六、誘拐(1)
フェルドはリーナの異変をきき、早朝にもかかわらず、あわてて飛んできた。そして、そのあまりの変わりように度肝をぬかれる。事情をきいたフェルドは困ったように笑うだけだった。
ニュートは、
「せっかく、ラボのみんなと仲良くやっていたのに、お前のよけいな話のせいで、二度と行けなくなってしまったじゃないか。リーナがかわいそうだ。大学だけじゃない、外出だって難しくなったんだぞ。」
「おれのせいだってのかよ。ああ、たしかに、おれの無責任な言動が原因だろうよ。けど、それにリーナが反応したってことはな。リーナは、お前に気があるって証拠なんじゃないのか。」
「娘はたいてい父親に恋をするものなんだよ。父親相手に恋愛の練習をするんだ。この前読んだ心理学の本には、そう書いてあった。」
「お前、リーナの気持ちがいやなのか。こういう話をすると、きまって、お前の反応は同じだな。」
「リーナは、私の娘だ。それ以上でも、それ以下でもない。戸籍も、住民票もそうなっている。」
「戸籍と住民票ね。どうせ、おれがいつでも好きな時に書きかえられるデータだ。あと、三年くらいしたら、また書きかえてやろうか? リーナは、まだまだ成長するぞ。必要に応じてな。そしたら、お前の気だって変わるはずだ。」
「帰れ! とりあえず、お前に教える必要があったから、呼んだまでだ。」
フェルドは、あきれたようにため息をついた。
「まあ、リーナには、おれの話は少しばかりショックだったのかもしれない。せっかく、大学で楽しくやってたのに、もう行けなくなって、すまないと思ってる。」
「だったら、いい案でも考えてくれ。このままでも、リーナが外出できて人と接触できるように。」
フェルドは、しずかに眠り続けているリーナの顔を見つめた。
「そうだな、化粧して顔を少し変えて髪の色も黒くして、おれの新しい恋人として外出させよう。それだったら怪しまない。おれと付き合いのある女は数が多すぎて、マスコミだって全部、把握しきれていないし。」
ニュートは、フェルドの背中をおして寝室からむりやり出した。キンブルがやってきて、別室に朝食の用意ができていると言い、二人は向かった。
ニュートは、
「朝早くから呼び出してすまなかった。もう、八時を回っているし、今から帰っても公務の時間に間に合わないはずだ。」
「気にすんなって。母上にどなられるのは毎度のことだ。」
「・・・女王はイゾリーナを後継者に考えているという話をきいた。」
フェルドは、カリカリのベーコンにかぶりついた。
「いつだったか、そんな話を側近達に話していたと、だれかからきいたよ。おれは、いろんな意味で母上とぶつかってばかりだ。自分の味方のイゾリーナのほうが、後継者にふさわしいと考えるのはとうぜんだろう。」
「心理学の本では、母親は自分に似ない子は愛さない傾向にあると書いてあった。だが、女王はお前をずいぶん大切にしていたはずだ。」
「母上の世間一般イメージは、平和を愛する心優しい女王。じっさい、福祉に力をいれて、老人子供、低所得者や、めぐまれない女性達の支援に熱を入れている。そしてその分、社会的強者と呼ばれている成功者や金持ちをうとむ傾向が強い。おれは、タカ派だし、自分の意見を持っている大人だ。」
「来月、イリアと外相会談を開くとニュースで流れていた。女王は、この会談を開催するにあたり、かなりの尽力をつくしたようだな。」
「ああ、女王になってから、ものすごくがんばってた。マーリアとの友好をきずくためにも、イリアとの話し合いは必須だと考えたらしい。」
「エイシア抜きのようだな。ニュースの解説員もそれを懸念してるような口ぶりだった。」
「帝国の感情がかなり悪くなったろうな。大使館を通じて、そんなことを言ってきた。せめて、一言、欲しかったとね。だが、母上は、いきなり帝国との話し合いでは、うまくいかない。さきに、こっちがセッティングするための会談だと言ったんだ。バカだよ、まったく。」
「・・・会談は、うまくいきそうなのか?」
フェルドは、
「おじい様が生きていたころ、イリアから直通電話をつうじて、秘密裏におじい様に同盟を持ちかけてきた。その話は、おじいさまが亡くなられて、それっきりになってしまったようだったが、狙いはあきらかに、この国の実効支配にあった。この話は女王は知らない。おじい様とおれだけの秘密で終わってる。」
「そんなんで、今度は外相会談か。女王から持ち出した話だし、向こうはどう出るかな。」
「まあ、母上の思い通りに運ぶよう見せかけて、手のひらの上で遊ばれておしまいだろう。
イリアは、いまから二百年前、帝国から独立した国だ。あの当時は、まだ王政で独立するにあたっても、だいぶ帝国と交渉したので、帝国との関係もそれ以前と変わらず良好だった。
だが、三十数年前、クーデターが起き王族を完全排除し、大統領制を導入し、共和国となった。それが原因で、マーリアも内部でごちゃごちゃがおき、八年前にイリアにならって独立し、結果、帝国軍が国境を監視するはめになっている。
せめて、帝国に、きちんと話をしてから、外相会談を行うべきだったんだよ。それが、属国の義務でもあったんだ。母上はな、争いの原因はすべて帝国にあると考えているんだ。口には出さないけどな。」
「女王は、お前の意見をきいてるのか?」
フェルドは、首をふった。
「自分の後継者にイゾリーナと考えるくらいだ。おれはいずれ、国政の場から追放されるだろう。だから、いまのうちに言うべきことを言わなければならない。」
ニュートは、
「リーナをつくった目的は、わかっているよな。リーナは、軍用プロトタイプとしてつくられている。」
「だよな。もともとはサイボーグ兵をつくるためだった。けど、どう見ても兵士には向かないな。かわいすぎる。」
「リーナには、まだ試していない機能がある。試すことができないでいる機能があるんだ。武器をもって戦うだけが、軍用プロトタイプのすべてではない。」
「どんな機能だ?」
ニュートは、冷たくなったスープを見つめた。
「その機能は、ある解除コードによって開くことができる。携帯を出してくれ。送信する。」
フェルドの携帯画面に、複雑な解除コードが送信されてきた。ニュートは、
「そのコードが使えるのは一度きりだ。そして一度開いた機能は、十時間だけ機能する。その時間だけ、リーナは君に絶対服従する。」
「かなり危険な機能なんだな、それは。」
ニュートはうなずいた。
「けど、約束してくれ。使うべき時にしか使わないと。私は、リーナにただの娘でいてもらいたい。」
「お前の国を思う気持ちに、王子として感謝するよ。」
リーナの体に異変が起きてから一週間がたった。そのかん、ニュートは大学を休んでいた。やはり、急激な体の成長は、リーナにとりかなり負担だったようで、リーナは四、五日ベッドから起き上がれなかった。
だが、そろそろ顔を出さなければならない。教授が出席する学会も近づいており、論文作製を手伝わなければならなかった。こっちから電話を入れなければと考えていたら、向こうから電話が鳴った。
「娘さんの体調はどうだね? みんなして心配しているんだぞ。君達親子がいないと、ラボの灯が消えたようになってね。そろそろ、これそうか?」
「はい。でも、私はともかく、娘は当分のあいだ家におきたいと思っています。さみしがるからと、みなさんのご好意に甘えて、いままでラボにいさせていただきましたが、娘には少し負担だったようです。」
「そうか。残念だ。まあ、リーナさんには気がむいたら、いつでもまたきてくれと伝えておいてくれないか。それと君は、明日にでもこっちへこれそうか?」
「はい。一週間もお休みをするはめになり、もうしわけなく思っております。ラボのみなさんにも、私がおわびをしていたと伝えておいてください。」
ニュートは電話を切った。リーナがそばでしゃがんでいた。さっきまで眠っていたが、電話で起きてしまったようだ。
「リーナ、まだ眠っていなさい。体に異常は見られないとはいえ、体力がかなり消耗してるんだよ。また、熱が出たら大変だよ。」
「明日から大学行くの? 私、また一人になってしまうのか?」
「大きくなった説明を考えられたらね。気持ちはわかるけど、がまんすることもおぼえないとね。」
ベッドに寝かされたリーナは、ニュートの手をはなさなかった。
「ニュート、遠くにいっちゃいそうで、リーナ、とてもこわい。だから、どこにも行ってはいけない。リーナを一人にしないでほしい。」
ニュートは、ほほえみ、リーナの手をとり、そのほおをやさしくなでた。
「どこにも行かないよ。大学が終わったら、すぐに帰ってくるから。でもきょうは、ずっとリーナといっしょだ。」
リーナは、ほおをなでられているうちに、安心したように眠ってしまった。ニュートは、モニターを見る。安定している。ニュートは、しずかに寝室をあとにした。




