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力の代償



「アリア」



ユーリの声が、アリアの背に触れる。

振り返ると、光の粒子に包まれるユーリの姿があった。



「すまなかったな」


「……え」


「これまで君のことを、考え無しのイノシシ女だと思っていたことを謝らせてほしい」


「な……急に、なんですか?」



アリアは戸惑い、半歩退く。

それを埋めるように、ユーリが一歩アリアへ寄った。

同時に、結界を更新したことで得られる力がアリアの身に宿る。

その力の一部が、アリアの胸元に、温かく、静かに流れこんだ。



「君は誰よりも、命の重みを知っていた。……俺には、まだ覚悟が足らなかった。今日、ここで俺がこの選択をして、この先の未来を勝ち取れたら、それはすべて君のおかげだ」


「……え、えっと……?」



ユーリの言葉に理解が追い付かず、アリアは首を傾げる。

するとユーリの手が、アリアに差し伸べられた。



「アリア、手を」


「え……て、手、ですか?」


「気付いているだろう。結界更新で力が増しても、それだけではあのヴェムネルを撃ち倒せないと」



ユーリの目が、巨大ヴェムネルに向けられた。

同時に、ヴェムネルの巨躯がケテルゼナンテの城壁に接触する。

空気が何度も爆ぜ、大地が震動した。

ところが、ケテルゼナンテの城壁と結界は、ひびひとつ入らなかった。


とはいえ、巨大ヴェムネルの足が止まったわけではない。

王都の結界に絶えず衝撃を与えながら、ヴァントールに向かって進んでいく。

今すぐ撃ち倒さなければ、ヴァントールは石壁ひとつ残らないだろう。


しかしユーリの言う通り、アリアの力で巨大ヴェムネルの歩みを止められるとは思えなかった。

エリーたちと協力しても、絶対に力が足りない。



「エリーもなぜか、それがわかっていたようだ。だが彼女の働きのおかげで、わずかに時間が稼げた。奴がまだあの場所なら、戦う時間が残されている」


「どうすればいいの……?」


「俺が力を貸す」



ユーリが差し伸べた手に、光が宿る。

アリアは彼の手を取ると、魔法の力が働いた。


瞬間。

アリアは本能的に嫌悪感を覚えた。

これはただの魔法ではない。命そのものが宿るような、触れてはならないものに触れた気がした。

アリアはユーリの手を振り払おうとしたが、叶わない。

目に見えない魔法の鎖が、ユーリとアリアを縛っているようだった。



「これは、禁忌の魔法のひとつだ」


「……禁忌、の? どういうことですか?」


「魔法人形だけが使える、特別な力だ。その中にはただの一度でも使ってはならないような力もある」


「……これも、そのひとつなのですか」


「この魔法は、その中でもマシなほうさ」



ユーリの言葉とともに、絶大な力がアリアの身体へ流れ込んでいく。

それは本来、魔法人形にしか扱うことができない凝縮された魔力だった。

あまりの強い魔力に、アリアの全身に激痛が走る。

その様子を見たユーリがアリアに手をかざすと、痛みがふわりと消えた。



「アリア、これであの怪物を倒せるか?」



ユーリの問いに、アリアは巨大ヴェムネルを見据える。

先ほどまでの驚異的な圧が、さほどのものではないと感じてしまうことにアリアは驚いた。

おそらく互角か、わずかに力が及ばない程度だろう。

及ばないところは、きっと、なんとかなる。



「……いけます」


「そうか。わかった。……後は頼む。あそこならまだヴァントールと距離がある。派手にやってこい」



ユーリが頷き、腰を下ろす。

ペトロトリに祈りを捧げて疲れたのか。顔色が悪い。

アリアはユーリを気遣って傍へ行こうとすると、彼の手がアリアを阻んだ。



「俺のことはいい。さっさとあの怪物をなんとかして来い」


「……で、でも」


「気にするな。ちょっと疲れただけだ」


「そ、そうですか……?」



アリアは首を傾げ、ユーリから半歩離れる。

そうしてから剣を抜き放ち、巨大ヴェムネルを見据えた。

王宮の最上層からヴェムネルまで、かなりの距離と高さがある。

一気に飛べるだろうか。

ユーリから受けた力を計り、アリアは自問し、頷いた。



「行きます、ユーリ」


「ああ」


「あなたには言いたいこと、たくさんあるけど。それはまた後で」


「そうだな」


「あ、でもひとつだけ――」



そう言ってアリアは、ユーリに振り向く。

苦笑いを見せて。



「イノシシってなんですか? たぶん悪口だと思うのですけど、あとで教えてくださいね」



アリアは片眉を上げる。

ユーリが苦笑いして、手で追い払うような仕草をした。

それを心に焼き付け、アリアは全身に力を込める。

ユーリから受けた魔力を爆発させ、王宮の最上層から光の矢となって飛びだした。


目指すは、ケテルゼナンテの北東の城壁。

アリアは滑空しながら、ケテルゼナンテの王都の人々を見下ろす。

人々の目が、アリアの姿に希望を託していた。

その想いを受け、アリアは剣を握りしめるのだった。






文字通り、光の聖女だ。

巨大ヴェムネルに向けて飛びだしていくアリアの背に、ユーリはほっと息を吐く。

しかしその吐息は、激痛をも孕んでいた。



「……フィナス、大臣たちを下がらせてくれ。今すぐだ」



ユーリが痛みを堪えて言う。

フィナスが応えて大臣たちに向くと、察した彼らはすぐさま岩塊を降りていった。



「……グ、ググウガ……カッハ……!」



人目がなくなった瞬間、ユーリはその場で倒れた。

擦り潰れるような声が、吐き出ていく。

慌てて駆け寄て来たフィナスが、ユーリを抱き起こした。



「ユーリさま! これは一体!?」


「……アリアに力を貸した、副作用みたいなもの、だ」


「そんな……どうすれば治まるのです!?」


「……み、三日三晩、耐える、他ない……それまで、俺を隠しておけ……」



痛みに全身を震わせながら、ユーリは答える。

押し寄せてくる痛みの強さは、想像を絶していた。

全身を焼き、引き千切り、すり潰すような耐えがたい狂気の激痛。

人の身ではおよそ耐えられない。

魔法人形の精神力だからこそ正気を保てている。



(……気を失えれば、いいのだがな)



襲い来る激痛の波が、意識の途切れさえ許さない。

禁忌の魔法の代償を払いきるよう、求めているようだ。



「……まあ、罰みたいなもの、だ」


「そのようなことは……」


「フィナス……アリアたちも、三日三晩、俺のところへ連れてくるなよ……頼む……」


「……御意に」



フィナスが頭を垂れる。

その様子に安堵して、ユーリはもう一度アリアの背を見た。


もう光のみで、姿は見えない。

しかし心の内に、アリアの姿が焼き付いていた。

彼女なら必ず成し遂げるだろう。

自分の力だけでなく、皆の力も合わせて。


ユーリは勝利を確信しつつ、激痛の奔流へ落ちていくのだった。

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