一、魂なき少女(1)
帝国暦961年、エイシア帝国自治領である小国ダムネシア王国は、二つの選択を迫られていた。帝国と敵対関係にある西隣のイリア共和国と友好同盟を結び、イリアの保護の下、帝国から独立するか、いままで通りに帝国の一員でいるか、である。
同盟は、イリア共和国大統領から、直通電話を通じて国王にだけ極秘裏にもたらされた。ダムネシアが独立できるチャンスは今しかない、と付け加えられてである。そして、返事は急がなくてもよいとも言い、大統領との電話会談は終わった。
年老い、病床にあった国王ネルザ四世は、今年二十四歳になったばかりの孫息子をこっそりと寝室へと呼び寄せた。次期国王となる自分の娘より先にである。
国王ネルザは、枕元に呼び寄せた孫息子に、さきほどの電話会談の内容を伝えたあと、静かに自分の考えをつげた。
「次期国王となる娘を、私は信用していない。あれは、争いを極端にきらう女だ。なんでも話し合いで解決しようとする傾向が強い。修道女ならば、それもよかろう。だが、ダムネシアの未来をになうものとしては、ふさわしくはない。娘では、この難題を正しく解決などできないだろう。」
孫息子は、
「おじい様が、母上を信用してないのはわかります。でもやはり、私よりも母上に先にお話すべき内容ではないですか?」
「この国は本来、王には男しかなれなかった。世継ぎとなる男子がいなければ、国王不在のまま、次の王が現れるまで待つしきたりだった。だが、時代は変わった。いつまでも古いしきたりにしがみつくこともできない。それに、私の子はあの娘しかいない。」
孫息子は、やれやれとため息をついた。
「イリア共和国と条約を結び独立するか、このまま帝国内の自治領のままか、ですか。おじい様ならどちらを選びますか?」
国王は、枕に頭を乗せたまま首をふる。白く、だいぶ薄くなった髪が、小国を統べる国王としての苦労を感じさせる。若いころは、漆黒のような髪だったときいているぶん、孫は心が痛くなった。
「どちらを選んだとしても、お互いの国の盾にされるのははっきりしている。ここ大陸南端より南の海にある島国、帝国エイシアはそうやって、我々ダムネシアを大陸への窓口として使い、また盾にしてきた。イリアも同じことをするはずだ。」
「ですが、独立できるチャンスでもあるんですよ。国民の願いでもありますしね。」
「独立したいのは、どこの帝国自治領でも同じだ。だが、他はともかく、この国は、すべての面において、帝国にたよりきっている。現時点で、帝国を敵に回せば、たとえイリアの援助があったとしても、国を維持できない。
イリアは、エイシアへと直接南下できる足場が欲しいだけだ。独立の喜びのあとは、ダムネシアの名すらなくなるのはわかりきっている。」
「つまり、我々の主人がイリアに変わるだけだと。しかも、すべてを失い、ここはイリア共和国になってしまう、それが、おじい様の答えなのですね。」
国王は、うなずいた。そして、お前ならどうする、とベッドのわきにつったっている孫にたずねる。孫は、
「私でしたら、このままエイシアの一員でいますね。イリアのワナにヒョイヒョイのって苦労するよりマシですから。いまのところ、ダムネシアには、イリアをにらんで帝国軍が常駐してますし、提案を断ったとしても、イリアはすぐに、ここをどうこうすることはないでしょう。」
「だが、いずれまた、この問題は噴出する。イリアは返事は急がないと言った理由だ。さきほどの電話は、我々に対するゆさぶりだろう。いずれ、帝国軍を大陸から駆逐し、この国を奪取するとな。その前に、すりよってきたほうが得策ではないか、と暗に言ってきたのだ。」
孫は、立っているのにもあきたのか、祖父のベッドにすわった。イスがそばにあるにもかかわらずである。孫は、
「おじい様のおっしゃるとおり、この国は実にさまざまな面で帝国をたよりにしています。政治経済はもとより、軍事面でさえも、帝国の力をかりています。これは、いまにはじまったことではなく、この国が成立した、千年前からです。
帝国は、ダムネシアを失っても存続できますが、ダムネシアは帝国無しでは、まともに生きることすらできません。独立できたとしても、どのみち、帝国との縁は切れません。私でしたら、このままで良いと考えています。
属国とはいえ、かなり自由にやらせてもらってますし、このままでも独立しているのと、さして変わらないですからね。」
「・・・お前の母は、内心では帝国を憎んでいる。八年前に起きた北に隣接している帝国属州が、ラベナ連邦に鞍替えした時におきた戦争で夫を亡くして以来、極端に戦争をきらうようになってしまい、その責任すべてが帝国にあると思い込んでいる。娘は、かならず、私が守ってきたものを壊そうとする。
できることなら、お前にあとを継がせたかった。」
孫は、ベッドから立ち上がった。
「話は変わりますが、ニュートがおじい様にあいたがっているんです。例の研究が成功しそうなので、その報告を自分の口からしたいと言ってるんです。まあ、おじい様に誉めてもらいたいだけでしょうがね。」
国王の顔が、ゆるんだ。
「ニュート、ニューティスか。そうか、ついにやったのか。あれは、天才科学者だと思っていたが、まさかこんなに早く研究を成功させるとはな。報告結果がよければ、あやつが使える研究予算をもう少し増やしてやってもいい。」
「ニュートのウワサをききつけて、彼の天才的頭脳をねらって、あちこちからスパイがやってきてるようです。いまは、彼がどれほどの才能の持ち主か観察している状態ですが、いずれ本格的に狙うようになるはずです。いまから、警備を強化したほうがよいですよ。たとえば、見えない護衛をこっそりつけるとか。」
「それは、お前にまかせよう。あれは、ダムネシアの財産とも言える男だ。お前は彼の親友だが、決してむげには扱うなよ。」
孫は笑った。
「おじい様は、ニュートにだけは甘いな。人から、彼は誤解されやすいですからね。母上なんかは、マッド・サイエンティストと彼をきらってますし。」
国王は、孫をじっと見つめた。そして、
「ニュートを守ってやれ。私がいなくなれば、彼を守り、理解するのは、お前しかいない。たのむぞ。」
「いわれなくてもそうするつもりです。ニュートは、私にとり友人というより兄弟です。彼の養母が、私の指南役であった関係で、いっしょに育ってきましたから。
では、これで失礼します。そろそろ、オーダーしていた服が届く時間ですので、注文どおりに仕上がっているか、私自身の目で確認しなければなりません。秘書は、こういうことには、まるでうとくて、あてにはできませんのでね。」
「また服か。いったい、どれくらいオーダーしているんだ。女の子とのつきあいもほどほどにしろ、フェルド。」
フェルドと呼ばれた孫はニッコリと笑い、祖父の寝室の扉を静かに閉めた。祖父は、少し目をつぶり考え事をしたあと、そのまま眠りについた。
千年王国の続編です。ファンタジーから、がらりと作品スタイルが変わりましたが、内容的には千年王国の千年後の世界を取り扱った作品です。前回の主要人物が転生形式で何人も登場します。前作をお読みいただいた方は、読み進めていくうちにだれがだれであるか分かってくるでしょう。
全九章、毎日掲載します。よろしくおねがいします。