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ミレニアム1001  作者: みづきゆう
第一章、魂なき少女
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一、魂なき少女(2)

 ニュートは、銀色のメガネのふちを持ち上げ、水溶液に満たされた大きな水槽(すいそう)を見つめた。中には、十歳くらいの少女が、腹部をヘソの尾のようなものにつながれたまま水中をただよっている。


 青みがかった銀色の髪をかきあげつつニュートは、そばにあるPCを操作した。


 少女の肉体が、ピクピクと動き始める。水槽内にゆれる少女の金色の髪が、体に動きにあわせゆれている。ニュートは、少女の反応を確かめつつ、モニターに表示されている数値を微調整していた。


 ・・・目覚めろ、仕様(しよう)は完璧で仕上がりも完璧なはずだ。


 ここにくるまで、数え切れないほどのプロトタイプを試してきた。設計段階での失敗と製作の過程ででた廃案と‘死体’は数知れない。この人型生体(ひとがたせいたい)サイボーグの素案を考えついたのは、ニュートが十五歳の時だった。以来、関連する資料を読みあさり、この研究に没頭(ぼっとう)し続けていた。


 そのかん、十年。国王ネルザは、こんなに早くと感心してたが、ニュートにしては、いらいらしすぎるにはじゅうぶんな時間でもあった。


 モニターには、生体サイボーグの脳内に()め込まれている生体稼動制御システムがリード線を通じて生体を動かすべく、脳内に電気信号を送り続けている様子が表示されている。生体の行動は、いまニュートが操作しているPCですべて制御できるようになっていた。


(人間の肉体をDNAの設計図に(したが)い、構築(こうちく)しても、肉体内にやどる高度な思考をもつ意識体、すなわち人間の魂がなければ、肉体は死体でしかない。)


 ニュートは、人間は魂と肉体から構成されているという宗教的知識は持っていた。それゆえ、霊能者でない自分では魂の召霊(しょうれい)など不可能だから、脳内に制御システムを埋め込み、そのシステムの制御を、いま目の前にあるPCでコントロールすることにしたのである。


(生体内にうめこんでいる、リチウムバッテリーは市販の心臓ペースメーカー用のものだが、使用年数は、システムを稼動(かどう)させるための電力消費量が多い分、六、七年で交換しなければならないだろうな。


 とりあえず少女型だし、かわいい服でも用意しなきゃ。どうせ、オヤジ(国王)も会わせろと言い出すはずだ。それに、この子のDNAモデルは・・・、)


 ピーピーと研究室に音が響く。ニュートは、水槽内の電気制御をオートにし、モニターを外部に切りかえた。


 フェルドが、大きな紙袋を二つ、モニター画面につきつけてきた。ニュートが(いや)そうな顔をし、研究室に通じる三重の(とびら)をあける。


「なにをもってきたんだ。その大きな紙袋は。こっちから連絡するまで、ここにはくるなと言ったろう。研究のじゃまをされるのがきらいなんだよ、私は!」


「きげんが悪いな。研究が完成に近づくと、お前はいつもそうなる。これは、おれからのプレゼントだ。でも、かんちがいするなよ。おれは、親友とはいえ、男にプレゼントするほど心が広くは無い。きょう、ようやく、お目覚めのプリンセスのために、特別に用意してきたんだ。」


 フェルドは研究室内にある、大きなテーブルに紙袋の中身をばらまいた。その一つを手に取り、水槽に近づき、モニターを見つめるニュートにわたした。少女用の衣類だった。しかも、有名デザイナーのオーダー品である。


 ニュートは、用意のいいことでと感心よりあきれてしまう。フェルドは、


「かわいいだろう。ちゃんと下着も用意してある。上から下まで、バッチリ。」


「下着? いますぐ焼却(しょうきゃく)しろ。プレイボーイのお前のことだ。どうせ、ひらひらのピラピラだろ。この子に着せられるか!」


「お前、おれのことを、かなり誤解(ごかい)してるな。おれは大人の女性には、そういう姿はさせても、子供までそういう姿をさせるつもりはない。下着はデザイナーに断られたので、しかたなしに、ネット通販で秘書の名前で購入した。通販の子供下着は、じつにケシカランものばかりだ。」


「なら、うけとろう。まともなもののようだ。服は紙袋にもどして、すみにでも置いといてくれないか。」


 フェルドは、しぶしぶ服をしまい、水槽を見つめた。かなりの美少女だと思った。少女の口がため息をつくように少しひらき、そして、まぶたが動いた。


「お、なんか、薄目(うすめ)をあけてきてるな。いよいよ、おれの天使ちゃんのお目覚めかな?」


「何が、おれの天使だ。この子は、ただの生体サイボーグだ。機械制御のもとに行動できるだけで、人間のような感情は無い。」


「夢のない男だな。天使でいいんだよ。金髪碧眼(きんぱつへきがん)、白い肌、しかも、とびきりの美少女ときた。お前のセンスにしては、よくできたもんだと感動してんだよ。」


 ニュートは、ため息をついた。


「DNAモデルの女が、若いころ、かなりの美人だっただけだ。私は、歳を取ってからの彼女しか知らないがな。」


「アンジェリーナ・リーガンか。孤児(こじ)だったお前を引き取って育ててくれた養母で、おれの(きび)しい(おに)教師。おふくろさんをモデルにしたんだっけな。ニューティス・リーガン君。」


「彼女しかモデルにできなかったからなんだよ。使えるDNAは、彼女の遺髪(いはつ)からしか採取できなかった。」


「なぜ、自分のDNAを使わなかった? 遺髪といえば、大切な個人の形見だろう?」


「それも視野に入れて考えた。けど、自分のDNAの配列パターンをながめているうちに、うんざりしてきたんだ。それで、こまかく解析する前に削除(さくじょ)した。印鑑(いんかん)だと、からかわれる光景が目にうかんでさ。」


 フェルドは笑った。


「いいんじゃない? そっくり親子でさ。けど、やっぱり男よりも女だよ。うん、この子はきれいだよ。実に美人だ。それでよし。」


 水槽の中の少女が大きく手足をのばし、ゆっくりと目を見開いた。そして、こちら側をじっと見つめる。モニターに少女が見ている光景が(うつ)し出されていた。


「成功だ。こっちの存在をちゃんと認識している。」


「いつごろ、外に出せる? おじい様が完成を楽しみにしてるんだよ。そろそろ、体力的にやばい状態だし、できるだけ早いうちに会わせたいんだ。」


 ニュートは、PCをごちゃごちゃと(たた)いていた。


「この子はアンジェリーナではない。オヤジが(あこが)れていた、初恋の彼女ではないんだよ。ただの、」


「しつこいな、ニュート。生体サイボーグでも、アンジェリーナのコピーだ。研究しかアタマにないお前にはわからないだろうが、男にとっては、初恋は特別なんだよ。おじい様の夢を(こわ)すな!」


 ニュートは、少女の体をいろいろと動かし運動機能をチェックしたあと、人と同じように眠らせた。


「きょうの実験はここまでだ。」


 フェルドは、ちらとPCを見つめた。


「その子の心(人工知能を始めとする、生体を動作、維持させるシステム等)は、ずっとそのハコ(据置(すえおき)型PC)の中か。肉体に入れることはできないのか? 脳内には、ちゃんと心の入れる器(脳内用小型チップ)もうめてるんだろう?」


「・・・いずれ、そうするつもりだ。けど、プログラムにまだバグがあるかもしれない。移行は、それらが片付いたと見られる時期にする。」


 ニュートは、PCのそばに置いてある、スマートフォンみたいなものをフェルドに差し出した。


「専用のPCに改造してある。これでも、操作は可能だ。外部に出せるようになったら、これで実験してみて、不具合が見つかったらそのつど修正しよう。」


 フェルドは、スマートフォンもどきの小型PCを受け取った。操作はスマートフォンとほぼ同じところをみて、既製(きせい)品を改造しただけのものだとすぐにわかる。フェルドは、受け取ったものをテーブルに置いた。


「ところで、この子はこのままか? 大人になるか?」


「・・・人間では無いよ。けど、成長要素も組み込まれている。それと、人間の肉体に(もと)づく変化といったらいいのかな。たとえば、ケガをした時、自然な治癒(ちゆ)能力とは別に、再生をはやめるための自力修復機能がある。」


 フェルドは、フーンと言い、水槽の中の少女の顔を見つめた。さきほどまで動いていた少女は、生命維持に必要な最低限の機能だけを残し水中をただよっている。ニュートは、水槽に向かい、おやすみ、とつぶやいた。

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