えない。手には銃器。照準は俺。
 部屋から出た俺を囲むように配置。
 だがな、諦める気なんぞこれっぽっちも湧かねえよ。
 唐突に、体に熱を感じる。血管を走る血液ではない。それよりも後付けされた、もっと熱い何かが体を駆け巡る。
 体に浮かび上がる光の線。脈動する衝動が肉を刺す。骨を揺るがす。気がつけば、腰には謎の機械が現れていた。
 朧気に確信する。体を流れる熱は、この機械が操っているのだと。
 無意識に、言葉が湧き出る。自らを変えるための言葉。人から怪物へと変わるための言葉。
 そして、またもう一度人へと戻ることを願う言葉。
 願わくば、体よ変わりたまえ。俺に不条理を砕く暴力をくれ。
 願わくば、魂よ変わらないでくれ。俺をまだ人でいさせてくれ。

「――――変身」

 この時から、俺の戦いは始まった。


 ▽ ▽ ▽ 


「――はっ!」

 俺の体がしなやかに空を穿つ。巻き上がる長大なマフラーが、夜の月を覆う。
 遥か上空で錐揉み状に回転。勢いを維持したまま降下の体勢へ。体重・重力・加速が存分に乗った、鋼鉄の足による必殺の蹴りを一直線に真下いる人影へ放った。
 神話時代の神槍のように胴を貫く。余った威力が人影を更に吹き飛ばす。
 路地裏の壁に激突した人影はもうピクリとも動かない。
 それは人の姿をして、人ではなかった。
 機械と人とクモのグロテスクな混合体。そうとしか表現できない。
 だが俺にはやつを酷評する資格は無いだろう。やつも俺も同類である『改造人間』の一種に過ぎない。
 唯一の差は、脳改造を受けたか受けていないかだ。
 今の俺の姿も、端から見れば黒い骸骨の怪人だ。ただの化け物にしか見えないだろう。
 ヤツらの部屋から逃げ出して早数ヶ月。こうして俺はヤツらの改造人間を見つけ出しては始末している。
 気がつけば、いつしか噂話に上がる都市伝説の中に俺を思わせる話がチラホラと現れていた。最も子供のはやり話と鼻で笑われるレベルだが。
 それでいいと思う。正直な話、俺の戦いなど誰にも知られたくはない。脳改造されたということは、改造人間は元は俺と同じヤツらには無関係な拉致された人間だと言うことだ。
 ならば、俺のしていることはただの人殺しだということになる。だからこそ余計に知られたくはない。正義の味方など気取るつもりは最初からないのだ。
 俺は、俺の復讐のために戦っている。誰かのためではなく、何かのためではない。目の前にいる人間全てを救えない俺に、正義を名乗る資格など最初からない。
 だから、俺は救われなくていい。報われなくていい。
 火柱が上がる。改造人間内部に仕掛けられた証拠隠滅装置が作動したせいだ。高熱に、クモの体が溶けていく。
 俺の体にも同じものがついているだろう。もし俺が負けた時、きっと俺を燃やし尽くしてくれるだろう。欠片も残さずに、俺を消してくれるなら、いつだって悔いなく戦える。
 見上げると月が俺を見ていた。
 まだ月を見て何か感慨を抱けるなら、まだ人であるはずだと俺は自らに言い聞かせる。
 俺はまだ人間だ。
 まだ、この一瞬だけは。


 ▽ ▽ ▽


『もうやめろ』

 作られた電子音声。合成された老人の声が嘆願する。俺が与えた限界を超えたダメージのせいか、どこか音が歪んで聞こえる。
 ヤツらの首領だ。この巨大な機械の部屋。その一部と化した醜い脳髄が、諸悪の根元だ。

「……お前らに、今までその言葉を言った人間は何人いた? お前は、そのうちの何人を助けた?」

 装甲が割れ、火花を上げる体を引きずり、首領に近づく。これで終わる。これで終わらせる。
 息をする度に激痛が走る。変身を維持しているのは正直奇跡だ。

『もうやめろ、私は死など恐れてはいない。だが私の存在は、人類種の存続に不可欠なのだ。正義のために、私は存在している。生存は全てに優先される「正義」だ』

 拳を握る。もう開けなくてもいい。ただこの一瞬だけ保ってくれればいい。 

「俺だって死ぬのなんか怖かねえよ、あほんだら。でもな、死なせたくない人間は山ほどいたよ。――みんなお前が奪っていったがな」

 ヤツらと戦い初めてから、数年が経っていた。
 一人で戦い続けて、それでも気がつけば、共に戦う人間がいた。
 ヤツらに家族を奪われた者。ヤツらに未来を奪われた者。ヤツらを許せなかった者。
 仲間と呼べるヤツもいた。相棒と呼べるヤツもいた。けれど、もう今は誰もいない。

『やめろ、全ては必要な犠牲なのだ。人は未来を繋がねばならぬ。今私が消えれば……』

「犠牲がなけりゃ正義でいられないのか! 誰かを踏みにじらなければ、正しくなれないのか! だったら、俺は、」

 振り上げた拳を、脳が収めるケースへ伸ばす。後悔はない。悔いはない。逡巡はない。
 なぜ俺が脳改造を免れ、今日まで戦ってきたのか、今やっとわかった。
 俺から奪われた全てを奪い返すためじゃない。
 これからの誰かが、何も奪われないために戦ってきたんだ。

「――俺はそんな『正義ミライ』なんていらない!」

 拳が、脳を打ち砕く。


 ▽ ▽ ▽ 


「――また、昔の夢か」

 荒涼たる砂漠の廃墟で、俺はまた目を覚ました。
 覚醒する意識。視界内を走る衛星リンクによる周辺観測データの更新を確認。以前自然現象以外の変化は無い。衛星の寿命はまだあと五十年ほどは保つだろう。
 太陽が重なる、半ばから折れた超高層ビルの残骸を見上げる。かつて十数棟あったそれらは、現在まともに形を維持しているものはなく、全てが倒壊しているか、あるいは完全崩壊しその跡を僅かに残している。
 体中を蠢くナノマシンが俺を常に活動可能な状態にし続ける。空気中の成分や太陽光線、水素発電で俺は生き続けられる。
 すでにとうの昔に滅ぼしたヤツらに打ち勝つために限界まで強化された俺の体は、容易に死ぬことを許してくれない。 

 結論から言えば、人類は絶滅した。

 ヤツら組織の目的は言わば『悪でいること』それ自体だった。
 悪として存在し、常に世界の攻撃目標で居続けること。
 各国のパワーバランスを注視し、強い力を持つ一勢力の成立を阻止していくこと。
 増え過ぎた人口を虐殺による調整により、人類の数を一定に保つこと。
 悪として存在し、行動する全ては人類種の延命のために行われる作戦だった。

 やがてヤツらの延命手段を得られなくなった人類は、増えすぎた人口と食いつぶすための資源の奪い合いにより世界情勢を急速に悪化させていく。
 石油。メタンガス。レアメタル。食料。はては水さえもが枯渇していき、遂に起こった限定核戦争に土地と水源は汚染され食料と水の不足に拍車がかかる。
 世界規模での小規模紛争が百数ヶ所。
 四勢力による限定核戦争が三回。
 二極世界勢力の世界核戦争を二回の末、人類は絶滅した。
 いや、ひょっとしたらまだどこかで生きているのかも知れない。最も俺とリンクする世界中をカバーする五機の衛星からは四十数年間、人間の活動している痕跡を観測していないが。
 俺は戦争には一切参加していない。ただ黙ってそれを見ていただけだった。戦争から逃れた人々を助けても、みな餓えや放射能、あるいは人間同士の争いで死んでいく。
 もういくつ墓穴を掘ったか覚えていない。
 ヤツらを倒した時、この未来を覚悟していなかった訳ではない。
 だが、人間はまだ愚かではないと信じたかった。
 俺自身が人でいるために、人を信じたかった。
 俺が人でいようとする引き換えに、八十億人が息絶えた。

 吹き荒れる砂塵が建造物を少しづつ削りとっていく。やがて全ては土に帰るだろう。
 俺もいずれは、帰れるのだろうか。
 天国はいらない。安らぎはいらない。報われなくていい。
 ただ、今とはほんの少しでもいい、違う未来が欲しかった。
 もうそんなことは遅いのだと、わかっている。

『重力値急速変動。警告。警戒レベルB以上認定』

 突如、ナビから警告音声が流れる。視界が急速にブレ始める。空気振動、いや、空間全体が振動しているだと!?
 地球上では有り得ない重力値の以上変動。もしかしたらまだどこかに生き残っていた人類がいたのか。いや、重力まで操る技術なんて戦争中には確認出来なかったはずだ。
 急速に視界が光輝く。視覚モードを切り替えようとするがうまく対応したモードに切り替わらない。
 身体が振り回される感覚。今まで味わったことの無い、上がりながら墜ちるとしか形容出来ない異常な感覚。
 それが、この世界での俺の最後の記憶。

 ▼ ▼ ▼ 

 気がつけば、俺は部屋の中にいた。
 古風な漆喰の壁。石膏の床。それらにびっしりと書き込まれた文字なのか落書きなのかわからないが規則性のある線。
 いきなり屋外から室内にいること自体わけがわからない。だがもっとわけがわからないことが目の前にある。

「……あー、おい、なんだお前ら?」

 思わず声が出てしまった。こうやって声を出すこと自体十年ぶりだ。

 トカゲ、としか表現出来ない顔だった。肌は緑のウロコに覆われている。西洋の中世辺りに使ってそうな軽装の鎧をまとい、木の柄の槍を持ったトカゲ人間が五人ほど。目の前にいる。
 何か向こうも俺がよくわからないらしく、しきりに顔を見合わせながらなにやら話し込んでいる。

――改造人間か? それにしちゃやたら生っぽいな。ていうか、コイツら今まで地球のどこで生き残ってたんだ?

 ここまで考えて、思考が途切れる。トカゲ人間の足元に組み伏せられている人影が目に入った。
 灰色のローブ。小柄な体格。フードの隙間から、顔が見える。
 十代の少女だった。表情に浮かぶのは怯え。
 口元が動く。助けてという唇の動き。

「おい、!」

 まともな人間が生き残っていた、そう考える前に身体が前へ動いた。
 傍らのトカゲ人間が動く。刺し込まれる槍。だが俺の装甲に当たった途端に砕ける。作りが原始的過ぎるな。
 反射的に反撃、裏拳が顔に入りトカゲ人間が吹っ飛ぶ。
 抑え込むトカゲ人間に蹴りを入れて少女から引っ剥がす。少女を後ろに回しながら残りのトカゲ人間と距離を取る。

「え、あ、」

 少女の困惑に気づく。今の俺は黒い骸骨のような怪人だ。流石に簡単に味方とは思えないのだろう

「ほれ」

 幸い空気には放射能など有害物質が含まれていないことをナビが知らせてくれている。マスクを上げて顔を見せる。自分が同じ人間だとアピールしよう。まあ大していい顔ではないが。
 そういえば、人間とまともに話すのは何十年ぶりだろうか。

「あ、あの、その!」

 いきなり少女が腰に抱きつく。なにやら大声で喚き始めた。うわなんだこれ。

「あ、ありがとうございます! 流石勇者様です!」

 ――何を言っているのか言葉は理解できるが意味が理解できん。

「……勇者って、誰?」




 この世界が俺のいた世界とは違う世界らしいということ。少女は俺をこの世界へ勇者として喚んだ神官だということ。ついでにいうとあのトカゲ人間はリザードマンという種族らしい――さらにいえばこの貧乏神官が召喚のための諸経費を借りた借金取りだということ――という非常に大切な情報を聞いたのは、トカゲ人間共を散々にぶちのめした後だった。


 ともあれ、俺の戦いはまた始まったらしい。

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