〈Ep.02・Case of him. / Case of her.〉
規定年数の経過による機密指定解除文書より。
EUTOC/英国TOC/TRSOUW/報告1999/04
『AM計画』の定期進捗報告書より一部抜粋。
会内規約 7 – 02 – 03A及び、英TOC法令 S – 03 – A7
──以上を遵守の上、閲覧すること。
閲覧資格。
・ 一等法務官以上及び、それに準じる資格を得ている者。
・ 『AM計画』関係者。
──以上の条件を供に合致する者にのみ許可。
発 : TRSOAW内、『AM計画』担当管理官。
宛 : 関係各位。
主題 : 架空存在に関する対応兵装。
・概略。
TRSOAWは英国TOC指導部『円卓』の要請により、対架空存在用特殊兵装の開発及び試験を昨年十二月末より開始し、その予備設計を完了したことをここに報告する。
・現状。
我が英国TOCは20XX年度のEUTOC定期連絡会議の結果により、EUTOC内において対架空存在用特殊兵装の開発の部分においては独自路線を歩むことを決定した。これは、同じくEUTOCを形成している独逸TOCも同様のことである。
何故なら、EUTOCが現在有する対架空存在用通常兵装は架空存在に対して著しく不利であることは否めず、また共同開発計画は遅々として纏まらず、進まない現状においてこれは当然の帰結である(これは復古主義としか言いようのないフランス人のまことにフランス人としか言いようのない頑迷さが大いに影響しているのは間違いない)。
故に仮称名称『AM』は損害著しい英国TOC実働部隊の切り札となるモノになるであるだろう。
またこの開発には独逸TOC開発局第参課『アーネンエルベ』との共同開発が提案され、技術面及び予算面の結果、それを受け入れることに決定した。
・架空存在の動向。
大まかに三つにカテゴライズされる架空存在の中で、当て嵌まらない存在である第零架空存在は××年前の報告例を最後に現在まで報告されていない。これは、あの約束の日まで現れないだろうと予測される。事実、以前はそうであった。
通常の架空存在はそれに反し、近年出現率が急激に増加している。これは世界の歪みからくるものと推測され、それを裏付けるように空間に占めるエーテルの増加が確認されており、早期の抜本的対策が急務である。
・現状の対策。
AMの開発状況はアーネンエルベとの共同開発により、当初見積もりの三十パーセント増しの開発速度であり、また独逸TOC独自の技術も盛り込んだため、当初計画よりも質が向上し、全般的の予定を上方修正している。また、『××××・××××』から提供された献体NO.02『×××・××××』の献身的協力により、完成度は着実に向上していることを追記しておく。
それでも直ぐさま開発が完了するわけではないので、当面は現有装備の改良及び新規開発、部隊練度の向上などで対応しなければならないだろう。
今は耐えるべき時期であるのではないかと、そう考えられる。
TRSOAW『AM計画』担当管理官
ウィリアム・クラーク
(×で塗り潰している部分は今もって機密指定を解除されていない)
『魔法少女もの』
〈Ep.02 ・ Case of him. / Case of her.〉
あすはの初任務から既に一ヶ月が経過し、季節が秋から冬へと変化していた。
その間、しとめた架空存在の数は大型を含め十匹を超え、エースと呼ぶに相応しいまでになっていた。それでも、あすはの先輩であるイスズに比べると格段に少ないが、充分に賞賛に値する成果ではある。
この日も、一週間ぶりに現れた架空存在を退治するために戦っていた。
あすはは疾駆する。身に付けるMMJAは近接戦闘用であるブレイドフォーム。手には放出口を変形させたデバイスが握られ、光り輝く光刃を展開している。
前方には狼型の小型架空存在が二匹。幾ら小型とはいえ三メートル近い巨体は、十分な脅威ではあったが、それを歯牙にもかけず、あすはは大上段から勢いよく光刃を切り下ろす。
「──えいっ!」
『Accelerator on』
その言葉を合図に、MMJA及びデバイスは推進用の魔力を放出し加速する。
電光石火の勢いで振り下ろされる切っ先。
架空存在は反応するのが限界で、回避動作すら行なう余裕さえない。
正に一刀両断。
その言葉通り、胴体から二つに別れ、狼型の小型架空存在は悲鳴を一声上げると、傷口から徐々にエーテルの粒子に変わり、名残惜しげに大気に消えていく。
あすはは気を緩めることなく、もう一匹の架空存在に切っ先を向けかまえる。
相対する二対四個の眼光。
一種の均衡状態が訪れる。
あすはは意図的に自分から動くことで、それを破ろうとした。
内心でカウントダウンを始める。
(3・2・1・0!)
駆ける。初速からトップスピードまでのラグはほぼない。これは瞬発力を重点的に強化しているブレイドフォーム故の芸当だ。
先ほどとは違い、下段から切っ先を切り上げる。
地面を抉り、土埃を上げ、光刃が喉仏深く切り裂く、その刹那──。
架空存在は一発の弾丸に撃ち貫かれた。
*
半径一キロメートルの範囲の中で一番背の高いマンションの屋上。普段誰も来ないのだろう、外装の隙間から雑草がたくましく生えている。
その無人のはずの場所に人影が二つ。
男と女だった。否、男と少女と言ったほうがいいかもしれない。
男の方は三十代を越えるかどうかの年齢に見える白人男性であり、百九十近い長身、癖のない金髪、碧眼の持ち主である。女の方は少女と呼ぶに相応しい幼くあどけない容姿であり、ビスクドドールを思わせる白い肌、少しくせのついた銀色に近い金髪。人の目を引かずには居られない容貌であり容姿。だが現在、それ以上に人の目を引くだろう物が少女にはあった。それは、少女には不釣合いな無骨な鉄塊だった。少女はそれをお気に入りのティディベアのように抱いていた。
鉄塊の正体は英国TOCが対架空存在用に開発した人間が運用するのは不可能な代物である30mm対架空存在用ライフル『Ez8』。無論、生身の人間が扱えるような代物ではない。
少女よりも遥かに大きなEz8を構えるそのシルエットは、不条理なほどアンバランスである。だが、男はそれを気にしない。
彼は少女が如何に不条理な存在であるかを知っているからである。
「ATE弾、リジェクション」
感情の篭らない無機質な声が、少女の口から洩れる。
少女の腕ほどの太さもある空薬莢がEz8から排出され、空虚な音をたてながら、コンクリートの上を跳ねあがり、転がる。
思わず、男は口笛を吹きだしたい衝動に駆られた。
なんとも奇妙な世界に迷い込んだものだ。
この素晴らしい世界で、何とも不可思議なことを、上層部の老人達は、当然至極な手段で、これを実現したのだ。これほどブラディなこともあるまい。
眩暈がするほど、それは彼の中の何かに訴えかける情景であった。もしも、何の事情も了解せず、ただこの光景を目撃したならば、彼は間違いなく絶叫を上げただろう。それほどのものがあった。
彼は思考する。神は死んだと、どこかの誰かが言っていたが、それは正しいのかもしれないな。いや、違うな。直ぐに彼はそれを否定した。神は居るはずだ。何せ、人を惑わすのは神様の得意とすることだろうからな。うん、そういう意味じゃ、悪魔も同じようなものかもしれないな。さしずめ同業他社とでもいえばいいのかな?
彼は善良といっていい人間であった。敬虔なプロテスタントであり、日曜日にはかかさず教会に行くような人間であった。
そんな彼の感性において、彼女のような存在は容認も許容も出来る物ではなかった。それでも、まことに英国人らしい、現実主義的観点からは彼女のような存在が必要であり容認できることも理解している。要するに彼女という存在そのものが必要悪なのだと。だが、納得となればまた別の問題でもある。
二律背反する感情。うねりをあげて二重螺旋を描き、渦巻いた。
彼は記憶の中と何一つ変わらない少女の姿を一瞥し、視線を外す。
いまだ慣れはしない、か。
声に出さず呟くと、ため息を一つつく。
彼は数日前のことを思い出す。それは、彼が現在ルーラシア大陸の東の果てにへばり付くように存在する弓状列島に存在する国に、現在居る理由になった出来事である。
辺りは霧に包まれているので、朧にしか辺りの光景を見ることは出来ない。
時刻は既に夜半、おまけに今は十一月の末である。正に倫敦といってよい風景が車窓を流れる。
運転手は成れたもので、フリート街、テンプル・バーを通り抜け、ウェスト・エンドに入る。目的地はソーホー・スクエアの一角に存在する邸宅であった。
年代物と分かるロールスロイスは振動を主に感じさせないほどゆったりとした動作で、門の前で停車する。
監視カメラでもあるのか門は自動的に開き、客の訪問を心待ちにしていたように車を邸宅内に招く。
車から降りた車の主は、ゆっくりとした足取りで、玄関に向かった。玄関の前には門番だろういでたちの男がにこやかな微笑を浮かべ、扉を開けた。扉の先、玄関ホールから照明が霧の中に射し込み、ホールに居た執事が微かな笑みを浮かべ挨拶をした。
「これは、サー・アレン」
軽く会釈し、アレン・チャーチルはこの館の主人のことを聞く。
「旦那様は、サー・アレンのお越しを心待ちにしております」
「それは嬉しいね」
ただ微笑を浮かべ、それに応えると執事として望みうる、最高の物腰でありがとうございますと答え、彼の尊敬してやまない主人の下へ客人を案内した。
時間だけが出しうる飴色がかった重厚な木製の扉。執事はその扉をノックし、主人に客人が着たことを告げる。
「そうか」
返答があり、執事は扉を開けた。
サー・アレンは一礼すると部屋に入った。執事は主人からの目配せに肯くと、部屋には入らず下がる。
「急な呼び出しに応じてもらって悪かったね」
安楽椅子に座っていた館の主人、ジョゼフ・ストリンガーが立ち上がる。
「そんなことはありませんよ。私は貴方が語る話が楽しみなのですから」
「懐古趣味の老人に対して、これほど嬉しい言葉はないね」
「はは、懐古趣味などとは言わないでください。まだまだ貴方は現役ですよ」
「あまり煽てても何もではしないが、その言葉は喜んで受け取ろう」
猫のように喉を鳴らし、ジョゼフは笑う。
「さあ、何時までも立っていないで座ってくれ。今夜はじっくりと語ろうではないか」
「どのようなお話で?」
サー・アレンは勧められるままに安楽椅子と相対する一人掛け用のソファに座る。本皮製のそれは柔らかすぎず、適度にスプリングが利いていた。
「大変興味深い話だと思うよ。少なくとも、子供の頃夢見たような胸が弾むものであることを保障するよ」
「それはなんとも好奇心をそそられる話ではありますね。是非とも拝聴したい」
「いいとも、その為に私は多忙な君を呼んだのだからね。ホストとしての義務にかけて、ゲストには退屈な思いはさせないよ」
ジョゼフは水差しからグラスに水をうつすと、それに口をつけた。
彼にとってそれは奇異に思えた。彼の記憶が正しければ、ジョゼフは琥珀色の液体を命の水と称し、万能の霊薬であるとして扱っていた。それがこれである。趣旨換えしたのだろうか?
「最近、妻に酒は禁止されていてね、隠されておるのだよ。君さえ良ければ用意させるが、どうだね?」
アレンの視線に気づいたのだろうか、ジョセフはそう応えると、遥かローマの頃より我々の上には妻が君臨しているのだよと少々ばつが悪そうに言った。
そういえば──と、ジョゼフが愛妻家であることでも、その筋では有名であることを思い出し、それは事実だった。
「いえいえ、奥様のご配慮を破るつもりはありませんよ」
苦笑を一つ浮かべる。要するに何時の時代も、何処の世界も、男が女に勝った試しはないというわけだ。
「ならば、お茶でも用意させよう」
そう言って、部屋の外に居るだろう執事を呼んだ。
程なく、先ほどの執事がワゴンを押すメイドを伴い現れた。
ワゴンの上にはティーポットを初め、簡単な軽食も用意されており、モルト・ウィスキーのボトルもその中には混じっていた。
それを見つけられ、ばつの悪そうにジョゼフは言う。
「これは、な。紅茶の香り付けのためのものだよ」
「そういうことにしておきましょう」
笑い声を滲ませ言いながら、サー・アレンはメイドから、紅茶を受け取る。
ジョゼフはモルト・ウイスキーの水割りを一口、口にし、喉を湿らすと、口を開いた。
「君は、その昔あるイタリア人が喧伝した東洋にあるという黄金の国について知っているかね?」
グラスを傾ける。氷が崩れ、からんと音をたてる。
「ええ、貴方ほどではないですが、多少は存じております」
「では、先日といっても一ヶ月以上前になるが、かの国で特別魔法戦技官と呼ばれる新たな少女が産まれたのは知っておるかね? これで、十二姉妹と言う訳だ。何とも羨ましい話ではないかね」
ええ、ええ、確かに羨ましい話ではありますね。こちらは、特別魔法戦技官なんてものは持ちえておりませんもの。これも、貴方が大嫌いな、あの大フランス主義とも呼べる復古主義に固まった頑固な蛙食いのせいも多分にありましょうね。
「ああ、その件でしたら、ええ、はい。親しいと呼べる程度の付き合いの友人があの国にはいますからね。彼から噂を少しばかり聞いています」
「それだったら話は早い。丁度、マイ・リトル・レディに世の中の仕組みがどうなっているのか、教える時期に着たのではないかと、そう考えているのだが、君はどう思うかね?」
少しアレンは考える。
目の前のロードが付く、老人が何を考えているかおおよそ想像が付く。
引退していたとしてもおかしくない年齢に達していても、その奥深き眼光はいまだ最盛期のそれであり、むしろ老獪さが加わりその光の奥深さにおいては勝っている。事実、英国TOCはおろかEUTOC内でも隠然たる勢力を維持させている。つまりは時の流れは老獪さに磨きをかけたわけだ。
彼は閃きに似た感覚に襲われ、老人の意図を正しく読み取った。ああ、そうか。つまりはそういうことか。途端、おかしくなり笑い出しそうになるのを堪える。その努力は英国的貴族に似つかわしいもので、その成果として口元に僅かな微笑を浮かべるのみだった。
「いいお考えでしょう。彼女には力があります。ですが、いまだ戦闘経験という面に限ってみれば無知に近いといってよいでしょう。本来ならばそれこそが望まれるべきものなのでしょうが、現実はそれを容赦しません。それに、かの国の姉妹達は彼女にとって得難い友達になるでしょうし、ね」
「ふむ、ならば決まりだな」
グラスに半分ほど残っていた琥珀色の液体を一気に飲み干した。
そして、それまでとは違い、英国TOC・指導部『円卓』のアーサー王の席に座る者としての顔になる。
「勲爵士アレン・チャーチル。君を英国TOCの高等弁務官に任命する。詳細は追って沙汰する。喜びたまえ、君は愛国心を示せる機会が与えられたのだ。つまりは『英国は各員がその義務を全うすることを期待する』ということだ」
そこで一旦口を閉じると、人の悪い笑みを浮かべる。現役時代、悪魔のようだと評された笑みを浮かべると、大時代的な動作で口を開く。
「ん、こう胸が弾むような話ではないかな? なんといっても、女王陛下の御宸襟を安んじて奉るのが臣下たるの勤めなのだから、な」
──そこで、回想を切り上げると彼は少女に命じ、その場から移動する。何時までも此処に居る理由もないし、既に位相結界は解かれている。早々に立ち去ったほうが、具合がいい。
ふと、彼は振り返る。
視線の先には、銃を三個に分割され収納されている、大きく頑丈そうなトランクケースを引きずっている少女が居た。
彼は思う。
ええ、ええ、言う通り。中々と胸躍る話ではありますよ。ですが、やはり観客としての視点からはそういえるのでしょうね。当事者じゃあ、とてもじゃないが笑えませんよ。違う意味においては胸躍りますがね。
世の中はアイロニーで満ちている。
*
最後の架空存在を仕留めた弾丸。
放たれた位置は方向から推測するしかないが、報告をすると蒼司はその必要はないという。
あすはは不可解に思いながらも、蒼司の言うとおりにした。
『Mission Complete』
アカツキが任務の終了を告げる。
『Don't mind, My master』
「ありがと、あっちゃん」
あすはは労いの言葉を素直に受け取ると、変身を解除する。早くしないと位相結界が解除されてしまうので、気持ち焦り気味だ。
自分の格好を確認し、空の色を仰ぎ見る。少し前までとは色の濃淡の違う青空が広がっている。今日も冬晴れだ。
あすはは微笑を一つ浮かべ、日本TOC立川基地に向かった。
移動手段はJRである。流石に緊急時でもない移動に、わざわざ位相結界をはり、MMJAを使用することは認められていなかった。
近隣の駅からJRに乗り、西立川駅で降りる。
本来なら、あすはは本部付けであるから本部に帰還するのだが、今日は出撃前に蒼司から立川支部に向かうように指示されていた。
日本TOC立川基地は、アメリカ軍から返還された旧日本陸軍の旧立川飛行場の跡地西側に設けられた施設で。表向きには鉛筆からロケットまで売っている旧財閥系大企業の開発研究所になっており、実際そこは研究所としての側面もある。最も、本部と同じように、地下には巨大な空間があり、そこが日本TOC立川基地の区画であり、地上部分に存在する研究所一般職員のほとんどは、その存在を知らなかった。
基地に到着すると、顔馴染みの若い女性職員があすはを応接室へと案内した。
あすはは何故自分が応接室に案内されるのか疑問に思い、職員に質問するが曖昧な微笑を浮かべ決して答えようとしない。実際、その理由を知らないのだろう困ったような笑みを浮かべている。
そうこうしているうちに、応接室の前に到着する。女性職員は、自分はここまでだからと、軽く手を振り、あすはと分かれる。
あすはは扉の前に立つと、ノックをした。直ぐに返事が返ってきた。
失礼しますとあすはは扉を開け、入室する。
部屋に居たのは、彼女の担当上官である青崎蒼司と同じ特別魔法戦技官の同僚であり先輩であり親友でもある神楽イスズの二人。そして、見知らぬ白人の男女。その二人こそ、先ほど最後の架空存在を仕留めた犯人だった。
見知らぬ訪問客に、少しだけ戸惑いの表情を浮かべるも、それは極一瞬のこと。あすはが持っている生来の明るさで、直ぐに笑顔になると蒼司に呼ばれるままに空いているソファに座った。
「こんにちは、日向あすはさん」
にっこりと柔らかな微笑を浮かべ、挨拶をした。完璧なアクセントの日本語だった。彼、アレン・チャーチルは語学の才があり、以前決して短くない時間をこの国で過ごした経験があった。なのだから、それもまた当然だった。
目の前の外国人が瞳をまん丸にした。彼女のいまだ短い人生において、彼のような日本語を完璧に操る外国人はTVの中だけでしか見たことがなかった。
そんなあすはの様子を横目に、蒼司はアレン・チャーチルと腰掛もせず、彼の背後に従者のように立っている少女──アリス・ダニエルを紹介する。
「…………」
アレンとは違い、無言。だけれど、深々と丁寧に頭を下げる。なので、あすはは自分と同じぐらいの年齢に写る彼女──アリスちゃん──は日本語を喋れないのだと、そう思った。
「彼女は口下手でね。喋れないけれど、日本語は少しだけなら理解出来るから、仲良くしてやって欲しい」
苦笑を浮かべ、アレンは言った。
あすははアレンの言葉に笑みを浮かべ肯き、
「マイ・ネーム・イズ・アン・アスハ・ヒナタ……」
と、おぼろげな記憶を頼りに、あすははたどたどしく自己紹介をする。といっても小学生のことだから、自分の名前を言うのが精一杯なのだが。
どきどきと胸が高鳴り、緊張しながらアリスを見るあすは。アリスはこくりと肯くと、手を差し出した。
あすははアリスの意図を察し、嬉しそうに表情を崩し、自分も腕を出し、握手する。
その様子を微笑ましいもののように眺める、彼女ら以外の三人。
アレンは、このどうしようもない世界に一つぐらいは無垢なままの綺麗なものがあってもいいのではないかと、そう思った。その微笑ましい光景は、そう思わせるのに充分なものだった。
「イスズ、丁度昼飯どきだ。二人を連れて食堂に連れてってくれ。俺はこいつと大事な話し合いがある」
財布から日本TOC職員に配給されている、日本TOCのマスコットキャラクターが二等親でデフォルメされて描かれたICカードを一枚抜き出すと、言葉と供にイスズに放った。
「ええ、分かりました」
カードをキャッチし、年齢不相応の母性的な笑みでイスズはそれに応じると、正反対の二人の少女を連れ、応接室から出た。
ドアが閉まるのを確認すると、アレンは口を開く。
「彼女達が、日本TOCが誇るWizか。中々と可愛らしい女の子じゃないか」
『Wiz』とは『Wizard』の略称で、日本TOCが誇る独自の対架空存在用戦力・特別魔法戦技官のことを各国のTOCが呼んでいる名称である。
「ふん、知らなかったな。貴様に少女趣味があるなんてな」
旧友としての気安さからか、普段よりも蒼司の口調は乱暴だった。
「おいおい、いつから僕は性倒錯者になったんだよ」
苦笑いを浮かべ、冗談だとは分かっていても、アレンはそれを否定する。
「まあ、別に個人の性癖をどうこういう気はないが、な。悪趣味が過ぎるぞ」
視線を外し、吐き捨てるように呟く。
蒼司はアリス・ダニエルを一目見た瞬間絶句した。彼女は、蒼司の記憶のまま、十数年前とまったく同じ姿だったからだった。
「──まあ、ね。認めるよ」
顔を伏せ、苦痛に喘ぐかのように、正に絞りだすと表現していいようにアレンは言った。
「別に、叱ってるわけじゃねぇよ。だが、これは皮肉に過ぎる」
やりきれないという思いがありありと蒼司の顔に浮かんでいる。
「あの日以来、建前上は人類の存続が第一義になっているからね。足掻いているんだよ、誰も彼もが。それに、こうでもしなくちゃ、彼女は僕たちの前にもう一度現れることも無かったんだろうね。少なくとも僕は、その点だけはありがたいと思うよ」
「…………」
無言。
時に無言は雄弁を上回ることがある。
蒼司は彼の気持ちが文字通り、痛いほど理解出来る。それに、明日が来ることを何の疑いも無く信じられるほど、彼は子供ではない。なのだから、理不尽だろうが不条理だろうが、それは受け入れざるを得ない現実なのだということは分かっている。
「僕たちは、──大人だからね」
遠くを見るようにアレンは言った。
「まあ、な。大人だから、未来に対して義務と責任を背負わなければならない。割の悪い仕事だよ。大人って居うのは、な」
蒼司は同意した。
好きで大人になったわけではないが、確かに自分は大人なのだ。何時までも気に食わないからといって駄々をこねている場合じゃないし、許される立場でもない。最も、最近では大人とはいえないような奴が多すぎる気もするが、少なくとも庇護されるべき子供ではないことは確かだな。
「そう。そして、その手段として我が大英帝国が手に入れた手札の一つがアイアン・メイデンであり、そのシリーズの試作一号機、アリス・ダニエルというわけだ」
二人は顔を見合わせ乾いた笑い声をあげる。空虚な声で。
「まったく、酷い話だ」
「ああ本当に酷い話だ」
彼女達の存在が不可欠であるとはいえ、どう言い繕っても子供を戦わせているという事実の免罪符にはなりはしない。
そのことを自覚して尚、現実は否応無く彼女達の力は必要とされており、無くてはならないものだった。
だからこそ、彼等は笑う。笑いたい気分なのだ。どうしようもないほどに。
*
立川基地は本部より大きな面積を有しているのに比例して、食堂もまた本部より広かった。
イスズは蒼司より預かったカードを食券機に差し入れる。
「好きなものを選んで」
全てのボタンに点灯ランプが灯った食券機の前からどき、後ろに居る二人に言った。
「いいのっ!?」
任務が終わって立川基地に直行してきたので何も食べていないせいか、眼を輝かせ、食券の自販機の傍らにあるメニューのサンプルのウィンドウを眺める。あすはの様子にイスズはくすりと笑うと、どうしていいのか分からないだろうアリスに言葉と簡単なジャスチャーで自分の意図を説明した。
「…………」
視線をイスズの顔とサンプルを交互に向けるとアリスはこくりと肯き、自販機の前に立つ、そして迷い無くBLTサンドのボタンを押した。
アリスは吐き出された食券に手を伸ばし、それをイスズに差し出した。
「うん、ちょっと待っててね」
受け取ると、自分の分の鍋焼きうどんのボタンを押す。
「あすは、早くしてね」
「うん、でも迷うなぁ。ハンバーグも食べたいし、カレーライスも美味しそうだし……」
どうやらその二つのどちらかにしようか迷っているらしい。先ほどから二つのサンプルの間を視線が行き交っている。
「両方にすればいいんじゃないかな」
あすはの様子に見かねたイスズは、あすはに提案し、あるサンプルに指を向ける。
「うんっ!」
あすはは満面の笑みを浮かべ、勢い良く肯いた。
イスズの細く華奢な指が指し示した先にはハンバーグカレーのサンプル(六百五十円)があった。
「あすは、席を取っておいて」
言い残すとイスズは三人分の食券を持ち、カウンターに向かった。本当ならどちらか片方に手伝って欲しいところだが、勝手のわからないアリスに手伝ってもらうわけにもいかないという、イスズの配慮だった。
「うん、じゃあ行こう。アリスちゃん」
アリスの手を取り、テーブルに向かう。手を握られたことに最初、動揺するが、それも一瞬のこと。弱いながらも握り返すと、直ぐに手を引かれるままにテーブルに向かった。
テーブルの上に食事が並ぶ。
結局のところ、矢張りイスズ一人では運びきれなかったので、職員の一人が見かねたのか、手伝ってもらい、三人分の食事を無事並ぶことが出来た。
三人は手伝ってもらった職員にお礼を言うと、席に着く。
「いただきます」
元気よく言って、スプーンを持ち上げ、さあ今から食べるぞと言う所で、無常にもあの音色がアカツキとユキカゼから鳴り響く。
握り締めているスプーンを持つ手が凍りつく。
以前にも似たような状況があった。
ぷるぷると腕が振るえ、内心の葛藤がどれほど激しいのかわかる。
「あすは……」
イスズはあすはの心中を察し、声をかけるが届かない。
その時、あすはの眼前に差し出される皿。その皿にはアリスが注文したBLTサンドが四つ載っている。
「…………」
真っ直ぐな視線でアリスはあすはを見詰める。
「ええっと、……貰ってもいいの?」
少しだけ戸惑いながらアリスは訊ねた。
「…………」
肯定するように、こくりとアリスは肯いた。
「ありがと!」
あすはは言いながら手を伸ばす。取ったのを確認すると、アリスは皿をイスズに向ける。
「……ありがとう」
お礼を言いながらイスズも手を伸ばした。何だかんだいって、イスズも空腹だった。
呼び出しの催促だろう、食堂に二人が可及的速やかに作戦室に向かうようにというアナウンスが響いた。
「あすは」
「でも、……」
ちらりとアリスを見る。一人でここにおいていくわけにも行かない。
「…………」
私は大丈夫というようにアリスは肯き、食堂の入り口に指差す。
二人は指の先へ視線を送った。視線の先にはアレン・チャーチルが居た。
二人の少女の後姿を眺めながら、アレンは口を開いた。
「では僕らも行こうか、アリス」
蒼司からは許可を貰っている。
基本的には観戦だが、機会があるのなら参戦してもいいとアレンは考えている。どれだけアリスが架空存在に通用するのか興味があったし、それ以上に彼女の為だ。
「アイ・サー」
口調とは裏腹に、鈴が転がるような可愛らしい声。声の主は、相反して無表情。何の感情の色も浮かんでいなかった。
その様子に、アレンは哀しそうに顔を曇らせる。
あの頃の彼女だったら、『何処に?』と好奇心に顔を輝かせ訊いてくるだろう。だけれど、彼女からその種の質問はない。当然だった。アリス・ダニエルはそういう風に条件付けられている。
そのことを知っていて尚、好奇心旺盛で、何にでも興味を持っていたあの頃の天真爛漫とした彼女は何処にも居ないと、今更ながら思い知る。同じ名前、同じ容姿、同じ容貌。何等相違点は無いはずなのに、それなのにもうあの頃の周囲を明るくする笑顔を見ることは出来ない。
未練であることは分かっている。本質的には、何等彼女が変わっていないということも知っている。
それでも。それでも、だ。
運命と言うものがあるならば、皮肉に過ぎる。正に『Irony of Fate』。世界は皮肉に満ちている。
それでも、受け入れたのだ。
でなければ、この声を聴くことが出来なかったのだ。ならば、否応もない。今は存在価値を認めさせ、彼女の立場を存在を確立すること。それこそが彼の目的。
彼はもう二度と失いたくは無かった。あの喪失感は二度味わうべきものじゃない。
だからこそ、彼──アレン・チャーチルは此処に居る。
二人は立川基地中央作戦室にやってきた。
其処には司令部作戦課の職員がつめており、教導官である青崎蒼司が二人の到着を待っていた。
室内は情報収集や実働部隊への運用計画の作成及び指揮などで、殺気立っているといってよいほどの喧騒で満ちていた。彼等、指揮官にとってこここそが、戦場だからだった。
蒼司は二人を室内の一角に置かれている大型のテーブルへと連れて行き、地図を見せる。
それは東京都の外れ、近隣の県との境目にあり自然が豊富に残っている場所であり、その地図上、赤い丸で囲まれている地点が架空存在の出現ポイントだった。
「先ほど近隣地区でエーテル振動値が観測された。ホールの出現は確認されたが、いまだ架空存在は確認されていない。だが時期に確認されるだろう。これに伴い顕現までの猶予はあまりないと判断される。お前達は直ちに出動し、目標を速やかに殲滅して欲しい。検出されたエーテルの濃度により、ほぼ一ヶ月ぶりの大規模出現だろうと予測される。他に質問は?」
二人は特に疑問に感じた事柄は無かった。
「では出撃だ。生きて戻って来い。以上」
「はい!」
それで解散し、二人は外へと駆け出した。
程なく中庭に出る。
「あっちゃん、お仕事だよ!」
『Yes , My Master . Change , Assault form 』
アカツキは返事をし、二つの魔法陣をあすはの頭上に展開させ、あすはの肢体に装備が装着される。
「ユキカゼ、私達もアサルトフォームに変身」
『了解しました。アサルトフォーム、転送』
隣に居たイスズもあすはと同じように、自分の召還機『ユキカゼ』に呼びかけ、アサルトフォームを装着する。
互いの姿を確認すると、互いに肯く。そして二人を見送るために集まった周囲の職員達に敬礼し、出撃した。
*
都下だとは思えないぐらいの自然が眼下に広がっている。場所は奥多摩、針葉樹の木々が生い茂っている。
そんな森林地帯に、ざっと見渡しただけで、両の手の指ほどの数の架空存在がいるが、幸いなことに大型タイプの姿は無く、小型と中型だけのようだ。
「あすは、私がブレイドで切り込むから、バスターで援護して」
イスズは架空存在の群の構成を確認すると直ぐにユキカゼに命じ、フォームを変化させる。
イスズは正しくあすはの資質を認識していた。
彼女の本領は中長距離における砲撃打撃戦だ。あすはなら鍛えればアウトレンジも可能になるかもしれない。むしろ成って貰いたい。その才能としかいえない類稀なる魔力容量及び、それに見合うだけの出力の大きさがそれを可能であることを証明していた。自分のような小手先の技術をあすはは持たないし、その必要もない。あすはには、その代わりに誰にも撃ち負けないだけの火力がある。ならば、自ずと役割は決まってくる。自分が切り込み役になるのだ。
そしてイスズは自分がどちらかといえば近距離戦闘のほうが好みであり、あすはほど、魔力容量が多くない(それでも、一般魔法戦技官に比べれば充分すぎるほど多いのだが)ことを自覚している。そして、あすは以上に魔力コントロールに長けていることも自覚している。だからこその役割分担。適者適用である。
「うん、分かったよ!」
あすははイスズの言うとおりにバスターフォームへと変化させる。
「アカツキ、フルドライブ!」
デバイスから伸びる二つの放熱板が過剰な熱を発して赤く色づき、また大気のエーテルを吸収する為のフィンが伸びる。
『Yes , My Master . Full Drive』
アカツキはそれに応え、自身に存在する魔力回路を起動させた。
「いっけーッ!」
砲口を開いたデバイスを架空存在の群の中心に向け、極太の光線を一条放った。収束型砲撃魔法による一撃。
放たれるのと同時にイスズは架空存在に向かって突進する。一メートルほどの長さの光刃が二つ、両手に握られているデバイスから伸びている。彼女のデバイスは黒と白の二つのパーツから構成され、状況に応じ使い分けることが出来る。そしてこの場合は、この二刀の形態が一番合っていると、イスズは確信している。
光線は中型と小型の二匹を巻き込み着弾した。それと同時に距離が開いていたために被害の軽い小型の架空存在に踊りかかる。
そして切られたという認識させる暇も与えず、二つの切っ先は頭部を両断した。
「まずは、一匹」
そして、倒したばかりの架空存在の背後に居た別の架空存在に向かってデバイスを投擲し、そのまま駆け出す。投擲されたデバイスは正確無比に中型架空存在の眉間を撃ち貫き、イスズは数寸の間も置かず突き刺さったままのデバイスを握り、そのまま勢いよく切り下ろす。
「──二匹目」
瞬間、イスズはしゃがみ込んだ。それまで頭部があった位置を熊型架空存在の豪腕が軌跡を描く。背後からの一撃。イスズはそのまま足目掛け、光刃を横薙ぎする。そして直ぐに、その場から飛びのき、離れる。
次の瞬間、架空存在目掛け空から光弾が降り注いだ。
イスズは見上げた。空中にデバイスを構えたあすはの姿が見える。
「──三匹目」
小さな微笑を浮かべ、呟いた。
少し離れた開けた場所。高台になっている位置から、アレン・チャーチルとアリス・ダニエルは観戦していた。
「噂以上だ」
瞬く間の間に半分ほどまでに撃ち減らしたその手際に、思わずアレンは感嘆の息を吐く。
あれだけの戦果を得るのに、どれだけの戦力が必要だろうか? 少なく見積もって、対架空存在用兵装を装備した完全編成の大隊が二三個必要だ。それも時間制限を用いない場合での話で、制限するならばそれ以上の戦力が必要だろうな。
なのだから、彼女のような存在の出鱈目さ加減がよくわかる。
それが十二人も居り、まだまだその数を増やしているのだ。どうやら技術面では本当に対架空存在用戦備は日本TOCが抜きん出ているという予想は当たっているというわけか。
随分と出遅れたものだ。これも無神教ゆえの節操なしからか。若しくは、エコノミックアニマルとすら呼ばれた日本人の特質である勤勉さ故か。どちらにしろ、
「……円卓の老人がAMの完成を急がせるのも肯ける、な」
この現実に、あの老獪極まりない老人達が危機感を持つなというほうが余程可笑しい話ではある。ちらりと横目にアリスを見る。そして彼女こそ、我が英国TOCが実戦化を急いでいる対架空存在用兵装『アイアン・メイデン』であり、AMシリーズの試作一号機であるわけだ。
アレンは知らずに表情を歪めていた。それは笑みというには歪に過ぎるものだった。
その間も戦闘は続く。
あのペースなら、直ぐに勝負は決すると思われたのだが、雲行きが怪しくなっていた。
残った架空存在が一塊に集まりだし、周囲に糸を噴出した。そして糸は架空存在を包み込み、二十メートルを超えるほどの大きさの繭状の物体を形成する。
嫌な予感でもするのか、そうはさせじと、イスズは切りかかり、あすはは魔力弾を撃つ。だが、鋼鉄の強度を持つそれには力不足だったのか、虚しく表皮を焦がし弾かれた。
「まずいな……」
その様子に、アレンは顔をしかめ呟く。
あの繭をアレンは知っていた。英国TOC情報部のデータベースに似たようなものが載っていた。もし、あれがその様なものなら、いささか不味いことになる。
本来なら、このまま観戦を決め込んで居たかったのだが、そんな悠長なことを言っている場合では無くなりそうだ。まあ、でも言い換えるなら、絶好の機会とも言えるな。
ここで、アイアン・メイデンの優秀性を喧伝してもいいだろう。どうせ、この戦闘も各国TOCが記録しているのだ。損にはなるまい。
「ならば、──やることは決まっている」
奴らに教えてやるのだ。彼女達だけが、脅威ではないことを。
「アリス、お前にオーダーする。あれを叩き潰せ。完膚なきまでに、微塵も残さず、エーテルの残滓すら残すことは許さん。──殲滅しろ」
「アイ、サー」
肯き、背後に用意されたAM専用兵装が収納されているコンテナを展開させる。
そこから現れたのは、対架空存在用77mm砲『Crusader』。アリス・ダニエルが有する最大の火力である。
「……離れてください」
言いながらアリスはクルセイダーから伸びるケーブルを、自分の体にあるプラグに差し込む。
クルセイダーはTRSOAWが開発、実用化させた魔力砲だった。クルセイダーは、アリス自身が持つ固有の魔力以外に、装薬の代わりに魔力を高濃度に圧縮し、封印したカートリッジを使用する。それにより瞬発的火力の増大に成功した。これは、収束型魔法よりも効率よく自分以外の魔力を使用することが出来る反面、射耗度が大きすぎ、砲身自体が数発しかもたないという問題点があるが、それでも火力とは結局のところ如何に多くの鉄量(この場合魔力)を短時間で目標に叩き込められるかということであり、TRSOAWは敢えてその問題点を、砲身を消耗品と割り切ることで目を瞑り、一つの答えとして出されたのが、このクルセイダーである。
「手荒く狙え」
アレンはアリスに言う通り、離れた位置に避難し、無線で指示する。標的は巨大であり、外殻を貫けるだけの威力はそれにはある。それ以上に、アレンは信頼していた。アリスが外すことは在り得ない、と。
「アイ、サー」
照準機を持ち上げ、その真芯に繭を据える。
「マジック・カートリッジ、ロード」
カートリッジが勢いよく装填される。
「──撃テェッ!」
言葉を合図にトリガーを引いた。それと同時に、反動を相殺させるためのバックブラストが背後に放出された。
瞬間、役割を果たした薬莢が排出される。
同時に砲口からはアリスの身長以上の大きさの光線が一条、繭に向かい発射された。大気を震わせ、切り裂きながら一条の光線が軌跡を描き、目標に命中する。
通常の物理弾と違い、魔力弾はHEAT弾と同じ効果によりモノを破壊する。勿論、運動エネルギーによる衝撃によっても破壊することは可能ではあるが、基本的には熱量で相手を融解させ、貫通させる。この場合も、鋼鉄の硬度を誇る繭を融解し貫通させた。
アリスの一撃が、それまであすはとイスズの攻撃に掠り傷程度しか受けなかった繭に大孔を穿つ。
だが、完全には間に合わなかった。
打ち抜いた光線が収束した瞬間、大気が怯えるような咆哮が轟いた。
半径三メートルほどの貫通孔から爬虫類のような鱗がびっしりと生えた腕が突き出、鋭い爪を外殻に突き立て、繭をボール紙のように両手で切り裂いた。
音をたて姿を現したのは大型架空存在だった。神話に出てくるドラゴンのような形態を持つそれは、以前あすはが仕留めた架空存在よりも強大だった。それでも、まだ完全には成長しきってはいなかった。もし、砲撃が遅かったなら、完全な形で現れただろう。そういう点で言えば、幸いであった。
「アリス、往け。オール・ウェポン・フリーだ。好きにやれ、許可する」
アレンは自分の予想が当たってしまったことに舌打ちしたい気分になった。アレは彼にそうさせるほどの確かな脅威だ。出来うるならば、もう一撃でも叩き込みたいところだが、今の一撃で砲身が衝撃に耐えかねヒビが走っている。カタログスペックでは、もう数発は撃つことが可能なのだが、これでは到底撃つことが出来そうにない。これも試作兵器特有の弊害だ。時間が経てば、初期不良は改善され改良されるのだろうが、今はそんなことを言っても無駄であるし、砲身を交換している暇もない。
「アイ、サー」
壊れかけのクルセイダーを放り投げ、コンテナから最も重装備であるストライクユニットを取り出すと装備を整える。そしてアレンに対し略式の敬礼をすると、戦場へと向かった。
突然の砲撃、そして、大型架空存在の出現に二人は混乱の極みにあった。
それでも、二人はすぐさま態勢を整える。混乱するということが、戦場で一番やってはいけないことだと、そう蒼司から教え込まれている。そして何より、戦場ではあり得ない様な事があり得るという現実。それを実戦経験から充分に学び取っていた。
あすはは混乱から脱すると、すぐさま魔力弾を放つ。チャージしていない為、それほどの威力ではないが、牽制するには充分な威力がある。魔力弾は、寸分違わず架空存在に命中したが、その外皮には傷一つついていない。
架空存在が持つ、爬虫類特有の瞳がイスズを睨んだ。
睨まれた瞬間、ゾクリとイスズの背筋を悪寒が走る。危機回避能力でも言うのだろうか、本能から来るそれをイスズは疑わない。すぐさま行動に移す。
一瞬遅れ、架空存在の頬が膨らみ、そして巨大な火炎球をイスズ目掛け吐き出した。それは弾丸よりも速く、イスズへと大気を焼きながら疾走する。
間一髪、正に紙一重の差で火炎球は虚しく地面を抉り、四散する。その痕は雑草一本残さず消え果て、クレーターのように陥没していた。
その様は焦土のそれである。幾ら、MMJAの装甲が硬くとも防ぎきれるモノではない。
「くらうわけにはいかないわね……」
その威力に慄然としながらも、イスズはデバイスを一つに繋げ、出力をあげる。いまだ、欠片も挫けず、戦意は旺盛だった。
二撃目を放とうと、架空存在が口を閉じ、頬を膨らました、その瞬間。
数えるのもバカらしいほどの数の12.7mmATE弾が頭上から降り注ぐ。AFE弾は幻獣の張る防性結界を容易く貫通し、次々に着弾する。そして、次の瞬間には幻獣の頭部から激しい誘爆が起きた。
砂埃を上げ、アリス・ダニエルはイスズの眼前に降り立つと、銃口から硝煙の香りがする煙を吐き出すキャリバー50を放り捨て、三脚のついたEz8を頭部に向け構える。
イスズは半ば絶句しながらその光景を見、次いで顔を左右に振った。上空に居るはずのあすはに視線を向ける。あすはも突然の出来事に絶句していた。
「…………」
アリスは振り向き、イスズに向かい視線を一瞬だけ投げかけた。
その視線の意味を理解すると、イスズは了承したと言う様にこくりと肯き、ユキカゼを通じ、あすはと打ち合わせを行なう。
その間も、断続的に30mmATF弾の発射音が響き、架空存在に着弾の煙が上がる。
「…………」
僅かにアリスは表情を顰めた。仕留めた手ごたえがなかったからだ。
小型架空存在程度なら、辺り場所さえ良ければ一撃で仕留められる威力をEz8は持っているのだが、あの架空存在相手には力不足のようだ。それでも、流石に無傷とは言えず、致命傷とはいえないものの大小の傷を数多く負っているのが傍目からも分かるほど傷ついていた。
架空存在は度重なる攻撃を仕掛けてきたアリスに、憤怒の激情に彩られた瞳を向けた。そして、聞く者の魂を慄かせるような咆哮を上げ、鞭のようにしなやかな尻尾をアリスに向け勢いよく振り下ろし、叩きつける。
その一撃をEz8を盾にするように構え、勢いに逆らわず受けた衝撃のまま後方へ飛びのくと、Ez8から手を離した。Ez8はこの一撃によって拉げ使い物にはなりそうにも無いのが一目で分かるほど拉げていた。
アリスは着地すると、すぐさまホルダーから二挺の拳銃型デバイスを抜き出し、握り締め、静かに目蓋を閉じる。
黒と白、それぞれの銃型デバイスの銃身には『Ashes to ashes』と『Dust to dust』の文字が刻まれている。
アリスがデバイスを起動させると同時にコードが延び、アリスの腕に存在するプラグと繋がる。
瞬間、
『CODE - AtA , DtD. [Ashes to ashes , Dust to dust]──起動』
アリスの中で浮かぶ言葉。
『灰は灰に、塵は塵に』
その言葉がキーと成り、起動音が低くデバイスから発した。
「……アクセルモード、オン」
目蓋を開き呟くと同時に、科学技術及び錬金術の粋を極め造られた四肢に存在する魔力回路に魔力炉から魔力が送られ全身に迸り漲る。
「…………」
アリスは四肢の様子を確認すると、動いた。
初動からフルスロットル。ブレイドフォームを超える機動性で架空存在を翻弄し、二丁拳銃により間断なく射撃する。だが、放たれた魔力の弾丸は防性結界を抜きはするものの、大きく威力を減衰された魔力弾では本来の破壊をもたらすこと無く、ただただ大型架空存在の強固な外皮を焦がすのみ。
だがアリスはそんなことに頓着せず、機械的に弾丸を大型架空存在に浴びせる。
自然と架空存在の意識がアリスに集中し、イスズに対しての隙が生じた。それを見逃すことなく、イスズは背後から切りかかる。出力をあげ、振り下ろされた光刃は安々と防性結界を切り裂き、外皮を貫くが、それでも威力不足なのか肉を浅く抉るだけの結果に終わる。
即席ながらそれを感じさせないほどに互いの息が合ったコンビネーションで、架空存在を翻弄し、手傷を負わせる。既に三分ほどは経つだろう。その戦果として、夥しい数の傷を全身に架空存在は負っていた。それでも決定打と成り得る傷は無く、彼女達に負わされた傷は痛痒にも感じるほどの無いかすり傷程度のものだった。当然、その力は寸分程も弱ってはおらず、逆に怒りを滾らせ我息軒昂とばかりに架空存在は二人へ向け、火炎弾を放ち、尾を振るい、腕を叩きつけ、苛烈な攻撃を仕掛ける。
だが、自分の持つ現有火力では、架空存在に致命傷を与えることが出来ないことをイスズもアリスも最初から理解している。それでも、攻撃の手を止めない。それは明確な目的があるためだ。そして、その策はもう直ぐ成る。
「イスズちゃん、アリスちゃん、お待たせ!」
あすはの声が天から響く。
それは二人が待ち望んだ声だった。
「アカツキ、フルドライブ!」
急速に周囲の大気からエーテル粒子を根こそぎ奪われていく。
デバイスから伸びる排熱フィンは余剰エーテル粒子を放出し金色に色付き、砲口に集まった目で見えるほどの濃密な魔力が輝きを放つ。
「ファイエルンッ!」
そう、全てはこの時の為だった。
それは酷くあっけない終わり方だった。
天上からの不意の一撃に、流石の架空存在も為す術なく撃ち貫かれ、体積の半分ほどを蒸発させた。
全てを打ち砕く、圧倒的な一撃。それを可能にする膨大というしかないあすはの魔力量。
アリスは自分での装備では打倒しえないことを確信し、この場に存在する一番大きな威力を有する攻撃に全てをかけたのだ。そしてそれが、あすはの全力全開の砲撃だった。
顕現して間もなかったからだろう。世界に対して存在が確立していなかった架空存在の残骸が、その名の通りエーテル粒子に変わり空に溶けてゆき、己が存在した痕跡もろとも消失していった。
「…………」
それを確認したアリスはアクセルモードを解除した。
それと同時に、四肢から排熱用の放出口が開くとそこから一斉に白い蒸気が放たれ、一瞬、白い煙が全身を隠した。そして、糸の切れた人形のように、態勢を崩し転倒しかける。
「……あ」
離れた位置に居たイスズが、それに気付き声を上げた。
だが、到底間に合う距離ではない。あわや、倒れるという瞬間。アレン・チャーチルがアリスを抱きしめるように支えた。その身体はオーバーヒート気味のため素手では触れるのも躊躇われるほどの高温であったが、それを寸毫も省みることなくアレンは躊躇い無く素手で支える。
「良くやった」
アレンはアリスの癖のある髪をくしゃくしゃに撫でながら言った。その顔は、大事な人が戦地から無事に帰って着た人のそれだった。
「…………」
返事はなかった。それでも、アリスの瞳は温かな光を宿し、その頬は僅かながらも綻ばせていた。
*
既に戦闘から数時間が経過していた。
「ふむ」
霞ヶ関にある日本TOC本部。
その一室で、今回の報告書を美嶋玲香が不機嫌そうに形の整った柳眉を僅かに顰めながら、報告書に目を通していた。
「つまり貴方の感想として、英国TOCは特別魔法戦技官とほぼ同等。少なくとも対抗できる程度の戦力を得たと。そう結論付けるのね」
切れ長の瞳を更に細め、玲香は蒼司に訊ねる。
「ええ、それだけの力を、彼等の言う所の『アイアン・メイデン』は持っていると思われます」
「そうね。人類にとっては喜ばしいことなのかしら、ね」
報告書に記載されているアリス・ダニエルの写真を眺め、言った。写真の中のアリス・ダニエルは子供らしからぬ感情のない表情で遠くを見詰めている。
「まあ、そうですね。喜んでいい事柄でしょう。対抗する手札が増えたのですから。まあ、上層部の一部の方々は一概にはそう言い切れないものを持っているのでしょうけれど」
ため息を玲香は吐く。彼の言いたいことは分かる。何処の世界でも高度な政治的案件というものは存在する。
「見方の違いでしょうね。視点が変われば、表が裏になり、そして逆もまた然りというわけでしょ」
「ええ、はい。その通りです」
「それで、実際のところどうなの? 訊いてみたいわね。貴方の生の感想を」
腕組みをし、蒼司を探るような目つきで一瞥した。
視線を外し
「……敵いませんね」
降参のポーズをすると、蒼司は話し始める。
「確かに、力だけでしたら、ウチの可愛い姉妹達と渡り合えるだけのものをAMは持っています。ですが、継戦能力という点については些か疑問が残ります」
「分かりやすくいうと?」
「燃費が悪いんです。まだ試作型らしいので多数の問題点がありますが、その中でも一際目立つのがその点でしょう。そしてそれを補うために、極力魔力を用いない武装を主としているものと思われます」
最も、その点に限ればあすはも変わらないけれど、それを補えるだけのスタミナがあすはにあるので表面的には欠点になってはいないのだが、以前のイスズとの模擬戦闘のように考えなしに魔力を使っていれば直ぐに使い切ってしまうことも在り得るので、その辺りが今後の課題だろう。
「なるほど、ね。分かったわ、青崎蒼司一等教導官。貴官は詳細を纏め、そのレポートを可及的速やかに技術部研究局に提出すること。以上です」
「わかりました」
今夜は徹夜だな、そううんざりと考えながらドアを潜ろうとしたとき、
「ところで、青崎くん」
不意に呼び止められた。
「なんでしょう?」
「アリス・ダニエルちゃん。本人は写真より可愛いのかしら?」
「御自分の目で確認するのがいいと思いますよ。価値観というものは人の数だけありますから」
玲香はとても面白いことを聞いたというように顔を綻ばせ、微笑を浮かべた。
「成るほど、最もね」
「では、失礼します」
どっと疲れが押し寄せてくるのを感じながら、彼は退散した。
*
外来用に立川基地内で割り当てられた一室。簡易だが必要充分な工作設備が整ったそこでは現在、アレンと一緒にこの国にやってきたTRSOAWのメカニック達がアリスを整備点検していた。
部屋の中央にある寝台に寝かされたアリスは意識が無いようで安らかな寝顔をしており、四肢が外されていた。肩と大腿部からは精密機械が姿を見せ、それがサイエンスフィクションに出てくるようなワンシーンのようで現実感を喪失させており、よく出来た作り物のように見え、人形のような印象を人に与える。
「どうだ?」
アレンはアリスの傍らに居たメカニック達を束ねる整備班長に様子を訊ねた。整備班長は無精髭を生やし疲労の浮かんだ顔で左右に軽く顔を降った。
「正直な話、酷いもんです。何処もかしこもいかれてますよ。今直ぐにでも本国に送還してオーバーホールしたいぐらいです。それが叶わなけりゃ、せめて持って着たスペアのアームドパーツに換装しなけりゃ使いもんになりゃしません。まあ、ありったけのパーツを持ってきとりますからその点の心配はないですがね」
其処まで聞き、アレンは嘆息した。
「そこまで酷いのか」
「ええ、予想以上にアクセルモードの負荷が強かったんでしょうな。これだから芸術家気取りの設計部の連中は必要以上に細かく設計しすぎるんです。結局のところAMは兵器なんです。デリケートなサラブレッドじゃなくて実用性第一で丈夫が売りの雑役馬なんですよ。だから、シンプルさを一番にするべきなんです。こんな緻密な設計なんて凝り性で職人気質のドイツ人にでも任せりゃいいんです。後三十秒でも戦闘が長引けば、本当に危なかった所ですよ」
AMに関しては彼以上に信頼すべき者は居ない整備班長からのじかの言葉に、少々不機嫌になるものの、理不尽なことには慣れつつあるアレンはそうですかと静に肯く。
「では、スペアに取り替えれば大丈夫だ、と?」
「まあ、そういう訳です。流石に日本TOCが誇る基地ですな。ここの設備なら充分に対処可能です。二・三時間ほど時間をください。それで新品と見間違うばかりに完璧に仕上げて見せますよ」
任せて置けというように、腕を掲げるジャスチャーをする。それを見て、アレンは笑みをこぼした。
「ああ、任せる」
アレンは部屋から出た。これ以上留まっても、作業の邪魔にしかならないし、誰もアレンにそれを期待しても居ない。単純に役割の違いだった。パン屋に誰も病気を治してもらおうとは思わない。パン屋は美味いパンを焼けばいい。それと同じこと。
ドアを潜り抜けた先。少し歩くと、ちょっとした休憩スパースになっておりベンチと自動販売機が置かれている。
そのベンチには先客が居た。
あすはとイスズの二人だ。
二人はアレンの姿を見つけると、立ち上がり駆けよって着た。
「アレンさん、アリスちゃんはっ!?」
駆け寄るなりあすはは声を張り上げ、アリスの容態を問う。その表情はアリスの容態を本気で心配している様がありありと見て取れる。傍らに居るイスズも、あすはのように直接的ではないものの、同じぐらい本気で心配していた。
アレンは嬉しく思った。
ほんの短い間でしかないはずなのに、我が身のことのように彼女達はアリスのことを心配している。アリスにとって良い友人になれるかも知れない。本気で思ったわけじゃない。本気で願ったわけじゃない。それでも、時折神様というものは気まぐれを見せてくれるものらしい。
「……大丈夫です。あの子は強い子ですからね。直ぐに良くなりますよ」
心からの感謝を込め、アレンは言った。今にも泣き出してしまいそうになるのを我慢して。
アレンのそんな嬉しそうなそれでいて、今にも泣き出しそうな様子を不可解そうにしながらも、二人は安堵の表情を浮かべた。
アリス・ダニエルが五体満足で目覚め、直ぐ傍で疲れたのか眠っている友達を見つけるまで後幾ばくかの時間が必要だった。
ここでいったん打ち止めです。第三話は四割から五割ほど書き終えています。なので気長にお待ちください。