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迫る異常


翌日の朝。

エリーの声で、アリアは目を覚ました。



「急ぎの用件があるって言ってたじゃない?」


「……そういえば、たしかに」



アリアは寝惚け眼をこすり、身を起こす。

エリーに身支度を手伝ってもらいながら、アリアは昨日のことをぼんやりと思い出した。

魔法人形のユーリと再会し、夜遅くにもう一度訪ねてきた、あの姿。

月の映える夜に、あの銀髪はよく似合っていたなと、微かに頬を緩める。


同時に、同じ意匠のペンダントを持っていたことを思い出し、アリアは胸元に手をかけた。

服の裏に、硬い感触。

やはり、今はもう、熱を帯びていない。

アリアはペンダントをエリーに見られないようして、身支度を済ませるのだった。


案内された王城の大広間は、厳粛な圧に満ちていた。

ファズラベル帝国の皇帝をはじめ、七つの国の王や大使たちが集っている。

ユーリはすでにその場にいて、神妙な面持ちで皇帝と向かい合っていた。

その重々しい雰囲気の中、ただひとり異彩を放っている存在がいる。



「お初に目にかかります、アリアさま、エリーさま。わたくしはネフェリと申します」



恭しく頭を垂れた彼女は、アリアたちよりも先に見つかったという聖女だった。

ネフェリは色白な肌とは対照的に、燃えるような赤い髪を持っていた。

小柄だが、気品に満ちた彼女の姿に、アリアは息を呑む。



「それでは宜しいか」



招待されたすべての人が揃ったと、皇帝の傍に控えていた高官が声を通した。

大広間に、緊張の帳が下りる。



「この度は、昨今多数の報告が上がっているヴェムネル異常襲撃への対応のため、会合の場を設けさせていただきました」



そう言った高官が、広間の中央に広げられた世界地図を指差した。

世界地図には、邪悪の怪物ヴェムネルによる異常襲撃報告があった地点に、赤い駒が置かれていた。

その赤い駒の数は五十を超えていて、主に帝国の南部にあるサンクトロ王国に集中している。

驚いたエリーが、身を乗り出して世界地図を覗いた。



「異常襲撃、というのは……?」


「ご存じのとおり、通常、ヴェムネルは結界を張った街の周辺地域を襲撃しません。決して破ることができないと知っているからです」


「もちろん知っています。先日の授業でも、アリアと一緒に改めて学びましたから」


「ところが昨今のヴェムネルは違います。死を賭して結界そのものを襲撃する事例まであるのです。まったく意味のない行動なのですが、結界の中で暮らす人々は当然恐れています」



高官が顔をしかめた。

するとその場にいたサンクトロ国の大使も苦い顔をした。

その後、異常襲撃以外のヴェムネルの異常行動についても話が上がった。

それらは、ヴェムネルがこの世に現れてからの数千年、起こらなかったことだった。



「このような事態であるため、魔法人形さまと聖女さまの出立が早まったわけです」


「なるほど……それならば、万が一のために結界の張り直しが必要だな」



ユーリが高官の考えを読み、世界地図を点々と指差した。

その点は、帝国と七つの王国の首都がある場所だった。



「話が早くて助かります。仰る通り、各国の首都の結界更新が急務となります」


「首都、すべてか」


「懸念されている通り、長旅となります。そのため、いくつかの問題が……」



高官が言葉を濁らせた。

察したユーリが、アリアたちを一度見て、無表情に小さく頷いた。



「道中の街は素通りする、というわけだな」



ユーリが淡々と言う。

その冷徹な言葉に、エリーが悲痛の声をあげた。

アリアもまた驚きを隠せず、高官を睨んだ。

しかしユーリはふたりに向け、首を横に振る。



「どうしようもないことだ。万が一にも国の中枢が落ちれば、目も当てられないほどの被害が出る。そうなったとき、道草を食っていたからと言い訳にはできないだろ?」


「それは、そうですが……」



エリーが顔をしかめ、口を噤む。

アリアもまたユーリの正論に反論の余地なく、何も言うことができなかった。

とはいえ、各国の首都以外の結界もある程度は残っているという。

王都の結界の更新が終わり次第、各地に駆け付けても遅くはないだろうと、高官が告げた。



「良かった……」



アリアとエリーは顔を見合わせ、ホッと胸を撫で下ろす。

ユーリもふたりの様子を見て、高官に頷いてみせた。


その後は、結界を更新する王都の優先順位や、旅の支度について説明があった。

当初は、魔法人形と聖女のための豪華な旅が計画されていたらしい。

しかしそれらは、この会合が始まる前に、ユーリが却下したという。

世界に危機が迫っている中、豪華旅行などもってのほかとして。



「しかし護衛だけは必要だ、魔法人形殿」



皇帝が首を横に振った。



「万が一のことがあっては困る。護衛に数百の騎士とは言わぬから、屈強な十数人の騎士だけでも傍に付けることを了承してほしい」


「……守護聖女と呼ばれる彼女たちが成長するまでの間なら、そうしよう」


「ありがたい」



皇帝がユーリに向かって頭を下げた。

ラデルナル聖教の教え通り、魔法人形は皇帝と同等に近い存在なのだ。

驚くべき光景だと、アリアはエリーと共に目を丸くさせた。

ところが、その場にいた七つの国の王や大使たちは驚くだけで済まなかった。



「あまり快くは思ってなさそうですね」



アリアとエリーにそっと寄ったネフェリが、囁くように言った。

彼女の視線の先を見ると、王や大使たちのうち、二、三人ほど、険しい表情をしていた。



「あの中にいる大柄の男性は、グラナヴェナ王です。彼がもっとも苛立っているようですね」


「……どうしてですか」


「先ほど、結界更新の優先順位が決まりましたでしょう? グラナヴェナは、サンクトロの次に結界更新することとなりました」


「……二番目なら、すごくいいのでは」


「なんであれ一番でなければならないと思う方もいらっしゃるわけです」



そう言ったネフェリが、小さく微笑む。

三人の視線と、グラナヴェナ王の視線がぶつかった。

アリアは咄嗟に目を伏せる。

すると、遠く離れていて聞こえるはずがないのに、ふんと鼻息を鳴らし、悪態を吐かれた気がした。



その後、魔法人形と聖女の出立式は、明日と定められた。

それほどの緊急事態なのだと、アリアは改めて実感した。

しかし、この異常についてはできる限り公にしないこととなった。

慌てるのは事情を知る一部のみ。

聖女たちも、これまで通りに七人が揃ったうえで帝都を立つように装う。

各国の王や大使たちは、慌ただしい中で準備不足となる面を支援することに合意した。



「少し宜しいか、アリア殿」



会合が終わり、王や大使たちが退室したあと、皇帝に呼び止められた。



「辺境から急ぎ駆けつけてくれたと聞いていた。ご家族は健やかにしておられるか」


「はい。父がひとりいますが、元気です」


「そうか。アリア殿が家を出たことで不便をかけていることだろう。身の回りの世話をする者を送っているから心配しないで良い。不自由はさせないと誓おう」


「ありがとうございます。ですが父は少し……偏屈で。もしかするとお世話をする方に迷惑をおかけするかもしれません」


「それは良い。心身共に健やかな証だ」



皇帝がにこりと笑い、帝国から父へ支給される補助金などについても自ら説明してくれた。

アリアは畏れ多い気持ちでいっぱいになったが、人柄の良い皇帝に安堵もした。



「ところで、父君は……アリア殿が帝都に行く際になにか言っていたかな」



皇帝の目が、微かに細くなった。

心配をしてくれているのかもしれないが、妙な質問だなと、アリアは内心首を傾げた。



「……いえ、父は快く送りだしてくれました。何か話したとすれば……世間を知らない私のために、帝都までの道を教えてくれたくらいです」


「ほう、帝都までの道を。父君は帝都のことをなにか言っていただろうか」



再びの妙な質問だ。

皇帝は、父のことをなにか知っているのだろうか。

いや、そんなはずはない。

辺境の、貧しい家なのだ。

縁の欠片もないだろう。



「……いえ。特にはなにも」


「そうか。……妙なことを聞いたな。すまない」


「いえ……そんな」


「魔法人形殿と、聖女殿の旅の幸運を願っている。それでは、明日の出立式でまた会おう」



皇帝が小さく頭を下げ、退室していった。

少し離れたところで様子を窺っていたユーリとエリーたちが、「どうかしたの」と尋ねてくる。

皇帝の意図を読みとれなかったアリアは、小さく首を横に振るのだった。

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