変貌
ただじっと、見ている。
私が、どうするのかを。
それは女性の姿を模した、光の影だった。
輪郭はおぼろげなのに、確固たる存在感で、私の傍に佇む。
やがて光る影はゆらりと大きく広がり、夢の世界を呑み込む。
いつも、夢から覚めれば、この光景を忘れてしまう。
まるで、消されてしまうように。
「……ん、ん」
瞼の裏を撫でる朝の光に、アリアはゆっくりと目を開いた。
カーテンが陽光を揺らし、その柔らかな光が視界に満ちる。
全身を包む柔らかいベッドが、まるで生き物のようにアリアの身体を捕らえる。
今日一日、このまま怠惰に過ごそうと、誘惑するように。
「……いつの間に寝てたんだろう」
アリアはなんとかベッドから抜け出し、身支度を整えた。
聖室には、様々な服がいくつも用意されていた。
その中から一番身体が動かしやすそうな服を選んだ。
聖室を出て中庭に行くと、エリーが待っていた。
エリーは、アリアの姿を見るやすぐさま捕まえて、再度着替えさせた。
女性神官たちも手伝い、ざんばらのアリアの髪も編み込まれた。
「……アリア、さん」
エリーが驚きの声をあげた。
彼女の傍にいた女性神官たちも、目を見開いてアリアを見ていた。
「……どうして」
「……え?」
「……どうして、こんなに綺麗なのに、どうしてこれまでちゃんとしてこなかったの……?」
エリーが瞳を輝かせて言う。
エリーを手伝った女性神官たちも、エリーに同意して何度も頷いた。
ざんばらの髪を整えたアリアは、まるで別人のように美しい少女へと変貌した。
前髪で隠れていた凛々しい顔立ち。
聖室に用意されていたドレスを纏えば、老若男女が見惚れることは必至の美しさだった。
「で、でも、肌は荒れてますし……」
「ちゃんとケアして!」
「そんな時間はなくて……」
「今日からはあります! アリアはもっと自分の良さを自覚して、自分を大事にするべきよ。それができるようになるまで、私がアリアの良いところを守ってあげる。わかった?」
「……は、はい」
捲し立てるエリーに押され、アリアは素直に頷く他ない。
その日は、旅の疲れを癒すことも含めて、アリアの全身をケアするために使われた。
エリーもそれに乗っかり、一日を優雅に過ごした。
しかし優雅な生活も、その日で終わりを迎える。
翌日から、聖女のための授業を五日間受けることになったのだ。
授業の内容は濃密で、聖女を支えるラデルナル聖教の教えすべてを学ぶこととなった。
合間に、聖女の秘術を訓練し、その秘術を持って果たすべき聖女の役割をも伝授された。
聖女の役割は、大まかにいえば「魔法人形の守護」だった。
魔法人形には、邪悪の怪物ヴェムネルを退けるための結界を張る力がある。
聖女は、その結界を張るために各地をまわる魔法人形を守らねばならない。
「ヴェムネルと直接戦うことになるのかと……思っていたけど」
「違うみたいね、ちょっとホッとしたかも」
アリアとエリーは顔を見合わせ、胸を撫で下ろす。
とはいえ、授業と訓練の苛酷さが変わるわけではなかった。
聞けば、とある理由で、三十日ほどかける授業を五日に圧縮しているらしい。
おかげでふたりは、頭も身体も限界まで使い果たすことになった。
「……じ、地獄、かも」
エリーが喉を絞るような声をあげた。
アリアも同じ思いだったが、心のどこかで楽しく思う気持ちもあった。
辺境で貧しく暮らしていたアリアは、これまで真面な教育を受けてこなかったからだ。
授業が終わったあとは、ひとりで夜遅くまで学んだ。
「アリアはすごいね」
寝る間を惜しんで学ぶアリアに、エリーが感心して言う。
アリアは苦笑いし、借りてきていた教本をつついた。
その教本は、文字の読み書きを学ぶための、子供向けの本だった。
これまで教育を受けてきていないアリアは、文字がほとんど読めなかったのだ。
そのため五日間の授業は、すべて口頭で行われていた。
「私は、学のない平民ですから……できるだけ早く、皆に迷惑をかけないようにしないと……」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
「そう言ってくれるエリーのことは信じているけど。でも、そう思わない人がいることも知っているから」
アリアはそう言って、教本に視線を戻した。
すると心苦しくなったのか、エリーが顔をしかめ、アリアの傍へ寄った。
そうして膝をつき、アリアの持つ教本を覗き込む。
「ねえ、アリア。私、勉強は苦手だけど、教えるのは……少しできるかも。だから一緒に、勉強しない?」
「いいのですか?」
「もちろん!」
エリーが笑顔で頷く。
勉強が苦手らしいエリーだったが、自分で言った通り、知っていることを教えることは得意のようだった。
アリアはエリーの優しさに触れつつ、気を引き締めて学ぶ。
おかげで五日を過ぎるころには、簡単な文字の読み書き程度ならできるようになった。




