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003、 日常

 大人たち三人が騒いでいたこの日、同居している少年ラスは平凡な日常を謳歌していたのだった。


 朝食わ食べ終え、ロベリアとカインに見送られながら家を飛び出したラスは、軽快な足取りで街を駆け抜ける。朝の冷たい風が頬をかすめる。大通りに出ると、もうすでに多くの人が行きかっていた。人と人の間を縫うように進みわき道へと抜ける。ラスが今向かっている教会へはこの道を通った方が早く辿り着ける。細く入り組んだ道を右へ左へ、時には人様の家の屋根の上を。そうすると、エンプティータウンでは珍しく草木が青々と生茂った広場に辿り着いた。


「…ふぅ~」


 家からずっと走ってきたが息一つ上がっていない。夜の街を走り回っているだけあって体力だけは同い年の子供に負けない自身がある。

 ラスは辺りをキョロキョロと見渡しながら奥へと進んでいく。

 ここは教会の裏側にある庭。隅々まで手入れが行き届いており、草花が生き生きとしている。朝露に濡れたそれは風が吹くたびに揺れ、まるで宝石のように光る。

 すかっり見とれていると奥の方から声が聞こえてきた。


「今日は早いですね、ラス」


 それは、たった今ラスが探していた人物の声だった。


「あ、アルヴィン!おはよう」


 振り返って元気いっぱいに声を上げて挨拶をした。


「ふふ、おはよう。元気そうで何よりです」


 その人は杖を突きながら歩いてきて、やわらかい笑顔でラスを迎えた。


 このアルヴィンと呼ばれた男はここの教会の神父を務めている。目は見えず、サングラスをいつも付けている。歳若く聞いたところではまだ十九歳だとか。それにはとても驚いた。が、何よりも目を引くのはその赤髪だ。この地域では赤髪の人はいない。だから独特な異彩を放つそれについ目がいってしまう。


「まーね!勉強教えて貰うのすっごく楽しみにしてたんだから!」


 腕を頭の後ろで組んで二カッと笑って見せた。


「そうですか、それは私もうれしいですね。でわ早速準備をしましょう。今日はいい天気ですし、ここでやりませんか?」

「あっいいね。ボクも手伝うよ!」



「ねぇ、なにしてんの~?」

「遊んでぇー」

「絵本読んで!」

「おままごとがいい!!」


 ラスがアルヴィンに勉強を教えてもらっていた間に、いつの間にか十数人の子供達が集まっていた。騒がしすぎて勉強どころでは無い。


「っあーもう!!ボクは今勉強中なのっ!!!だから遊べません!!!!」

「「「「えぇ~…」」」」


 子供達が口をそろえて言う。

それから口々に「ケチ」やら「イジワル」やら「もう一緒に遊んであげない」など痛くも痒くもないことを言い始めた。無視を決め込もうにもしつこい…。

 見かねたアルヴィンが子供達にむかって優しく語りかけた。


「みんな、ラスは今お勉強中なんです。だからまだみんなとは遊べないんだ。きっとこれが終わったらみんなといっぱい遊んでくれると思うから、今はラスを応援してみんなだけで遊べるかな?」

「「「「むぅ~…」」」」


 納得しきれないといった様子で頬を膨らませる。

 しかし、アルヴィンには効かない。なぜなら………


「では、ラスを応援出来た子には後でお菓子をあげます」


 それを聞いた途端子供達の表情はガラリと変わった。


「ラスお勉強頑張ってね!!」

「絶対終わったら遊べよ!」

「約束だよ~」

「やったーお菓子ー!!」


 そう言って走っていった。

 ……なんてちょろいんだ…。


「じゃあ続きをやりましょう」

「………」


 折角アルヴィンがやりやすくしてくれたのに、ラスは遠くで遊ぶ子供達の方を見ていた。


「…?ラス?」

「っえ!なっ何!?」


 びくりと肩を揺らして返事をした。

 それからハッとしたように手に持っていた本に視線をおとして、慌てて付け加えた。


「勉強の続きだよね!え~と、どこまで読んだっけ?」

「ラス」

「ちょっと待ってて、今探してるから!」

「何かあったのですか?」


 ページを捲っていたラスの手が止まる。恐る恐る顔を上げ、何度も口を開いたり閉じたりを繰り返してから、


「…あったっていうわけじゃないんだけど…」


と、少し躊躇うように言う。

 アルヴィンはそれを黙って聞いている。


「…あの…ね」


 再び子供達の方へと視線を移す。


「どうやって仲良くなるんだろう?」


 それは冗談でもからかいでもなく本心からの言葉だった。


「誰か仲良くなりたい人でもいるんですか?」

「…うん、でも全然仲良くなれないんだ。なんか距離を置かれちゃって、あの子達みたいにうまくいかない」


 今はあんなに楽しそうに遊んでいる子供達も元は見ず知らずの他人同士だったはず。しかし、そんな雰囲気は微塵も感じない。


「うまくやらなくていいんじゃないんですか?」

「え?」

「うまくやろうとすると本質を隠してしまうから」

「本質……?」


 よくわからないと首を傾げる。


「例えだ、姿が見えない人がやってきて友達になってくれと言ってきます。ラスはそんな人と仲良くなれますか?」

「ううん」


 考えるまでも無い。

 すぐに答えが出た。


「それと同じ。うまくやろうとしてラスは自分を相手に見せていないのではないですか?だから仲良くなれないのだと思います」

「…そっか」


 そんな簡単な事だったんだ。


「わかったようですね。それで、その仲良くなりたい人とはどんな人ですか?」

「そういえば、まだアルヴィンには言って無かったね」


 吹っ切れたようにはきはきと喋り始めた。普段の明るい顔に戻っている。


「あのね!今一緒に住んでんだけど、アンディーっていって。すごく物静かで、普段はずっと部屋に篭っているんだ」

「アンディー」

「うん。三ヶ月くらい前にロベリアが拾ってきたんだ。ボクその時すごく驚いちゃってお皿割っちゃったんだよねー」

「ふふ、確かにそれは驚きですね。」


 アルヴィンは口を手で押さえながら笑った。

 それはどこか嬉しそうに見えた。


「そうだ。何かプレゼントをしてみてはどうでしょう。きっといいきっかけになるんじゃないですか?」


 そう言うと不意に立ち上がった。


「良い物があります。付いて来て下さい」


 にっこりと笑って教会の方へと歩いて行った。

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