三、ふれあい(1)
リーナと名づけられた生体サイボーグは、チラホラと舞い降りる雪を、寒い庭で薄着のままながめていた。キンブルが暖かなカシミアを持ってきて、リーナの肩にそっとかけてやる。
「ずいぶん、ながめていましたね。雪がめずらしいのですか?」
「データにはある。けど、現実にこうして降ってくる雪を見るとデータとは違うように見えている。どうして違うのか、さまざまなデータをもとに考察してるけど理解できない。」
「寒くはないのですか。お体がずいぶん冷たくなられていますよ。ふるえていますし。」
リーナは、肩にかかっているカシミアに手をふれた。
「低体温には到達してない。体がふるえているのは、体温をあげようとしているせいだ。」
「雪は、これからいくらでも降ってきますよ。暖かなお茶でも飲みましょう。このままでは、体を冷やしたことで、カゼをひいてしまいますよ、お嬢様。」
リーナは、キンブルの顔を見つめた。
「カゼ? 人間が冬になるとよくかかる病気のことか? たしかにデータには、体が冷えるとカゼになりやすくなるとある。それはよくない。」
リーナは、玄関に向かって、スタスタと歩き出した。そして、邸宅内に入る前に、門の向こうを見つめ、足をとめた。キンブルは、どうしたのかとたずねる。
リーナは、
「ニュート、五日も帰ってきてない。図書館の研究室にいることは知ってるが、いつ、帰ってくるかは知らない。キンブルは知っているか?」
「さあ。若様は、研究に夢中になられると、時間を忘れてしまいますからね。お嬢様がお生まれになられた時など、三ヵ月も留守にしてました。ですが、お嬢様のご様子については、向こうでもチェックをなされているはずです。」
「データが自動送信されていて、こちらの様子を調べているのはわかっている。でも、私は、ニュートが何を研究してるのか知らない。キンブルはきいているのか?」
「私では、若様のご研究はむずかしすぎて理解できません。たとえ、私にお話なされたとしても理解できませんので、お嬢様におつたえできません。さあ、入りましょう。ケーキをご用意してますから。」
リーナは、白い雪を少し見つめたあと、キンブルにいざなわれるまま中へと入った。その晩おそく、めずらしくニュートから、キンブルの携帯に電話が入った。
ニュートは、
「すまん、寝てたのか。そういえばもう十二時近くだな。まだ九時ごろだと思ってた。リーナは寝てるよな、とうぜん。」
夜中に起こされたキンブルは、大きなあくびをした。
「とうぜん、お休みです。電話に出せと言わないで下さいね。子供にとり、睡眠はとても大切ですからね。ご用はなんですか?」
「私が今してる研究について、リーナは何か言ってなかったか?」
「少し気になさってるご様子でしたよ。若様が何の研究をしてるかときかれましたけど、適当にごまかしました。ですが、どうしてナイショになさるのですか? リーナ様のデータをもとにして、新しい人型をつくっているのでしょう?」
電話口のニュートからの返事はなかった。ややあってから、キンブルは、
「お嬢様、若様がいなくてさびしいようですよ。」
「機械にそんな感情があるものか。午後、リーナの様子をチェックしてたら、うっかり製作中の人型のデータと、ほんの少しだがリンクさせてしまったんだ。それで、リーナが何か気がついたんじゃないかと思って。」
キンブルは、またあくびをした。
「まあ、予想程度ですね。確信までは、いたらなかったみたいです。よかったですね、情報流出が少なくて。でも、あそこの施設は、それ専用みたいなものですから、データが流れなくても、だれでもピンときますよ。」
「いまのところ、リーナの正体を知っているのは、私達以外では、フェルドと国王くらいのものだ。他の連中は、私の研究内容は知っていても、だれがそのサイボーグなのかまでは知らない。リーナはフェルドの工作もあって、完全に私の養女ということになっている。」
「・・・お嬢様を守るために、スケープゴート用のダミーを製作する必要がありますからね。でも、大急ぎで製作できるのですか? 国王様の具合が、もうあまり、よろしくないようですよ。」
「それらしいものが、水槽に浮かんでるだけでいいんだよ。国王が崩御されて、女王に研究成果を見せろと言われても、それでごまかせる。必ず、廃棄しろと言われるはずだから、そのための必需品だ。データの提出も強制されるはずだから、それまでにここにあるデータは、すべてコピーをとり書きかえておく。
ともかく、ダミーのことは、リーナには絶対秘密だ。ショックを受けるといけないから。」
「ショックねぇ。お嬢様が機械ならば、データとして処理してしまいますよ。プログラムなんでしょ?」
「プログラムでも擬似感情によって悲しい顔はする。みたくない。」
「はいはい。若様のお話の矛盾点はともかくとして、私はもう眠ります。親心のフクザツさは、私ごときではご理解はむずかしいですから。」
ニュートは、何かを言っていたが、キンブルは無視して切ってしまった。そして、ゴロンとベッドに横になり目をつぶった。
翌朝、リーナが台所に顔をだし、キンブルに料理を教えて欲しいという。キンブルは、卵とベーコンの焼き方を教え、その日の朝、少しこげた朝食を台所で二人で食べた。そのあと、キンブルといっしょに家事をすませたあと、キンブルは買い物に出かけ、リーナはテレビを見ていた。
いつもの退屈なドラマの再放送のあと、特別番組になった。国王の娘、次期女王のインタビュー番組である。番組の中で、次期女王は、さかんに隣国との友好を訴えていた。
特に力を入れて話していたのは、北に国境を接している旧エイシア属州で、今は独立しラベナ連邦の一員となっているマーリア共和国との、冷え切った関係改善のついてであった。
次期女王は、
「八年前のマーリア共和国との戦争は、ダムネシアの本意ではありませんでした。宗主国の意向に従い、やむなしに戦わざるをえなかった戦争でした。
そして、夫をはじめ、この国の若い命が必要以上にその戦争で失われてしまいました。非常にかなしいできごとでした。私はこれ以上の争いはするべきではないと考えています。戦争で生む悲しみを防ぐには、たがいに相手を信頼し理解しあうことが必要だと私は考えているのです。
マーリア共和国とは・・・、帝国属州時代だった州名ディナ・マルー州時代には、ここダムネシアとは良好な関係をたもっていました。しかし、戦争のせいで今では国境を隣接しているにも関わらず、帝国軍が監視しています。
そして、マーリア共和国側も、こちらの軍を警戒して、国境に軍を配備しています。これでは、いつ戦争が再発するかわかったものではありません。非常に危険な状態なのです。
私は、帝国とマーリア共和国との間で、この件について、徹底的に話し合おうと考えています。敵対ではなく和解を、そして友好へと帝国とマーリア共和国を導きたいのです。そして、おたがいに国境から軍を取りはらい、かつてのような関係を取りもどしたいと切に願っています。」
リーナは、テレビを切った。車の音が聞こえたからだ。音は、キンブルが個人的な趣味で運転しているジープではない。リーナは玄関に走った。
外はいつのまにか雨になってたらしい。少し、ぬれた髪から雨をはじきながら、ニュートが家に入ってきた。
「キンブルは買い物か。ちょっと物を取りにもどってきただけだ。すぐにもどるつもりだ。」
ニュートにまとわりついていたリーナが、すぐにもどるときいたとたん、ニュートからはなれた。ニュートは、どうしたときく。
リーナは、
「胸がいたい、すこしだけ。ニュートが帰ってきて、すごく脳波が乱れた。いまは、胸の筋肉が収縮している。いたいと感じる。」
リーナには、感情を学習するよう、プログラムされている。軍事用には必要のないものだが、プロトタイプはデータ採取用でもあるので、リーナは、さまざまな学習能力とともに、人間に近い感情がもてるよう製作されている。
(愛情を学習してきているな。だが、しょせん、人間である私がつくったシステムだ。擬似感情でしかない。私は、神ではないのだから。)
ニュートがコートを脱ごうとしたとき、ジープの音がきこえてきた。キンブルが帰ってきた。時計を見ると、昼近くになっている。ニュートは、リーナの頭をなでた。
「お昼をいっしょに食べよう、リーナ。食べてすぐにもどるけど、週末には帰るから。そうだな、その時天気がよかったら、二人でどこかに遊びに行こう。」
リーナの変わらない表情に明るみがさしたように見えた。




