七、命がけの帰還(1)
「女神ユーティアの使徒? スノウが? だがそれが事実だとしても、千年も生きる生き物なんているはずない。ユーティアは千年前の人物だ。」
「それは、この星の寿命の常識。もともとスノウは寿命をもたない生命体なのよ。本来住んでいる世界も、この三次元世界ではないわ。そうね、三次元と、あの世と呼ばれていて、人間の精神体が存在している四次元との中間地点。
3.5次元といったらよいのかしら、理解できるように言えば、そんな場所にいるのよ。それが、この世界に現れ、人が認識できるように姿をあらわせば、いま、あんたが見ているスノウになる。まあ、そんなところね。」
スノウは、ニュートの肩で、クルルと喉をならしている。どう見ても、ただのインコだ。やはり、常識というカラにこりかたまった自分では、理解がむずかしい。もし、生物学者のレッドが言うのでなければ信じがたい話だった。
レッドは、
「すぐに理解しろとは言ってないわ。けど、事実は事実よ。それだけは受け入れてね。そして、スノウは人間に近い知能を持っている。だから、宮殿に侵入しスパイなんてできるのよ。さっきのイリアのスパイだって、スノウが見つけたんだしね。」
「・・・スノウが女神の使徒だって言うのは、本当に事実なのか。だとしたら、なぜ君がそれを知っている? 言い方は悪いが君は・・・。」
「そう、ただの生物学者。金欠で、研究資金欲しさにバイトばっかりしている。」
「君はスノウと話ができると言うのか? どうやって?」
「どうやってって・・・、スノウと人間の言語機能は違うのよ。スノウとのコミュニケーションは、もっぱらテレパシー。思いと思いで会話しているの。心が素直なら、だれだって可能よ。」
「いつだったか、私はイリアにいるもう一人の私と、テレパシーで会話したことがある。けど、スノウとは・・・、」
「それは、向こうが念力とセットで、あんたの頭に力ずくで割り込んできただけ。スノウとのテレパシーは受動態、つまり受け身でなければできないのよ。スノウの思いを、素直に受け止めることができれば話はできるわ。あんたって、自分では考えてないでしょうけど、けっこう攻撃的なのよね。」
「攻撃的なのはそっちだろ。運転は荒っぽいわケンカはするわ、男よりも強いわで、ときどき、本当に女なのかと疑いたくなる。」
レッドは笑った。
「女は、本能的に受動態としての要素をもっているのよ。そこが男との違い。こっちからも言わせてもらえば、あんた、ひ弱だし体力ないし、女よりも弱いわで、本当に男なのかって疑いたくなるわ。」
ニュートは、そっぽをむいた。レッドは、
「男として自信ないんでしょ? だから、リーナへの態度が、はっきりしないんでしょう?」
「それとこれとは話が違う。なんだってみんなは、ことあるごとに同じことばかり言うんだ? もう、うんざりだ。」
「だったら、あたしと結婚しない? 強い女と弱い男でちょうどいいんじゃない?」
「・・・なんでお前なんかと。何度、生まれ変わっても、それだけはおことわり。」
レッドは、ムッとしたようだ。ニュートは、
「まあいい。私はどうやったら、スノウと話ができるか知りたいんだ。受け身といっても、どうやれば受け身になるんだ? 以前、イルカのスノウと本気で話がしたくて、イルカの研究をしようとしたことがあったんだ。」
「つくづく、かわいくない男ね! だから、テレパシーが通じないのよ。受け身になりたかったら、まずはかわいくなりなさい。男とか女とか関係なくて、とにかく、かわいい人間になりなさい。そしたら、いつのまにか話ができるようになっているから。」
「お前がもっとも、かわいくないんじゃないのか?」
「ほんとに殴りたくなった。じゃ言う。あたしは特別なの! あんた達ただの人間とちがって、あたしは特別なのよ。もう、これでこの話はお終い! ほんとムカつく。少し休むわ。用があったら起こしてちょうだい。」
レッドは、さっさと行ってしまった。インコのスノウは、くちばしでニュートのほおを軽くこすっている。どうやら、ケンカしたのでなぐさめてくれてるようだ。
「スノウ。ネコの姿にもどっていいんだよ。いやもう、これからは私の前では、自由に好きな姿でいなさい。むりに動物のふりをする必要もない。でも、君とは話がしたい。受け身か・・・。けど、すなおになれそうにもないな。」
そして、あわただしい一日が終わり、夜になった。スノウはネコにもどり、ニュートの腕であくびをしている。どうやら宮殿は、少しずつ平穏をとりもどしつつあるようだ。ニュートは、フェルドがいる会議室へむかった。
会議室では、フェルドとロッドが二人だけの話し合いを終えたばかりだった。ニュートは、
「私の役割も終わりのようだから、そろそろ帝国へ帰りたい。すまないが、空港まで人目につかないよう、送ってくれないか。」
フェルドが一瞬、さみしげな顔をした。が、すぐに笑う。
「リーナちゃんが心配しているな。さっさと帰って安心させてやれ。」
「本当ならもう少し残って、いろいろと手伝いをしたかったが。」
「もう、じゅうぶんにしてくれたよ。お前がきてくれたから、おれが助かったんだ。けど、ずいぶん、思いきったことをしたもんだ。」
ニュートは、フェルドのそばにいたロッドを見つめた。
「実行したのは、ロッドだよ。彼の勇気がなければ成功しなかった。私はずっと、安全な装甲車にかくれていただけだ。私では、いつ狙撃されるか怖くて、・・・無理だ。」
ロッドは、
「帝国の許可無く、かけつけてくれた、あなたの勇気にはかないませんよ。それに、あなたが、装甲車の中で何があっても動じなかったから、私は悠然とかまえていられた。あなたはそれだけ大きいんです。あなたがいるだけで、空軍全体の士気がまるで違ってましたからね。」
フェルドは、
「ジョナサンに、あまりお前をしかるなと連絡をいれてある。クーデターも成功したし、たぶん、それほどの罰は受けないだろう。お前の性格は向こうも了承済みのはずだし、言うことをきく人間じゃないってわかってるはずだ。つまり、お前に懲罰をあたえても、意味がないってね。」
「ひどい言いよう。」
フェルドは、ロッドに席をはずすよう言った。
「ミシルでも言ったよな。おれはお前を取りかえすって。けどな、あれから何度も考えたんだが、お前はもう帝国の人間だ。ダムネシアの古い貴族ではない。向こうで、楽しそうに皿をあらっているお前を思い出すたびに、もう無理だと、お前を取りかえすことは無理だと考えざるをえなかった。おれは、お前のあんな笑顔を、ダムネシアでは見たことがなかった。」
「すまない、フェルド。」
「ニュート、いまは幸せか?」
「どうして、それをきく?」
「幸せか?」
ニュートは、すなおにうなずいた。
「そうか、幸せか。よかった。お前が幸せでいてくれれば、お前がどこにいようと、たとえ、二度と会うことができなくても、それでいい。」
「兄さん・・・。」
「なんどもお前に不吉だと言われたけど、やはり言いたい。愛しているよ、ニュート。おれのただ一人の弟。」
「兄さん、命を大事にしてね。それだけが、ぼくの願いだから。兄さんのあんな姿、ぼくはもう見たくないから。」
フェルドは、ニュートをだきしめた。そして、
「いまはまだ別れではない。いつかまた会おう。」
ニュートは、笑顔でうなずいた。




