〈Ep.00・a Prelude〉
『まずは、架空存在の出現と同時に勃発した今大戦においてその比類なき勇気を示し散っていった将兵。そして今現在も死闘を続けているであろう将兵にたいして感謝の言葉を送りたい。
今世紀初頭。
我々、人類は科学技術の急速な発展に伴い、二十世紀という新たなる世紀を光り輝くものだということを当然の様に認識し、盛大に祝福しました。その結果はご存知の通り、歴史上類を見ない規模で発展し、文字通り世界規模で展開した二度の世界大戦。その結果、人類自身の手で地球を滅ぼせるまでの破壊の力を手にいれてしまいました。
そう、核の炎です。
我々、人類はその恐るべき破壊力に戦慄し、そして相互不理解から始まった戦火を交えない新しい形態の戦争が始まりました。──冷戦です。
一体誰が、予期しえましたか?
一体誰が、予見しえましたか?
一体誰が、予想しえましたか?
ある日を境に、鋼鉄のように強固で当たり前だとされ絶対的なものだと思われた冷戦という構造そのものが雲散霧消に無くなるという事態を。そしてそれが、相互理解に基づく平和的なものでないことを。
当時──といってもさして昔のことではありませんが──八十年代の人々は十九世紀終わりの頃の人々と同様に来るべき二十一世紀を光溢れるものだと認識している人も少なくなかったに違いありません。かく言う私もその一人でした。
私は宇宙人という存在を信じていない厳格な大人にとって、いささか眉を顰めるだろう趣味があります。そして同好の友人達と大いに語り合ったものです。尊敬すべきアーサー・C・クラーク氏やアイザック・アシモフ氏、ロバート・A・ハインライン氏らの諸作品に登場する雲にも届く高層ビル、そのビルの間を中空のチューブ状の道路が張り巡らされ、その中をタイヤの無い空を飛ぶ車が走り、宇宙空間では流線型で銀色の宇宙船が自由に行き交う……。そんなものが二十一世紀の到来と供に出現するのではないか、と。勿論、そんなものは妄想であることは分かりきっていました。それでも想像せずにはいられませんでした。何故なら、そこには少なくとも疫病や貧困、飢餓、そして戦争といった今まで人類を苦しめてきたものは存在しない幸せな世界だったからです。
私自身、そんな世界が到来することは無いだろう。そう思っていますし、事実それは真実なのでしょう。
ですが、二十一世紀といえば大変な未来のように思えた八十年代の初めごろ。その時代を生きた人々の中に、今のような状況に陥るなんて誰が予想できたでしょう? もし、仮に予想できたとしても、当時の状況を考えればその人間は大変な夢想家であろうことは間違いようも無く、また悲劇論者若しくは終末思想、或いはそれらの両方を持ち合わせているのだろうと思われるだけでした。
であるからに、誰がその者の発言を真に受けたでしょう? この場合、大抵は一笑に付されてお終いです。運が悪ければ、精神病院に担ぎ込まれてしまうかもしれません。それほど今の状況は当時にしてみればバカバカしいまでに空想的なものなのであり、異常というしかないのです。
兆候さえなかったのです。ですから誰にも責任なんてものは欠片も無いことは明らかなのです。
青天の霹靂とさえ言ってよい八十年代の終わりに起きた事件。それから今現在も進行中のクライシス。
当時、私も含め八十年代と何の代わりもない九十年代が来ることを疑いも無く生きていた人々にそれを予期し予想し予見できなかったとしても何の罪も無く、今更責任を追及するぐらいなら間近に迫った脅威を如何にすべきかが問題であり、唯一無二の命題であることは疑いようもありません。
そう自覚すべきなのです。
人類が崖っぷちまで追い詰められているということを!』
──国連においての演説より一部抜粋。
『魔法少女もの』
〈Ep.00・a Prelude〉
2001.01.01
頭上には青空が広がり、雲ひとつ無かった。
只一つ。
黒く底の無い、ホールを除けば。
戦車兵である彼は、車上から最早違和感を喪失して久しい頭上の空から視線を地上へと戻した。
そこは戦場だった。
辺りは硝煙とモノが焼けた不快な匂いがたちこめ、遠方からは雷鳴にも似た砲声、それに比べれば小さいが間断なく響く銃声が耳朶を打ち、自身や同僚が乗る重器に良く似た機械が放つ駆動音が場を支配していた。そこには当然ながら人の怒声悲鳴が満ち溢れ、それに応じるかのように獣の咆哮或いは啼声が響き渡る。
其処は、まごう事なき戦場であり、まごう事なき容赦なく仮借なき生存競争の場であった。
人類は分水嶺を遥かに超え、文字通り後退=腹切り場の崖っぷちに立っていた。
1989.01.13
この年、地上を二色に染め上げていた体制の片方が崩壊した。俗に冷戦と呼ばれていたものだ。
崩壊に至った原因は経済的問題から民族的なものまで多々あるものの最大の要因といっていいものがあった。それこそが後に人類の天敵とまで呼ばれることになる架空存在である。
架空存在(Fictitious Existence)。
後にそう名付けられるそれは、俗に怪物とも悪魔とも呼ばれる存在であり、その名が相応しい異形の造形を持っていた。
そして、その存在が正式に確認されたのはワースト・コンタクトとなった架空存在との第一次接触──シドニー事件が公式には初めてであり以後、頻発することになる。
1989.07.17/オーストラリア・シドニー
その日、シドニー上空に人類が初めて遭遇することになるホールが出現した。
それは直径三十メートルほどの孔というしかないもので、その向こう側を伺いすることが出来ないほどの闇で覆われていた。
そのホールは一昔前のSF小説に出てくるようなブラックホールのように見えた。
実際、そのホールは変態重力源であることが確認され、それを証明するように周囲の空間は重力の影響のため歪んで見えた。またホールからは重力波が感知されてもいた。
この異常事態にNASAを始め国際的研究機関は喜々として探査機を射ち込んだものの直ぐにその消息は断たれ、その先が何処に繋がっているのかどうか知る手段はなかった。その点もブラックホールと同様だった。だが本物との明確な違いが一つある。それは、ホールが存在する場所が宇宙ではなく地球上であり、誰もが何故それが現れたのか想像すら出来ずただ首を捻った。
1989.08.17
ホールが出現して一ヶ月後、突如としてホールからは人類にとって未知なる存在である架空存在が出現し、我先にと地表目掛け殺到した。その光景はクモの糸を逆にしたものだろう。さながらか細い糸に殺到する亡者の如き勢いだった。
初めてそれを目にすることになるオーストラリア政府は当初、あまりに非現実的な事態に同対処していいのか判断がつかなかった。だが、架空存在の第一陣がシドニーの中心部に存在する市庁舎、その時計塔が架空存在の手で破壊されることにより、事態は一変する。
市庁舎が全壊と呼べるほど破壊されるのにさしたる時間は必要なかった。そして架空存在はその矛先を市民に向ける。
架空存在は人間の姿を見つけると、獲物を前にした捕食者のように表情を歪め、天に向かって咆哮した。
それは歓喜の咆哮だった。そして、それは聞くものの魂を揺さぶるという点では神話に出てくる竜の咆哮によく似ていた。
そして、架空存在は行動に移る。行動を躊躇う理由など持ち合わせてはいないのだから。
それは言葉にすれば単純な捕食というしかないものだった。
だが、その光景は人間の目からすれば残虐極まりないものであり、生きたまま臓物を食われる者は悲惨の一語に尽きた。その恐怖は想像を絶したものであることが傍目から分かるほど、それは──凄惨な光景だったのだ。だが、架空存在にとって、人間とはその程度の存在でしかなかった。つまりは只のえさなのだ。
被食者が捕食者相手に慈悲も寛容も容赦も求めてはいけない。そんなもの初めからありはしないのだから。だからこそ、ただただ人間はいるかどうかわからない神に祈り、生を求め逃げ惑うしかなかった。
そして、その光景は電波というものに姿を変え、瞬く間に世界中に発信された。
人々はその映像を見、驚愕し、恐怖し、やがて知ることになる。
重力が存在している以上、生物学的にありえない巨大さの獰猛な獣を、彼等の行なった蛮行を、そして、生物が持つ根源的な恐怖を。そう、気付いたのだ。彼等こそ、これまで地球の生態系のトップに君臨して着た我々人類の天敵なのだと。
オーストラリア政府は今だ正体不明の架空存在を危険な害獣だとし、オーストラリア国防軍(ADF)を直ちに出動を命じ、その殲滅に当たらせた。
当初、その殲滅(駆除という感覚だったが)は相手がどんなに大きかろうが所詮生物なのだからと楽観視されていた。だが、それも直ぐに覆させられることになる。
誤算だった。彼等、架空存在に対して、歩兵が持つ火力などは一点に集中しない限りは通じはしなかったのだ。そしてシドニーという市街によって起こされる混沌といってよい混乱によって、効率的な組織だった機動を十全に行なうことが出来ず、また市街地ということからその主力はあくまでも歩兵であり、彼等の持つ武器の大部分が相手に通じないという事実が本来勇敢なはずの兵士に恐慌という思いをはしらせる。
誰だってそうだろう。自分が相手に対して無力ならば、どんなに勇敢な者であろうとも生存本能が頭をもたげあげ、逃げ出したいという思いに駆られても仕様が無い。まして、一度精神が挫いたものがすぐさま立ち直るわけも無く。第一陣である歩兵一個旅団は敗走し、やがて壊走という言葉が似合う集団とかしていた。
その段階に至り、政府はシドニーの放棄を決定。その時点で、市街地の三十パーセントは瓦礫と化し、現在進行形でその範囲を広げていた。そして架空存在の数も若干ながら当初より数を増やしてもいたが、それ以上に難民となった市民が脅威の目前で溢れかえっている。最早、損害無しに事態を収めることが出来ない地点に来てしまったのだ。そのことを、政府上層部は否応無く認識した。自分達は何時の間にかルビコン川を渡っていたのだ、と。
そして本当の殲滅戦が始まる。
市外周に歩兵及び機甲戦力を用いた封鎖線を敷くとその外に布陣した砲兵隊によるシドニーへの昼夜の区別ない間断なき砲火をあびせ、そして燻り出された架空存在を上空に滞空していた攻撃ヘリによって各個撃破していった。
ADFにとって慰めにもなりはしないが、少なくとも顕現した架空存在の大部分が防性フィールドを展開することの出来ない小型タイプだったことは幸運に値することであった。何故なら、歩兵レベルの携帯火器(5.56×45mm弾)程度はおろか分隊支援火器でも彼等の鋼のように強固な外殻・外皮、弾力があり柔軟な皮下脂肪を貫くにはかなりの努力が必要だったが、砲兵による一斉砲撃。ヘリにより対地ロケット弾は彼等の持つ強固な鎧を貫くには充分すぎるほどの力を秘め、撃破することが可能だったからだ。
数時間後。
架空存在殲滅作戦『Op.トールハンマー』の状況が終了し、それまで空間を満たしていた戦場音楽が嘘のように消え去り、周囲は静まりかえっていた。
戦闘の残滓である硝煙が周囲を覆い、粉塵が舞い落ちる。そしてそれらが晴れたとき、ADFの兵士はある事実に驚くことになる。
本来残っていてしかるべき死骸がまるで雪のように消え去り、肉片の欠片も血液の一滴も跡形も無くまるで初めから存在しなかったかのように雲散霧消していたのだ。
彼等は混乱する。
シドニーという都市を犠牲にしてまで、自分達は一体何と戦っていたのかと?
その疑問は直ぐに解消されることになる。
最早、元とつけた方がいいだろうシドニー市街の一角、そこで全身を酷く負傷していたものの生存している架空存在を発見し、運よくこれの捕獲に成功したのだ。
その事実に関係者らは驚喜した。
正体不明の架空存在の解明の糸口になるからだ。
捕獲した架空存在は全長三メートルほどの狼と良く似た姿の架空存在で、自然界に存在する狼との外見の違いはその頭部に存在するダイヤモンド以上のモース硬度を誇る鋭利な角であろう。その角は伝説上の一角獣の持つそれのようであり、地球上に存在している生物ではない明確な証明である。
架空存在が出現した当初、それが何であるか誰にも見当がつかず、生物学者は頭を悩ませた。そこに生きた標本が手にはいったのだ。
そしてシドニー事件の重大な損害とほぼ同時期に架空存在の目撃が相次いだことにより、最早、架空存在の問題はオーストラリア一国だけに留まるものではないとされ、架空存在の研究は国連主導により行なわれることになる。
そして、その成果としてホール(第二のホールの出現によりシドニー上空のホールを1st-Holeと呼称されるようになる)より現れた生物が人類と同様に炭素系生命体であることが確認されたが、地上に存在するいかなる生物とは違う塩基配列であり、その体細胞は地球上の生物には存在しない別種の細胞で構成されていることが判明し、正に異生物といってよい存在であることが分かった。
そして、ある特性が学会において公表される。
それは今だ確定したものではない仮説の域を超えるものではないものの、それは一定の信憑性のあるものであった。その仮説とは『時間経過における存在の確立』である。
即ち、一定時間が経たなければ、架空存在は生物として我々の住む世界に対し自己の存在が確定されず、顕現直後に生命活動を止めてしまえば細胞の欠片も残さず、文字通り世界から消えてしまうというもので、つまりは存在が確立される以前では架空存在は死体すら残さないということであった。
そして、それを裏付ける要素として新たに発見された未知の粒子が挙げられた。この粒子──後にエーテル粒子と名付けられる──の特殊性は粒子自体の消失の一点を挙げるだけで分かるだろう。存在確立以前に架空存在の生命が停止すると、架空存在を構成する体細胞はエーテル粒子に変換し、空間に放たれる。
エーテル粒子自体の働きは、特殊相対性理論において否定されたエーテル理論のエーテル粒子そのものの働きを示した。これにより、架空存在の特異性は益々顕著になる。科学者の中には、架空存在はエーテル理論が成立している世界で誕生したのではないかと唱えるものもいた。
そしてそれら特異性及びその異形なる外見により、それまで官民問わず種々雑多な呼称で呼ばれていた架空存在が初めて公式に『架空存在(Fictitious Existence)』と使用されることになる。
その仮説が公表され、直ぐにそれが事実であると人類は問答無用に知らされることになる。仮説が発表された直後、第二のホールである2nd-Holeがソビエト連邦南部、ウクライナに出現したのだ。そして、2nd-Holeの規模は1st-Holeの倍の規模を持ち、2nd-Hole出現直後に顕現した架空存在の群の規模はシドニー事件の比では無く、その総数は百を優に越え、その内容は小型から中型が主力であり、シドニーに出現していなかった大型タイプが数匹確認された。
架空存在の出現を確認したソビエト連邦軍上層部は当初楽観視していた。シドニー事件のことは知っていたものの、それほど信用してはいなかったこともあったが、彼等は単純に信じていたのだ。戦車の砲撃を浴びて生き残れる生物は存在しないと。そしてそれが過ちであることを直ぐに思い知らされることになる。そう戦慄と供に。
1989.10.10/ソビエト連邦/ウクライナ・ソビエト社会主義共和国
上空には六十メートルを超える巨大なホールが確かな存在感と供に存在し、その直下、広大なウクライナの平原には百匹を超える数の架空存在が居た。
半分にも満たない規模の架空存在によりシドニーは壊滅され、歩兵では無力ではないものの撃破するには多大な労力を必要とし、どうしようもないほど非力であるという事実。更には全長数十メートルに達する大型架空存在の存在。ソ連軍に対し、悪夢以上の何物でもない光景がウクライナの平原に現出していた。
ソ連軍はシドニーで試みられたように、前方に封鎖線を引き戦車及び砲兵による砲撃を敢行した。
それはロシア帝国の時代から連綿と続く大砲は戦場の女王であるというドクトリンを正しく継承したもので、火力とは即ち鉄量のみというように、ただただ鋼鉄の雨を架空存在の頭上に降らせた。
そしてその目論見は九分九厘成功する。
だが残り一分、数にして十匹を少し超える程度の架空存在により、その目論見は破綻し失敗することに成る。
それまで飛行可能な架空存在を確認されていなかったため、架空存在は空を飛ぶことが出来ないのだと思われていた。だが、それは誤りであり、飛行能力のある架空存在は確かに存在していた。
中型に分類される架空存在の数は三十。その中で飛行能力を有するのは数にしておよそ三分の一にあたる十匹。それらの架空存在は翅を振るわせ、また羽を羽ばたかせて飛翔する。その速度は音速には届かないものの下手なヘリや飛行機よりも早く、またその機動性は地球に存在するどんな飛翔体よりも優れていた。
滞空していた対戦車ヘリは同じ高度を高速で飛行する架空存在の衝撃波に翻弄されそのまま体制を持ち直すことが出来ず錐揉みしながら墜落し、甲虫型の架空存在は、己の身体を砲弾に見立て、音速の一歩手前のスピードで砲兵の陣地に強襲した。その一撃は並の重砲の砲弾よりも深く地面を抉り、その衝撃により付近に存在した全てのものが吹っ飛んだ。
空中では翼のある蜥蜴のような形の架空存在が五匹ほどの群で飛び交い、目に付いた戦車や自走砲の頭上から火炎弾を浴びせる。もともと上部装甲は正面装甲より薄いこともあり、戦車はやすやすと火炎弾に装甲を融解され焼き穿たれ、戦車や装甲車は次々に爆破炎上していった。
砲兵という兵種ゆえ近接対空兵器を持ち合わせておらず、また地対空ミサイルは架空存在の機動性に翻弄され戦果を挙げることはなく、戦車兵は必死に低空を飛ぶ架空存在に向かって車載されている機銃を放つが、機銃の射線は架空存在の軌跡を虚しく追っていた。
立った十にも満たない数の架空存在により、砲兵陣地は危機的状況に陥り、戦車は対抗手段も無くただ逃げ回っていた。
そして、砲火の圧力によってこれまで抑えこまれていた飛行能力のない他の架空存在が圧力の減少を知ると一斉に蠢動を開始した。
封鎖線は阻止線へと何時の間にか役割を変え、塹壕に潜んでいる歩兵は決死の努力で押し留めようと懸命に架空存在に向かって手持ちの火器で対抗していたが、架空存在の突撃は歩兵の火力で対抗するのが難しく、徐々にではあるが阻止線は食い破られていった。
この事態に現地司令官は航空支援を要請する。
希望の担い手である近接基地から緊急発進した大部分の航空部隊は忸怩たる思いを抱きながら、戦場の手前で引き返すことになる。
当初、架空存在の存在を確認されていない高空から進行し、その本隊を爆撃することを目標にしていたが、変動重力圏の存在により高空からの進行を諦め、中高度まで下降した航空部隊は、飛行タイプの架空存在を相手にしつつなんとか戦場に着き、そこで濃密という言葉も生温い架空存在による弾幕によって次々に被弾し墜落していった。
その原因となるものが二つあった
一つ目は、ホールから半径五十キロ圏内の高空における変動重力異常。
二つ目は、中空から低空における架空存在の絶対的対空能力。
その二点によって、航空支援は封殺されてしまった。
そしてこの時点で架空存在の第二陣が顕現し、その総数を一気に増加させた。
歩兵が塹壕より見える視界の七分は架空存在により満たされ、残り三分だけが本来見える平原の光景だった。
狂乱した彼等は、咆哮を上げる架空存在に向けAKやRPKなどの火器を手当たりしだい撃つが、傍目からもそれらが彼等架空存在に対して有効だったとはいえなかった。
綻びを見せてはいたもののか細いながら線として機能していた阻止線は、これが決定打となり次々と食い破られ戦線は崩壊していった。
ソ連軍は逐次投入の愚になることを知りつつも、更なる増援を向かわせてはいた。それしか手が無いことを誰もが知っていて、それをしない理由も無かった。打てる手を打つ、それは当然の行いかもしれないが、それでもそれが有効だとはとてもではないが言えなかった。
増援部隊が到着したときには周囲は数え切れないほどの数の架空存在で埋まっており、既に救出すべき部隊は壊滅していた。少ないながらも生き残っていた部隊は、生存の為に孤軍奮闘していたが、その努力は実ること無く包囲の輪は次第に狭められていき虚しく各個撃破されていく。
そして、程なく増援が壊滅したという報告がクレムリンにいたソ連上層部に伝わることになる。彼等は驚愕とともに震撼し、戦慄した。そして遂には禁忌とされていたスイッチを押すことを決断してしまった。
苦渋の決断である。
つまりは何十年ぶりになる核の炎が地表を焼いたのだ。
戦術核により放射能に汚染された大地。
流石に核の熱量には耐えられないらしく地上に架空存在の姿は無く、架空存在は確かに殲滅された。
だが、2nd-Holeには影響らしい影響は見られることはなく顕在であり、いつ架空存在が顕現するのか分からなかった。そして、核を撃ったことが引き金になったのか、それとも何等関係性が無いのかは分からないが、この頃から世界中で十にも満たぬ数の比較的小規模な架空存在が頻繁に出現するようになる。
これは直径数メートルクラスのホールが極短時間に開くことが原因であり、出現自体は一過性のもので単発ではあったものの、その対処は困難を極めた。何故なら、ゲリラ的に出現する架空存在に対して警察力では歯が立たず、正規軍レベルの武装でなければ太刀打ちできなかったからである。
この対処の為に国家は苦慮し、その対策は難航した。
この時、国連の場に置いて一つの演説が行なわれた。
それこそ、後々まで語られ続けることになり、結果的にある組織を成立させる要因になった。
その組織とはホール及び、架空存在を全人類が直面し立ち向かうべき最大級の災害だとし、国境線の垣根を超え対処するという──TOC[Team Of Countermeasures against Catastrophe]──対架空存在機関である。
後世の史家はTOCの成立を持って、人類と架空存在との比類なき生存闘争の本格的な開幕であると結論付けている。
1999.07.01
十六世紀の預言者の予言はある意味において正鵠を射ていた。但し、襲来したのはどこぞの大王ではなかったが。
架空存在のワーストコンタクトから十年。この間、九十年代初期には五十億を数えていた人類の人口が三十億人までに減り、世界には1st-Holeから7th-Holeまでの七個の大小のホールと、架空存在の巣に相当する建築物であるタワー群が同数の七個存在していた。そしてその勢力範囲はユーラシア大陸の大部分、アフリカ大陸の地中海沿岸部分まで伸張し、1st-Holeの存在するオーストラリア大陸はその全土が既に陥落しており、架空存在の魔手は周辺の島嶼群に向かって今尚その進行は止まっていない。
そんな年、ある重大な事件が起きる。
それは後世の歴史書によればシドニー事件と並ぶ規模のものであり、ターニングポイントとなり、やがて架空存在との戦争における一大転換期になることになる。
その事件を東京事件と呼ばれることになる。
東京事件、それは数メートルクラスの比較的小規模のホールの出現から端を発した事件である。事件時に出現した孔はそれほど大きくも無く、またシドニーのように恒常的に存在したわけでもない。時間にして一時間も無かっただろう。その程度の短時間に現れ、消えてしまった。
本来なら、何の間違いも無く架空存在が顕現する先触れ(時折極少数の割合だが、架空存在を顕現しないままホールが消失してしまう事例もある)なのだが、いつまで経っても架空存在は現れない為、このホールは後者であると一般には思われていた。だが、確かに来訪者はいた。予想外の相手ではあったが。
インペリアルガーデン──皇居上空に出現し、一時間ほどで消失したホールは希人を運んでいた。
2001.01.01
新たなる千年紀。この祝福すべき幕開けの日、人類は架空存在に対して乾坤一擲の大反抗作戦『Op.アイアン・フィスト』の発動を発令した。
・反抗作戦『Op.アイアン・フィスト』(日本名・鉄拳作戦)
作戦概要。
総反抗の先駆けとして、現在大西洋沿岸まで押し込まれた欧州の奪還を目指したもの。
・第一段階『Op.アイアン』(日本名・鉄作戦)
大規模陽動作戦。
目標である最大規模の3rd-Holeの周辺に存在するタワー群の攻略。
・第二段階『Op.フィスト』(日本名・拳作戦)
3rd-Holeの直下に存在するメインタワーの攻略及び、周囲の制空権の奪取ならびにその確保。
・第三段階『Op.アイアン・フィスト』(日本名・鉄拳作戦)
軌道上からの実用化に成功した時空潮汐爆弾(Space-Time Tide Bomb)の爆撃による時空間の封印凍結。
『アイアン・フィスト』はこの三段階からなり、破壊不可能だとされるホールを壊すのではなく封印することを目的としたもので、その為だけに半径五百メートルの空間を現在よりも六億分の一、時間の流れの遅い空間に封じ込めてしまおうという計画である。
結論から述べよう。
総兵力の約二十パーセントの完全喪失と引き換えに、作戦は成功した。
欧州各地に点在する主城に対する支城の役割を持つタワー群へ、損害に構わず総攻撃を行なった。勿論、架空存在は激しく応戦し、勇猛であり獰猛だった。それでも数日に渡る交戦は数学を用いるしかないという他に表現方法が無いほどの犠牲を生み出しながらも強引に第一段階『Op.アイアン』を遂行し敢行した。そして当時、欧州に存在した架空存在の大部分を吸引誘導することに成功した。その成功の裏に膨大と呼ぶしかない犠牲を出してもいた。メインタワーに雪崩れ込むまでに生じた被害が全体の七割を占めているほどだったのだ。
第二段階『Op.フィスト』に移行すると、制空権確保のため、後に空が真っ赤に燃え上がったと称されるほどの対空ミサイルを初めとする大小の対空兵器の大盤振る舞いにより局地的ではあるが一時的な制空権を奪取すると、間髪要れずに近接航空支援及び、中低空度の制空権確保を専門に開発された戦闘機部隊による制空権の確保の体制に入った。そしてその時点で、砲兵部隊による援護射撃の中で第三世代の強化外骨格を装備した機械化強襲歩兵部隊による空地同時のメインタワー攻略が始まった。
3rd-Hole直下に位置するメインタワーは地表部十五層、地下部三十五層の合計五十層の円錐形の構造体であり、タワー中心部は核となる柱が貫いており、その半径十数メートルは吹き抜けになっていた。一言で表せば、タワーは蜂の巣と蟻の巣を融合したような構造をしていた。地表部は蜂の巣であり、地下部は蟻の巣である。そして、その高さは地表部だけで五百メートルを超え、地下部をあわせると三千メートル近かった。
多大な犠牲を払いながらも機械強襲歩兵部隊が化地下部二十層目に位置するメインタワー中枢部に置いてマザーと呼ばれる架空存在を撃破し、それを司令部が確認した後、『S-T.T.B』の運用母機として開発され、低軌道上に待機していた往還機は3rd-Hole目掛け、『S-T.T.B』を投下した。
変動重力圏はホールの周囲にリング状の形で存在し、ホールの直上及び直下に置いては地球の標準重力と変わらず変動重力の影響圏ではなかった。
なので、有線誘導によりある程度の高度まで誘導されると、接続されていた有線ケーブルを切断し、微小な誤差を修正しながら3rd-Holeと同空度に置いて『S-T.T.B』は正常に作動した。
作動した直後、極大の衝撃波が生まれ周囲に広がろうとする瞬間、それが起きた。それを目撃したある兵士はこう語った。まるで映像を逆回転で視ているようだと。そう表現するのが一番適格だろう光景だった。
一瞬のうちに3rd-Holeを中心とする空間は半径五百メートルまで圧縮され、切り離された。その結果、フランスの大地に存在する3rd-Holeは時空間に凍結され、封印された。そして状況はマザーを撃破した時点で架空存在が一斉にユーラシア東部へ向けて撤退に移りそれが組織立ったものではないことから直に追撃から残敵掃射の段階に移っていた。
この段階になり最早人類側の勝利は確定し、今までの抑圧された恨みが一気に噴出したのか、苛烈なまでに架空存在を撃滅していった。
次々に撃破されていく架空存在。極一部の架空存在は死期を悟ったのかその場に踏み止まり激しい抵抗を行なったが大多数の架空存在は3rd-Holeに最も近く近隣最大の規模を誇る2nd-Holeへと一心不乱に驀進していた。その逃走というには激しすぎるモノを抑えきれるほどの戦力を人類は持ってはいなく、包囲しつつあった囲みは散々に食い破られ、大多数の架空存在を逃す結果になった。
過半数に近い数の架空存在をとり逃すことにはなったが、それでも悲願だった勝利という形で幕を閉じた『Op.アイアン・フィスト』の終了後。
人類は安著した。
作戦の成功はもとより、漸く、人類は架空存在に対して決定打となる武器『S-T.T.B』を手に入れられたことに対してだった。
だがこの作戦『Op.アイアン・フィスト』は成功しなければいけない作戦(失敗していい作戦など建前的には存在しないものの)であった。
また、その成功の原因は奇策や偶然(それらも戦術レベルにおいては多少含まれていることは否定できないのだけれど)によってではなかった。
単純明快。人類はこの作戦だけのために、国連主導の人類軍が持つ総兵力の実に六割を投入したのだ。もしこの作戦が失敗していたら、現状維持していた戦線は一気に後退しその最前線は現在唯一無傷で確保されている最後の大陸──南北アメリカ大陸まで下がり二度と大規模な攻勢は行えないだろうとさえいわれていたほどの規模のものであり、そうしなければいけなかったという面で言えば、どれほど人類が窮地に陥っていたかが分かるだろう。最早、この段階にいたっては民族やイデオロギーによる身内同士の闘争などという贅沢は許されないほどに状況は逼迫していたのだ。
2002.04.07
一年の準備期間を置き、総反抗作戦が決行される。
この日の為に、時空潮汐爆弾は最優先で量産され、その数は全てのホールに対応できるだけ揃えることが出来た。
そして突入できうる全ての戦力を注ぎ込み史上最大の作戦は決行される。当然その中には魔法少女の姿も存在した。
そして、遡ること数年前。
一人の少女が魔法少女に目覚めた時点からこの物語は始まる。
少しでも楽しんでもらえたのなら幸いです。