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祈りの果て


「サンクトロ王国の利益と民の安寧のため、ここに集う司教、大臣、大貴族の助言と同意をもって、ケテルゼナンテの結界更新の儀を執り行い、王国軍による旧都を含めた一帯の防衛を承認したこと、ここに知らしめる」



国王が言うと、貴族たちが一斉に跪いた。

次いで、アリアに向かっても跪く。

彼らの顔はこれまでの無表情とは違い、使命感という熱を帯びていた。



「それでは聖女さま。参りましょう!」



大臣が大声をあげた。

先ほどまでの仰々しい声ではない。

やや荒々しい、軍人のような勇ましさを声に宿している。

彼の言葉に、貴族たちの約半数が背筋を伸ばし、謁見の間から駆けて退出していった。



「彼らは皆、結界更新が成ればすぐに、ケテルゼナンテ全域へ知らせて回ります」


「も、もう準備を……?」


「昨日よりはじめております。あとは我らが走るのみです、聖女さま! さあさ、参りましょう!」


「は、はい……!」



アリアは頷き、大臣の後へつづく。

向かう先は王宮の最上層、ペトロトリだ。

ユーリを待たせてはいないだろうか。

あの気難しい表情が脳裏に浮かび、アリアは顔をしかめる。



「アリアさま、ここからはどうか――」



フィナスがアリアを宥めるように言った。

今は一刻の猶予もない。

ユーリとは諍いを起こしてくれるなと言いたいのだろう。

アリアは苦い顔をしたが、無論公私混同するつもりはない。



「今はただ、この国の人たちを助けることだけです」


「そう言っていただき、安堵いたしました」


「……私、そんなに危うく見えますか?」


「……はは。まあ、少し」



フィナスが片眉を上げる。

意地悪な顔だなと、アリアは苦笑いした。


ペトロトリが安置されている上層までの道は、奇妙だった。

階段などはない。

王宮内には、宮殿を突き破るように地上から高く突き出た岩塊があり、そこをよじ登らなければならなかった。

岩塊は壁に囲われていたが、上層へ行くほどその壁が古くなり、脆くなっていった。

頂上のあたりまで行くと、壁らしい壁はなく、いくつかの柱だけが岩塊の天辺を飾っていた。



「来たか」



岩塊の頂上へ辿り着くや、ユーリの声が聞こえる。

彼は、巨大なペトロトリを前に座していた。

捧げられている祈りに呼応して、ペトロトリが紅く点滅している。



「大臣さまたちを連れてきました」


「思っていたより早かった。よくやったな」


「え、あ……は、はい……ありがとうございます……」


「では、儀式をはじめよう」


「……は、はい!」



アリアは大臣たちに振り返る。

大臣が大きく頷き、ユーリに倣ってペトロトリに祈りを捧げはじめた。

他の貴族たちも同様にして、膝を突く。

その様子を見たあと、アリアは岩塊の上からケテルゼナンテの城壁の外を覗いた。



「……あ、あれって!」



ケテルゼナンテの北方。

山のような巨大ヴェムネルが、すぐ近くまで迫っていた。

その足元には、東西に延びた土壁がある。

おそらくエリーが造ったのであろう渾身の壁を、砂山を蹴散らすように踏みつぶしていた。


雷の光も見える。

ヴェムネルの群れをわずかでも押し留めようとする意思の煌めき。

それが今、徐々に弱まり、闇へ飲み込まれていく。



「ユーリ! エリーたちが! 助けに行かないと!」


「ダメだ」


「な、なにを言ってるんですか!?」


「結界を張ってからだ」


「私がここにいる意味はもうありません!」



アリアは叫び、翻る。

そうだ。もうここにいる意味はない。

結界更新の恩恵は、助けに行った先でも得られるはずなのだ。

今は一歩でも先へ進まなければ。



「ダメだ。フィナス、アリアを止めろ。俺が良いというまで離すな」


「ですが、ユーリさま」


「頼む」



ユーリが短く言う。

そのあと、アリアとフィナスが何度抗議してもユーリが返答することはなかった。

ペトロトリに向き合い、祈りに集中しつづける。

ペトロトリの紅い光が、先ほどより強くなっているように見えた。



「……フィナスさん、離して」


「……そうしたいのですが」



聖護騎士にとって、魔法人形と聖女の命令は絶対だ。

聖女は魔法人形に仕える存在であるから、魔法人形のほうが当然高位となる。

ユーリがアリアを離すなと言えば、離すわけにはいかない。


だが、人としては、どうか。

今すぐに行動しなければ、誰かが倒れるかもしれない。

この細腕を掴む手は、人として正しいのだろうか。

フィナスは躊躇ったが、『頼む』というユーリの言葉に望みを繋いだ。



「……ユーリさまを信じましょう」


「でも!」


「王国軍も動いています。巨大ヴェムネルはともかく、他のヴェムネルの爪牙なら――」



フィナスが北方を指差す。

すでに、ケテルゼナンテの城門から王国軍が出撃していた。

土壁を乗り越えていくヴェムネルの群れをただ抑えるだけなら、十分な数に見える。


南側のヴァントールの避難にも、約束通り王国軍が向かっていた。

ケテルゼナンテの西方にも、王国軍が進撃している。

よく見ると、ケテルゼナンテ西方の広い範囲でヴェムネルが現れているようだった。

それらの脅威も、避難を優先すればなんとかなるかもしれない。


しかし、どうにもならないのは、あの巨大ヴェムネルだ。



「……もうすぐアレが、ケテルゼナンテの城壁に到達しますよ。ヴァントールを目指しているのは間違いないようですが、このままだと確実にケテルゼナンテの城壁にも当たってしまいます……!」



わずかに歩みを速めている巨大ヴェムネルの足。

大地を揺るがし、王都と旧都を押し潰さんとしている。

その状況は、王都内のすべての住民も理解したようだ。

阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れ、今にも暴動が起きそうだった。



(今、行かないと……フィナスさんを突き飛ばしてでも、今……!)



アリアは奥歯を噛み締め、全身に力を込める。

恨みはないが、フィナスを睨みつけて彼の手を振り払おうとした。


直後。

眩い光が、ペトロトリから溢れ出して天を衝いた。

光の粒子が拡散し、陽の光と重なって金色に煌めく。

結界そのものも数度瞬き、重厚で荘厳な守護の膜が王都ケテルゼナンテを包み込んだ。


間髪おかず、王都全域に管楽器の音がひびきわたる。

その音曲を皮きりにして、貴族たちが東西南北で行進し、結界更新が成ったことを宣った。


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