明日の夢
奥には、人影がひとつ立っていた。
それは、帝国内の誰もが知る、伝説の聖物──ゼハネの魔法人形だった。
人の手から造られたものではなく、世界そのものが生み出した魔力の結晶とされるその人形が、アリアたちの方をじっと見つめていた。
「……君たちが」
人形とは思えない、滑らかな口の動きで、魔法人形が口を開いた。
その声に応じてか。アリアの胸元に微かな熱が宿った。
熱は、アリアの服の裏にしまってあるペンダントから放たれていた。
アリアは胸元を抑えると、ペンダントから溢れ出た熱が、胸の奥に入りこんだ気がした。
(……今のは?)
アリアは心の中で首を傾げた。
しかしその奇妙に注目しつづける暇はなかった。
魔法人形の金色の瞳が、アリアとエリー、ふたりの姿を覗いていた。
そして、その視線が、わずかな間を置いて、アリアだけに向けられた。
「……まさか、君は……まさか」
アリアを見つめる魔法人形が、声と瞳を震わせた。
瞬間、アリアの胸の奥がざわめいた。
魔法人形の瞳の中に、長い黒髪の女性と、透きとおるような青空が見えたからだ。
アリアは不思議に思って、思わず魔法人形の瞳を覗き込んだ。
するとその瞳がカタカタと震えだした。
やがてその震えが全身に及び、魔法人形は「あ!」と声をあげ、糸が切れたようにガタンと音を立てて床に倒れ伏した。
大広間が、しんと静まり返る。
間を置いて、呆然と立ち尽くしていた神官たちが魔法人形の傍へ駆け寄った。
神官たちが魔法人形を上等な布で包んでいく。
布の隙間から、魔法人形の見開かれた瞳が見えた。
「……アリア、もしかして知り合い……?」
「……そんなわけ、ないです」
アリアは目を細めた。
しかし、魔法人形の瞳から目を逸らすことができなかった。
初対面のはずなのに、自分のことを知っていたような魔法人形の様子。
その姿を見て、アリアの胸の内に、戸惑い以外の感覚が湧きあがっていた。
どうしてか。
自分が見たことがないはずの、遠い記憶の残滓を辿るような。
漠然とした、懐かしさに似た感覚。
胸に手を当てると、ペンダントの熱がまだ残っていた。
(……これは……あ!?)
アリアは服の裏のペンダントを取り出そうとして、すぐに隠した。
ペンダントが、淡く輝いていたからだ。
なぜか。その光は今、誰にも見られてはいけない気がした。
服の裏に押し込み、手のひらで胸を押さえると、隣にいたエリーが首を傾げた。
「……アリア、どうしたの?」
「え」
「……胸、痛い?」
「え、あ、いえ。なんでも……」
「そう……? びっくりしたものね。私は驚きすぎて、ドキドキしてるわ」
「あ、う、うん。私も、そうかも」
アリアは胸から手を離し、眉根を寄せて頷いた。
すると、先ほどまで熱かった胸元のペンダントから、ふわりと熱が消えた。
淡い光も収まったのだろうと、アリアはほっとして、エリーに気付かれないように長く息を吐くのだった。
魔法人形が倒れた後、アリアとエリーはロクナンド神殿へ移動した。
ロクナンド神殿は、守護聖女と、彼女たちを護るための聖護騎士団を管理しているという。
神殿の荘厳な門の前に着くと、神官や騎士たちが恭しく礼をし、歓迎してくれた。
ロクナンド神殿の最上層には、「セリアノ宮」と呼ばれる聖女のための宮殿がある。
そこでアリアたちは、王や皇帝はかくの如くかと思うほどの待遇と、晩餐を享受した。
「……美味しかったね、アリア」
「そう、ですね……疲れましたけど」
アリアはぐったりとした表情で頷く。
エリーも同じ思いだったのか、苦笑いした。
少し休んだあと、女性神官がセリアノ宮の奥へ案内してくれた。
そこには二階へつづく階段があり、上には七種の花の絵が描かれた扉があった。
聖女が住む「聖室」の扉なのだと、女性神官が言った。
アリアの花の痣は、バルナの花。
エリーの花の痣は、シラクの花だった。
どちらの花も、扉に描かれた七種の花の中に含まれていた。
ふたりはまじまじと扉を見ていると、後ろから女性神官が声をかけてきた。
「……本当はもうひとりの聖女さまとここで会うはずでしたが、本日は神官としてのお務めを為さっておいでで、いらっしゃいません。後日おふたりにご挨拶したいと言伝を預かっております」
「お忙しいのですね」
「ええ、しかし聖女さまのお務めも控えていますので、すぐにお会いできるかと」
そう言った女性の神官が、恭しく頭を下げた。
聖女の務めという言葉に、アリアは頭をクラリと揺らした。
聖女になったところで、贅沢な生活が送れるわけではない。
邪悪な怪物ヴェムネルから世界を守るという使命が控えているからだ。
セリアノ宮という非現実から現実に戻されたことで、アリアは全身に疲労感を覚えた。
「……アリア、疲れちゃった?」
エリーが心配そうにアリアの顔を覗いた。
アリアはなんとか頷いて、聖室の扉を開く。
(……そういえば、イーゼラウムに着いてから碌に休んでなかった、かも)
押し寄せてくる疲労感に、アリアはふらつく。
するとエリーが駆けてきて、アリアの身体を支えた。
「だ、大丈夫??」
「え、ええ」
アリアは頷いたが、とても大丈夫には見えないと、エリーが首を横に振った。
エリーに支えてもらいながら聖室に入り、奥の寝台に横たわる。
その時にはもう、アリアの意識は揺らいでいて、今にも眠ってしまいそうだった。
「……明日になったら、なにもかも……夢になって……いる……かも……」
アリアは苦笑いし、目を閉じる。
瞼の向こう側で、揺り籠のようなエリーの声が聞こえた。
なにを言っているのかは、もうわからなかった。
「……アリア、大丈夫だよ」
「……ん、う……」
「明日が夢になっても、私は……今度こそ、一緒にいるから」
「…………う、ん……」
夢現のままアリアは頷く。
心の中で膨らんでいた靄のようなものが、光に流されて消えた気がした。
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