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ミレニアム1001  作者: みづきゆう
第一章、魂なき少女
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二、アンジェリーナ(2)

 それから、一週間がすぎ、ニュートは少女をつれ、国王に面会をしに宮殿へと向かった。宮殿内を歩いていく少女に、違和感をもった者は、だれもいなかった。


 この日、国王は体調がよかったようで、数ヵ月ぶりに見るニュートをイスに座って待っていてくれた。そして、少女を見て、人間そのものだという。


「まるで、昔のアンジェリーナだ。よく、ここまで再現できたものだな、ニュート。」


「DNAモデルにもとづいて製作しただけです。肉体的には、彼女となんらつながりはありません。けど、サイボーグといっても、肉体そのものは人間と同じです。ですが、脳内にうめた機械で動いているだけで、魂なき、からくり人形にしかすぎない存在です。」


 国王は、感慨(かんがい)深げに少女を見つめていた。


「私にとっては、そのような理論などどうでもよい。だが、この子には命がある。それをただのからくり人形だと言うのは、悲しいことだと思わないか、ニューティス。」


 ニュートは、国王から顔をそらした。


「このプロトタイプを製作した理由は、そのからくり人形をつくるためのはずです。フェルドは、この国の未来について、子供のときから、ずいぶん心配してました。この国は、人口の少ない小国です。なのに、周囲は強国ばかり。自衛するための軍隊をつくるにしても限界があります。」


 国王は、むずかしい顔をする。


「娘が、神にそむく実験など不要と言ってきおった。娘には、お前の実験など理解できない。いくら説明しても、戦争につかう道具となる人間の製造などもっての他だともな。」


「私の実験は、彼女の代になったら、お役ごめんですか?」


「否定はしない。そして、時代が逆行するだろう。フェルドが極秘に行っている兵器開発も、娘は(こころよ)く考えていない。お前の実験ともども、凍結される可能性が高い。科学技術が発展すると同時に権威を失いつつある、教会が平和主義者の彼女をあおりたてているようだ。」


 ニュートは笑った。


「エイシア帝国発祥の宗教でしょう? 千年前に帝国をつくった神の教えをもととしている。けど、私が教義を調べた限りでは、欠損(けっそん)部分も多く、中には削除されたような箇所(かしょ)や改訂されたような箇所もあり、矛盾(むじゅん)点も実に多かったという印象しか受けませんでしたよ。」


「それは、だれでも知ってることだ。昔は教義内容は、今よりもかなりあったときく。時代が(くだ)るにつれ、のちの者が理解できない箇所や、不利となる箇所を削除、改訂したとしてもおかしくはないだろう。


 だが、矛盾点が多くとも教義は絶対だ。逆らったり、疑問をはさむ余地(よち)はない。」


 ニュートは、少女の金色の髪を静かになでた。


「私は、神に(さか)ったとしても、この子をつくったことに後悔(こうかい)はありません。たとえ、用途(ようと)が戦争道具だったとしてもです。私の十年におよぶ研究から生まれた、私の子供なんです。愛していると言えば、あたっていますよ。」


「からくり人形だと言ったわりには、そのように思っているとはな。お前もまた実に矛盾点が多い男だな、ニュート。だから、アンジェリーナをモデルにしたのだろう。彼女でなければ、こんな短期間で作製できなかったはずだ。彼女は、お前が十五にときに、(やまい)でこの世を去っているのだしな。」


「現時点の科学技術の理論からすれば、肉体の再生など、ほぼできる状態なのです。ここ二十年ばかりで基礎理論の研究は、めざましく進歩しましたし、いろんな論文が発表されましたからね。


 ですが、教会の教義がじゃまをしていますから、皮膚とか臓器の一部程度の再生技術しか完成できないでいるのです。人間まるごとつくることに関しては、教義書には、その点についての教えがないですから、人の目には、神への冒涜(ぼうとく)とうつるようなのです。


 本当は、この子以外にも生体ができてもおかしくないのに、私以外の学者は、勇気がないだけなのでしょう。この子も、それらの理論を集大成して製作しましたからね。」


「お前が特別なだけだ、ニュート。アンジェリーナは、それを見抜(みぬ)いたからこそ、お前に平均的な学問など学ばせなかった。その(すぐ)れた才能を、必要のない知識でつぶしたくなかったはずだ。天才は、その才能に特化しなければできないのだしな。」


「私は天才ではありませんよ。学歴も何もない、無学な男にしかすぎないのです。この子をつくったのは事実ですが、さきほども言ったように、みなさんが研究した結果をもとにしてつくっただけです。それ以外、私は別に新しいものを発見したわけでも発明したわけないのです。」


「ニュート、いまからでもおそくはない。大学へ行け。そして、博士号をちゃんと取るんだ。そうすれば、いかなる状況においても、お前はこの先、生きていける。いままでのような研究はできなくても、お前はお前の好きな分野で生きていけるんだよ。」


 ニュートは、びっくりした。国王の口から、大学へ行け、なんて言葉が出るとは予想もしてなかった。


「私が大学で博士。でも、論文なんて書いたことはないし、まともな研究なんてしたこともないですよ。第一、私を引き受けてくれる大学なんてあるのですか? どこの大学でもマッドがきたと門前払(もんぜんばら)いされますよ。」


「必要なら直筆(じきひつ)の紹介状を書いてもいいが。」


 ニュートは、必要ないと答えた。自分が国王の特別な寵愛(ちょうあい)のもと、王立図書館で、あやしげな研究をしていることは、だれでも知っていることであり、しかも、特別扱いされているので、研究者関係のあいだで、かなり嫉妬(しっと)されている。


 紹介状があり、入学を許されたとしても、おそかれ早かれ、ナンクセつけられて退学を余儀(よぎ)なくされるはずだ。


 国王は、少女の手をとり、その青い瞳を見つめた。少女は、


「陛下はいま、養母の写真を見るニュートと同じ顔をしてる。なつかしい顔。」


「そうだよ。君は、私の大切な人の面影(おもかげ)そのままだから。名前がまだ無かったんだよね。君をつくった親は、ルーズでいかんね。人型生体(ひとがたせいたい)サイボーグ・プロトタイプf−1などと実にけしからん名前で呼んでいる。リーナという名を君にあげよう。君はいまから、リーナだ。リーナ・リーガン。それが君の名だ。」


「リーナ・リーガン。リーガンは、ニュートの(せい)だ。ニュートの子供のリーナという意味と理解してよいのか?」


 国王は、しずかにうなずいた。


 国王は、アンジェリーナをよくアンジェと呼んでいたから、その下を選んだのだろう。ニュートは、小型PCのバッテリーの残量を確かめた。バッテリーは買いかえており、以前のよりも二倍近く持つようになっている。まだ残量は半分あるが、長居(ながい)禁物(きんもつ)だった。


 生体サイボーグは、現時点では生体外部にあるPC制御で稼動(かどう)している。PCからの指示が止まれば、生体内のすべての機能が止まってしまうのである。つまり、死。蘇生(そせい)するにしても、人間と同じスピードでしなければならない。


 ニュートは、早めにデータを完成させ、脳内へと制御機能プログラムを移さなければと考えていた。そして、国王との面会時間をおえ、宮殿内を外へと向かい歩いていると、フェルドの妹イゾリーナに出くわした。


 ニュートは、この妹が苦手(にがて)だ。何かというと、自分につっかかってくる。完全に母親の味方であるので、母親がきらうニュートをそのまま、きらっている女でもあったからだ。


「あら、その子は?」


 はじめて見た知らない少女に、イゾリーナはだれだろうと、まゆをひそめていた。イゾリナは、ニュートの研究を母親からきいて知っているはずだ。けど、戦争用ときいているので、サイボーグはもっとゴツイものだと思い込んでいるようだった。


「リーナという名です。私の娘ですよ。私には、十五のときにできた娘がいたんです。それが、この前、ひょっこり現れて引き取ったのです。プリンセス。」


 妹は、顔を真っ赤にして、ふざけないでとどなった。


「あなた、アンジェリーナが引き取った養子でしょう。どうせ、その子もそうであるはずです。親のいない子をひきとって育てるのは、実にご立派な行為ですけど、研究しか頭にないあなたに、しかも女の子をうまく育てられるのか、私には疑問が残ります。


 それと、フェルドお兄様と必要以上に親しくしないでください。あなたのような、マッド・サイエンティストと付き合いがあるのは、母に()ぐ王位継承権をもっている、お兄様の汚点(おてん)につながりますからね。」


「フェルドは二十四歳の立派な大人ですよ。大人の男のすることに、妹が口をはさむのもどうかと思いますがね、ハイネス。」


 イゾリーナは、怒ったまま行ってしまった。リーナは、


「なぜ、プリンセス、怒った?」


「プライドを傷つけられたからだよ。あの女はいつもああだしな。向こう以上に、こっちも傷つけられているから、これくらい反撃してもいいだろう。」


 リーナは、イゾリーナの去った方向をながめた。


「私には、怒っているけど、悲しく見えた。なぜかは理解できないけど、そう見えた。」


「悲しい顔を一瞬(いっしゅん)でもしてたのか、イゾリーナは。でもいつしたんだ。お前がそう見えたのなら、そうしたはずだ。」


「フェルドと親しくしないでと言った時、一瞬だけ。何かを(うった)えていたようだった。けど、すぐになくなった。」


 ニュートは、ため息をついた。


「かえろう、リーナ。ここは、私達があまり来てはいけない場所のようだ。」

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