二、人間の死(1)
日曜日の朝、テレビで、ニューティア教会大司教と、移植医療を研究している大学教授が、現状の臓器移植について討論していた。
内容は、移植医療についての、宗教的、医学的立場からの、相互の見解の違いと妥協点についてだったが、最大の山場となっていたのは、人間はいつ死ぬか、についてだった。
医療側は、問題ありとしながらも脳死といい、教会側は、心臓停止から一日後と、おたがい一歩もゆずらない。熱心に見ていたので、リーナは、ニュートはどう思う、とたずねてきた。
ニュートは、ほほえんだ。
「もし、私が脳死の立場をとっていたなら、お前はできなかったことになる。魂が人の肉体にやどっているという前提で、私はお前をプロトタイプとしてつくったしね。」
リーナは、
「医者は、人間の命をすくうための仕事だ。でも、テレビの医者は、日々、命にせっしているのに魂を信じてないよう、リーナには思える。なぜ?」
「・・・肉体のどこを調べてみても、魂なんて見つからないからだよ。私がつくったのは、お前の肉体だけだ。それも、DNAという設計図が、あらかじめあったからこそ製作可能だった。
だから、魂なき肉体をどうやって動かすか、それが最大の問題でもあった。それに、DNAのような高度な設計は、私ごとき人間では、とても設計できるものではない。」
「天才のニュートでも無理か。それほど、DNAはすごいのか。」
「ああ、すごい。よくぞ、ここまで完璧に設計できたものだと思う。まったく、何もない状況で、私に人間の肉体を設計してみろと言われても、絶対無理だ。もはや、芸術品としか思えない。あのようなものを設計できるのは、やはり神しかいないだろう。」
「ニュート、私は生きているのか? 私は、魂を持っていると思うか?」
なぜ、そんなことをきく、とニュートは言った。リーナは、
「学校の生徒から、私は人の気持ちがわからない、と言われた。時々、魂がない人形のようだと。」
「リーナ、私は、お前を人間だと思っている。たしかに擬似感情として、人の感情と同等の感受性をもてるようプログラムし、学習機能をつけてある。だが、お前は、私が想定した以上のものを獲得しつつあるんだ。私のプログラムを超え始めているんだよ。これが、何を意味するのか、そろそろ理解してもいいころだ。」
「魂があると、ニュートは言ってるのか?」
「神がすべてに命をやどらせている。お前も神の一部だ。」
リーナは、少し首をかしげた。
「ニュートは、科学者のくせにどうして、そこまで神を信じているのだ? リーナは、さまざまな科学者の意見を調べた。私に魂があるのか知りたかった。でも、ほとんどの意見は、科学的とか言って、宗教的な見解は否定してる。科学と宗教はちがうと言っていた。」
「私が変わっていると、お前は考えたのかい? たしかにそうだろうな。ダムネシアでも、そのような考えが多いしな。しかし、生命でもなんでも、極限までつきつめてみると、そこには、どうしても越えられない壁が出現するんだよ。そして、説明がどうしてもつかない。私は、その答えを宗教にもとめたというわけだ。」
「ニュートは、その答えを持っているというのか?」
ニュートは、うなずいた。
「だが、はっきりと確信しているわけではない。たしかに神は存在しているが、それを証明だてる理論がないんだ。唯一、答えを出せると思われる、ユーティア教会の教義書は、内容的に不十分だしな。」
「証拠がないのに信じるのか?」
「それしか、考えられないからなんだよ。でなければ、お前が、私のプログラムを超えた説明がつかない。」
ニュートは、テレビを切った。
「脳死は人間の死では無いよ。現に、心臓停止してから生き返った人間もいる。教会が言っているように、死後一日が死だと思う。葬式を出す時、死後一日はそのままにしているだろう。
これは、宗教や地域がちがっても、どこでも同じ習慣となっている。つまり、人が、生き返る可能性のある時間だということを、人は本能的に知っているからなんだよ。まあ、肉体の損傷具合にもよると思う。めちゃくちゃに壊れていたら、もうだめだろうけどもね。」
「けど、ニュートが元通りに再生したとしたらどうなる?」
ニュートは、ほほえんだ。
「お前をつくったくらいだから、損傷の激しい肉体でも再生できる自信はある。けど、魂がもどってこなかったら、それは意味をなさない。それに私は神ではない。」
「神ではない。ニュートは最後はいつもそれだ。」
「事実だからだよ。リーナ、もし、学校に通うのがつらいと感じるなら、むりに通う必要はない。」
「まだ、通い始めたばかりだ。答えは出せない。」
ニュートは、そうかと言った。玄関のチャイムが鳴った。こんな日曜の朝早くからだれだろうと思ったら、となりのレンの兄のダンだった。PCをかりたいという。
ダンは、
「レポートを提出しなきゃならないんだ。本当は、おとといまでだったけど、教授にたのみこんで今日の朝にしてもらった。徹夜で仕上げたのはいいけど、今朝になって、メールが送れないでこまってんだ。はっきりしないが、サーバーのほうで問題が起きたようだ。わるいけど、メール送らせてもらっていいかな。」
「かまわないけど、よかったら、君の論文、見せてくれないかな。なんの研究してるか興味があるから。」
ダンは、いやそうな顔をした。
「おれの論文なんか見たって、しょーもないと思うけどもな。まあ、この前みたいに間違い指摘してくれたら助かるけど。でも、リーナちゃんはともかく、ITのお前じゃ、わかんのかよ。」
ニュートは、モニターに表示させた論文を三分以内に見終わった。
「再生医療か。君も再生医療に興味があったのか。」
「って、もう見終わったのかよ。はやっ! ところで君もって、どういう意味だよ。」
「今朝方、移植について討論してたから。移植もけっこうだが、再生できたら移植よりもいいかなと思って。」
ダンは、居間のイスに座った。
「おれは、脳死は反対だ。だって、心臓動いてんだぜ。心臓動いてんのに、本当に死んだかどうか判定できないよ。それに移植したって助かるかどうかも保障ないし、移植した臓器だって、いつまでも動いているわけじゃあない。それに、命が助かるために、だれかの死を待つなんて、おれは個人的に嫌なんだよ。」
「だから、再生か。私がいたダムネシアでも、同じようなことを言ってた教授がいたな。」
リーナが、コーヒーを持ってきた。ダンは、それを受け取り、
「再生は、あちこちの国で研究されてる。リーナちゃん、悪いけど、論文、チェックしてくれないか。」
リーナは、サラサラと見て間違いは無いとうなずいた。ダンは、
「リーナちゃん、学校通い始めたって? 帝国には飛び級があるから、いっそのこと、うちの大学に入れてくれよ。リーナちゃんだったら、いい医者になると思うからさ。」
「リーナよりも、お前がいい医者になったほうがいい。何、自信のない顔してんだ。論文は、いいできだよ、ダン。さっさと教授に送ったらどうだ?」
「・・・あんた、内容、理解したのかよ。ったく、どうなってんだ、あんたらきょうだいは。」
数日後の午後、会社で仕事をしていたニュートにもとに、リーナから緊急の電話があった。レンがバッティングセンターで、胸にボールがあたって病院に搬送されたという。
リーナは、
「学校おわってから、レンのお母さんに料理教えてもらいに、となりに行ってた。そしたら、電話でレンが病院に運ばれたと連絡があった。お母さんが一人じゃ不安だから、ついてきてとたのまれたから、いま、病院にいる。医者は、発見がおそかったから、たすからないかもしれないと言ってた。」
ニュートは、電話に表示されている時計を見た。まだ、四時だ。
「リーナ、私に電話をしても、いまの私には何もできない。」
「お母さん、泣いている。パニックになっている。おねがい、ニュートなら助けられる。」
「・・・わかった。だが、期待はするな。とりあえず、行く。」
ニュートは、適当な理由をつけてそのまま早退をした。レンが搬送された場所は、クライス医科大付属病院。レンがいる大学病院だった。到着してみると、レンが悲壮な面持ちで、リーナとともに待合室にいた。
「リーナちゃんをむかえにきてくれたんだな。わるいな、パニくった、おふくろの付き合いさせちまって。」
「レンはどうなった?」
「病室だ。個室の方。」




