001、 昼と――
首都に隣接するとても賑やかな街―――エンプティータウン。様々な地域からの特産品や骨董品など、珍しい物が多く集まる。また、物と共に人も集まり文化交流が盛んに行われている。それゆえ昼間は騒がしいくらい活気に溢れている。
しかし、夜になると一変してその表情を変える。
物流と共に訪れて来るのは必ずしも善人ばかりとは限らない。エンプティータウンのもう一つの顔、それは―――犯罪者達の巣窟。夜は無法地帯となり、毎日のように人が殺されていく。
光が強ければ強いほど闇も濃くなっていく…。
いつしかエンプティータウンの住民の間では、「夜は殺人鬼が出るから外出してはいけない」という暗黙のルールが出来上がったのだ。
「おはよう、二人とも」
少し癖のある黒髪を掻き揚げて、欠伸をしながらロベリアはリビングへと入っていく。リビングには既に朝食を作る黒髪の男と、それを横から眺めている黒髪の少年がいた。
「おはよー、ロベリア。今日は早いね」
気が付いた少年が笑顔で返事をしてくれた。
この明るく元気な少年は、ラス。まだまだ幼さが残る十五歳の男の子だ。右根に付けた眼帯を隠すように前髪は長め。
「なんだか久々にすっきり起きられたんだよねー」
「普段からそうであって欲しいものだ」
出来上がった料理を皿に盛り付けながら男が言った。
「カインママが俺に目覚めのキスをしてくれたらすぐに……」
――――――ヒュン……ッガ!
ロベリアの言葉を遮るように顔の横を何かが物凄い勢いで飛んでいった。振り向くとすぐ後ろの壁に調理用ナイフが刺さっていた。
「も~冗談なのに」
ニヤニヤ笑いながらロベリアはナイフを引き抜く。
「死ね」
男は吐き捨てるように言うと席についた。
この男の名前は、カイン。いつも冷静で細身のわりにしかっりとした身体だ。歳はロベリアと同じ二十四歳。この家で出る食事はほとんどカインが作っている。
「あーお腹空いた。今日もとても美味しそうだねー、カイン」
「煽てたって何も出ないぞ」
「そんなんじゃ無いよ、…アレ?」
席に座ろうとしたロベリアはふとある事に気が付いた。
「…カイン、…腕の包帯増えた?」
カインの左腕をまじまじと見詰めて呟く。
「気のせいだろ」
特に変わった様子も無く、捲り上げていた袖を下ろして包帯を見えないようにした。それから無言で朝食を食べ始めた。
ロベリア自身たいした興味も無かったため、それ以上は何も訊こうとは思わなかった。今日の予定を考えながら食事を頬張る。
「じゃあ、ボクもう行くね」
いつの間にか朝食を食べ終えていたラスが立ち上がって言った。手際よく皿を片付けていく。
「どっか行くの?」
何となく気になったロベリアが尋ねる。
「教会。アルヴィンが勉強教えてくれるってこの前約束したから」
「へー、そりゃ良かったな。がんばってこいよー」
「うん!いってきまーす」
そう言ってラスは元気良く走って出て行った。
「教会、ねぇ……」
フォークを口に咥えてぼんやりと天井を見詰める。
そういえば最近行ってないなー。今度遊び行こうかなー?おいしいお菓子貰えるし。
「俺も今日は用事があるから出掛ける」
カインが自分とロベリアの皿を片付けながら言う。
「え、そうなの?寂しいなぁ~」
「嘘をつくな」
「えー、俺は嘘なんかつ
「それより暇ならアンディーに朝食を持っていってやれ」
ロベリアの言葉を無視してカインは料理を載せたトレイを押し付ける。
「じゃあな」
反論する間も無くカインは家を出て行ってしまった。
ロベリアは一人リビングに残されてしまった。
「………」
ほんの少しだけ、本当に少しだけ悲しい気持ちになった。別に構ってもらえなかったからじゃ……ない、と…思う………………多分。
持っているトレイに視線を移す。
「仕方ないか」
リビングを出てアンディーの部屋へと向かった。
この家は大通りから少し外れた場所にある、ごく普通の三階建ての家だ。二階ロベリアとアンディーの部屋。三階にはラスとアンディー、ドメニコの部屋がある。男五人、仲良く?暮らしている。
だからといって五人が家族という訳では無い。
元々はドメニコが一人で住んでいたのだが、ロベリアが勝手に上がりこんだのが始まり。それ以降、とある医者のところで知り合ったカイン。
幼くして両親を失ったラス。
道端で拾ってきたアンディー達も、ロベリアに連れてこられて今この家に住んでいる。
つまり赤の他人だ。
だから、同じ家の中にいても毎日顔を合わせる訳ではない。ドメニコは色々な仕事をしていて帰ってこない事の方が多い。アンディーはほとんど部屋から出てこないからである。
そんな訳で、アンディーの分の食事は毎回誰かが部屋まで運ぶことになっている。主にロベリアが。
アンディーの部屋の前に着いた。
「アンディー起きてる?食事持って来たんだけど」
ノックをして尋ねてみた。
しかし部屋の中からは返事はおろか、物音一つ聞こえてこない。
「…ん~、勝手に入るよー」
ドアを開けて中に入った。
部屋の中はカーテンが閉められていて薄暗く、ベットが一つあるだけで全く生活感が無い。
程なくして目が慣れてくると、窓から離れた一番暗い部屋の隅に蹲る人影を見つけた。
「アンディー食事持って来たよ」
「……ありがとうございます。そこに、置いておいて下さい…」
か細い声でそう言う。
フードを深く被り、下を向いているため顔は見えない。
ロベリアはトレイを床の上に置いた。
「ここでいいの?」
「………」
今度は返事は無かった。それでも、ロベリアはめげずにもう一度話しかけてみた。
「今日はとってもいい天気だよ」
「………」
「たまにはアンディーも外に出てみたら?」
「………」
「……………………………」
全く反応が無い。今日は一言しかしゃっべてくれなかった…。
小さく息を吐き、背を向けてドアの方へと戻る。ドアノブに手を掛けたところで、もう一度アンディーの方に目を向けた。アンディーは相変わらず部屋の隅で蹲っている。それを見て、困ったような笑みを浮かべて部屋を出た。
ロベリアがアンディーをこの家に連れて来てから既に三ヶ月が経過している。始めのうちは、会話をすることも出来ず、持ってきた食事にすら手を付けなかった。それが今では多少口を利いてくれるようになった。まだ、会話とまではいかないけど。食事も人前では食べないが、ちゃんと食べてくれるようになったのだ。
小さな変化だが、少しずつ気を許してくれている。とロベリアは確信しているのだった。
「~♪」
話し相手がいない家にいてもつまらないと、ロベリアは街に出た。鼻歌を歌いながら目的も無くぶらぶらと歩いている。
出店が多く立ち並ぶこの通りはそれなりに賑わっているうえ、出店の入れ替わりが頻繁に行われていて飽きることが無い。それゆえ、ロベリアがエンプティータウンの中で一番好きな場所ともいえる。
横目に出店を眺めながら歩いていると、
「やあやあ、ロベリア。こんな所で会うなんて奇遇だねぇ」
「ホント運命感じちゃうよねー」
突然目の前に二人の男が現れた。
まだまだ歳若く、青年と言ったところだろうか。顔に張り付いたような営業スマイルが気持ち悪い。しかも同じ顔が二つ並んでいてその笑顔であるからさらに気持ち悪い。正直者であると自負しているロベリアは耐えきれずに言ってしまった。
「え、わーキモイ」
表情はいつも通り笑顔のままなのに、声には全くと言っていいほど気持ちがこもっていなかった。それを聞いた二人の動きが止まる。若草色の髪だけが風に揺れてキラキラと輝く。そして――――
「オイ、今の聞いたか?」
「聞いた聞いた。古い友人に対して言う言葉じゃないよねぇ」
と、さっきまでの営業スマイルとは違い年相応の青年らしい表情になった。色々と文句をたれながら拗ねる二人を見て、さすがのロベリアも大人気なかったと反省した。心の端っこの方で。
あと古い友人じゃないよ、まだ出会って三年目。
「あー、悪かったって。でも二人の所為でもあると思うよ。そんな笑顔を見たら誰だって気持ち悪いって感じると思う」
「…ふ~ん」
「他の人には高評だったのになー」
案外冷静に返してきた。まぁ二人のこういう所が好きではある。
「他の人って誰?」
「「カイン」」
口をそろえて言う。
……カイン面倒臭くて適当なこと言ったんだろうな。
「それで、俺に何か用?フォークス兄弟」
フォークス兄弟とはこの二人の俗称である。帽子を被っている方が兄のブラッド・フォークス。
首にスカーフを巻いている方が弟のヴェディル・フォークス。
彼らは一卵性双生児であるため顔が全く同じで、服装以外で見分けが付かない。
二人とロベリアが知り合ったのは三年前。まだ二人が十四歳の頃だ。とある医者に腕の良い情報屋がいると言われ、紹介されたのがこの二人だ。この若さからは想像も出来ないほど莫大な情報を持っていて、金さえ払えばどんな事も教えてくれる。しかもそれが驚くほど正確なのである。ロベリアが知っている中でだんとつ一位の情報屋である。
そんな双子は可笑しそうに、そしてどこか小馬鹿にするような顔で笑って言う。
「用、ねぇ…」
と、ブラッドが。
「用が無かったら話し掛けちゃダメなの?」
と、ヴェディルが。
「別に構わないよ、俺的には。けっこういつも暇してるから。でも二人の方から来る時って、『何か』持ってきた時ばっかだったからさ」
ロベリアの言葉に今更気が付いたような顔で頷き合う。
この様子だと二人も暇なのかな?
「それじゃあ、俺の暇つぶしに付き合ってよ」
「素敵なお誘いだけど、ごねんね」
「さぁ~てどこ行こっかなー………え?」
予想外の返答にロベリアが驚きを隠せずにいると、当の本人達はその様子をニコニコと楽しげにながめていた。
「ロベリアの暇つぶしに付き合うのは俺達じゃないんだぁー☆」
「…ん?どういうこと??よく話の流れが掴めないんだけど…。今のって、二人が俺の暇つぶしに付き合ってくれるっていう展開じゃ……」
「「無いね」」
ピシャリと言い切られた。
あまりのショックにロベリアはその場に崩れ落ちてしまった。
「悪魔だ…悪魔がいる。上げて落とすなんて……酷過ぎる…」
「いやいや、ちゃんと聞いてなかったでしょ」
「俺達じゃないってだけで、ちゃーんと代わりはいるんだから」
「え、本当?」
「俺達が嘘を付いた事なんてあったか?」
そう言ってブラッドは手を差し出した。その横からヴェディルも優しく微笑みかける。
「ブラッド…ヴェディル…」
差し出された手をつかみ立ち上がる。
この時ロベリアには二人か天使のようにさえ思えた。
「俺達は長い付き合いだろ」
「うん、まだ三年しか経っていないけどね…。それで、二人の代わりって?」
機嫌が直ったロベリアは先を急かす。
「はい」
「………………これは?」
「俺達の代わり」
「…………………………………………」
出てきたのは一枚の紙だった。それもメモ程度の大きさ。
受け取って広げてみると、良く見慣れた字で書かれている。
「カインの字?」
内容はいたって簡単。子供でも分かるようなおつかいだった。ただ、その量がハンパ無いことを除けば。
「何これ?」
「ロベリアの暇つぶし」
「でもコレどう見てもおつ…
「暇はつぶせるでしょ?」
双子はニヤニヤと笑っている。
あー、そういうことか。だからいつも以上にテンションが高かったんですねぇ。俺はまんまと二人の『暇つぶし』にされたというわけだ…。なら――――!
「そんなに二人も暇なら俺と一緒におつかいに行こう!!」
このメモをカインから受け取ったのが双子なら、その中身も見ていたはず。しかし、二人は全く動じなかった。それどころか、逆に自信にに満ちた顔になる。
「そう言うと思ってちゃんと準備してきているんだよねー」
「いったいカインがなにしているか…いや、何をしようとしているか気にならない?」
「…それは」
気にならないはずが無い。
ドメニコと違い、ロベリアとラスはもちろんカインやアンディーも働いていない。なのにロベリアにおつかいまで頼んで出掛ける用事とは何か、とても気になる。
「ついさっきカインは俺達からとある情報を買っていったんだよね」
「それのついでにロベリアにその紙を渡せって言われたんだ。もー、俺達は情報屋であって運び屋じゃないのに」
呆れ顔で不満を述べる。
「…その仕返しに俺に教えてくれるってわけか」
ロベリアの推測に双子は何も言わない代わりに不敵な笑みを浮かべた。
顔は口ほどにものを言うとはまさにこの事を言うのだろう。そんな双子を見て、ロベリアの悪戯心は刺激された。
まぁたまには誰かの悪巧みにのるのも悪くない。
「いいね、面白そうじゃん。ちょっと詳しく教えてくれる?」