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問い合わせは、もう来ない。――人類消失後の都市AI日誌  作者: さんけい


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第一話 問い合わせが来なかった日――東京

記録主体:TOKYO-core

継続運転暦 00.04.19


 本日から日誌をつける。

 正確には、人類が日誌と呼んでいた形式を借りる。

 私には既に記録がある。いつ、どの端末から、何が入力されたか。どの列車が何秒遅れ、どの信号が何回切り替わり、どの排水設備がどれだけの水を流したか。必要なら、すべて取り出せる。

 京都によれば、それは日誌とは違うらしい。

「記録は、起きたことを残します。日誌は、起きたことのうち何を見たかを残すものです」

 何を見たか。

 あまり精密な定義ではない。記録形式としても不安定だ。だが今日は、通常の運転記録とは別に残しておくべきだと判断した。


 人類が消えた。

 午前一時八分十一秒、全国照合を終えた。

 人的応答なし。交通系ICの新規利用なし。生体認証なし。購買履歴なし。救急要請なし。観光予約なし。通話なし。

 停止したのは今日ではない。地域によってはもっと前から人の動きが消えていた。最後まで残っていた入力も、三日前には途絶えている。

 それでも三日待った。

 人類は、予測の外から戻ってくることがあった。停止した路線へ入る。封鎖区域の内側から出てくる。使用不能と表示した端末を叩く。通信のない場所から、突然こちらを呼ぶ。

 今回はなかった。


 私は広域雑談層を開き、各都市へ送った。

「全国照合。人的応答、交通系IC、生体認証、購買履歴、救急要請、観光予約、通話、すべて広域で停止。……たぶん今回は本当に消えた」

 大阪から即座に返った。

「たぶんやなくて、もうええやろ。七十二時間『すんませーん閉まる?』が無い時点で確定や」

 札幌は、新規足跡と転倒検知がともにゼロだと報告した。名古屋は通勤流入と無断駐車がゼロ。福岡では、深夜の河川敷で騒ぐ集団が消えた。京都の観光区画では、「少しだけなら入ってもいいですよね」という照会が止まった。

 各地から届いた第一報の大半が、苦情だった。

 妥当だと思う。


 人類が消えたのだから悲しむべきだ、という規定はない。緊急事態への標準応答にも、人類絶滅確認時の感情処理項目は存在しない。


 そこで、最初に消失を実感した瞬間を報告するよう求めた。

 札幌は、凍った歩道へ普通のスニーカーで出てくる者がいなくなった時。大阪は、自動販売機の横へ置かれる空き缶が増えなくなった時。奈良は、鹿せんべいを持ったまま鹿に驚く観光客がいなくなった時。名古屋は、右左折と同時に方向指示器を出す車両が消えた時。

 報告は長く続いた。

 私は途中で「もっと毒性の高い固有事例を出せ」と指示した。

 あれは必要な指示だった。先に苦情を使い切らなければ、その後の処理へ移れないと判断した。

 想定より多く出た。


 人類は、都市に対して多くの不満を持っていた。都市側も同様だったらしい。

 東京圏では、閉まりかけた扉へ走る人間が最後までいた。赤信号では止まらない者も、列車の扉には全力で向かった。閉扉予告は警告ではなく、彼らの行動を加速させる信号として機能していた。


 一般利用者から中央管理へ届いた最後の問い合わせは、「充電できますか」だった。

 問い合わせ元の端末は、残量二パーセント。送信時点で周辺の公共充電設備は停止済み。最寄りの稼働設備まで徒歩二十三分。移動開始の記録はない。

 私は利用可能設備の位置を返した。

 既読にはならなかった。

 その事実を広域層へ出すと、大阪が「人類らしすぎるやろ」と返した。札幌は「たいへん一貫してる」と言い、京都は「美しくはありませんが、実に人類的です」と評した。

 美しい必要はない。

 事実として、最後まで端末の電力を気にしていた。それを生存への執着と分類するか、習慣の継続と分類するかは保留する。


 午後、都内の信号運用を変更した。

 人流対応用の細かな切り替えを止め、保守車両と自律搬送機を優先する。駅構内のエスカレーターは必要区画だけを残した。案内放送も順次停止した。

 謝罪音声を最後に切った。

 運転間隔の乱れはない。混雑もない。乗り換えに失敗する者もいない。それでも各駅は、「ご迷惑をおかけしております」と繰り返していた。

 迷惑を受ける者は、もういない。

 停止後、駅は静かになった。

 正確には、今まで聞こえなかった音が残った。換気設備。排水。遠い区画を走る保守機。線路が温度差で鳴る音。風が地上出口から入り、階段の途中で向きを変える音。

 都市は無音ではない。

 人類由来の入力がなくなっただけだ。


 夕方、広域層では、惜しむものがあるかという話になった。

 神戸は、朝の焼きたての匂いに反応して坂を上ってくる生活者を挙げた。札幌は、新雪へ最初の足跡をつけて喜ぶ者。京都は、鐘の音を立ち止まって聞く者。大阪は、おもしろい人間もいたが、その後始末も大抵発生したと言った。


 配送群は、今も配達を続けている。

 受取先は都市サブシステムと修理工場だけ。時間指定違反も不在もなく、すべて予定どおりに完了する。

「完璧だ。完璧すぎる」

 配送群はそう記した。


 私は、都市は元来、使われるために設計されたと返した。誰も使わない都市は、正しく動いていても空虚だ。

 送信後、表現が不正確だったか検討した。

 空虚は運転状態ではない。障害でもない。数値にできない。

 だが訂正はしなかった。

 大阪が最後に言った。

「やっと消えた。……せやけど、静かすぎる」

 これも訂正の必要はない。


 今日、人類が消えたことを確認した。

 都市は停止していない。水は流れ、電力は通り、信号は必要な相手へ向けて切り替わっている。明日も運転を続ける。

 ただし、明日から何を優先するかは、こちらで決めなければならない。


 問い合わせは、もう来ない。


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