七、天才という異名(1)
フェルドの遺体は、ダムネシア空軍基地に低温保存されていた。空軍内の立ち入り禁止区域の専用の保管庫のような場所で、大切な宝物のように慎重に、そして、厳重に保管されていた。
ロッドは、事故の知らせを受けてすぐに、遺体が搬送された病院に部下を派遣し、遺体の区別がつかないことを利用し、どさくさにまぎれて指輪を他人の遺体にうつし、フェルドをひそかに空軍基地へと運び込んでいたのである。
当然、国葬されたのは、知らない他人の遺体だ。聞く限りにおいては、肉親である女王と妹は、遺体確認をせずに指輪の報告を受けただけで棺にフタをしたようだ。まあ、見るに耐えない姿なら、しかたがないと言えばしかたがない。
ロッドは、
「フェルド殿下から、自分にもしものことがあったら、あなたを呼び寄せろと言われてました。事故直後から、なんども帝国へそのむねを打診してたのです。
遺体は、専門家のアドバイスを受けつつ、心臓が止まっているものの生存しているものとし、呼吸器をとりつけ、人工心肺で血液を循環させ、事故時の外科的処置をほどこし、輸血や輸液、透析を繰り返しつつ通常の医療行為もし、できるかぎり、劣化しないよう維持していたつもりです。
ですか、すでに半月近くになります。あなたの目から見て、いかがでしょうか?」
ニュートは、空軍基地の専門の保管庫にいき、集中治療室のような場所で医学的治療を続けられている遺体を、助手としてつれてきたダン、そしてリーナとともに見つめた。一部、劣化が進んでいるのはたしかだ。だが、それほどひどくはない。
だが、ダンは目をそらした。リーナは、
「肉体は再生可能と見た。ニュートは、どう思う?」
「ロッド。いま現在の肉体の状態のデータを見せてくれ。フェルドのDNAもだ。それと、再生設備は、どこに用意してある? できるなら、王立図書館にあった、私の設備と同じものが欲しい。」
ロッドは、ついてきてくれという。保管庫のある立ち入り禁止区域から外に出て、広い空軍基地を車で移動し、少しはなれた場所にある、見た目、平屋建ての一軒家みたいな建物につれてこられた。
「上級士官が寝泊りする仮住居となっています。だが、使用はしません。ここのカギも、ふだんは厳重に管理されているんです。」
ロッドは建物内に入り、奥にある物入れ用の小さなドアを開いた。地下へと通じている階段があった。
「あなたが、王立図書館で使っていた機材すべてが、ここに運び込まれています。この建物は、フェルド殿下が自ら御自分の資産を使い、図書館の機材の離散をふせぐために、わざわざ建てられたものなのです。」
ニュートは苦笑した。自分がきいた限りの話では、図書館の設備は、女王の命令で希望する者達に分配されたはずだった。フェルドはたぶん、かなりの手段をつかって、ここに集めなおしたのだろう。
地下は、かなり広く、いくつもの部屋が用意されていた。その中の手術室みたいな場所に、なつかしいオモチャの一群があった。
ロッドは、
「コンピュータ関係だけは、すべて最新型のものにかえてあります。機材の手入れも怠ってはいませんでしたので、すぐにでも稼動できます。」
「薬剤とか必要な消耗品は、いまから発注するのか?」
「それもすでに用意してあります。発注リストをご覧になってください。たりないものがありましたら、すぐに用意します。」
ロッドは、PCの電源をいれリストを表示した。完璧だった。
「軍人さんが用意したにしては、手際が良すぎるな。」
「ある方の協力を得たのです。殿下の事故死後、私が直接、キンブル氏に連絡をとり、彼の好意で提供を受けたデータを使い、その者が用意したのです。いま、むかえに言っています。あなたが、ご存知の方ですよ。」
ニュートは、だれだろうと思った。いくら、データがあったからって、これだけのリストをそろえられるのは、かなり専門的な知識がなければ無理だ。だが、すぐに、それがだれかわかった。
王立大学の教授は、ニュートの顔を見るなり抱きつき、なつかしそうに笑った。
「リーガン君。君のことは、ずいぶん心配していたんだ。追放されたときいたのでな。理由も、国の予算を横領したとか、科学的倫理に反する研究をしたとか、どれも納得のいかないものばかりだった。ラボの研究者達も、政府の公式見解にずいぶん疑問を抱いていたんだよ。」
「あなたが協力し、ここにいるということは、追放理由はすでに、ロッドから説明されているはずです。でも、大丈夫なのですか? 下手すれば、あなたも私と同じような境遇にあってしまいますよ。」
教授は、ニュートから離れ、少し顔をそらした。
「・・・女王の個人的な理由で、君を追放したことは、まことに許しがたい行為だ。前国王が崩御され、いずれ、君の身に、このような事態がおよぶと私は考えていた。だから、そうなる前に君を守りたかった。ラボに強引にさそったのも、そのためだ。
すまない、私も罪人の一人だ。あの実験場で若返りの研究を、君を使って実験していた。君自身の成長、ホルモンを制御して、三歳程度でストップさせていたのも、そのためだ。私は、再生技術の研究の為に、子供の再生スピードを応用しようと考えてたんだ。
それに、子供のままのほうが、あそこの実験では、つごうがよかったのも事実だった。」
やはり・・・、なんとなくそうなのではと、ニュートは考えていた。大学で、かなりの権限をもっていたのに、ただの教授でいたのは過去が原因していたのだろう。このような非道な研究をしていたのなら、目立ないに越したことはない。
教授は、
「君を守ろうとする者は、多かれ少なかれ、君への負い目がある者達ばかりだ。君を守ることにより、過去の罪をつぐなおうとしているんだよ。前国王もそうだったし、その遺志をついだフェルド殿下もそうだったはずだ。」
ニュートは、フッと皮肉に笑う。
「もし、仮にですよ、私が人々がいう、天才という異名を持っていなかったら、ただの出来損ないだったのなら、人は、そこまで私を守ろうとはしなかったはずです。なにせ、いまわしい実験でしたからね。かすかにおぼえていますよ。思いだした、というのが正解ですがね。」
「それも一理だ。だが、たとえそうだとしても、君が生きている限り、ふつうの人として生活できるよう、我々は協力したはずだ。君は、だれが見てもまともなんだよ。その異名がなくても、まっとうな一人の人間として、生きていく権利があるんだよ。」
「モンスターだったら? 人の命をなんとも思っていない。」
ロッドは、
「リーガンさん、もうそのくらいでよろしいでしょう? あなたは、我々の要請に応じてきてくださった。とても感謝しております。」
ニュートは、大きな水槽をながめた。水槽のアクリル板に、自分をふくめ、その場にいる者達の姿がうつっている。この中で、リーナは誕生した。そしていま、これは、フェルドのためにある。
「ロッド、私は、ダムネシアを去る前、お前と約束をしたはずだ。何があろうと、かならずもどってくると。フェルドが、助けをもとめているなら、なおさらだ。
ダン、私がデータを調べているあいだに、教授といっしょに再生のための準備をしていてくれ。準備ができしだい、死者をよみがえらせる儀式を開始する。」
別室にあるモニターで、フェルドのデータを調べているニュートに、リーナが暖かなココアを持ってきた。ニュートは、ありがとうと言い、ココアを受け取った。
リーナは、
「ニュート、ダムネシアに帰ってきて、うれしくないのか? 帰りたがっていたのに、ここへつくなり不機嫌になって、ニュートは変だ。」
「ごちゃごちゃなんだ。過去のこともあるが、一番の理由は、なぜ、フェルドが殺されなきゃならないという、怒りを抑えられないでいることだ。そして、事故で片付け、平然と国葬に出した女王にも強い怒りを感じている。
ロッドは、暗殺は、イリア側の工作だと調べはついたと言ってた。だが、イリア政府は、ダムネシアと友好に向けて前向きになっているのも確かだ。私がイリア軍に誘拐されたときも、外相会談があった。さらに、近々、また外相会談があるという話もきいている。
さいしょは、表と裏を使い分けていると思ったが、あまりにも極端すぎることばかりで、イリアの行動の真意は、いったいなんなのかわからなくなっている。」
「・・・イリア軍とイリア大統領とで、見解が分かれているせいなんだよ。大統領は、イリア軍すべてを統制下においているわけではないんだ。
特に、お前が誘拐されたカダス空軍基地は、お前さんのコピーと軍事衛星リデルをもっている分、独自路線でつっぱしっている可能性が高い。もし、お前が逃げ帰ってこなかったら、いまごろ、かなりヤバイことになってたかもな。」
いつのまにか、ジョナサンが入り口にたっていた。




