澤井 美紗はあのメロディーを口ずさむ
澤井 美紗は机に突っ伏して寝たふりをしている。
机の上で交差させた手首に額を乗せている。
二時間目の授業後、十分間の休み時間。いつもと同じ休み時間の過ごし方。
美紗は、自分が高校二年生らしいのか、らしくないのか分からない。
いつも同級生たちがひどく幼稚に見える。相手にしたくないと感じる。
それは「単に大人びているからなのか」、「孤高を気取っているだけの、中二病全開の子供なのか」は美紗自身では判断がつかない。
とにかく関わり合いたくない。
その一心で寝たふりをしている。
普通に起きていたとしても、誰も話しかけてこないような気も少ししている。
そのとき――――
ぺらっ……
クラスメイトたちの喧騒の隙間に、紙をめくる音が差し込まれた。
ぺらっ……
隣の席の苑田 祐美が本を読んでいるらしい。
聞こえたのがその音だけなら美紗は何とも思わなかった。
祐美が読書家で、いつも本を読んでいることくらいは知っていたから。
しかし、それだけではなかった。
「ふん、ふん、ふん、ふーんふん、ふふふ、ふふふーん」
祐美の鼻歌が聞こえてきた。
美紗は驚いていた。美紗は自分のことを「陰キャ」だと思っている。
そして、勝手に祐美のことも「陰キャ」だと思っていた。休み時間に鼻歌を口ずさむなんて信じられなかった。
美紗は手首の上の額を静かに浮かせた。顔を右隣の席へ向ける。
「ふん、ふん、ふん、ふーんふん、ふふふ、ふふふーん」
先ほどと同じメロディーを、確かに祐美が口ずさんでいる。聞き覚えがあるメロディーだが、美紗は曲名を思い出せない。
美紗の視線を感じたのか、祐美も美紗へ目を向ける。
「あっ……」
羞恥によってか、祐美の頬が赤く染まる。
パクパクと口を動かした。
文庫本に添えていた両手を本から離し、否定するように美紗へパタパタと振った。
「さっ……、澤井さん。あのね、明日、ほら、ね、土曜でしょ? お兄ちゃんがドンキホーテに連れてってくれるの」
祐美はよほど恥ずかしいのか、訊かれてもいないことを早口で説明し、その説明に美紗はある程度の納得をした。しかし、同時に混乱もした。
ああ、さっきの鼻歌はドンキのあれね。言われてみれば確かにそう。
でも、ドンキに兄妹で行くのってそんなに嬉しい? イベントになるの?
私だってたまに一人で行くくらいなのに。
「でね、えっとお兄ちゃんが『ドンキならなんでも揃う』って言うから……」
祐美は、訊かれてもいないことの説明をまだ続けている。
「うん。もう分かったから。大丈夫」
まるでテーマパークに行くかのような祐美を不思議に思いつつも、美紗は話を切り上げた。額を手首の上に戻し、目を閉じた。再び視界は闇に落ちた。クラスの喧騒が戻ってくる。
別にもう、そこまで興味ないし。どうでもいいし。
…………嘘だ。
…………うん、嘘。
さっき私に向けて手を振ったときから興味を持ってる。
その手首に何本か跡が見えたから興味を持ってる。
苑田 祐美に。
美紗の左手首に鋭い痛みが走った。「中二病全開」で勝手にこの世に絶望してつけた過去の傷に。
――――
翌週の月曜日、苑田 祐美は学校に来なかった。
澤井 美紗も学校へ行かなかった。
臨時休校になったから。
日曜日の夜、祐美の兄が両親を刺殺し、祐美と二人で首吊り自殺をしていたから。
ネットでは、
「祐美は父親から性的虐待を受けていた」
「兄妹は、血が繋がってなくて愛し合っていた」
「祐美は母親から売春させられていた」
など、いいかげんな憶測が飛び交っている。
美紗はスマートフォンの電源を切った。
何故か自分だけテーマパークに連れて行ってもらえなかったような、置き去りにされたような寂しさを感じている。
美紗自身も筋違いだと思っている。
「ふん、ふん、ふん、ふーんふん、ふふふ、ふふふーん」
あのメロディーが不意に聴こえて、美紗は驚いた。
自分が口ずさんでいただけだった。
泣いていた。
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