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ミレニアム1001  作者: みづきゆう
第一章、魂なき少女
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五、王立大学(2)

 フェルドは、ムッとしているニュートを見つめた。


「怒ったのか。まあ、お前の性格からすれば、考えもしてなかったろうな。でもこわいな、男の本能って。気がつかなくても、無意識のうちにそう動いてしまう。」


「こわいのは、お前のほうだよ、フェルド。私にとって、リーナは娘だ。お前がいま話した事は、ひどく薄汚(うすよご)れてきこえる。神聖な教会で話す内容じゃない。」


 そう言い、リーナのそばにいき、祭壇(さいだん)前で姿勢(しせい)をひくくし、リーナとともに(いの)り始めた。ややあってから、ニュートは立ち上がった。


「アンジェリーナは、生前、よくこうして教会にきて祈っていた。私は、彼女の祈る姿がとても好きだった。とても神聖でとても美しくて、決してけがれることのない天使の姿に見えていた。


 私は、その姿を見て、神は確実(かくじつ)にここにいて、いつも私達人間を見守っていてくれると理解することができた。その思いは、いまでも変わってない。」


 そして、フェルドを見つめ、かすかに笑い、


「・・・いまの時代、教会には通うが、神の存在を疑う者は実に多い。人間の肉体をすみずみまでさがしても、魂と呼ばれる存在は見当たらず、それゆえ、心と呼ばれているのは脳の働きにしかすぎないと、そう信じている者達ばかりだ。


 けど、私はちがう。アンジェリーナを通して、神の存在を垣間見(かいまみ)たのだから。だから、リーナをこうして生かすこともできたんだ。」


 フェルドはため息をついた。


「教義書の内容に、ずいぶんケチつけてたわりには信心深いんだな。」


「教義書の内容がすでに死物(しぶつ)となっているからなんだよ。そこには、生きた神の言葉は感じられない。できることなら、あのようなシロモノに落とされる前の、まともな形の教義書が読みたかったよ。」


「戦争道具をつくろうとしていたわりには、ずいぶん立派(りっぱ)な心がけだよ、ホント。祈りの言葉の下に何をかくしているんだ、ニューティス。」


「何も。だが、神を()えたと思い上がるほど、私は殊勝(しゅしょう)な人間ではない。ただ、私はリーナの存在をけがしたくはない。もし、私が謙虚(けんきょ)さを忘れたのならば、リーナは(かがや)きを失ってしまう。これだけは理解している。」


 ニュートはフェルドに、話はそれだけか、とたずねた。フェルドは、ほんとに様子を見に来ただけだったようだ。ニュートとリーナは教会から出て行った。フェルドは、神像を見上げる。


「人がつくりし、悪魔の産物(さんぶつ)(やみ)より()で神の(ゆる)しをへて、その魂は(きよ)きものへと変わりけり。その者より()でし果実は無色透明にして、やがて天の高みへと(のぼ)りけり。」


 人が、どんなに罪を(おか)しても、神は(つね)に人を許し、いつも救いの手を伸ばし続けている。そして、罪の(けが)れが去った魂は無色透明となり天へと昇って行く。教義書にある一説だ。


(そのまんま、あいつらのことじゃないか。けど、おじい様も、罪なことをなさったものだ。おかげで、真相を知ったおれも罪悪感のカタマリだ。妹のイゾリーナに知らせなかったのが、せめてもの救いだ。でなければ、イゾリーナは、あのやさしい妹は、いまごろ罪悪感に押しつぶされている・・・。)


 携帯がなった。母親からだ。直接電話してくるということは、一人で外出したことに、だいぶ腹を立てている証拠だ。フェルドは、わざと電源を切った。


(母上も、この事実を知ってるはずなら、もう少しくらい、ニュートにやさしくしたっていいじゃないか。いや、知ってるからこそ、よけい()まわしいんだろうな。しかも、ニュートの養母は、アンジェリーナだ。自分の母親を苦しめた女に、おじい様も、ニュートをおしつけることもなかったろうに。)


 いや、アンジェリーナでなければならなかったはずだ。でなければ、ニュートは、ああなる可能性はなかった。そして、つくられしリーナも。


(王族が犯した最大の罪だ。おじい様の遺言(ゆいごん)でなくても、ニュートは守らなければならない。あの時の唯一(ゆいいつ)の生存者であり、唯一目的を(たっ)した存在だ。)


 教会に、午後の祈りを(ささ)げに女子大生達がにぎやかそうに入ってきた。そして、王子であるフェルドを興奮気味に見つめる。うるさくなるのは確実だから、(そく)退散。



 その日の深夜。ニュートはリーナをつれ、こっそりと大学にもどってきた。そして、ラボのカギをあけ内部へと入った。しっかりと(とびら)を閉め(あか)りは最小限にし、さまざまな装置を起動する。


 ラボにあった生体研究用の水槽(すいそう)に、水溶液が満たされ始めた。勝手に使ってはいけない液だったが、あとで使用データを書きかえておけばいい。リーナが、その場にしゃがんだ。ひどい熱で立っているのもやっとだった。


「苦しいか、リーナ。ここの設備は図書館の設備よりもおとるが、お前の体調を回復するくらいなら、なんとかできるはずだ。さ、服をぬいで。」


 ニュートは、リーナを()き上げ、水槽へと静かにしずめた。そして、モニターを見つめながら、少しずつ水溶液に、さまざまな薬液(やくえき)を注入していく。夕方、夕食が終わると同時に、リーナは熱をだした。いつもなら、用意してある薬で回復するが、きょうはどういうわけか、熱がどんどんあがりつづけている。


 四十度をこえて時点で、ニュートはさすがにあぶないと感じた。だが、ここにある設備だけで、どこまで回復できるかわからない。


(ただの熱ではない。なにか、なにか体の中で異変が起きているはずだ。クソ、モニターには、なんの反応もでない。やはり、設備の能力の違いか。)


 水槽のリーナが苦しげにもがいていた。顔をしかめ、必死で苦しみに()えている。ニュートには、何が起きているのかまったくわからない。リーナが、ひきつった。苦しそうに口をパクパクしている。


 ニュートは、死んでしまうのか?と、生きた心地(ここち)がまったくしない。


(アンジェリーナ、助けてくれ。お願いだ、助けてくれ。)


 ニュートは、水槽に頭をおしつけ目をつぶった。そして祈った。必死で。どれくらい時間がたったのだろう。自分の髪から、しずくが床におちていた。気がつくと、水槽から手を伸ばしたリーナが、自分の髪をなでている。


 そして、リーナの姿を見て、声をあげそうになった。


 リーナは、ゆっくりと水槽から出てきた。だが、その姿は水槽に入る直前とはちがったものに変化していた。リーナは、持ってきた紙袋からバスタオルを取り出し、ぬれた体をふく。そして、ぬいだ服を手に取り、身につけようとして、こまった顔をした。


「服が入らない。どうして。」


「・・・背が伸びたんだよ。背だけじゃない。体も。もうここへは、君はつれてこれない。いまの君は、どう見ても十四歳くらいだ。」


 リーナは、自分の体を見つめた。そして、胸をさわり、少しビクッとしたように手をとった。


「生体はある程度なら変化するようになっている。人間の子供のように成長するように、ニュートはつくった。少し、背が伸びて、体重が増えたと認識(にんしき)してたけど、いまの私の体の変化は理解できない。説明して、ニュート。」


 ニュートは時計を見た。すでに三時を回っている。あわてて、水槽内をカラにし、洗浄し熱風消毒する。そして、床にこぼれている水溶液を持ってきた雑巾(ぞうきん)でていねいにふきとり、PC内のデータを消去し、自分の上着をリーナにはおらせ、いそいで、大学からはなれた。


 後部座席に座っているリーナは、いつのまにか眠っていた。急な成長は、体にかなりの負担(ふたん)だったようだ。


(成長と変化が同時に起こったとしか説明がつかない。何かがきっかけで、同時に起こったんだ。でも、何がきっかけなんだろう。ここしばらくは、何事(なにごと)もなかったはず。)


 いや、思い当たる(ふし)が一つだけあった。フェルドだ。昼間、教会で何か変なことを言っていたはずだ。


 ・・・リーナと夫婦になれ。


(その言葉に反応したのか。それで、私を男と認識して体を変化させたというのか。いや、それだったら以前、施設の男の子に恋をしたときにも変化が生じたはずだ。けど、あの時は何も。)


 ハンドルをにぎる、ニュートの手が汗ばんだ。


(私に合わせようとしたんだ。大人の私に。だから、急激(きゅうげき)な変化が起こったんだ。だとしたら、似たようなことがあれば、リーナは、どんどん変化していくはずだ。だが、急激な変化は、体にかなりの負担となる。四歳程度の変化ですんで正直助かったというところだろう。フェルドには、少しきつく注意しておこう。)


 その日、ニュートは大学を休んだ。ラボはいつも通りだったが、ニュートが使った水溶液のデータの書きかえを忘れており、なぜ在庫が違うのかと、少し(さわ)ぎになっていた。

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