七、再会(1)
このところ、ユーティア原本の解説書というものが多く出回っている。女王が出版した原本がベストセラーとなり、現代語訳だけではなく、もう少しくわしい解説が欲しいという声が多く出始め、あちこちの学者や宗教関係者、または出版社が独自の解説を出版し始めたからだ。
とのあえず、原本の出版元には承諾をとったうえでの出版ではあったが、肝心の解説の中身はまさしく玉石混交で、なかには、とても解説本と呼べるレベルではない物もかなりふくまれていた。
まともな解説本もそれ以上出回ってはいたが、いかんせん、現代唯物的な思考の持ち主が書いたものが多く、ドラゴンとか奇跡とか自分の頭では理解できない部分を削除したり、取り上げたとしても、ユーティアのたとえ話程度で終わらせているものが主流だった。
女王アリーゼは、こうした事態を深く考慮し、ニュートに訳者だと公表するようすすめた。そして、ニュート自身に、王家お墨付きの解説書を執筆するようお願いしたのである。
ニュートはしぶった。ただでさえも忙しい毎日だ。ギャラクシー計画も本格始動しているので、とうぶんのあいだはそっちに集中したい。それに、自分が訳者だと公表すると、いま以上に宗教界がウルサクなる。学者達の嫉妬もこれ以上買いたくない。
が、アリーゼは、
「あなた以外のだれが、正確な解説ができるというのですか? それに、他人のつまらない批判や批評は、この神殿地下まではとどきません。彼らは、この宮殿区域にすら入れないのですからね。
どうしても時間が取れないというのであれば、私がクライスに交渉して、そのための時間をいただきます。そのかんの仕事は、ラッシュにまかせればよいのです。ラッシュ、できますよね。
これは、女王としての命令です。わかりました?」
有無を言わさない態度である。ラッシュはもちろんのこと、ニュートも素直に返事をせざるを得なかった。女王アリーゼはふだんは静かでおだやかではあるが、キレると怖い一面を持っている。
で、ニュートは翌日から、その日の指示をラッシュに与えたあと、地下から神殿にあがり、女王の命令と格闘するはめになった。まず、現時点で出版されている解説本のたぐいを取り寄せて、読破することからはじめた。
(たしかにこれじゃあ、陛下がキレるわけだ。こちらの本は良しとしても、こっちは、ブームにのっただけのような適当な解説になっている。この本は、原本そのものを否定するような方向にもっていく内容だ。まともだと思われる本も、解説者のレベルに応じてまちまちだ。
へたすれば、原本を読んでいない一般読者は、最初に手にした解説書の内容を鵜呑みにしてしまうかもしれない。)
すぐさま、執筆に取りかかった。けど、もとは分厚い十巻セットである。これをいかにして、一般読者にも手にとりやすい解説本にまとめるかが問題だった。ヒントが下ってきた。ニュートは10インチPCを起動し、すぐさまその思いを受け止める。
二日で草稿が出来上がった。内容は、原本を書くにあたっての、ユーティアの思いといったところか。原本によせる、作者本人の前書きみたいな内容になっていた。さっそく、アリーゼに見せた。アリーゼは、これは解説にはならないと言ったが、原本の歴史的、宗教的使命を明確にしているとも言った。
ニュートは、
「こまかい解説は、仕事の時間のあいまを見つけて、ネットで公開します。本では出版しません。あまりにも量がありすぎて、出版となるとまた重くなってしまうからです。ですが、出版社がどうしても出したいと言うのであれば、公開した情報を本にでもまとめればよいでしょう。」
「あなたは無欲ですね。原本に引き続き、また印税が入ってくるのですよ。」
「作家家業でもないかぎり、本で稼ぐ気なんかありません。
それよりも、ユーティアの原本に対する思いを知ってもらいたいのです。でなければ、二日で草稿なんてできません。
それと、私が訳者だと公表するのでしたら、原本の印税の一部をミシル大の私の恩師に渡してください。彼の協力がなければ、現代語訳なんてできなかったですからね。もし、彼の許可があれば、現代語訳監修者として私といっしょに公表してください。
彼は、原本が出版されてすぐに、だれが訳したか理解したはずです。しょっちゅう質問してましたからね。けどそれを、いまだにだまっていてくれてるのです。ありがたいことです。」
アリーゼは、わかりましたと笑顔でこたえた。そして、本が出版され、すぐさま解説がネット公開され、しばらく、あちこちがさわがしくなったようだ。
順調に、解説のネット公開が続いたあと、マーレル王立大学から講演依頼が舞い込んできた。マーレル王立大学と言ったら、ユーティア時代以前から、あったとされている由緒ある大学ではないか。
最初は工学系か医学系の講演依頼だと思った。けど依頼内容はユーティア原本についてだった。ニュートは困ってしまった。へたに依頼を受けてしまえば、宗教研究者というオプションがくっつきかねない。
けど、今度はラッシュが有無を言わさなかった。
「あんたが、世間に認められてきたという証拠なんだよ。いままで、うさんくさいと見ていた、オカタイ連中が認めてきてるんだよ。それもユーティア原本で、しかも依頼は王立大学なんだぜ。
うまくすれば、客員教授くらい、もらえるかもしれないぞ。三流大学のミシル大卒よりもハクがつくかもしれない。それに、これであんたが、ユーティア本人だと名乗れる可能性が浮上してきたんだよ。チャンスなんだよ、チャンス!」
「三流大学はよけいだ。君だって、ミシルのくせに。」
「ミシルは野球が強かったんだ! おれは、野球をするためだけにミシルに行ったんだよ! ちゃんと高校卒業して受験で合格したし、裏口入学した、あんたとは根本的に違うの! その野球も、あんたの神杖実験につきあわされて、途中降板せざるをえなくなってしまったけどな。
ともかく、依頼は受けろ! 受けるんだ、リーガン君!」
肩をがっしりとつかまれ、鬼気せまった視線で見つめられ、好きだった野球の途中降板というトドメもあり、ニュートは生つばを飲みつつ、また素直に返事をするしかない。つくづく、この親子は似ている。
でもって、マーレル大学講演当日。ニュートは二百人程度入る会場となっている講義室に入った。室内の席は、ほぼ埋め尽くされていた。学生に混じり、OBのような顔も実に多かった。教会から招かれたような客もいた。
そして・・・、黒髪の女がニコニコとしながら、こっちに向かって手をふっている。ニュートは思わずひるんだ。ダムネシア王妃、まとめて二十一段である。
(そう言えば、彼女はここの出身だったはず。なんだか、今回の依頼の裏が読めてきたような気がする。ちょっと待てよ。彼女がきているということは、ひょっとして・・・。)
王妃の机の上にある、大きめのペンケースがやけに気になる。いま、フェルドの端末に中継されているか、録画されているか、あまり考えないようにしよう。
王妃のとなりの席に目をうつす。ノートと筆記用具を用意しているイゾリーナの姿があった。実に十数年ぶりの再会である。イゾリーナが視線に気がついたのか、笑顔であいさつを返してくれた。純粋な笑顔だった。
ニュートは気をひきしめた。いいかげんな講演はできない。ここへくる前、神殿で一時間程度祈っていたが、さらに心の中でユーティアに援護をもとめた。ニュートにとり、人前での講演は、これがはじめてだった。
講演の内容は、初回でもあるので、原本が千年前にどういういきさつで書かれたのか、なぜ、分野違いの自分が現代語訳をしたのか、そしてどうして、世に出すことになったのか、その経緯を説明するだけにとどめた。ただし、自分がユーティアである事実をかくしてである。
そして、質問時間にうつった。学生が、この前出版した解説書についてきいてきた。
「この本を読んでみますと、まるであなたが、ユーティア自身であるかのよう、書かれています。私は宗教学を専攻してますが、こういう書き方をするのは神への不敬に当たらないでしょうか。」
これは、出版してすぐに出版社によせられた反応でもあった。ニュートは、
「書いた場所が宮殿区画の王家の神殿内部でしたから、自然とそうなってしまったのです。書く前になんども、ユーティアに助力を請う祈りを捧げていましたから、彼女のインスピレーションを受けて書いたものでもあると、考えられなくもありません。あなたがそう感じるのであれば、それも事実なのでしょう。」
「宗教とはまったく違う分野のあなたが、神からのインスピレーションを受け取れるのでしょうか?」
「受け取るものは受け取れる、それしか言いようがありません。実際、原本は神殿で最終校正を行いました。そのかん、かなり彼女、ユーティアの存在を身近に感じていました。私が現代語訳したというよりも、彼女が私を通じてそのような奇跡を行っていたと表現したほうがよいでしょう。」
質問した学生の表情が、急に冷ややかになった。




