ユーリ
五日の講義を終えて、翌朝。
ハザトロト神殿からの使いが、セリアノ宮を訪れた。
「ゼハネの魔法人形さまがお目覚めになりました」
「……魔法人形さまが!?」
「本日、お会いしたいとのことで。宜しいでしょうか」
「もちろんです」
アリアとエリーは頷く。
また倒れたりしないだろうかという心配はあったが、それを言っても仕方がない。
ふたりは身支度を整え、ハザトロト神殿へ向かった。
ハザトロト神殿は、厳かな雰囲気を漂わせていた。
自称聖女たちで溢れかえっていたときとは、まるで違う。
アリアたちが到着すると、神殿の神官たちが出迎え、恭しく跪いた。
「お待ちしておりました」
「早すぎたでしょうか」
「いいえ。魔法人形さまがお待ちです」
神官が答え、神殿内の最奥へ案内してくれた。
神殿の最奥は、広間になっていた。
魔法人形のための至聖所なのだという。
それにしては生活感があるなと、アリアは思った。
至聖所には、豪華な調度品が配置され、使用人のような神官もふたりいた。
魔法人形は、至聖所の一番奥に座っていた。
長い銀髪に、どことなく冷ややかな金色の瞳。
人形とは思えないほどの滑らかな肌と、中性的な顔立ち。
入室してきたアリアたちをじっと見つめ、色白の指先をかすかに揺らした。
「この間はすまなかった」
アリアたちが挨拶するや、魔法人形が頭を下げて謝罪した。
出会ってすぐ気を失ったことについてらしい。
アリアとエリーは「気になさることではありません」と跪いた。
「自己紹介をしてなかったな。本来なら、あの場でしておくべきだったが」
「本当にお気になさらないでください。むしろ、このように時間を取っていただけて光栄です」
「そう言ってくれると助かる」
魔法人形が頷き、使用人を呼んだ。
使用人たちが、茶と、菓子を用意して、魔法人形の傍にあるテーブルに並べた。
テーブルには空いた椅子が二脚あり、魔法人形はふたりに座るよう促した。
「俺は、『悠里』という」
「……ユーリ、さま?」
「いや、そうじゃない。こう書くのだが」
悠里と名乗った魔法人形が、紙に文字を書いた。
ところが、その文字をアリアは読むことができなかった。
勉強不足だからなのかと、アリアはエリーに読んでもらおうとしたが、エリーも読むことができなかった。
魔法人形だけが知る文字であるらしい。
「……そうじゃないんだが……まあ、いいか。ユーリと呼んでくれていい。さま、は要らない。これからは仲間なんだろう?」
ユーリが片眉を上げて言った。
ずいぶんと砕けた喋り口に、アリアとエリーは驚き、固まる。
伝説の聖物である魔法人形は、もっと威厳に満ちた、神のような存在だと思っていたからだ。
まるで普通の人間のように喋るユーリに、これまで抱いてきた魔法人形の印象が崩れ去った。
ユーリは、アリアたちが聖女として認められるより三十日ほど前に、この世界で目覚めたのだと語った。
それから今まで、この世界について学びつづけてきたのだという。
たしかにと、至聖所の中には多くの書物が積まれていた。
それらの本を三十日も読んできたのかと、勉強嫌いなエリーが頬を引き攣らせた。
「あの……お身体の方は、もう良いのですか」
アリアは、ユーリの身体の様子を覗くようにして言った。
魔法人形が首を横に振る。
「問題ない。別に具合が悪いわけじゃないんだ。知っての通り、この身体は生身の身体じゃなくてね」
「……生身の身体を知っているのですか」
「そうだな、もちろん知っている。いや、知っていたと言うべきか。実のところ、この世界で目覚める前の記憶が曖昧でね」
「それって、どういう……?」
奇妙なことを言うユーリに、アリアは目を細める。
魔法人形とは、聖なる指が生み出した、この世界の聖物ではないのか。
まるで別の世界から来たようだと、アリアは戸惑った。
するとユーリがアリアの戸惑いを察し、「なんでもない」と濁した。
それからしばらく、茶と菓子を口にしながらの親睦会となった。
菓子を食べて気が軽くなったエリーが主に話し、ユーリが聞き役となった。
アリアは双方に相槌を打ちつつ、無難に時が過ぎるのを待った。
時折、ユーリの目がアリアに向いた。
なにを話すわけでもなく、アリアを気にするように。
その目にアリアは、ユーリと初めて会った時のことを思い出した。
(……知り合い、じゃない、はずなんだけど)
ユーリの金色の瞳に、奇妙な懐かしさを覚える。
それが何なのか、アリアには理解できなかった。
ふと、胸元が熱くなった気がした。
あの時と同様に、服の裏にしまっているペンダントが熱を帯びたのだと気付いた。
「……アリア、どうかした?」
ペンダントの熱に気を取られているアリアに、エリーが気付いた。
心ここにあらずと心配したのだろう。
ユーリも同様に、アリアを心配するような表情をした。
アリアは、ペンダントを取り出して見せてみるべきかと迷った。
隠し事をして誤魔化せるほど器用ではないと分かっているからだ。
しかしあの時、気を失ったユーリの姿が脳裏をよぎった。
ペンダントを見せれば、また倒れてしまうのではないか。
そう思うと、不器用なりに誤魔化すことしかアリアにはできなかった。
ユーリの至聖所には、陽が傾くまで留まることとなった。
ペンダントのことを誤魔化したりと居心地悪く思ってはいたが、不思議と、セリアノ宮へ帰りたいとも思わなかった。
勉強熱心なユーリの性格も、アリアの心を引きとめさせた。
少しでも多くのことを知りたいというアリアとユーリに、エリーが知っている限りのことを教えるという奇妙な時間が過ぎた。
「また明日、会うことになるそうだ」
ハザトロト神殿を去る直前、ユーリが言った。
「それでは明日もここへ」
「いや、王城で話し合いが行われるそうだ。なにやら、急ぎの用件があるらしい」
「わかりました」
「数日前から、周りがずいぶんと忙しない。もしかすると、こうしてゆっくり話すことはもうあまりないかもしれないな」
ユーリが寂しそうにして、アリアを見つめた。
どうして私を見るのかと、アリアは目を逸らす。
逸らせた先にエリーがいて、ニマニマと揶揄うような笑顔を作った。
「……ふふ、おふたりはそういう?」
「なに言ってるの、エリー」
「わかってるよぉ、知り合いじゃないんでしょ? つまり、その、運命的なアレでしょ? わかってるって」
「わかってないから。やめてください」
アリアはエリーの頭を小突く。
その様子を見ていたユーリが、愉快そうに笑った。




