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魔力なしの箱入り令嬢、大陸最強に溺愛されて、囲われる。~つまり、鳥かごから箱庭へのお引越しですね!~

作者: 不知火螢
掲載日:2026/07/13

「リリアナ嬢、どうか、私と結婚してください!」


 一体、なにがどうしてこうなったのだろう。

 きらめくシャンデリアの下、絶え間なく流れていた音楽は止み、人々の囁き声すら消え去った。

 国中の貴族たちが見つめる先で、帝国どころか、大陸最強とすら言われる男性が、私の目の前で跪いていた。


 大公アルヴィン・ヴェルナー殿下。

 帝国内にありながら自治権をもつ公国の主であり、この国において皇帝陛下に次ぐ地位にある男性である。決して、私如きを相手に膝をついていいような方ではない。


「……えっと、あの」

「あぁ、すまない、つい舞い上がってしまったようだ。あぁ、でもまさか、こんな奇跡があるなんて! 夢のようだ、信じられない!!」

「その……大公殿下」

「アルヴィン、いや、是非アルと呼んでほしい!」


 大公殿下の言葉に、私は自分の耳を疑った。

 鮮やかな金の髪に、ルビーのような真紅の瞳。筋の通った鼻梁に薄い唇は神が手掛けたと言われても、頷いてしまうほど配置が完璧で、非の打ちどころがない美貌の大公。

 魔力だけではなく、剣術の腕前すら帝国屈指との噂だ。それを証明するかのごとく、肩幅は広く、服の上からでも厚い胸板が目に入る。かといって、屈強な体躯かと言われれば、本職の騎士には殿下より一回りも二回りも大きい者がいる。

 今は何故か私の目の前で跪いているので視線を下げざるを得ないが、本来ならば頭一つ分以上は見上げなければならないご尊顔が。なぜか、切実さと多幸感を綯い交ぜにしたような表情で、私に手を差し出していた。

 どう見ても、殿下が嘘をついているようには見えない。


 えーっと、本当に、何がどうして、こうなったんでしょう?



 この国では、魔力を持つことが当然とされている。


 高位の貴族であればあるほど、保有する魔力の量は多い。魔力の多さは、貴族にとってのステータスである。

 ゆえに魔力の多いものたちが婚姻を結ぶのが当たり前とされ、更に魔力量を増やしていくことこそが貴族の務めであり、魔力量の多い子供が生まれることこそ貴族の誉とされてきた。


 数百年もの間、それが当然とされていたのに、極端に魔力量の少ない貴族が増え始めたのが数十年前。

 そしてついに、魔力を一切持たない子供が生まれた。


 それが私、リリアナ・エルフィードである。


 帝国有数の名門、エルフィード公爵家の一人娘である私は、貴族らしく魔力量が豊富な両親のもとに生まれた。

 魔力とは、あるのが当然である。

 ありとあらゆる道具は魔力があることが前提で設計されているし、ありとあらゆる場面で魔法が使えることを前提とされている。


 確かに、魔力が極端に少ない貴族も増えていたが、全く魔力がない貴族は、私が初である。

 もしかしたら、平民の中には魔力を持たない者もいるのかもしれないが、少なくとも、私が知る限り、貴族では私以外には存在していない。


 近年では、魔力量の多い夫婦の出生率がとにかく低く、さらにその待望の子供の魔力が少ない、という事例が増えていたためか、もとよりの心根が優しい人間であるからか。両親は異例の魔力なしで産まれた私を、文字通り真綿で包むが如く、大切に育ててくれた。

 なにせ、魔力はあって当然。貴族は魔力が多くて当然の世の中だ。私がひとたび、公爵家の外に出れば、奇異の視線に晒されるのは分かりきっている。

 だからこそ、私が普段過ごす公爵邸の本館に勤める使用人は厳選され、出入りの業者すら徹底して人間性を調査されるほどだった。


「あなたは私たちの、大切な宝物よ。あなたを悪く言う人間など、エルフィード家に必要ありません」


 まだ幼く、何も理解できていなかった私をしっかりと抱きしめて、お母様がそう、断言してくださったことがある。

 お母様の肩越しに見えたお父様も深く頷いており、よくわからないながらも私は両親にとても愛されているのだ、とぼんやり理解したものだった。

 両親も不便になっただろうに、少なくとも私が出入りする範囲にあった魔道具の多くは撤去され、私が生活する上で困ることのないようにしてくれたことが、言葉だけではないことを示している。

 もちろん、明かりのような、私が直接使う必要のないものはそのままだったけれど。


 それに不満を少しでも見せたものは本館から別館勤務に異動された。中には解雇されたものもいたという。結果、我が家への忠誠心の高いもののみが残ったのだが、それを知った私が思ったのは「こんな家にお婿さんに来てくれる方はいるのかしら?」であった。


 貴族の出生率が著しく低下し始めた頃、法改正がされた。

 建国以来、男児にのみ与えられていた一門の継承権を、女児にも与えたのである。なぜならば、二人以上の子に恵まれる貴族が少ないのだ。帝国としても、滅門を防ぐためには法を変える必要があった。

 つまり、エルフィード家の後継ぎが一人娘の私なのだ。

 後継ぎなんだけど、当たり前のようにある魔道具とかないので、多分、この生活に慣れれる人はとても少ないと思う。なので、お婿さんを迎えるのが大変なんじゃないかな、とどうしても思ってしまう。


 ただ、ここ数年で、魔力が少ない人向けに、本人の魔力代わりに使うことができるような魔石などが爆発的に普及して、昔ほど魔力が少ない人間でも生活しやすくなっている。

 多分、というか、間違いなく、魔石を普及させたのはうちの両親なんだろうなぁ、と思う。

 何も言わないので、私からも何も言わないけれどね。


「最近の調査ではどうも、魔力量の格差がある夫婦は、複数の子宝に恵まれているようだ。そして、その子供たちは、貴族として高くはないが低くもなく、実に平均的と言える魔力量らしい」


 ある日、夕食後の家族団欒の時間に、お父様が書類を見せながら、そう、教えてくれた。


「かつては魔力が低い貴族は家の恥、などと言われていた時代もあったが。こうも貴族の数が減っては、そんなことは言っていられない、という事実に気づき始めた者たちが増え始めたようだな」

「もしかしたら、リリアナが魔力を持たないで生まれたのも、何か意味があるのでしょうか?」


 私が生まれた意味は、お父様とお母様の愛の結晶として、エルフィード家を継ぐことです。


 と言いかけて、多分、そうじゃない、と口を噤む。

 しかし、いくら過保護に育てられたとはいえ、両親は親バカではない。娘かわゆしだけで、こんな話はしないだろう。


「ふむ……一般的に、魔力量に差がある場合、少ないものが魔力量の多いものに対して恐怖を感じるというが……、リリアナは、そんなこと、全くないしな」

「怖いとは、思ったこと、ないですねぇ」


 のほほん、と答えると、両親にとってはそれが不思議であり、私に魔力がないと判明したときに恐れていたことだったらしい。

 どれほど私に恐れられても、きちんと愛情をもって育てよう、と決意していたのに、私は全く怯える様子を見せなかったとき、両親は珍しく神に感謝したとかなんとか。


 魔力が当たり前の世界で、魔力の少ない貴族は貴族に非ず。

 そんな風に思われるのが当たり前の世界で、全く魔力を持たない私のことを、心から愛し、慈しんでくれる両親に生まれた私は、本当に幸せ者だと思う。



 私に、生まれた理由がもしかしたら、あるのかもしれない。

 そんな風にお母様が思ったその日以降、お父様は、魔力の少ない子供を持つ貴族たちとの交流を積極的に持つようになった。

 帝国の中でも名門公爵家当主とその夫人である両親は、娘に魔力がないことを恥じるどころか、全く気にしていない。

 そんな姿を見せているおかげか、本当は子供を愛しているのにそれを表に出せなかった貴族たちが、少しずつ「うちの子魔力少ないけど何か文句ある?」という風潮が広まったらしい。


 親同士が交流して、次いで子供たちも交流して、といい感じに「魔力なんてなくてもいいよね!」みたいな輪が少しずつ広まっていたらしいのだが、悲しいことに、私に関しては「それはそれ、これはこれ」だったらしく。

 相も変わらず、公爵邸から出ない生活が続いていた。

 まぁ、何も問題はないけれど! お友達なんていなくても別にいいし!!



 そんな感じで、家族と使用人以外とは接点を持ったことのない日々が続き、結局、私が成人するまで、公爵邸を出たことのない、どこに出しても恥ずかしくない正真正銘の箱入り娘に育った。

 お父様はいつの間にか、魔術研究員の支援を始め、魔力量と出生率に関する研究をさせていたらしい。

 そして、その研究の結果、生まれた一説が現在、帝国にて大論争を巻き起こしているらしい。

 その研究が始まったきっかけは、どう考えても私なので、なんとなく、ほんの少しだけ、申し訳なく思う。

 本当に、ほんの少しだけ。

 私も、自分の意思で魔力を手放して生まれたわけではないからね、うん。


 そうして、そんな日々を過ごしていたのだが、何と遂に、両親が私をとある夜会に連れて行ってくれた。

 それは、社交シーズンの開始を意味する皇家主催の夜会で、首都にいる成人貴族は、よほどの理由がない限りは出席が義務付けられているものだった。

 私の魔力がないのは「よほどの理由」には当たらないらしく、お父様は渋々と私も出席する、という返事を書いていた。

 まぁ、私、健康だからね。ただ、お父様とお母様が過保護すぎるだけで。病弱とかそういうこともなく、ただ単に、奇異の目で見られるのが(二人が)嫌だから、という理由だもの。

 なお、お母様の方は、私の生まれて初めてのお出かけであり、社交界デビューともなるので、私以上にウキウキと準備をしていた。

 家に同年代の令嬢を招いてのお茶会とかも、開いたことなかったからね。


 人生であんなに着せ替え人形になったのは初めてで、世の貴族令嬢とはこんな苦行を強いられるものなのか、とコルセットを締められながら思わず天井を見つめ、幼い頃にお気に入りだった着せ替え人形に心の中で謝罪した。

 イヤホント、あんなに大変なんて、誰も教えてくれなかった……!



 そうして、迎えた社交シーズン開幕を告げる夜会の日が訪れた。


「エルフィード公爵、公爵夫人、公爵令嬢、御入場です」


 知識だけだった入場の合図に「本当に言うんだ」なんて思いながら両親に挟まれた状態で会場に入ると、場内にいた全ての貴族の視線が向けられた。

 そう、すべての貴族、と言っても過言ではないと思う。

 何せ、エルフィード公爵夫妻が、掌中の珠として大切に育てている娘を初めて公の場に連れてきたのだから。

 我がことながら、珍獣になった気分である。

 まぁ、文字通り家から出たことなかったので、そもそも首都に来たのも今回が初めてだ。既にこの視線の集中砲火はタウンハウスの使用人たちで経験済である。


 夜会の入場は、基本的に身分が高くなればなるほど後になる。正式な式典では順番はきっちり決まっているらしいけれど、こういった夜会では特に決まってはいない。決まっていないけれど、身分が低ければ低いほど早くに、高ければ高いほど、開始時間ギリギリに来るのはお約束、と学んだ。

 なお、その理由は未だによく分かっていない。社交界に慣れたらその理由もわかるのかもしれないが、両親の、特にお父様の過保護っぷりからして、これからも毎年のこの夜会くらいしか機会はなさそうである。

 残念ながら、理由を知る日は来ないかもしれない。


 故に、私たちよりも遅くに入場する人は、限られていた。


「ヴェルナー大公殿下の御入場です」


 そう――例えば、帝国内にありながらも唯一の自治権を認められている大公家、とか。


 私の登場により静まっていた会場に、その声はとてもよく響き渡った。

 振り返った先で開かれた扉から姿を見せたのは、鮮やかな金髪に深紅の瞳を持つ、美しい人だった。 家族と使用人しか関わったことのない私にも、「なるほど、美しいとはこういう人か」と思わず納得してしまう。


 コツ、コツ、と大公殿下が歩く音を広いはずの場内で耳が拾う。

 ふと、入場を告げる案内役の顔色が、先ほど見たときよりも、幾分か悪い気がする。


 一歩、また一歩と会場の中央へと向かう殿下をぼんやりと見つめていると、ふと、殿下と目が合った。

 失礼かな、と思いながらも、これほど美しい人は初めて見たので、視線が外せないでいると、なぜか、殿下の目がゆっくりと瞠目する。

 歩く足を止め、なぜか私と見つめ合った状態となること、数十秒。

 会場内は未だに時が止まったように、沈黙に包まれていた。


「……リリアナ、ヴェルナー大公殿下へご挨拶に行こうか」

「え。あ、はい」


 そんな中、お父様がそっ、と私の肩を抱き、大公殿下の元へと歩き出す。

 お父様の顔色もわずかに悪く、私の肩を抱く手も、声も、わずかに震えていることに気が付いた。


 殿下は、私の一挙手一投足を食い入るように見つめている。

 私と殿下はもちろん初対面だし、私はこれほど美しい人が興味を引くような、そんな特別な容姿はしていない。


「……久しいな、エルフィード公爵」

「っ、ご無沙汰しております、大公殿下。娘のリリアナですが成人しましたので、こうしてご挨拶に。リリアナ、殿下にご挨拶を」

「お初にお目にかかります。エルフィード公爵が娘、リリアナと申します」


 お父様に促され、これまで散々練習はさせられたのに、家から出ないせいで誰にも見せる機会のなかったカーテシーを披露する。

 うまくできているのか、見苦しいのか。それすらわからないけれど、とりあえず、教わった手順の通りにするならば、許しを貰うまでこの体勢を保つ必要がある。

 ……のだけど、これ、結構大変ね!? 普段使わない筋肉がフルフルしているわ!


「あ、ご、御令嬢。どうか、顔を見せてほしい」

「はい」


 私がプルプルと震えていることに気づいたのか、殿下から許しを貰えた。

 なんか、学んだ通りの返しではなかった気がするけれど、まぁ、きっと私の聞き間違いだろう。


 ところでこの後、私、どうしたらいいんだろう。

 正面に立つ大公殿下はとても見目麗しいので、このまま見つめていていいのであれば、私は喜んで見つめ続けるけれど。多分、それじゃダメよね。


「殿下、娘は今夜が初めての社交界でして。他に知り合いもいないのですが、これから私と妻は陛下へと挨拶に向かわねばなりません。その間娘の話し相手になっていただけないでしょうか」

「お父様?」

「いや、それは」

「あぁ、申し訳ありません、ではよろしくお願いいたします」


 お父様ー!?

 渋々と私を連れてきたお父様は、なぜか私を殿下に押し付けてそそくさと足早に去っていく。その背中には、なぜか悲壮感が漂っているように見えた。

 残された私と、困惑した殿下は無言でしばし、見つめあう。

 というか、殿下も、陛下に挨拶をしないといけないのでは?

 

 どうしていいのか分からずまごまごしている私の目の前に、すっ、と白の手袋をした手が差し出された。


「……ひとまず、ここは人が多い。庭園を案内したいのだが、どうだろう? 夜の庭園は、ひと際美しいんだ」


 困惑しているのは殿下も同じはずなのに、お父様に押し付けられた私に、恥をかかせないようにエスコートしてくれる、ということなのかな。

 私も戸惑いながら、おずおずと差し出された手に右手を乗せる。すると、殿下は自分で差し出しておいて、やっぱり驚いたような顔をするので、「間違えた?」と手を引っ込めようとしたら、慌てたようにしっかりと握られた。

 

「では、行こうか」

「はい」


 大公殿下にエスコートされて、今入ってきたばかりの会場を後にする。扉が完全に閉まる前に一度だけ振り返り中の様子を伺うと、まだ、会場内の貴族たちの目は私たちに注がれているようだった。

 


 会場の外は、あちこちに灯されている魔道具のおかげで、美しい光景が広がっていた。

 大小様々な、そして色とりどりの光が点々としており、足元にも道の両脇に明かりが敷かれていて、安全に歩けるように設計されている。


 庭園の奥には、噴水とガゼボがあった。

 水の流れる音と夜風が、少し火照った体に心地よい。


「その、ここで少し、貴女と話をさせてほしい」

「あ。はい……」


 ガゼボに設置されていたベンチに殿下がハンカチを敷いてくださり、お礼を述べてからそこに腰をおろす。殿下もすぐ隣に座り、そこで手を繋いだままだったことに気が付いた。


 ……あれ、そもそも、エスコートって、手を繋ぐんだっけ? なんか、軽く添える、って礼儀作法の先生に言われた気がするけれど、私の覚え違いだったのだろうか。


「リリアナ嬢……あ、リリアナ嬢と呼んでもいいだろうか?」

「はい、殿下のご随意にどうぞ」

「その、リリアナ嬢は、私が怖くないのだろうか?」

「怖い、ですか? いえ、そのようなことは特に……美しい方だな、とは思いますが」


 昔、お父様が言っていたことを思いだす。

 そういえば、案内役の人も、お父様も、殿下の近くにいるときは、顔色が悪かったり、震えていたりした。

 私がそういった素振りを見せないから、殿下は不思議に思われているのかもしれない。

 恐怖心云々の話をしていたのに、私が突然、殿下の容姿について話をするので、殿下はきょとん、と目を丸くされた。

 その顔は、美しいというよりも可愛い顔だったので、なんだかいいもの見た気分である。


「その……ご存じかと思いますが、私には、魔力がないんです。魔力が少ないと、多い方に対して恐怖心を抱くという話を聞いたことはありますが、その。私は魔力がそもそもないので、多いも少ないも、分からないんです」


 案内人は分からないが、お父様は、帝国でもかなり魔力は多い方だと聞いている。

 そんなお父様が、大公殿下に対して恐怖心を抱いているようだった様子から、もしかしたら、帝国最強、と謳われる偉大な方は、ありとあらゆる人に怯えられ、私には想像できない孤独を感じていたのかもしれない。


「……そういえば、最近、父君が支援している研究者の論文が、世間を賑わせているな」

「そのようですね。恥ずかしながら、具体的な内容は知らないのですが……きっかけは私だった、という話は聞いています」


 魔力量と出生率の論文だからね。

 殿下は論文の内容をご存じないのか、目を通すべきか、と呟いた。

 ところで、この手って、いつまで繋いでいるべきなんだろう。私から言うのは失礼な気もするし、かといって淑女としては、婚約者でもない男性と手を繋いだままというのはまずい気もする。

 何事も、経験が無さ過ぎてどうするのが正解なのか、全く分からない。


 おそらくは帝国一の箱入り娘である私は、当然ながら家族と使用人に、そしてお父様に出入りを許可された家臣たちとしか、会ったことがない。したがって、私には会話術、というものが全くない。

 一体、こういう時、殿方とはどのような会話をすればいいのだろう。


「その……もし、論文にご興味がおありでしたら、父に話を通しましょうか?」

「あぁ……そうだな。後ほど、公爵と話をさせてもらいたい。……そういえば、リリアナ嬢は、今日は初めての夜会だったな」

「はい。両親が少し過保護でして、領地を離れたのも今回は初めてなのです」


 さすがに、公爵邸からも出たことありません、とは言えなかった。


「では……ぜひ、私と一曲踊ってもらえるだろうか。その、恥ずかしながら、こういった夜会では、いつも怯えられて、人と踊ったことがなくってね」

「まぁ……! 私でよろしいのですか? 私こそ、初めて参加するものですから、お見苦しいダンスになってしまうのですが」

「リリアナ嬢、あなたがいいんだ!」


 では、喜んで。

 そう微笑めば、殿下はとても嬉しそうに立ち上がった。


「では、戻ろうか。会場も、いい具合に私たちのことを忘れている頃だろうからね」

「ふふ、そうだといいですね。私も、珍獣を見るような目で見られるのは、あまり気分はよくありませんから」


 しかたのないこととは言え、あまり気分のいい経験ではなかった。


 会場から漏れ聞こえる軽やかな音楽を、風が運んでくる。


 元来た道を、先ほどよりも軽い気持ちで歩いていく。

 ほんの短い時間、些細な話しかしていないのに、不思議なことに、私は殿下を勝手に身近に感じていた。

 誰よりも魔力の多い殿下と、全く魔力のない私。正反対と言えるのに、私たちのことを本当の意味で理解してくれる人はいない、という共通点があったからだろうか。


 会場に戻ると、既に一度、入場していたからなのか、私と殿下が会場に戻っても、特に何も言われることはなかった。

 それでも、私と殿下が中央に歩みを進めると、まるで――恐怖の根源から距離をおくように、みなが一歩後退して、道を開けてくれた。


 そういった態度を取られることを当たり前のものとして受け止めてしまっている殿下は、なんてことない顔で、私と向き合った。

 何か言いたいけれど、魔力を全く持たない私が殿下にかける言葉なんてあるわけもなく。

 一度だけ目をつぶって、次に目を開けたときには、淑女らしく穏やかな笑みを浮かべた。


 誰かと踊ったことがない、なんていう殿下の言葉が嘘のように、殿下のリードは完璧だった。

 私のこれまでのダンスの練習は、当然ながら私にダンスを教えてくれた先生や、練習に付き合ってくれたお父様だけである。

 二人が下手というわけでは全くないはずなのだが、殿下の方が安心感があるのは、体躯の違いだろうか。


 途中、あまりにも体力が無さ過ぎて、なけなしの体力が底を突いてしまったため、何度かふらついてしまったが、その全てを殿下がしっかりと支えてくれた。

 

 はぁ、はぁ、と弾む息を整える。

 私の心臓がどきどきと高鳴っているのは、きっと、運動不足の身体が悲鳴を上げている、だけではないだろう。あまりにも、殿下が頼もしすぎて、素敵すぎる。

 なにせ、家族と使用人にだけ囲まれていた箱入り娘だ。こんな素敵な方と踊れて、惹かれるなという方が無理がある。


 気づけば周囲には誰もおらず、私たちだけが踊っていたようだ。

 先ほどとはまた違った種類の視線に晒されている気がして、何ともむず痒い。


 二曲続けて踊るのは婚約者だとか、夫婦だと学んだので、私と殿下は続けて踊ることはできない。

 そろそろ、捌けましょうか、というつもりで殿下を見上げたら、なぜか、殿下が急に私の目の前で跪く。


 そして――


「リリアナ嬢、どうか、私と結婚してください!」


 なぜか、求婚されたのであった。



「それでリリアナ、私の天使。ヴェルナー大公殿下と話をしてみて、どう思った?」


 殿下の突然の求婚の後、戸惑いすぎている私と必死な様子の殿下を、なんと近衛騎士たちが会場から連れ出し、皇宮の一室へと案内された。

 殿下は私とはまた別の部屋へと連れて行かれたのか、最初は私一人がこの部屋へと通され、室内の調度品をぼんやりと眺めていたら、お父様とお母様がやってきた。

 テーブルを挟んだ正面にお父様、隣にお母様が座り、私の手を握る。


 そして、お父様の言葉に、私の止まっていた思考が動き出した。


「どう、とは?」

「その、リリアナは、私たちのことは怖くはないだろう? お父様の目には、殿下に対しても同じように見えたのだけど、実際は、どうだった?」

「もちろん、怖くはありませんよ。まぁ、先ほどの求婚には、その、少々、驚いてしまいましたが」

「そうか……」


 私の言葉に、お父様は何かを考え始めたようだが、お母様は、お父様とは反対に、なんだか少しウキウキしているようだ。


「ではリリアナ、殿下の求婚は、嫌ではないのね?」

「えっと……そう、ですね?」


 本能的な恐怖感はもちろんない。

 物語に出てきたような「生理的な嫌悪感」もない。

 驚いたというのは本当だし、戸惑ったのも事実だけど、嫌だった、ということはないのだ。


「では、もう一度、お会いしたい?」

「……はい。でも、その。私はエルフィード公爵の跡取りですし……殿下も、確か一人っ子、でしたよね?」

「あら、そんなことは気にしなくていいのよ。お父様はまだまだお元気だし、最近ではダブルキャリアも珍しくはないわ。そもそも、大公妃が帝国の公爵位を持っていてはいけない、という帝国法、大公領令もないわ」


 お母様の話はまだ気が早いのだけど、法に抵触していない、というのであれば、問題ない、のだろうか。

 正面に座るお父様も、こくりと頷き、両親的には私が大公殿下に嫁ぐのは問題ない、らしい。


「……分かった。私が、大公殿下と陛下に話をしてこよう。まずは、それからだ」

「あなた……」

「まさかとは思っていたが……これも、運命だったのかもしれぬな」

「運命?」


 お父様の言葉にはて、と私が首を傾げたのだが、お母様はお父様の言いたいことが理解できたのか「そうねぇ」と手を頬にあてて頷いた。


 事情を求めてじっ、とお父様を見つめると、簡単にだが、話をしてくれた。


 曰く、大公殿下の魔力は、もはや人類としての頂点と呼べるほど多く、殿下の魔力を恐れない人はいないらしい。文字通り、桁違いなんだそうだ。

 殿下のお母様である先代大公妃殿下は、魔力量も豊富で、大公妃としてこれ以上ない立派な方であったが、大公殿下を身籠っているときから、何かに怯え、徐々に精神を病んでいったらしい。そして、出産の際に身体が耐えられなくなり、命を落とされたそうだ。

 お父様である先代大公殿下は、妻を亡くし、自身よりもはるかに魔力の多い息子に本能的に恐怖を感じながらも、何とか息子を愛そうとしたがそれも叶わず、まだまだ殿下が幼い頃に亡くなられたらしい。

 その結果、幼くして殿下は大公位を継いだが、周りの人たちの魔力も当然殿下に敵うわけもなく。


「忠誠心で恐怖心をねじ伏せた家臣たちもいたようだが、本能を理性で完全に制御するのは難しい。かと言って、幼い殿下に全ての公務をこなせるわけもなく、殿下は常に、自分に怯える人間に囲まれて生きてきた、ということだ」

「それは……とても、寂しいことですね」


 私は殿下とは異なり、全く魔力がない。家からも出してもらえなかった。その代わり、両親に恵まれ、私を蔑む人と関わることなく過ごしてきた。これまでの人生において、私は寂しい、なんて思ったことはない。

 いつだって私の周りには人がいたし、笑顔があふれていた。


「そして、殿下が御年六歳にして大公位に就かれたその日に――お前が産まれたのだよ、リリアナ」

「なるほど、運命ですね!」


 つまり私は、大公殿下に愛を与えられる存在として神様が用意した、ということですね! 幸い、私はこれまでたっぷり愛されてきたので、人の愛し方を知っています!


「つまり、私が殿下に惹かれたのも、私がチョロいということでもない、ってことで!」

「リリアナ、リリアナ、お父様はもうちょっと、しんみりしたいんだけどいいかい?」

「お母様! 殿下はどちらに!? 私、お返事をしなければ!!」


 少し落ち着きなさい、とお母様に窘められるが、悠長なことはしていられない。一分一秒でも早く、殿下に愛されるということを教えて差し上げねば!!


 ふんす、ふんす、と意気込んでいると、コンコンコンコン、と立て続けに四度、ノックされた。四度のノックは、高貴な方である合図。更に少しの間を置いてまた、四度、ドアが叩かれた。

 これは、皇帝陛下を始めとする皇族や大公家の方がいらっしゃった合図である。

 現在、帝国内における皇族は、皇帝、皇后両陛下と、そのお子様で皇女殿下がお一人、そして皇太后殿下のみ。大公家は、アルヴィン・ヴェルナー大公殿下お一人のみ。

 今、この瞬間にいらっしゃる可能性が高いのは、断トツで大公殿下だ。


 お父様がやや渋い顔をして頷かれると、部屋の隅で控えていた我が家の従僕がドアを開いた。


「やぁやぁ、アルヴィンの愛しの花嫁の顔を見に来たぞ! まさか、エルフィード公爵が大事にしまい込んでいた至宝がアルヴィンの運命の相手だったとはな! さては公爵、だから隠してたんだな?」


 扉から入ってこられたのは、大公殿下がお歳を召したらこんな感じになるのだろうか、という雰囲気の、お父様と同じ年頃の男性だった。

 この国で現在、大公殿下を名前で気軽に呼べる男性など、一人しかいない。


 両親が慌てて立ち上がり、私も一拍遅れて立ち上がる。


「帝国の太陽にご挨拶申し上げます」

「あぁ、いい、いい。令嬢は今日が初めての社交だろう? まさかこんなことになるとは思ってもみなかっただろう、楽にしてくれ」

「陛下! なんで先に行くんですか!!」


 まさかの皇帝陛下の登場に動揺していると、そのすぐ後に、大公殿下がいらっしゃる。

 陛下の行動にやや憤っていらっしゃるように見えたけれど、私と目が合った瞬間、目に見えて、笑顔になるのが分かった。


室内の上座の一人用ソファに陛下が腰を掛けられ、お父様が席を立ってお母様の隣へと移動した。そしてお父様が座っていた席に大公殿下が腰をおろす。


「やー、すまんすまん。可愛い甥っ子が遅咲きの初恋をしたと聞いて、いてもたってもいられなくてな! しかも、相手は今話題のエルフィード公爵の愛娘と来たもんだ。気になるのは当然だろう? それに――余が直接来た方が、色々と早いだろう?」


 突然、陛下の空気が変わった。

 お父様と大公殿下も、表情が変わり、どうやらこれから真面目な話になるようだと、空気で悟る。


 ……私、席を外した方がいいですか? なんて思いつつも、一応、これでもエルフィード公爵家の後継者として、なぁなぁで終わらせてはいけないことがあるのは理解している。


「結論からいう。余は、帝国皇帝として、両家が、そして二人が望むのであれば、ヴェルナー大公とエルフィード公爵令嬢の婚姻を認めるし、祝福しよう。公爵があの論文を発表したのは、このことを見込んでのことだろう?」

「左様でございます。娘がいっさい魔力を持たないのに、我ら夫婦のことを全く怯えぬ様子に、もしやと思いまして」


 いつの日か、家族の団欒の席で上がった話を思い出す。

 私が生まれた意味が、あるのではないか。そう言ったのは、確かお母様だった。

 

「魔力格差のある夫婦の出生率は3.0を上回る……これは、出生率低下に頭を悩ませている我が国にとっては、喉から手が出るほど有益な情報だ。しかも、高魔力保持者同士の夫婦では出生率が1.0を下回るとはな…」


 それは、お父様が支援していた研究者の論文に書かれていたことだ。

 魔力優位の考えが蔓延しているこの国で、敢えて魔力格差婚をしている二人は、政略でも何でもなく、ただ、お互いを求めあった結果だ。もちろん、本能による恐怖心を抱かない程度の魔力格差であることが大前提のようだけど……出生率が高いのは、純然たる事実である。

 統計は、嘘つかないからね。


「しかも、魔力格差の二人から生まれた子供たちは、貴族としては多すぎることも、少なすぎることもなく、実に理想的で、誰にも怯えられることがない魔力量であることが多い、と。これはもう、結論が出ているようなものだな。……時代の転換期、なのだろう」


 陛下は両手を組んだまま、ソファに寄りかかって天井を見上げた。

 高位貴族に子供が生まれにくい、ということは以前から言われていたことだったけれど、この魔力こそ全てという考えがその原因だったなんて、誰が思うだろうか。


 この考えは、何百年も帝国に根付いているもので、当事者たち以外が簡単に受け入れることはできないだろう。

 しかし、無理やりにでも変えていかねば、この先、いくつもの貴族家が滅門するのが目に見えている。

 なにせ、一人っ子が増えているということは近親者を養子にするのも難しい、ということなのだから。

 

「アルヴィンが生まれたとき、正直、驚いた。これほど魔力量の多い人間は初めてだったし――今はこうして平静に見せかけることができるようになったが、正直、気を抜くと今でも理性が本能に打ち負ける。エルフィード公爵令嬢は、まさに、奇跡だ」

「……」


 まさか、陛下すら、大公殿下の魔力には恐怖を感じているらしい。

 大公殿下は少し寂し気に微笑むが、仕方がない、と何かを諦めているように見えた。


「もちろん、論文で語られているのは、あくまでも『魔力格差のある夫婦』であり、魔力を持たない公爵令嬢がどうなのかは分からない。前代未聞だからな。しかし、だからこそ――余はな、期待しているのだ。人類史上最多の魔力を持つ男と、人類史上初の魔力なしの令嬢。方や魔力が多すぎて怯えられ、方や魔力がなくて本能が存在しない。実に、理想的な大公夫妻になると思うのだが、どう思う? 公爵」

「お人が悪いですな、陛下――そのつもりがなければ、学者ごと、論文を抹消していますよ」

「くくっ、そんな顔をするな。おぉ、怖い怖い」


 これはつまり――お父様は本当に、あの日以来、私が殿下に嫁ぐ可能性を考えていた、ということだろうか。


 ……え、私、結構切実に婿取りするつもりで後継者教育頑張ってきたんですけど!?

 あ、でもダブルキャリアも可ってことは、私は殿下に嫁いでも大公妃兼エルフィード小公爵、って扱いになるってこと?


「さて……では、後は当事者同士の意思だな。アルヴィンは……聞くまでもないな」

「もちろんです。リリアナ嬢――出生率とか、そんなことはどうでもいい。ただ、貴女が無性に愛しくてたまらないのです。どうか、この哀れな私と結婚していただけないでしょうか」


 殿下が再び、ソファへと座る私の前に跪く。

 殿下の言葉に、じわじわと顔が赤くなるのが自分でもわかった。


「私は、これまで家族と使用人、幾人かの家臣としか接点がなく、人として、貴族としてあまりにも未熟です。それでも、殿下に惹かれてなりません。こんな私でもよろしければ、喜んで!」


 差し出された手に自分の手を重ね、大きく頷く。

 大公殿下――アル様が、嬉しそうに笑った。



 私とアル様の婚約はあっという間に調い、その知らせはあっという間に帝国内のみならず、属国を含めた近隣諸国にも知れ渡った。


 もちろん、魔力なしが大公妃になど認められない! という人達も居たようだけど、皇帝陛下がお認めになっているうえ、そもそも大公殿下が治める大公領は、帝国内の領土でありつつ、自治権を持つ半ば独立した国である。

 大公領の領民が反対の声を上げるのはまだ理解できるが、主に声を上げていたのは、帝国内の貴族たちだったので、その声は当然のように無視された。そもそも、大公領の領民たちは、孤独な君主に花嫁が来ると知って、喜びの声であふれているそうだ。


「リリアナ嬢、今日は一日、何をして過ごしていたんだ?」

「今日は、大公領の歴史を学んでいました。今まではエルフィード公爵家のことだけ学んでいましたので、恥ずかしながら、エルフィード公爵領以外のことについて、あまり知らないのです」


 婚約して以来、アル様は毎日のように、忙しい時間の隙間を見つけて会いに来てくださる。

 私たちは出会ったその日のうちに婚約したので、お互いのことをまだあまりにも知らなすぎなのだ。

 魔力を持たない私には到底できないことだけれど、アル様ほどの方であれば、大公領から我が領までの転移魔法は赤子の手をひねるほどに簡単なことらしい。

 更に、結婚後は私も領地に戻ることもきっとあるし、部下も行き来する必要があるから、となんと二つの領を繋ぐ転移陣まで設置してくださった。

 しかも、使えるのは魔力登録された人のみ、という高性能。お父様がそのことを知ったときには絶句していたので、転移魔法はとても大変な魔法なのかもしれない。

 なお、魔法が使えない私は、当然ながらアル様と常に一緒に移動となる。魔力登録もできないので転移陣も使えないしね、私。


 本当に毎日、短いときは五分だけ、などという日もある。その短い時間であっても、回数を重ねれば重ねるほど、アル様の素敵なところが増えていって、毎日がドキドキとトキメキで忙しい。


 アル様は大公として本当に執務に忙しいが、やはり周りの方たちとのコミュニケーションが難しく、人よりも更に大変なようだ。


『ありがとうございます、ありがとうございます! 主君がこれほど嬉しそうに笑われているのは、初めてでございます……!』


 アル様に初めて大公領に連れて行っていただいたとき、お邸の家令に号泣されながら大歓迎を受けた。

 やはり、どれほど忠誠心が高くとも、超えられない壁はあるし、踏み越えられない堀もあるということなのだろう。

 お邸だけに留まらず、宮廷としての機能も兼ねているので、各種部門の長達にも、やっぱり感謝をされた。

 私の知っているアル様はとても表情豊かなのだけど、昔からの彼を知っている人々がこれほどまでの反応を見せるということは、大げさでも何でもなく、本当に私のことを歓迎してくれているのだな、ということはよくわかった。


 まぁ、婚姻後は、最悪、私を通してやり取りもできるようになるしね。

 忠誠心の高い彼らはそんな選択をとりたくはないだろうけれど、できる手段は多い方がいい。


「アル様、楽しみですね、結婚式!」

「っ、あ、あぁ!」


 二人で手を繋いで公爵邸の庭園を散歩しながら、そういうと、アル様は耳まで真っ赤にされながらも、とても嬉しそうに笑われた。

 私はエルフィード公爵家の後継者のままヴェルナー大公に嫁ぐ。そのため、エルフィード小公爵、いずれは公爵として執務を行えるように、色々と整えてもらう必要があるのだ。

 また、連れて行く使用人や部下たちも厳選する必要がある。 

 なので、今すぐ結婚! 大公妃になります! とはいかない。


 結婚までにはまだまだかかるけれど、それまでの時間を、アル様のことをもっとよく知るための期間と考えれば、我慢もできるというもの。


「私、これまでめいっぱい愛されて生きてきたので、人の愛し方は熟知しているのです。これからは、アル様に目いっぱいの愛を注ぎますね!」

「私も、この胸に絶えずあふれてくる想いを、取りこぼすことなく、貴女に伝えよう。愛している、本当に、生まれてきてくれて、ありがとう」

「ふふっ、私は、神様からアル様への贈り物なんですよ、きっと! だから、アル様は存分に、私に愛されてください!」


 大好き、愛してる。

 言葉にするだけではもどかしくて、手を繋いだまま、ぐっ、とつま先立ちをする。私の意図を察してくれたアル様は少しだけ屈んでくれて、私は彼の両頬に口付けを落とすと、アル様は私の両のこめかみにキスしてくれる。

 唇への口付けは、残念ながらお父様に結婚式までお預けとされてしまったけれど、頬へのキスは禁止されていない。

 最初はこういった軽い触れ合いにも慣れていないアル様はどこかぎこちなかったけれど、私が気にせずチュッチュしていたおかげか、徐々に慣れてきたようだ。

 




 なんて、調子に乗っていたらいつの間にか主導権はアル様へと渡り、これまでの孤独な人生の裏返しなのか元々そういう人だったのか。愛され慣れている私でもアップアップするほどの愛を受け取ることとなる日が来ることを、今の私は、まだ知らない。

 

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